それで世界が終わるとしても。
ゼクストン王の協力が決まり、アリシアの書いた手紙は次々に玉璽が押され、親書の体裁を整えて方々へ運ばれていった。
王の執務室の窓辺に佇み、独り窓の外を眺めるアリシアの見えないところから、
「面倒な手筈だな」
と、声が降ってきた。アリシアは、声の主を探す素振りもせずに言った。
「もしかしたら、頼めば、瞬時に届けてくれたりしたのか?」
「造作もない」
いかにも些細なこととでも言いたげな口調に、アリシアは少し笑って、
「...人の手順を踏まねばならんからな」
姿を消したままのシュバルツに応えた。更に、
「これで、年頃の姫君たちが、あの城に集まってくるぞ。幽霊城、大魔王では通りが悪いからな、ブラン城、ブラン公ということにした。貴公もそのつもりで頼みたい」
と、訥々(とつとつ)と告げた。
窓ガラスに端整な黒ずくめの貴公子が映る。アリシアは、窓の格子に手をかけたまま、振り向いた。
「本気で嫁探しをするつもりか?」
シュバルツの目は、静かにアリシアを見つめる。
「本気だとも。三月足らずだ、付き合ってくれ」
「それで世界が終わるとしても、か?」
「...私には、大事なものがたくさんあるんだ」
アリシアは言う。
「親とか兄弟とか。この国とか。数え上げたら、限りがない。三月と思えば、尚更だ。...だからかな、貴公にも、なにか大事なものができればと思ったんだ」
窓からこぼれる柔らかな陽射しが、アリシアを縁取り、その金の髪と重なって、女神がベールをひいているかのようだった。
眩しさに、シュバルツは目を閉じる。
「そう上手く運ぶかな」
発した言葉は、あくまでも冷ややかで。
「やるだけは、付き合ってくれ」
頼める立場にないのは承知で、けれどシュバルツのこれまでの態度に何か期待を込めて、アリシアは言ったのだった。
それからアリシアは、王や兄が止めるのも聞かず、シュバルツと幽霊城改めブラン城に戻った。
計画を進めるには、魔王のそばで見守るしかないからだ。
幾日か過ぎれば、ゼクストン国内の近くの領主の娘等が到着するだろう。舞踏会は、期限近くに行う予定だが、出席する花嫁候補たちには、できうる限り早く到着してもらい、より親交を深めたいと頼んだのだ。
確かにシュバルツには力があるし、サラザールやミアもいるが、姫君たちのもてなしや舞踏会の準備を任せっぱなしにはできない。
何より、訪れた客たちには、シュバルツが大魔王だということは気づかせてはならない。
アリシアは、覚悟して采配を振るうことになる。幸い、ゼクストンの協力のもと、侍従長のメイデンが、最低限の下働きから側仕えまで人選をし、連れてきてくれることになっていた。
「何だか、不思議なことになってきましたね」
と言うサラザールに、シュバルツは、
「ただ人のふりも、たまには面白い」
とサラザールの背中の羽を人には見えないようにした。
「しばらくは、その姿だな」
期限までは、アリシアに付き合うことに決めたシュバルツだった。