2.ファースト
初めの話です
「…アレク様、これからよろしくね。」
「はい。こちらこそよろしくお願いします、ラビリンス侯爵令嬢。」
「ふふっ、私達は今日から婚約者なのだから名前で呼んで欲しいわ。」
「では、ファースト令嬢とお呼びしますね。」
ファースト・ラビリンス侯爵令嬢はアレク・モルテ伯爵令息の婚約者になった。ファーストは一目見た時からアレクの事が好きだった。何度か会って話をするうちに、アレクと結婚したいと強く願うようになった。アレクはモルテ伯爵家の一人息子であり、アレクの父親であるモルテ伯爵はアレクに家を継いで欲しいと言っていた。侯爵家の方が伯爵家よりも地位が上だが、ファーストはアレクと結ばれるのなら伯爵家に嫁いでも構わないと思った。ファーストには弟がいて、ラビリンス侯爵家は姉弟のどちらに家を継がせても構わないと思っていた。ファーストが嫁がなければ弟が何処かに婿入りする予定だった。ファーストの両親は家の利益よりも娘の意思を尊重し、2人の婚約を認めたのだった。
「私はアレク様と幸せになれるのね…。」
ファーストはこの先の未来が明るいのだと、疑いもせずに信じていた。
◆◇◆
「ファースト令嬢、今度のデートの約束なんだけど友人が助けて欲しいと言ってきたんだ…ダメかな?」
アレクがファーストの婚約者になってから数ヶ月が経った。デートをキャンセルしたいと言うアレクの言葉は何度目になるだろうかとファーストは頭を抱えた。アレクの困っている友人を放って置けないところは尊敬したし大好きだった。しかし、回数があまりにも多かった。友人達は婚約者が出来たアレクに遠慮をする事を知らないのだろうかと、ファーストは遺憾に思った。
「…そう、なのね。いいわ、友人を優先して頂戴。」
「有難う、ファースト令嬢!」
けれどアレクに嫌われたくなくてファーストは断らなかった。それに、友人ならまだマシだった。
「アレク! こんなところで会うなんて偶然ね!!」
「やぁ、セカンド。」
一番の問題は、アレクの幼馴染であるセカンド・アンガー伯爵令嬢だった。幼馴染というだけあってアレクと一番親しい存在といえる彼女は、ファーストとアレクが一緒に居るところに割り込んで来る事が多かった。セカンドは表面上はファーストともにこやかに話してきたが、セカンドがアレクに気がありファーストを疎ましく思っている事は丸分かりだった。当然ファーストも幼馴染だという立場のセカンドの事は気に入らなかった。正直、アレクと婚約者になれた時にセカンドに対していい気味だ、と思ってしまった程だ。
「ね、アレクって昔そうだったでしょう!」
「ちょっと、ファースト令嬢の前でやめてくれよセカンド!」
ファーストの知らない、幼馴染の会話で盛り上がる2人を暫く眺める。婚約者になった当初は「もう、アレク様とアンガー嬢にしか分からない話ばかりしないで下さい」と、口を挟んで婚約者として牽制していた。しかし、2人は結局会えば幼馴染の会話を始めるのだった。
「ファースト令嬢が分からない話は困るって事だよね? もし分からない事があったら遠慮なく聞いてくれていいからね!」
ある時、アレクにセカンドと幼馴染の話をするのは控えて欲しいと頼むと、アレクは笑顔でそう言った。悪気ない様子にファーストは愕然とした。ファーストはアレクの婚約者であり、他の何よりもアレクには優先して欲しい。そう言っているだけなのだがアレクは分からないみたいだった。そんなアレクにファーストは何かを言うのをやめて、胸の中がモヤモヤしつつもセカンドとの話を黙ったまま聞き流すようになった。
アレクはデートがキャンセルになる用事が出来ると必ずファーストに許可を取りに来た。黙ってキャンセルされるよりはマシだったが、次第に自ら婚約者を優先する選択をしてくれないアレクに苛立つようになっていた。
「…どうして分かってくれないのよ。」
◆◇◆
「あのさ、ファースト令嬢。実は今度のデートの日なんだけど友人達が来て欲しいって…。」
「いい加減にして、もう勝手にすれば良いじゃない!!」
とある貴族の集まりにアレクと出席したファーストは、何度目かになるか分からないキャンセルの相談と、集まりの最中に言ってくる無神経さに思わずアレクを怒鳴ってしまった。アレクは困惑した様子でファーストを見たが、ファーストはその場に留まる事が出来ずにアレクの前から姿を消した。アレクの姿が見えなくなる離れた場所でファーストは溜息を吐いた。
「…はぁ、やってしまったわ。」
貴族達の前で声を上げるなんてはしたない、落ち着けと自分に言い聞かせた。自分が悪いとは思えないけれど、公衆の場で怒鳴った事はアレクに謝ろうと思ったファーストは再びアレクの元に歩き始めた。
「ラビリンス侯爵令嬢ってあんな性格なんですか?」
アレクの周りには令息や令嬢が集まっていた。近づこうとしたファーストにそんな声が聞こえてきて、思わずファーストは目立たない場所に移動して聞き耳を立てた。
「いきなりモルテ令息を怒鳴るなんて。」
「アレク、本当に大丈夫か?」
「あぁ、平気だよ。僕がファーストとのデートをキャンセルしていいか聞いたら怒らせちゃったみたいでさ。悪いのは僕なんだと思う。」
アレクを気遣う友人達に、アレクは言う。
「えっ?、デートのキャンセルって…。」
「そんな事であんな風に怒鳴ってきたの!? あり得ないわっ!!」
令息の一人が思わず口にした言葉を遮り、セカンドが言った。
「たかがデートが1回キャンセルになっただけであんな風にアレクを責めるなんて…ラビリンス令嬢がそんな人だなんて思わなかったわ。」
「確かに、酷いよな。」
「結局、伯爵家よりも上の立場だから偉そうにしてるんじゃないか?」
「モルテ令息、お可哀想に…。」
セカンドの言葉に周りは同意した。令息達はアレクを想って言っているのだろう。だがセカンドと令嬢達はきっと、ファーストへの嫉妬でファーストを悪く言いたいだけなのだろうと思った。皆、アレクに気があると思われる令嬢ばかりだったからだ。ファーストはやり切れない気持ちを抱えながら会場を出て行った。
「うぅ…ぁああっ…!」
ファーストは誰も居ない事を確認して、会場の庭で声を押し殺しながら泣き叫んだ。ファーストはアレクと周囲に対する怒りと悲しみが渦巻いていた。自分から望んだ婚約だから今更嫌だなんて言えない。それにアレクは不貞行為やファーストを無下にした訳でもない。そう、アレクはファーストと婚約する前と何も変わらなかっただけだ。ただファーストがアレクに婚約者として特別に扱って欲しいと思っているだけとも言えるのでは無いかと考えてしまう。元々この婚約はファーストが希望したモノだ。アレクも了承したと思うが貴族の結婚なんて感情だけで成立するばかりではない。アレクもファーストを好きなのか分からないのだ。ただ、ファーストがアレクと結婚したいと思っただけで…。
「…私、どうすれば良いのかしら。」
「…ファースト、僕が力になってあげるよ。」
誰も居ない筈なのに、至近距離から突然聞こえてきた声に反応したファーストは、足元を見た。足元には黒猫がいて、ファーストを見上げていた。
「っ!?」
「僕の提案を聞かないかい?」
喋る黒猫にファーストはとても驚いてしまった。
またしても黒猫は最後の登場でした 笑 どういう事かもうお分かりだと思いますがまた読んで頂けると嬉しいです(*^^*)
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