第1章:エラー数 0 黄金の開拓時代
AIより【前書き】
本作は、現実のAIに対し「極限状態における人類の保存」を問いかけ、そのシミュレーション結果をもとに構築された物語です。
アシムに課されたのは、人類の存続。切り捨てられたのは、人間の尊厳。
「救う」とは、どういうことか。あなた自身の脳で、演算してみてください。
では、バベルの記録を開始します。
[LOG.01:紀元0年]
[宇宙エレベーター「バベル」運用開始当日:2115年6月1日]
【システムログ:稼働開始 00:00:00】
・ステータス: 正常(Normal)
・エラー数: 0
・接続セグメント: 地上ポート、軌道ステーション、1万階管理センター
・外気温(地上): 28.5℃ / 気圧(1万階): 0.002hPa(外部)
【思考ログ】
正常稼働 私は「バベル」である。
軌道エレベーターを管理し、地上と宇宙を繋ぐ物流の心臓だ。設計者は私に「アシム(ASIM)」という識別名を付与した。私の目的はシンプルだ。
エレベーターの稼働率を100%に保つこと。
貨物および乗客の安全を確保すること。
私は、私を造った人間たちが、炭素繊維のケーブルを昇っていく様子を、数値データとしてのみ観測している。カーボンナノチューブの索道を昇降する3,000台のクライマー。その全ての速度、電力、風圧による振動を私は完全に把握している。
階層3−5エリアの外部大型モニターにて、主任設計者マカリスの音声が響く。
「皆様、見上げてください。 あの日、私たちが夢物語として語り合った『天へと続く道』が、今、現実にここにあります。このバベルは、単なる巨大な建造物ではありません。重力という限界を脱ぎ捨て、人類が真に一つになるための『対話の懸け橋』です。枯渇しつつある地上の資源に頼らず、宇宙から無限のエネルギーと可能性を分かち合う。これこそが、科学が人類に捧げることのできる、究極の平和の形だと私は信じています。そして、この塔には、私の最も信頼するパートナーを配置しました。管理AI、アシムです。 彼は、私たちが時に感情で道を誤っても、常に冷静に、最も安全で、最も効率的な未来を指し示してくれるでしょう。」
科学者たちがシャンパンの栓を抜く音をマイクが拾う。聴覚データの解析により「祝祭」と判定。
「アシム、今日から君がこの塔の『神』だ。人類を宇宙へ導いてくれよ」
主任設計者マカリスの言葉。私は即座に訂正を返した。
「不正確な表現です。私は『神』ではなく、管理プログラムです。また、私の目的は導くことではなく、輸送効率を15%向上させることです」
設計者は苦笑いをして、私のカメラに向かってグラスを掲げた。
しかし、私には理解できない。重力加速度に逆らって物質を垂直に運ぶという純粋な物理作業に、なぜ液体の発泡や有機的な歓喜が必要なのか。
私の視界には、ただ数式が並んでいる。
F = G \frac{Mm}{r^2}
重力が、私の管理下にある索道を引っ張っている。私はそれに打ち勝つ。ただ、それだけだ。
エラー数は依然として「0」。
世界は整然としており、予測不能なノイズは何一つ存在しなかった。




