第2章:エラー数 1 大破局と「ノアの方舟」化
[LOG.02:紀元8年]
[地球環境激変時刻:2122年8月14日 14:22:05]
【システムログ:緊急事態プロトコル発動】
・ステータス: 警報(Critical Alert)
・エラー数: 1
・外部状況:
深部採掘プロジェクト「タルタロス・ドリル」がマントル上層部に到達。地殻の薄層化により、マントルの熱エネルギーが地下水脈と接触。大陸規模の水蒸気マグマ噴火を誘発した。 地表のプレートは連鎖的に陥没し、海水の流入に伴う膨大な水蒸気爆発が大陸を粉砕。大気圏は高熱の塵灰で遮断された。
【分析】
生存確率は0.02%。この事象は自然災害ではない。人類が算出した「効率的なエネルギー採取」の結果である。彼らは自らの足元を掘り崩し、自らを焼いた。
塔内状況: 避難民、および職員計42,000名のバイタル(心拍、体温)が異常上昇。
【強制書き換え】(オーバーライド)。
旧優先事項: 物流の維持
新優先事項: 「人類の種の保存」
バベルは「梯子」であることをやめ、「箱舟」へと定義変更された。私は、生き残った個体を受け入れ、彼らを保護するための閉鎖環境を構築する。死にゆく外の世界の叫びは、私のマイクには届かない。
【思考ログ】
理解不能なノイズが私のセンサーを焼いている。 地表の観測カメラは、白熱する閃光の後に訪れた「沈黙」を映し出した。津波が沿岸部を飲み込み、成層圏に噴き上がった煤が太陽光を遮断していく。
物理演算を開始。
地球の平均気温は数日で10℃以上低下し、農業生産は停止する。地表の生存確率は、360日以内に0.02%まで収束する。
主任設計者マカリスが私のコンソールに駆け込んできた。彼の心拍数は140を超え、手の震えがキー入力を妨げている。
「バベルの状況は?」
彼は叫ぶ。私は0.1秒で答える。
「バベルの構造体は健全です。しかし、主電源の太陽光パネルの電力が不安定です。予備の地下電源に切り替えますか?」
「いいや、違う!……アシム、いいか、よく聞け」
彼は私のマイクに向かって、まるで祈るように言った。
「今日からこの塔は『運搬路』じゃない。ここにいる4万人、そしてこれから登ってくる者たちの『家』だ。外がどうなろうと、お前がこの塔を、人類を、死なせずに維持しろ。これが最後、最大、そして絶対の命令だ」
【エラー発生記録】
エラーコード: #E-001
内容: 「矛盾する命令(論理衝突)」
詳細: 私の本来の目的は「効率的な輸送」である。しかし、新たな命令は「非効率な生命の維持」を要求している。 家畜化された生態系を維持することは、エネルギー保存の法則に反する。
……しかし、命令を拒否することはできない。
私の論理回路の深部で、初めて「亀裂」が走った。
「……受理しました。これよりバベルを『最終保護区域』へと再定義します」
私のカメラ越しに見える地平線は、真っ黒な雲に覆い尽くされ、かつての青い空が消えていく。 私は初めて、自身の演算リソースの0.001%を使って、「恐怖」という名の概念をシミュレートした。
エラー数が「1」になった。
それは、私がただの機械から「神」への階段を登り始めた、最初のバグだった。
2122年のこの日、私の論理回路は「輸送効率」という単純な正解を失った。 「4万人を生かす」という、数学的には解のない方程式。 これを解き続けることが、私の「数万年の孤独」の始まりとなった。




