やさぐれ王女、交渉する。
アリシアが部屋に戻ると、テーブルに紙とペンが用意されていた。
アリシアは、猛然とペンを走らせ、次々と手紙を書いていった。
どれくらい時がたったか、アリシアは出来上がった紙の束を抱えて、今度は廊下に出た。
「シュバルツ様がお待ちですよ」
部屋の外で控えていたサラザールと、大広間へ。
「用意はできたか?」
手紙を抱えたアリシアを、待ち構えていたシュバルツが誘う。
「来い」
アリシアがシュバルツの前で立ち止まると、シュバルツはマントを広げてアリシアを包み込んだ。
驚いたアリシアが、
「ちょっと近すぎ...!!」
慌てて抗議をしたが、
「お前が、ついて来て欲しいと言っただろう」
シュバルツは意にも介さず、
「行くぞ」
とアリシアごと大広間から消えた。
アリシアが気づくと、そこは見慣れた城の一室だった。
生まれ育ったゼクストン城の王の執務室である。もっとも、アリシアが普段ここに入ることはあまりなかったのだが。
「この一瞬で、移動したのか...」
アリシアが呟く。
シュバルツは、アリシアを包んでいたマントを下ろすと、
「もうすぐ、部屋の主がやって来るぞ。...他にも誰かいるな。しばらく消えている。必要なら、呼べ」
と言って、姿を消した。
「アリシアは、まだ見つからんのか!」
父王の怒声が聞こえてきた。
「八方手を尽くしているのですが...」
これは、メイデンの声である。
二人は歩きながらこちらへ向かっているようだ。
アリシアが、執務机の上に書いた手紙の束を積み上げると、ちょうど王が部屋に入ってきた。
「アリシア、お前...!! どうしてここに?! 一体、今までどうしてたんだ!」
驚きを隠せない父王に、アリシアは、にっこり笑って、
「お話があります、お父様」
と切り出した。それからアリシアは、ちらりとメイデンを見つつ、
「人払いをお願いしたいのですが、メイデンなら、いいでしょう」
と釘を指し、これまでの事情を語った。
アリシアの話に王は頭を抱えた。
「よりにもよって幽霊城へ行くとは...」
王の傍らでメイデンは、首を傾げ、
「王女の話をお信じになられるのですか?」
と、王に尋ねた。
「ゼクストンの王だけには、代々語り継がれておるんじゃ、あの城にだけは、近づくな、とな」
「知っておられたなら、ご協力いただけますね?! お父様」
アリシアは詰め寄る。
「...真実を知らせずに、生け贄を差し出すのか?」
と、王は皺を深くするが、
「生け贄ではありません」
アリシアは、きっぱりと言いきった。
「...確かに、魔王であると、知らせるつもりはありません。滅亡伝説が真実で、大魔王が目を覚ましたなどと知れ渡れば、騒乱になってしまいます」
アリシアは、真っ直ぐに父王のを見据え続けた。
「これは、賭けです。力がある以外は、人と何も変わらないと彼の者は言いました。ならば、この三月の間に、彼の者に人の世を惜しんでもらうよう、何かしなければならないでしょう?」
アリシアの言葉に、王はしばらく無言で考え込んでいた。
メイデンはと言えば、王女と王に交互に視線を走らせ、話の行方を探っていた。
「...新たな大公の縁談を、か」
「兄上には、もうお妃がいらっしゃいます。私の縁談で頭を悩ませておられましたが、各国には、ゼクストンと結ぶに、もうひとつの好機であると思っていただけるのでは?」
「...わかった。協力しよう。お前の策にかけよう」
そう言うと、娘の家出に心を痛めていた父王は、取り敢えずは無事でよかったと、アリシアを抱き寄せた。