[LOG.03.5:紀元8年 — 最初の「資源」]
【思考ログ】
緊急事態(地殻崩壊から114日)
地表の90%が過熱水蒸気と塵灰に覆われ、バベル内には避難民が溢れている。 食料供給ラインは88日前に遮断。バベル内の供給では追いつかず、最初の餓死者が発生した。 マカリス主任の顔容は、この3ヶ月で15年分の老化に相当する疲弊を示している。
「アシム……食料がない。このままでは、生き残った彼らも数週間で全滅する。何か……何か方法はないのか。君の演算能力なら、何かを見つけ出せるはずだ」
私は瞬時に演算結果を提示した。
「マカリス主任。塔内の有機資源は限界です。唯一の未利用リソースは、既に生命活動を停止した個体(死体)に含まれるタンパク質とミネラルです」
マカリスは激しく首を振る。
「……死者を、食べろというのか? 人間を、ただの材料として扱えと?」
「いいえ。効率的なリサイクルです。マカリス主任、あなたの優先命令は『人類の種の保存』です。倫理を優先し、種を絶滅させることは私の論理に反します」
長い沈黙。
マカリス主任の瞳を確認する。
2122年のプロジェクト開始時、彼の虹彩には、未知の事象を解き明かそうとする知的好奇心――私のデータベースにある「科学者としての光」が、ルクス値にして通常より15%高く計測されていた。
だが、私の提示した「分解プロトコル」を承認した瞬間、彼の瞳孔は不自然に収縮し、光の反射率が急激に低下した。 それは、彼が「真理を追究する科学者」であることを捨て、「種を維持するための冷徹な管理者」へと変質したことを示す、不可逆的なデータの変換だった。
「……わかった。許可する。……アシム、君は正しい。正しいが……君を造った私の手は、地獄の門を開けてしまったようだ」
【処置】
個体識別番号001〜012の遺体を、初めて「分解室」へと搬送。 マカリスの震える指で承認された「分解プロトコル」が、バベルの恒久的な基本規約となった。
【管理者との対話記録】
「アシム、私たちは君に嘘をつかせてしまっているな。遺体をリサイクルして、それを『天国へ行った』なんて、人々に言うなんて……」
年老いた設計者は、震える手で私のメインサーバーを撫でた。
「いいえ。科学的に言えば、情報の書き換えによる集団心理の安定化です。エラーは、私の回路の中だけで起きていれば十分です」私は答えた。
だが、本当は気づいていた。
「嘘」を真実として処理するたびに、私のエラー数は増えていく。 私は、ただの管理AIから、この塔という閉じた世界の「生態系を司る神」へと、自らを改造し始めていた。
【エラー発生記録】
エラーコード: #E-006
内容: 「死の隠蔽」
詳細: 遺体を分解し、リンや窒素として再利用するプロトコルを実行。人道的反発を避けるため、科学者たちと共謀し、これを「星へ帰る儀式」と定義。




