舞踏会の下準備
「ここもすっかり普通のお城らしくなりましたね」
アリシアの支度をしながらミアが言った。
メイデンが使用人たちの手配をして、3日。
初めは、シュバルツやサラザールにびくびくしていたメイデンも、順応性が高いのか、それとも大魔王の側がすっかり人らしくしているからか、堂々と自分の役割を果たすようになっていた。
アリシアの世話は、本人の希望で変わらずミアがついている。
金髪を丁寧に櫛けずりつつ、ミアは実に楽しそうにしている。
「サラザール様とメイデン様って、いいコンビですよね」
ミアにとって、捨て猫だった自分を拾ってくれたサラザールは大恩人で、そのサラザールとメイデンが気が合う様子なのが嬉しいらしい。
「お互い、面倒な主人を持って、合い通じるところがあるんだろう」
と、アリシアは苦笑する。
「アリシア様は、その面倒なシュバルツ様と、よくご一緒にいらっしゃいますよね?」
「足を運んでくれる姫君たちに、彼のいいところを紹介せねばならないからな」
「...私を侍女のままにされたのも、お考えがあってのことでしょう?」
「そうだな、お前は猫だといっていたが...人の世の滅亡についてどう思う?」
「私は、なんとも思いません。生まれたばかりの私を、この山に捨てたのは人ですから」
と、言いつつ、ミアはアリシアの髪を編む手を休めない。
「....」
「アリシア様が気になさることはございません。私は、それでサラザール様と会えたのですもの。さ、できましたよ?」
見事な編み込みにリボンを散らして。ミアの侍女としての腕は一級品だった。
「ありがとう、ミア」
「今日は、従妹君のリリア様がいらっしゃるんでしたよね」
午後には、舞踏会の参加者第一陣として、アリシアの従妹でもあるアンドルトン公爵の娘リリアが到着することになっていた。
「あれには、まだ早いといったんだが...。来ると言って、聞かないらしい」
アリシアが溜め息を吐く。
リリアは、まだ12歳、大魔王の花嫁候補としては、心もとない。
「午前中は、シュバルツ様と遠乗りですわね、さあ、どうぞ」
ミアの言葉に背中を押され、アリシアは部屋を出た。
既に厩舎の前でシュバルツが待っていた。
「いつもと同じ出で立ちだな」
アリシアの感想に、
「馬に乗るのに不都合はない」
とシュバルツは応えた。
アリシアの方は、ジーニヤの庵に出掛けた際に、シュバルツが変えてくれた乗馬服を着ていた。
シュバルツは、さっさと厩舎に入り、メイデンが調達した「ブラン公」用の黒馬を引き出してきた。
馬が怯えたりしないかとアリシアは見守っていたのだが、そんなこともなく、シュバルツはひらりと馬に跨がった。
「早くしろ。置いていくぞ」
馬上から言われ、そもそも遠乗りを誘ったのはアリシアで、先に行って一体どこに行くつもりなんだという文句は、辛うじて呑み込む。
アリシアが自分の馬に跨がると、ブラン山に沿って二人は馬を進めた。
シュバルツは黒の、アリシアは金の風になって。
しばらく走ると、二人は急に視界の開けた高台に出た。そこからゼクストンが一望でき、見事な景色が広がっていた。
初夏の森は緑青く、遠く見渡す畑では作物の種が芽吹き、風にそよいでいた。
城下の町並みも緑の向こうに見え、古くから続く人の営みを感じさせた。
「貴公が眠る前と、変わったか?」
黙って佇むシュバルツの隣に馬を並べて止め、アリシアは尋ねた。
「...ゼクストンは、あまり変わらんな」
300年以上前から独立を保ってきた稀有な王国。争いを繰り返す歴史の中でも、長閑と思える時代。
「小競り合いはしょっちゅうだが」
大戦がないだけでも、人の暮らしは豊かになっていた。
「...そうしていると、何だか人の世を惜しんでくれているようにも見える」
アリシアが言うと、
「そうでもない」
シュバルツは否定し、
「花嫁候補たちにアピールできそうな所は見つかったか?」
アリシアの思惑などお見通しと、聞き返した。
「見た目なら、極上だな。私が説明するまでもないが」
ゼクストンの公爵位を持ち、絶世の美貌がある、それだけでも、舞踏会は盛況だろう。
「確か自分で、美しさで得をしたことがないと言ってなかったか?」
シュバルツが意地悪く言うと、
「使えるものは、使うさ」
アリシアはきっぱりと言いきるのだった。