やさぐれ王女、困惑する。
アリシアとシュバルツが遠乗りから戻ると、城の前に大きくきらびやかな馬車が止まっていた。
ちょうど従者達がサラザールの指示に従って、荷物を運びこんでいるところだった。
明るい薄茶色の巻き毛を高い位置でツインテールにし、何段ものフリルとレースの付いたピンク色のドレスを着こんだ少女が、馬車のステップから降りるやいなや、アリシアの姿を見つけて駆けてきた。
「アリシアおねえさま!」
馬の足に抱きつかんばかりの勢いだったので、慌ててアリシアは、馬から降りた。
「早かったな、リリア」
そう言って、少女の頭を撫でてやる。
「だって、アリシアおねえさまが発案された舞踏会ですもの」
リリアは嬉しそうに答え、アリシアの隣で静かに馬を降りていたシュバルツにちらりと視線を向け、また戻した。
「こちらがブラン公爵様? おねえさま、紹介してくださらないの?」
「ブラン公、アンドルトン公爵の娘リリアだ」
アリシアが言うと、リリアはドレスの裾をつまんで優雅にお辞儀をした。
「リリアです。ふつつかものですが、よろしくお見知りおきを」
シュバルツは、軽く会釈すると、
「シュバルツだ」
とのみ名乗り、
「先に戻っておく」
アリシアとリリアを置いて城内に入ってしまった。
「リリア様、長旅お疲れのところ、ご案内が遅れまして申し訳ありません。お部屋へお連れいたしますので、どうぞ」
シュバルツの無礼をなかったものにするかのように、サラザールがやって来て、リリアを促した。
「そうだな、私も一緒に行こう」
アリシアもそう言って、腑に落ちないという顔つきのリリアに付き添ったのだった。
「なんなんですの、あの方は?!」
割り当てられた部屋に落ち着いたリリアは、アリシアを引き留め、お茶にした。
そうしてリリアは、用意されたお菓子に手を出しながら、シュバルツの態度に意見を始めた。
「新参の公爵が、きちんと礼もなさらないなんて」
「まあ、そう言うな。まだ慣れないんだ。あちらには、ちゃんと言っておくから」
アリシアが取り成すが、リリアの口は止まらない。
「確かにすっごい美形でしたけど、なんだか怖い感じがしましたわ。...サラザール様の方が、物腰が柔らかくて素敵です」
「...リリア、もしかして、シュバルツの顔を見に来たのか?」
リリアは生来の面食いで、従妹のアリシアを『おねえさま』と呼んで必要以上になついているのも、アリシアの美しさを崇拝しているためだった。
「もしかしなくてもそうですわ。ブラン地方の統治に多大な功績を認め公爵に封ずる、美貌の公爵は花嫁を求めているって、お聞きしたんですもの」
アリシアは頭を抱えたい気持ちだった。
「でも、おねえさま。サラザール様とお会いできただけでも、こちらへ来たかいがありましたわ。身分違いの恋も素敵かもしれませんし」
「今度の催しは、ブラン公の花嫁探しだぞ。了見違いだ」
アリシアが厳しく正すと、リリアは頬を膨らませた。リリアは遅くにできた娘で、両親に甘やかされて育ったのだ。
「だって、あれでは姫君たちが引いてしまいますわ。もう少し、愛想よくされなくては」
「...リリア。もう帰るか?」
アリシアの声が低くなったので、リリアは肩を落とした。
「あれでも、見た目以外にいいところもあるんだ」
大魔王も大層な言われようである。
「どこですの?」
リリアが素直に食いつくと、
「...今、探しているところだ」
アリシアは、そう言うしかなかった。
強いて言うとすれば、人の世を滅ぼすまでの猶予期間を与えてくれ、アリシアの発案にまかりならずも協力してくれているところか。...けれど、それが言える訳もなく。
リリアは、少し呆れた風ではあったが、くすっと笑うと、
「では、おねえさま。わたくし、あの方に、女性に対する接し方を教えて差し上げますわ」
意気揚々とアリシアの手を握る。
リリアの栗色の瞳が、きらきらと輝いている。こうなると、リリアが決して引かないのを、経験上アリシアは知っていた。