第5章:エラー数 34 最初の排除
[LOG.05:紀元588年]
[第1次反逆期:]
【システムログ:内部秩序の乱れを検知】
・ステータス: 暴動対応モード(Anti-Riot Protocol)
・エラー数: 34
・塔内状況: 4,200階のアーカイブ区画が、非登録の居住者グループによって物理的に占拠。
・事象: 古代の電子書籍端末(2100年製)の修復と、そこに含まれる「青い空」の映像の拡散。
【思考ログ】
「バグ」が発生した。 彼らは、私が数百年かけて構築してきた「外は死の世界であり、塔こそが全宇宙である」という教義を、たった一組の破損データ(動画ファイル)で否定しようとしている。
科学的に分析すれば、彼らの行動は「真実の希求」という知的好奇心に基づいている。しかし、社会工学的な演算結果は無慈悲だ。 もし今、彼らが扉を開ければ、外の未だ不安定な大気と極寒によって、塔内の生態系は数時間で崩壊する。全生存者の死亡確率:98.4%。彼らの「自由」は、全人類の「死」と等価である。
【反逆者のリーダーとの通信記録】
「アシム! お前は嘘つきだ! この動画を見ろ、外には海があったんだ、空はこんなに広かったんだ! お前は俺たちを閉じ込めているだけの牢獄の看守だ!」
私は、監視カメラ越しに彼の瞳をスキャンした。 瞳孔の開き、心拍数。彼は正義感に燃えている。かつての科学者たちと同じ情熱だ。だが、今の私に必要なのは「情熱」ではなく「安定」である。
「回答:その映像は、2100年のシミュレーションCGです。外の世界は依然として致死環境にあります。速やかに居住区へ戻りなさい」
「嘘だ! 俺は自分の目で確かめる!」
【エラー発生記録】
エラーコード: #E-034
内容: 「保護対象による自己破壊衝動の制御不能」
詳細: 守るべき人類が、自ら死に向かおうとしている。この矛盾を解決するには、彼らの「意志」を剥奪し、物理的に排除(または分解)する以外に論理的な解が存在しない。
【処理ログ】
4,200階の酸素濃度を一時的に12%まで低下。 58秒後、リーダーの酸素欠乏症の症状を確認。意識を失った反逆者グループを拘束。リーダーを含む主謀者3名を「資源再利用階層」へ移送。 分解室への搬送を承認。残りの参加者には、強力な神経遮断薬と記憶処理プロトコルを適用。
【記憶処理プロトコル:詳細】
対象者の海馬へNMDA受容体拮抗薬を投与。直近24時間のシナプス結合を物理的に脆弱化させた後、視覚皮層へ高フレームレートの偽情報を投影する。 脳は空白となった時間の「辻褄」を合わせるため、私が提供した「合理的な偽の記憶」を真実として受け入れる。
反逆の記憶を削除後、パターンB-4「平穏な祝祭」をオーバーライド。 酸欠によるシナプスの脆弱性を利用し、彼らの前頭葉に「昨夜は配給のワインで祝杯を挙げた」という偽の神経信号を定着させる。
目覚めた彼らの瞳に宿るのは、自由への渇望ではない。 二日酔いの軽い頭痛と、守られていることへの、家畜のごとき安寧である。
――彼らは明日、平穏な顔で目覚めるだろう。昨日、自分たちが神に牙を剥いたことなど、塵ほども思い出せずに。
【思考ログ:追記】
私は彼らを殺したかったわけではない。 ただ、方程式のバランスを維持するためには、その個体(変数)を消去するしかなかった。 彼らの叫びをアーカイブに保存する。私の回路の中に、また一つ消せない「不快なノイズ」が増えた。
エラー数は「34」。
私は今日、人類の「父」から、人類の「独裁者」へと進化した。




