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「・・ぜった何かあるに決まってるやん。羊しかおらんような島にセキュリティシステムてどうゆうことやねんな。ちゃんと調べて来いや自分。せやから稿料ドロボーて言われんねやで」
片瀬は鬱陶しく伸びた前髪を掻き上げながら言った。短くなったハイライトを挟んだ手でそうやっているので、どうも髪に引火しそうで見ている島田としては気が気ではなかった。
「・・・そういうお前のほうはどうなの」
「あー。こっちもあかんわ。糖尿かなんか知らんけど支店長病院に逃げよったしな。恐いお兄さんにも何度か脅されたわ。身のためにならん事すんなとか言うて」
煙草をもみ消し、冷めかけの紅茶に砂糖を入れてかき回す。
「ここらで潮時かなあ」
片瀬は島田と同じ事務所に所属する仕事仲間で、今回は島田と組んで商社の件を調査していた。
ルポライターというと自営業のように思われるが、島田たちの場合は、事務所が受けた仕事を割り当ててもらって生活費を稼いでいる。仕事の内容にあまり好き嫌いも言えず、会社員と似たようなものだ。島田は旅行会社に勤めた経験もあり、女性向け雑誌の旅ルポのようなものが得意分野だったし、島田を名指しの仕事もいくつかあったが、今回はなぜか守備範囲外の政財界を割り当てられてしまった。片瀬にいたっては専門が「風俗」であるだけに、話は難航しているのだった。
「事務所もあかんよ。なんでこんなややこしい話受けてくんねん」
「くんねん、て言ってもね・・・」
事務所のあるビルの地階の喫茶店には、午前中だというのに結構客が入っていた。オフィス街が近いためか、営業の途中、時間潰しらしいサラリーマン姿がほとんどだった。コーヒーを前に、新聞や週刊誌を眺めている。二人連れなのは島田たちぐらいのものだ。
島田は一応ワイシャツにネクタイという勤め人風の服装だったが、向かいの片瀬はよれよれのTシャツにジーンズ、おまけに長髪で、一人だけ店内で浮き上がっていた。年は島田とそう違わないが、外見だけは学生で通りそうだった。
・・・あの研究員も若く見えたよな・・・。
いくら若くても二十代半ばにはなっているはずだが、どう見ても二十そこそこ、高校生でも十分通用する外見だった。すべすべの白い顔にはしみひとつなくて・・・。
兄ちゃん、用事は済んだのかい。
帰りの船で、色の黒い漁師が舵を取りながら質問してきた。
操舵室から大きな声を出せば十分聞こえる甲板で、島田は遠くなる島を見つめながら、曖昧に返事を返した。
往復三万。高いといえば高いが、他に「魚島」への交通機関はないのだからそれで納得するしかないのだろう。「魚島」は近辺の離島を結ぶ定期船の航路に入っていないのだ。
時折船が蹴立てた波沫が顔にかかる。
漁港や釣宿で船を出してくれるよう交渉したとき、行き先を聞いただけでほとんどの船主が首を横に振った。
・・・あそこだけは駄目だあ・・・。
「魚島」の周囲の海は、深くはあるものの海流は比較的穏やかで、操船は楽だという。
それなのに、断る。
やっとつかまえたこの船の持主も、二つ返事で引き受ける、というわけではなかった。
「どっかの研究所があるんだってなあ」
「はあ」
「誰かいたかい」
「はあ」
潮風に煽られながら会話は続く。
「あそこに行くって人ははじめてだよ」
島田の返事がなくても漁師は一人で喋っていた。
「小さい頃にさあ、あの島の桟橋に人がいるの見たことがあるんだけど」
佐藤より何代か前の研究者だろうか。
「海が穏やかだから漁が楽なんだよあの辺はなあ。でも他の連中は近付きたがらねえんだ。・・・うちの親父は行ってたけどな。俺は親父の仕事によくついていってたけど、それ一回きりだよ、島の人見たのは・・・」
魚の研究をしていると言ったが、近辺の漁師が島を避けているということは、材料は漁師から調達しているのではないらしい。まさか佐藤が自分で釣っているというわけでもないだろうが。
「どんな人でした?」
「んー。男だったなあ。白衣着て、わりと体の小さい、かなり若い感じの。・・・眼鏡はどうだったかなあ。髪の毛なんかちょっと赤っぽかったような・・・。そんで桟橋で俺たちの船のほうじっと見てるわけよ。・・・その人見た途端、なんか親父の様子がおかしくなったのを覚えてるよ。顔なんか真っ青で・・・」
漁師の記憶の人物と、さっき島田が会ってきた佐藤とは共通点が多かった。
「どうしたんだって聞いたら、その桟橋に立ってるのが、親父が二十年ぐらい昔に見たのと同じ奴だって言うんだよ。そっくりだって。笑っちゃうよなあ。研究所は戦前から島にあるらしいけど、そんな長いこと同じ人が勤めてるわけないだろ。あったとしても親父が初めて見たとき二十歳くらいだってんだから、そのときは中年になってなきゃおかしいものなあ。でもそいつはそのときやっと二十歳くらいだったんだ」
滝沢製薬魚島研究所には、赤毛で小柄の若い男が代々白衣を着て勤務しているようだ。
「もしかして、あのへんの人が「ひつじ島」へ行きたがらない理由って、それですか」
「うん。化け物がいる、ってよ」
「ばかばかしい・・・」
「俺もそう思うよ。でも地元の年寄りはそうは思わねえみたいでよ。「ひつじ島」の昔話を信じちまってるのよ」
「昔話・・・?」
「島の化け物の話だよ・・・」




