顔面格差社会
大概嫌な予感というのは当たるものだ。
これには絶対関わっちゃいいけないと思うものに限って関わるようになる。堤氏なんかが良い例だ。
だが今回はそれに自ら関わろうとしている。面倒だと思う中に飛び込もうとしている。
俺と言う人間は自分で言うのも何だが利己的で人間関係に希薄だ。
学生の頃付き合いがあった友人でも卒業してしまえばただの知人、自ら連絡を取ろうともしないので今も深く付き合っている人は皆無。
別にそれで良いと俺は思っている。
必要だから付き合う。利があるから関わる。それは別に特別変な事だとは思わない。
そう思っていた、そう考えていた筈なのに。
俺は自分に利の無いどころか下手したら特大の害になるかもしれない事をしようとしている。あそこに関わると言うのはそういうことだと。
あの集団で俺が見てしまったもの、それは端的に言えば《《犯罪》》だ。
『盗撮』、その現場を見てしまった。
先頭で階段を上る少女、その後ろについて行く集団に紛れて一人の男が先頭の少女を隠し撮りしていた。
しかもあの角度・・・・完全に黒だろう。
足元からのローアングル。
何を狙っての隠し撮りかは一目瞭然。
別に正義面する気はない。
今こうして俺が動いたのも正義感からのものではない。
では何でなのか。
嫌悪だ。
姑息で卑劣な行為に対する怒りなのか、あるいは別な何かなのか、自分でもハッキリとしないが、だが俺は腹が立った。
どうにも《《あの少女に対して卑劣な行い》》をしている事が何故だか許せなく感じた。
先頭の少女は顔を見ていないが漂う雰囲気は間違いなく美少女。周りの反応からして有名人かなにかなのかもしれない。ただの一般人で無いのだろう。
だからという訳じゃ無い、と思う。
知り合いでも無い相手に対して不思議ではあるがどうしても許せないと感情的に動いていた。
これが面倒ごとになると分かっているのに、だ。
「君、ちょっといいかい」
躊躇いもせずに俺は盗撮犯に向かっていた。
彼の周囲には多くの学生がいた。そんな中に突然俺みたいな人間が割り込めば驚くのは無理もない。周囲の学生たちの目が必然的に俺へと集まる。
だがそれすらも今の俺にはどうでもいいことに思えた。
普段よりも低くなった声で男を呼び止め肩を掴む。
「!?」
相手は少年だった。制服を着ている、学生のようだ。
頭に血が上っていたからそれすらも見えていなかったみたいだ。
男子学生はびくりと体を震わせると勢い良く振り返った。
目が合った。
男子学生の見開いた目がどこか狂気じみていて一瞬気圧されそうになるのをぐっとこらえる。
そして改めて件の男子学生をマジマジと見た俺は、意外な事態に困惑の表情を浮かべる。
犯人の男子学生が予想外の美形だった。
この顔で何で? そう言いたくなる様なイケメン。まず間違いなくモテる顔。
中性的な顔立ちで化粧もしているのか、パッと見女の子にも見えそうだ。
マジかよ、これで何で盗撮をするかね?
こういうと偏見になってしまうが、こういった行為をするようには到底見えない相手だ。
意外な犯人に怒りが冷めて代わりに呆れがやってくる。
だがそれがどんな人物であれやってしまった事には変わり無い。
視線を下に向けれると彼が手に持つ大きめのバックがある。何かのスポーツでもしているのだろう、ドラム型のスポーツバックだ。それを肩にかけるのではなく不自然にも手に持っている。
何故か。
そこにカメラが仕込んであるからだ。
バックの端、少しだけファスナーが開いている。一見しただけでは分かりにくいが、その奥のカメラのレンズが僅かに見えている。
すれ違い様に俺が気付いたのは偶々だ。光ったから何だろうかと気になって、《《最近非常に良くなった視力》》がその存在を捉えた。
よく見ると撮影中を表すためのものか赤いランプもついている。
周囲は何事が起こったのか分からずキョトンとしている。
やっぱりと言うべきか誰も彼がやった事に気付いていない様子。
犯人の男子学生はせわしなく瞳を動かしているのは、逃げる手だてを考えてでもいるのか。
にしてもこいつ、ムカつく位イケメンだな!
挙動不審なのにそれでもカッコいいとは、実に腹立たしい。
だが俺は大人だ。そんな妬みで動いたりはしない。だからここは穏便に事を済ませる。そうしないと狙われていた少女が要らない辱めを受ける事になるかも知れないし、コイツも出来心で外れてしまっただけなら戻れる様にしてあげた。
「は、離せよ《《おっさん》》!」
「お・・・・」
などと考えていた時もありました。
だが俺の仏心などシャボン玉よりも割れやすい。
おっさん!?
声をかけた少年の吐き捨てに驚愕に目を剥く。その衝撃たるや大きく、危うく階段を踏み外すところだ。
お、俺を・・・・おっさん・・・・・・・・いやいやいや、俺まだ20代だし、会社では未だ若手として通っているし。
・・・・はぁ!?
脳内で混乱が渦巻き濁流となった怒りに変わる。
慈悲をかければ調子に乗ったイケメンめ、俺をおっさん呼びだと!
クソイケメンよ・・・・もうお前に対する慈悲は無し!!
「離すわけないだろ」
「いっ、いた、なにすんだ、クソ、うっ」
ついカッとなり、気が付けばクソイケメンの肩を押さえ腕を捻り上げていた。
犯人の少年は片膝をつき苦痛に顔を歪める。それでもバックを手放さないのは執念がなせる技なのか、犯罪の証拠がバレるのを恐れてのことか。
だが何れにせよ、この感情的になり取ってしまった行動が失態であると知るのは直ぐの事だった。
「きゃぁ、二葉先輩が!」
「ん?」
周りにいたJKが悲鳴を上げる。
そして一人の悲鳴が呼び水となりそれが周囲に波が広がる。
「誰かここに暴漢がいます」
「何なのおじさん、二葉君から離れろよ」
気付けば周囲から俺は厳しい眼差しを向けられていた。
恐怖、怒り、嫌悪、忌避。
そのどれもがいい感情でないのは直ぐにわかる。
罵声も飛ぶ。俺を非難し悪と断じる声が上がる。
え、いや待て、違う!?
否定をしようにも時既に遅く、俺が弁解する間も無く事態は加速する。
「誰か警察呼んで!」
「いきなり襲うなんて、この犯罪者!!」
何が起きているのかを俺は確りと理解できていなかった。何故に俺が責められているのか状況を飲み込めていなかった。
狼狽える俺を置き去りに事は更に加熱。
「くっ!」
背中の痛み。
誰かに殴られたみたいだ。脚も蹴られたのだろう、ズキリとする。
敵意に満ちた目が俺を取り囲む。
最早俺が違うと叫んだどころでどうにかなるとは思ない。
何で、何でだ?
状況は最悪だ。この場での悪は俺となっていた。
「二葉君が襲われる」
「何よあのおじさん、二葉君に何してんの!」
「離しなさいよおじさん。涼をいじめるな」
この時になってやっと気づく。
俺が少年を押さえつけた事の意味を。
く、これじゃただの暴力だ。
この場の誰もこの少年がやった事に気付いていない。
それはつまり、今こうしているのは俺が《《犯人を取り押さえた》》ではなく、突然《《何もしていない少年に因縁を付け暴力を振るった》》になる。
そうなってしまったのは俺の短絡的な行為が故。
俺がちゃんと対応できていれば起こらなかった事故。
面倒事が嫌だったのに、自ら面倒事を起こしてしまった。
「なぁ離せよ、おっさん」
腕を捻りあげられていた少年が、苦痛に顔を歪めながらも不適な笑みを浮かべる。
その眼差しは勝ち誇る様に、それでいて俺を見下したもの。
それを目の当たりにした俺はどうしようもない遣る瀬無さを覚えた。
これが仮に逆の立場だったのなら違っていたのだろう。
きっとこうはならず、正と悪が逆転することもなかった。
なぜか。
《《彼がイケメンで俺がそうでは無い》》からだ。
全てがそれで敵味方になる訳じゃないだろうが、こうも一方的に罵られる事は無かったはずだ。
あまりに理不尽だ。
その被害妄想とも呼べる仮定に愕然としていると、「こっちです」と駅員を呼ぶ声が聞こえた。
「すみません。落ち着いてください! 階段は危険ですから皆さん速やかに移動をお願いします」
「離れてください。そこ危ないですよ」
野次馬を下がらせながらやってきた駅員は2人。
駅員は俺と盗撮犯の少年を見て困惑気味に眉を持ち上げる。
もうここまで来ると逆に笑ってしまいたくなる。
面倒ごとどころの話じゃ無いぞ、これ。
クソイケメンが勝ち誇った顔をしている・・・・こいつ馬鹿なのか?
クソイケメンは履き違えている。これで自分が助かったとでも思ったのだろうが、実際はそんな事はあり得ない。こうなった以上俺とこいつは事情を聞かれるだろう。その際に事のあらましを話せば盗撮をした証拠がある限りこいつが逃れられる事はない。俺が腕を捻ってしまったが、これだって必要だったことと見做される可能性の方が高い。
だからコイツがこれで有利になる事は無い。
だがそれと同じくらい俺が有利になることも無い。
確かに俺は最終的には罰せられる事は無いのだろう。事実が分かれば直ぐに解放してももらえると思う。多少はやり過ぎだと注意は受けたとしてもその程度だ。
しかしそれはあくまでも事実を知ったら、の事。
つまりその事実を知らなければ何時迄も俺は悪となる。
そう、風評被害だ。
事実がこの後明らかとなっても、それがこの場にいた全員に伝わる訳じゃ無い。だからこの場でのことが彼等彼女等にとっての真実となる。それは噂となり、噂に尾鰭背鰭と付け足され、それが実しやかに語られる広まっていく。
そうなればもう俺はこの駅は当面使えない。それどころか会社にも噂が流れ立場を悪くするかも知れない。
ようはこの場での俺が無実だと証明されなければ詰みなのだ。
「あの人が突然彼に突っかかっていったんです。多分二葉君を狙うストーカーかなんかだと思います」
「はやくその気持ち悪いおじさんから彼を助けて」
だがそれはヒートアップしたこの状況下では望めない事。
駅員だって野次馬が集まっておるここで真相の究明などしないだろう。
だからと言って俺がいくら声を上げようとそれは逆効果でしか無い。
今だって全く身に覚えのないいわれ・・・・・・・・いやいや待て待て!?
ストーカー?
は、ストーカーって何だよ!?
え、しかもクソイケメンに対して?
遠目で見ていた野次馬たちが俺を指差しヒソヒソと話している。
これもう絶望しかないやつ。
良かれと思ってしたことなのに・・・・・・・・慣れない事をするんじゃなかった。
そんな遣る瀬無さに唇を噛む。
関わるんじゃなかった、いつも通りにやり過ごしていればこんな事にはならなかった。
強い後悔と怒りにもうどうでも良くなってくる。いっその事このクソイケメンを殴ろうかとさえ考えてしまう。
「その人が責められるのは間違っています」
そう自暴自棄になりかけた時だった。
まるで曇天から差し込んだ陽光の様に、怒号飛び交う喧騒の中に凛とした声が差し込まれた。
その声は不思議なほどスッと耳に入ってきた。
それは俺だけではなかったようで、この場いるほとんどの者が一瞬で静まり声の方へと視線が向く。その様が何かを崇める様に見上げている。
「その人は悪くありません」
静まり返った中で再度染み渡る鈴音に、俺の目も自然と吸い寄せられる。
それが誰の声なのかと考えるまでも無かった。
俺はあの先頭にいた少女へと視線を向けた。
「ッ!?」
思わず息を呑んだ。
見上げた先にあったもの、それが圧倒的に『華《《はな》》』であったからだ。
一人高所に居る為か、或いは純粋な少女の持つものなのか、少女は雑多の中で隔絶とした存在感を放っている。この場がモノクロで少女だけ色彩豊かに塗られている様な、一目で他とは違うとわかる圧倒感がある。
その少女を例えるなば《《正統派のヒロイン》》だろうか。
『何言ってんだコイツ、気持ち悪い』そう思える表現だが、現に目の前にいる少女に抱く感想はそれに集約されている。
俺がこも業界にいるからってのもあるが、少なからずクールジャパン文化を楽しむヲタクどもであれば皆んな間違いなく納得してくれる表現だ。
正統派のヒロインとは何か。
それは万人に好かれる美少女だ。
つまり、『《《かわいい》》』である。
クリッとした大きな瞳に小ぶりだけどスッと筋良い鼻。淡いピンクの艶やかな薄い唇。まだ成熟していない丸味のある輪郭に、きめ細やかな白い肌。
そのどれもが愛らしく守ってあげたくなる魅力で溢れている。
RPGに出てくるお姫様など、一時代を築いた名作はどれもが正統派のヒロインを使っていた。
最近ではかなり個性的なヒロインも増えてきているが、やはり正統派は根強い人気があるので多くの作品で使用されている・・・・・・・・・・・・俺も好きだ。
そんな『キャラ』が目の前にいる。
これが二次元じゃなくて三次元なのが驚きだ。
だからこんな的外れな感想を抱いて呆けてしまうのも仕方がない事だ。
「あ・・・・え?」
駅員が間の抜けた声にハッと我に帰る。
バカが、呆けてる場合じゃないだろ!
駅員はあたふたとしていた。視線に落ち着きが無い。
もしかしなくとも少女が原因だと思う。
やっぱり芸能人か何かか?
助けて、くれたんだよな?
少女の言動から察するにそうだ、と思う。
少女と目が合った。申し訳なさそうに眉尻を下げている。
やっぱりか・・・・でもそうなると・・・・。
「あの、詳しくお話を聞きたいのですが」
挙動のおかしい駅員とは別の年配の駅員が少女や俺を見ながら説明を求める。
俺は覚えた《《違和感》》を取り敢えず置いておき、この場の流れを唯一変えられそうな少女へと目を向けた。
少女は色素の薄い髪が揺れる。
「彼は私を助けてくれたのであって悪い事をした訳じゃありません」
「助けた、とは?」
駅員の聞き返しに少女は一呼吸入れると口を開く。
「《《ずっと盗撮されていた》》のを止めてくれました」
「な!?」
少女が毅然とした態度でそう話すと、駅員を含めこの場にいたほぼ全員が驚きの声を上げた。
辺りは一気に騒然とする。
「と、盗撮って、どゆこと?」
「え、もしかしてコイツが」
「ちょっと二葉くんがそんなことする訳ないでしょ。これあのおじさんが」
「でも違うって言ってんじゃん」
「そ、そう言えば、あいつの動き変だったかも」
野次馬たちが好き勝手に騒ぎ出す。その声は困惑と驚きに満ちている。
「ち、違、俺は・・・・」
クソイケメンが慌て出し、流れは徐々に傾きだす。
「ずっと後ろにいたかも」
「え、じゃぁ間違いねんじゃね?」
「違うわよ。彼がそんなこと」
「いやいや怪しいって、あのバックなんて特にさ」
疑惑の目がクソイケメンに向けられる。動揺を隠しきれないクソイケメンが不自然な形であのスポーツバックを抱えたものだから尚更だ。
気が付けば誰も彼もがクソイケメンに嫌疑の目を向けていた。
「ち、違う、何もしていない。し、知らない・・・・何なんだよお前ら!?」
逃げたそうとするクソイケメンの両腕を駅員が双方から掴む。
クソイケメンはそれで観念したのか項垂れた。
「申し訳ないのですが着いてきてもらえますか」と駅員が俺と少女にも声をかけた。
これ、助かった?
俺は未だ困惑気味に「え、えぇ」と頷き、少女が「分かりました」と落ち着いた様子で答えていた事に恥ずかしを覚えながら駅員ののあとに続く。
結局世の中顔ってことなのかな?
イケメンだからと疑われず、美人だから信じてもらえる。
野次馬の間を進みながら、俺は世の中の顔面格差社会を目の当たりに憂いを抱く。
とは言えこれで俺への風評被害は無くなりそうだし、この騒動にも終わりを迎えられそうだ。
助けた? 助けられた? 少女には感謝だ。
あの場で口外するのは勇気がいる事だろうと思うし恥ずかしかったと思う。
でもそのおかげで俺は噂による冤罪被害は免れる事になった。
事情聴取が終わったのはそれから約30分後のことだった。
特に問題はなかった。俺に非が無いことは直ぐに判明し、駅員からは謝罪までされた。
少年のことは駅員からは何も聞かされることはなかった。未成年だしプライバシーの問題もあるのだろう。
ただ少女が『ありがとう』と言っていたことだけは伝えられた。
そこでようやく俺は良い事をしたのだと思えた。ただ今後もやろうとは思わないが。
多分駅員さんの配慮だろう、加害者の少年にも被害者の少女にもその後は会う事は無かった。
疲れた心身を引きずり電車に乗って帰った。
アパートに着く頃には完全に夜になっていた。
「あ、弁当買ってない!?」
アパートの階段を登っていると重大な事を思い出した。
色々あって結局弁当を買うのを忘れていた。
仕方がないのでスーパーに寄る事にした。
今日はよく階段を上り下りする日だ。
しかし時間を短縮するつもりが随分と余計にかかってしまった。
本末転倒とはまさにこの事だ。
スーパー迄の道すがら空を見上げた。
「・・・・そう言えば」
一切星が見えない夜空を見上げていて、ふとひっかかっていたある事を思い出した。
それはあの時、少女が俺を擁護した時に感じていた違和感だった。
「《《盗撮されていたのを最初から知っていた》》よな、あの子」
可愛らしくも凛とした少女。
誰しもがクソイケメンの行為に気付かず俺を暴漢だと罵っていた。
だがあの少女は違うと否定した。
その時少女は確かこう言っていた。
『ずっと盗撮されていたのを止めてくれました』と。
それはつまり少女が盗撮をされていたのを知っていたと言う事。しかもそれを止める事もせずに。
怖かったのか、あるいは恥ずかしさから言い出せなかったのか。だがどちらにしても少女が知っていた可能性が高い。
何故だろう?
そんな事を考えているうちにスーパーに着いた。
俺は答えの出ない思考を追い出し買い物を始めた。
何と無く弁当を買い忘れた事の引け目からか、神さん用のプリンを買い物かごに入れていた。




