女神の定義
「おまっ!?」
余りの出来事の連続に放心していた俺は、ハッと我に返り叩き落とされたスマホを慌て拾い上げ・・・・ようとしいたが、その腕はスマホを掴む手前で止まった。
謎の婆に腕がガッシリと掴まれた。
「ふ、ふざけんなよ、フグ・・・・て、力つえぇな!?」
見るからに骨と皮の細い腕、だが俺が全力で動かそうとしてもびくともしない。その馬鹿げた怪力に目を丸くする。
「それを持たせたら、お主またよからぬ事をするじゃろ?」
ウッソだろ!?
俺が顔を真っ赤にしているのに婆は涼しい顔で平然としている。少しも力を入れている様に見えない。しかも婆は小柄だ。下手したらその体ごと少しは持ち上がってもおかしく無いのに。
こいつ、合気道の達人か何かかよ!
「・・・・良からぬとかッ、人聞きが悪いクソ、どっちが良からぬ事をしてんだよ、ボケてんのか?」
「わしをぼけ老人と一緒にすなど不届きなのじゃ」
「ボケてなきゃ・・・・フン、人の家に勝手に上がって・・・・このクソ・・・・こないだろ!」
「間違って来たわけじゃないわい。間違いなくお主に用があって来たのじゃよ、ていっ!」
「あ!」
焦りを隠し軽口を飛ばすが、婆に何食わぬ顔のままさらりと躱されてしまう。それが悔しくてさらに全身の力を使って踏ん張ってみるが、まるで地面に固められた銅像でも持ち上げようとしてるかの様で、一切動かせる気が全くしなかった。
そんな均衡とは呼べない一方的なせめぎ合いは、またしても暴挙で終わりを迎えた。
婆が軽い掛け声を上げ、俺のスマホを蹴り飛ばした。
「あ、ごはっ!!」
「ぐほぉ!!」
飛んでいくスマホ。
俺は情けない声を上げ目がスマホを追いかける。そのあんまりな暴挙に愕然とした俺は不覚にも引っ張っていた力を抜いてしまった。
曲がりなりにもせめぎ合っていた一方の力が抜ければどうなるか。
俺の力が抜けたことで俺は当然婆の腕力で引き寄せられる。
その勢いは俺の全力相当。
俺と婆の頭同士が激突。そしてお互いが仰向けに倒れた。
両者ノックアウト。
「うぐぉぉぉぉっ・・・・お主、女神に対して何たる仕打ちをするのじゃ! この数億年でも稀に見る罰当たりものじゃぞ!」
「ぐうう、いやどう考えてもお前が悪いだろ・・・・てかどんだけ石頭なんだよ! ふざけんな、仕打ちで言えば俺のほうが被害が大きいわ。婆に夜這いされるなど恐怖だろが!」
「よ、よよよよ夜這い違うわ!! わしだって選ぶ権利があるんじゃ」
「ちょっと待て、どういう意味だ、婆」
不法侵入のくせして何て失礼な婆だ。こんな奴はさっさと警察に突き出して・・・・・・って、
「あああああああああ」
「な!? なんじゃい、騒がしい」
俺の絶叫に婆がビクリと体を震わせる・・・・が、俺はそんな婆の反応など目に入っていない。
何故なら。
「ス、スマホが壊れてる!!」
婆に蹴られ壁に激突したスマホは衝撃で画面にヒビが入り角が欠けてしまっていた。
スマホを待つ手を振るわせ膝から崩れ落ちる。
「変えたばっかなのに・・・・・・これ保険でいけるのかな」
今回のプロジェクトのためにと一番スペック良いものにしたから高かったんだぞ、これ・・・・。
悲壮感で項垂れる。
発売直だったのもあって14万だ。ここの家賃2ヶ月半分近くにもなる。
愕然とする俺に背後から追撃が。
「何じゃそんなもん」
「そんなもんとは何だ!? 出たばっかで高かったんだぞ。くそぉ、うちのアプリを動かすのに用意したのに・・・・・・」
「しみったれた奴じゃのぉ。どれ貸してみ、わしが直してやるわい」
そう言うと俺の手から壊れたスマホをひょいと婆が奪っていく。
「あ、てめ。余計なことすんな。今なら保険で直るかもしんないんだぞ。それ以上壊れたらどうすんだ」
「ガタガタ五月蠅いのぉ。いいから黙って見ておれ」
奪い返そうとする俺の顔を足裏で押さえ、婆がスマホに手を翳す。すると淡い光が婆の手からあふれ出てきた。
俺はカサカサな婆の足裏と格闘していたのだが、光があふれてきたところで思わず見入ってしまう。
その光から不思議な安心感というか安らぎの様なものを感じた。
淡い光に包まれていく婆。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
あ、ちょっと怖いかも。
光の陰影で顔のしわが一層際立ちまるで化け物の様相だ。この安らぎ空間が中和しているから俺も叫び声を上げずに済んでいるが、もしそれが無ければ俺は乙女チックな悲鳴をあげていた事だろう。
「ほれ、出来たぞい」
いつの間にか婆の足裏から解放されていた俺に婆がスマホを放り投げ寄越す。
呆けてした俺は慌ててスマホをキャッチ。
「何すんだよ。これ以上壊すんじゃねぇ。畜生、絶対弁償させてやっから・・・・・な?」
偉そうに振舞う婆に文句を吐きつつ哀れな姿になってしまったスマホに目を向ける。
6インチ大型ディスプレイが自慢の最新機種だったのだが、その自慢のディスプレイが無残にも・・・・・・・あれ?
「・・・・・ひびが無くなっている」
どういう訳だか元の綺麗な状態になっていた。角の欠けた部分も直っている。
クルクルとスマホを回して色んな角度から確認するが損傷らしいものは一つも見当たらない。
スリープを解いて動かしてみる・・・・動作にも問題は無い。
「は、なんで?」
見間違えたか?
壊れていなかった?
「言ったじゃろ、直してやると」
どうだと言わんばかりに垂れて膨らむ位置が下にずれている胸を張る婆。直すも何もお前が壊したんだろうと文句を言いたいのをグッと堪える。
それよりもこの謎の現象の方が気になった。
「どういことだ?」
トリック?
有るとすれば壊れた様に見せて実は何でも無かったって感じか、いつの間にか別なものとすり替えていたか。
だがそのどちらもピンと来ない、と言うかそれをする意味が分からない。
そもそもこいつは・・・・・・・・
「1,1,0」
「だから警察に電話するのはやめるのじゃ」
婆が叫ぶ。のじゃのじゃ五月蠅いのじゃ。
そうだよ、手品ではぐらかされそうになったが、こいつ不法侵入の不審者だった。
「お前何者だよ?」
「女神じゃ」
頭が痛くなる。
さっきから誰何が全てそれで片付けてられている。
女神って何だよ・・・・てか婆で女神は無理あんだろ。せめて女神の最低基準を満たしから言ってこい。美しさとか、若さとか、若さとか、若さだ。
「ほんに失礼なやつじゃのう。女の神様だから女神であって、歳は関係ないのじゃ」
「?」
あれ、顔に出てしまったか?
言ってもいない事でツッコまれた。
婆が「よっこらせ」と自称女神に有るまじき掛け声を出し、丸いちゃぶ台の前に腰を下ろす。するといつ間に用意したのかお茶をズズッとすすった。
・・・・・・・・ん?
いやいやいやいやちょっと待て!?
「おい、そのちゃぶ台とお茶はどうした。どっから出てきた?」
いつの間にか置いてあったちゃぶ台。俺の部屋には元々無かったものだ。
当然ながら湯呑みも、そもそも茶葉だって無い。
なのにさも当然と部屋の真ん中に鎮座している。
「さて、お主への用なのだが」
「・・・・無視かよ」
傍若無人な婆は、俺の疑問を一切答える気など無いどころか耳にすら入ってない様子に天井を仰ぐ。沸々と湧き立つものに拳へと力が入る。だがここで殴ってしまっては俺の方に非が出てしまうのでグッと我慢だ。犯罪者になるのは御免だ。
深呼吸を数回繰り返し気持ちを静める。
そんな俺を薄ら笑いを浮かべみる婆。何となく今の考えも読まれていそうな気がしてくる。
「先ずは確認じゃが、お主は結城晴斗、28歳独身、彼女いた歴は過去に一度あるが随分とご無沙汰。某中小IT企業でシステムエンジニアをしており会社の家畜となり下がったしがない中年予備軍。俗世と決別した生活を送っている為人生に何の快楽も無い」
「喧嘩売ってんのか?」
「間違っとるかね?」
俺のピュアなハートをゴスゴスとハンマーでたたきまくる婆に、もう犯罪者になってもいいかなと思う。
だがしかし、見透かすような婆の視線と確認を促す言葉に、何一つ言われた事に相違無い事に気付いてしまった俺の戦意は直ぐに折れた。
「くっ・・・・・・概ね合っている」
ちょっと涙が出てきた。
すると婆がふっと鼻で笑う。
やっぱりこの婆やってしまうか?
「まぁ、そう怒るでない。わしはそんな人生ゴミ虫のようなお主に、救済と生甲斐を与えてやろうとやって来たのじゃよ」
うん、殺ってしまっていいと思う。
「とても自称女神(笑)が吐いていいセリフじゃないが、どういう意味か言ってみろ。それによっては俺のゴミ虫人生最後の花道をお前で飾ってやる」
「ケケケケケ、威勢の良い男じゃよ。まぁだからこそお主を選んだようなものだがな。早速だがお主に趣味を与えてやろうと思うておる」
笑い方がまるで妖怪だ。似合ってるぞ。
悉く女神の定義を覆してくる婆が説明を始めようとしたところで、俺は手のひらを婆の前に突き出した。
「ちょっと待て。その前に確認しておきたい事がある」
「何かの?」
「お前が《《神》》かどうかを証明しろ。そうじゃ無ければ俺は即座に警察に通報する」
「わしが《《女神》》かどうかの確認か? 見れば分かるじゃろうに」
「見た目だけで判断しろと言うのであれば俺は警察では無く自衛隊に出動要請をせねばならん」
昔から妖怪や怪獣退治は自衛隊と相場が決まっているからな。
「だれが妖怪じゃ。まぁよいわ、今後の事もあるからのぉ。お主の主張も聞かねばならんか」
「!! お前、俺の思った事分かんのか!?」
「ケケ、《《女神》》じゃからの。それ位は当然じゃ」
何と恐ろしい妖怪だ。こうやって人心を惑わせて生き血を啜る気だな。
「また失礼な事を考えておるようじゃが、まぁええじゃろ。わしが《《女神》》たる力はさっき見せておると思うがのぉ。そのスマホとやらを奇跡の力で元通りにしてやったでは無いか?」
婆が俺のスマホを指差す。確かに一度壊れたスマホが元に戻っている。だが・・・・・・
「それだけではどうにも胡散臭い。そもそもこれを壊したのがお前だからな。元から何か細工をしていたとも限らん。現にお前は俺が寝ている時に侵入しているからな。それだけでは《《神》》だと信じる事は出来ん」
そう言って、俺は憮然とした態度で腕を組む。
こんなのはちょっと仕掛けを作れば出来そうだ。俺はそんなちゃちな心霊商法に引っ掛かる男ではない、と思う。
「まったく疑り深い男よのぉ。ならば何じゃったら信じるんじゃ?」
婆が呆れたといった表情で訊いてきた。
・・・・・・
いやおかしいだろ。何でお前が呆れてるんだ。俺は至極真っ当な事を言っているにすぎん。そもそも神だの何だの言っている怪しい奴を疑らない奴がいるわけが無い。
「ほれ言うてみい」
指を一本ずつ滑らかに折りこみカモンとジェスチャーしてくる婆。
めちゃくちゃ腹立つ。
だがここでまた何か文句を言っても、この婆は飄々と受け流してしまうだろう。
精神に負荷をかけすぎた所為かギリリと奥歯が鳴る。顎が痛かった。
これ以上婆に付き合っていると俺の貴重な睡眠時間が減ってしまうので、話しの流れに乗り、機を見て追い出す作戦に移行することにした。この婆はきっと自分の用件を済まさないと帰らなそうな気がしたのが理由だ。
改めて考える。
この婆が《《神》》だと立証する方法。
・・・・
・・・・・・
・・・・・・・・
んなもん分かる訳ねぇだろ!!
そもそも俺は神など信じちゃいないし、宗教に詳しくも無い。一概に神といっても宗教によって様々だ。
死んだ奴を蘇らせる、とか?
身近なのだと母方の爺さんか・・・・・・・・いや、今更生き返ってきても困る。少ないながらも土地とかの遺産問題でごたごたしたんだ。もうあんな騒動は御免だ。それにマジで蘇っても気持ち悪いし怖い。
ならば怪我を治す。
これならスマホの様に細工は難しい。
だが残念ながら今怪我して無いから無理だ。故意に自分を傷つけるなんてそんな痛そうなことは出来ないし、婆の戯言に身を犠牲にするつもりはさらさらない。
ならなんだ? 何なら奇跡と言える?
・・・・・・・・俺に可愛い彼女ができる、とか・・・・・・・・
うくっ、認めたくは無いが今の俺の生活環境ではこれは奇跡になるかもしれん。
これを言うか?
もし、万が一、億が一叶うとしたら物凄く得じゃないか。出来なくても損がある訳じゃない。元々いないんだし・・・・・・・・・・・・。
これはいい考えだと悪い笑みがこぼれた。
「よし、婆。それなら俺に満足できるような《《とびっきり可愛い彼女》》をくれ」
「お主、それを堂々と奇跡と称するところが何とも悲しいが・・・・・・まぁええじゃろう。今後のお主への報酬もかねてその願い叶えてやろう」
「え、マジで?」
婆が立ち上がり両手を広げると、神々しい光が婆から出てきた。
今度の顔は恐くない。
婆自体が光っているから逆に皺を光で飛ばしている。
その姿を見て「え、マジで」と二度目の驚きを口にする俺。
すると数秒間光ったのち、光は徐々に収束していき元の薄暗い電気の明るさだけに戻った。婆は一仕事終えたとばかりに手で額の汗を拭っている。だが乾燥している婆の肌から脱ぎ取るような水分が出たとは思えない。きっと感覚的な行動だろう。
俺は辺りを見渡す。
部屋が狭いから一瞬で見終わる。
「オイ、カノジョ、イナイ」
やばい、意外と期待していたのか落胆で片言になってしまった。
ちょっと恥ずかしい。
婆は何を言っているんだと言わんばかりに目を細めていた。
「《《見知らぬ女がいきなりここに現れた》》ら驚くじゃろうが、良く考えんかい。そんな《《得体の知れない奴など怪しすぎて警察に通報》》してしまうわ」
「おい婆。それはお前そのままじゃねぇか」
「わしは《《女神》》じゃからええんじゃ」
「何かにつけて《《神》》を盾にしやがって」
「・・・・・・お主、意地でもわしを女神と言わん気じゃな」
「言ってしまったら世界が崩壊する」
それだけは絶対無理だ。信じる信じないの話しでは無い。あってはならないことだ。俺にだってポリシーはある。
「で、結局俺の彼女はどうなった。やっぱりできませんでしたで終わりか? それなら話が早い、今すぐ出ていくか望み通り警察に通報されるか選ぶが良い」
「まったく、女神に対して何たる横柄な態度を取る奴じゃ。親の顔が見てみたいものじゃ。奇跡は確りと行われている。出会いの加護をお主に与えたからのぉ。そう遠くないうちに、お主が出会えたであろう《《もっとも理想の相手たち》》にめぐり逢えるはずじゃ。じゃが勘違いするでないぞ。これはめぐり逢わせを強くしただけで、相手を強制的にお主のことを好きにするわけではない。あくまでも引かれ合うのは当人の心であってそこに神意は含まれておらん」
「つまりは好きになるのは自然のながれだと?」
「そう言う事じゃ。じゃからもしその者と出会ったとしても何も気にせんでええといういことじゃ」
「・・・・・・・・ふむ」
確かに、これが本物の奇跡であって、それが俺を強制的に好きにすることであれば、女性に悪い事をしてしまったような気になってしまう。
だが婆の言葉通りであれば、女性が俺を好きになるのは本人の気持ちであって、この奇跡はその可能性がある女生と俺が出会える確率を確定したということだろうか。
ふむふむ、それはいい事だ。
「解ったかの? さて、これでどうじゃ、と言いたいが。お主の事じゃ、今すぐおきもしない奇跡では信じんのじゃろう? ならばもう一つお主に《《体験》》させてやるかのう」
そう言うと婆が指をパチンと鳴らす。
一瞬フワッと体が浮く感覚が俺を襲った。
そして、次の瞬間・・・・・・・・・・。
「おわああぁぁぁぁぁ」
俺は《《東京の夜景を上空から拝んで》》いた。




