1.ラスト
ざまぁ、ではない比較的平和なお話です。黒猫シリーズを知っている方にはお馴染みのネタです。
ラスト・ハーピー伯爵令嬢は研究にしか興味がない。オシャレやお菓子、恋愛話に興味がなく、性格も愛想がないと言われ、貴族令嬢に相応しくないという声もあった。ラスト自身そう思っている為、面と向かって嫌味を言われても反抗せずに適当に相手をしていた。ラストの外見は目立ちはしないが整っており、ドレスやアクセサリーも両親や侍女が選んだ物を抵抗なく受け入れている為、社交場で大きな問題になる事もなかった。
だが貴族令嬢として生まれた以上伯爵家の為に結婚するのは義務だ。ラストには兄が居るのでハーピー伯爵家は兄が継ぐ。ラストはハーピー伯爵家にとって利益となる何処かの家に嫁がなくてはならない。ラストを受け入れてくれる家はあるのだろうかと、家族はとても心配していた。
「ラスト、お前の婚約者候補にアレク・モルテ伯爵令息の名が挙がった。」
そんなある日、ラストの父に呼び出されると婚約者が出来た事を知らされた。アレク・モルテ伯爵令息は、人間関係が薄いラストもよく聞いた名前だった。外見は爽やかな好青年といった感じで、とても人気があった。引く手数多なイメージがあるモルテ令息が何故ラストと婚約なんだ、と疑問はあったがラストは了承した。
「ラスト嬢、これからよろしくお願いします。」
「はい、こちらこそ。」
顔合わせの日、アレクは笑顔でラストに挨拶をした。ラストは愛想がなく真顔だがアレクは気にしていない様子だ。
「僕達は婚約者になった訳だけど、何か僕に要望とかないかな?」
「…私は研究にしか興味がありません。愛想もありませんし、不快な想いをさせると思いますが大丈夫ですか?」
「本当に研究が好きなんだね。分かった、僕は平気だよ。」
その後も穏やかに時間は過ぎ、アレクは終始笑顔でラストの言葉に頷いてくれた。そんなアレクにラストは益々、何故こんな素敵な人が他の令嬢ではなくラストの所に来たのかと不思議に思った。
◆◇◆
「やぁ、アレク! それにハーピー伯爵令嬢。」
アレクと婚約者になってから数ヶ月が経った。とある貴族の集まりでアレクと出席したラストは、アレクの友人と思われる令息達に声をかけられた。アレクは嬉しそうに挨拶をし、暫くはアレクと令息達の会話が続いた。
「なぁ、ハーピー嬢。少しいいかな?」
すると令息の一人がラストに声をかけた。
「貴女は研究がお好きなようですが、アレクの婚約者だという自覚はありますか?」
「はい?」
「この間のデート、研究が理由で来なかったそうですね。」
令息はハーピーに対して笑顔ではあるが、その言葉にハーピーを非難する敵意が込められていた。
「婚約者よりも研究が大事なんですか? アレクが可哀想ですよ!」
「…おい、研究の事は顔合わせの時にラスト嬢と話をしていると言っただろう? 僕は納得しているんだからやめろよ。」
アレクは困ったように令息達に言うが、令息達は首を振った。
「いやいや、お前は優しすぎる! 俺達はお前がハーピー嬢とデートした話なんて聞いた事がないんだ。キャンセルされたのは今回だけじゃないんだろ!?」
「それは、予定が合わなくなったからだよ。」
「俺達はお前には幸せになって貰いたいんだ! だからハーピー嬢の態度は許せないんだよ!」
令息達の冷たい視線はラストに向けられる。
「…アレク様はどう思われますか? 私が研究を優先するのは、本当は困りますか?」
ラストは令息達ではなく、アレクに質問した。
「えっ、いや、僕は構わないよ。」
「ハーピー嬢! アレクが優しいからってそんな卑怯な方法を取らないで頂きたいっ!!」
令息達は益々ラストを非難した。ラストはただ、アレクの本心を確認したかっただけであり、何が卑怯なのかも分からなかった。
「あの、何が卑怯だったのでしょうか?」
「アレクが嫌だと言える訳ないじゃありませんか! ふん、意外とあざとい所があったのですね。」
令息はラストを軽蔑するように睨みつけた。
「はぁ、あざとい…ですか?」
ラストは訳が分からないといった様子でいると、令息達は呆れた様子を見せた。
「…全く、どうしてアレクの婚約者がハーピー嬢なんだ。」
「アレクなら、もっと良い相手がいるに決まっているのに。」
「アレク、ハーピー嬢は反省していない。もっと良い相手を探せよ。」
「おい、ラスト嬢に失礼だろ!? ここまでにしてくれ! すまないラスト嬢。」
「いえ、私は気にしてません。」
アレクが心配そうにラストに謝罪するが、ラストは気にする素振りもなかった。そんなラストの態度に苛立った令息が大声を出した。
「ハーピー嬢は、アレクの婚約者に相応しくないっ!!」
「何を言っているの? ラスト・ハーピー伯爵令嬢ほどアレク・モルテ伯爵令息に相応しい人は居ないわ。」
突如聞こえてきた声に全員が声のする方へ顔を向けると、
「フ、ファースト・ラビリンス侯爵令嬢!?」
令息の一人が声をあげると、ファーストは微笑んだ。そしてファーストの背後には他にも令嬢がいた。
「セカンド、久しぶりだね。」
「えぇ、久しぶりねアレク。」
アレクが声をかけたのは、アレクの幼馴染のセカンド・アンガー伯爵令嬢だった。
「ねぇ、さっきハーピー嬢を侮辱する声が聞こえてきたんですけど…寄って集って令嬢を侮辱するなんて令息としてのマナーがなってないんじゃないですか?」
令息達を睨みつけたのはサード・グレル伯爵令嬢だ。他にもフォース・サクリファイス伯爵令嬢、フィフス・ベンデッタ子爵令嬢…など数名の令嬢が集まっていた。
「い、いや、それは…。」
突然現れた令嬢達に令息達は勢いを失い、気不味そうな雰囲気になった。
「ねぇ、貴方達はモルテ令息の友人よね。少し前に貴方達が一緒に居る所を見た事があるわ。先月もその前も…一緒に居る事が本当に多くて、とても仲睦まじいのね。」
ファーストはそう言うと意味深に微笑んだ。
「私も知ってるわ。逆に、ハーピー嬢と一緒に居る所を見た事も聞いた事も無いのよね。ねぇ、どうしてアレク?」
「あぁ、それは皆に頼まれたからだよ。色々と手助けをして欲しいとか、他の貴族との交流で僕にも傍にいて欲しいとか、後は…男同士で食事しようとかだね。ラスト嬢と会う約束をしていた日と被った時が多かったな。」
セカンドの質問に、アレクは思い出すように答えた。アレクの答えに令息はえっ、と言った顔をした。
「ア、アレク…ハーピー嬢と先約があったのか!?」
「あぁ。でも皆が困ってるとか、絶対に来て欲しいって言うからさ。」
アレクが笑顔で答える。
「えっ、いや、な、何で教えてくれなかったんだよ!?」
「えっ、いやだって、みんな困ってたんだろう? ラスト嬢も良いって言ってくれたし。」
狼狽える令息達の様子をアレクは不思議そうに見ている。
「…アレク様との約束が無くなった日は研究に専念できましたし、私も研究に専念したくなった日はアレク様との予定をキャンセルしました。そんな日が重なる事が多くて、中々会う機会がありませんでしたね。」
ラストの言葉に令息達は何とも言えない顔をした。
「ふんっ、勝手にハーピー嬢が一方的に予定をキャンセルしていると思い込んでハーピー嬢を責めるだなんて、恥を知ったらどうですか? そもそも、モルテ令息の予定というのは全部貴方達のせいではありませんか!!」
「全くですわ。」
「本当にあり得ませんわよね。」
「ハーピー嬢がお可哀想…。」
サードが令息達を睨みつけると令息達は顔色を悪くした。フォースやフィフス、その他の令嬢達も令息達を非難し、令息達の肩身が狭くなっていった。
「アレク、貴方の友達思いの優しい所は素敵ではあるけれど、本当は婚約者の立場からすると悲しかったり辛かったりもするのよ。分からないかもしれないけど、ハーピー嬢ほど貴方に相応しい方は居ないんだって事は理解してね。」
「えっ? …あ、あぁ、分かったよ。」
セカンドの言葉に、アレクは戸惑いながらも頷いた。事の成り行きをただ見ていたラストに、ファーストが声を掛けた。
「ハーピー嬢。貴女にとってもモルテ令息は素敵な婚約者だと思っているのよね?」
「…はい、私には勿体無いくらいです。」
ラストが研究を優先する事に文句を言わず、デートの約束もキャンセルされる事が多くて研究に専念させて貰える。おまけに性格が良いのだから申し分なかった。ラストが頷くとファーストは満足そうな顔をした。
「ですって、貴方達もハーピー嬢以上にモルテ令息に相応しい婚約者はいないと思わない?」
ファーストの何処か迫力のある笑みに、令息達はぎこちなく頷いた。こうして、今一歩状況を理解していないラストとアレクがいながらも収まった状況に、令嬢達は満足そうに微笑んだ。
その様子をパーティ会場の外の窓から黒猫が見届けていた。
今回の黒猫の出番ラスト一文だけでした 笑 今回は暴力シーンはないので平和なお話です。もし宜しければ今後も読んで頂けると嬉しいです!




