女性への接し方
「なんとか、ならんか」
と持ちかけられたのは、リリアが城に到着して数日たった頃だった。
リリアは、宣言通り、シュバルツに『女性への接し方』を教えるのだと張り切って付きまとっていた。
シュバルツは閉口している様子だが、人としての範疇を超えるような対応はしない。そう見定め、アリシアは次にやってくる花嫁候補の対応に意識を向けようとしていた。
明日の午後には、隣国アルティンから第3王女のレイミヤ姫が到着することになっている。趣味にうるさいレイミヤの部屋の調度品を確かめようと、城の東の棟に足を運んだアリシアの前に、突然シュバルツが現れたのだ。
「リリアは?」
アリシアが聞くと、
「サラザールに任せてきた」
と、シュバルツは肩をすくめた。
「本来は、私がしないといけないことをやってくれているだけだからな...」
アリシアは、苦笑しつつ言葉を濁した。
「アレがか?」
憮然としてシュバルツが言う。
『挨拶をされたら、愛想よく挨拶をしましょう! 』から始まり、微笑みの返し方、ドレスの誉め方、果ては仕草から歩き方まで。リリアの指導 (?)は事細かに、シュバルツの一挙一動に及んだ。
彼でなくとも、うんざりだろう。よく癇癪も起こさず、人の範囲で耐えているとアリシアも感心していた。
「意外に忍耐もある、と」
アリシアが呟くと、
「取り敢えず、期限までは人でいることにしたからな」
と、求めてもいない返事をされた。
人は突然、姿を現したりしない、という突っ込みは敢えて呑み込み、
「リリアの暴走も、無駄にはならんだろう。舞踏会まで、少しでも姫君たちが気分よく過ごしてもらえる」
と、アリシアは淡々と評した。
「気分よく...ね」
シュバルツは低く言うと、突然アリシアを壁際に押し付けるように動き、右手をその頬を掠めるようにして壁につけた。
絶世のと言っても過言ではない、その美貌で、黙ってアリシアを見つめる。
アリシアも何故か負けじと見つめ返しながらも、シュバルツの行動が理解できない。
「...近いぞ?」
「間近で見ても、美しいな」
シュバルツは、アリシアの耳許で囁く。
「いや、貴公の方が...」
余程綺麗だと言いかけたアリシアの言葉を遮って、シュバルツは、
「シュバルツだ。名前で呼べ」
と強要する。
「わかった、シュバルツ、無駄に近いから、離れろ」
アリシアは両手でシュバルツを押し戻そうとしたが、びくともしない。
更に力を込めると、不意にすっとシュバルツが距離をとり、後ろに下がった。
「ときめいた、か」
と、薄く笑う。
「は?」
「リリア嬢のいうには、私ほどの美貌があれば間近で囁けば、女性はすぐになびくらしい」
あんまり効果があるようでもないな、とシュバルツはしれっと話した。
「...ひとを実験台にするな」
試されたことがわかったアリシアは、シュバルツを睨み付けた。
「これで、リリア嬢をたしなめる気になっただろう?」
シュバルツは悪びれない。
上手く使われている気はするが、そろそろリリアを止めようと決めたアリシアだった。