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異世界ゲームは趣味である ~レベルという概念の無い世界でレベルアップするのは反則だろうか~  作者: シシオドシ


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生贄

「という事で、加藤、よろしく」

「何がという事か全然分からないっす!」


 堤氏の提案してきた仕様変更は殊の外真面な範囲であり乗るべき内容だった。納期に関しても余裕とまでいかないが問題無く許容範囲内。そのことをディレクターの時田さんに話し確認したらあっけなくOKが出てしまった。プログラム変更のスケジュールも室長の「任せる」の一言で終わりだった。


 なので早速堤氏から預かった仕様書を厄介ごとを持ってきた加藤に押し付けたのだが、加藤はそれを一向に受け取ろうとしない。


「堤氏からの《《お願い》》だよ」

「いや全然わからないっす。え、受けたんすか? 本気で!?」


 いやいやと首を振る加藤は信じられないものでも見たような顔だ。

 まぁ内容を知らなければ誰だってそうなるのだが。


「安心しろ、彼にしては常識の範囲内だよ・・・・まぁ押し付けてきてはいるが」

「それは先輩もっす。それに堤さんの常識は一般での非常識っす」


 本人が聞いたら絶対怒りそうなことを口走る加藤につい苦笑いが浮かぶ。


 確かにな。


 加藤の言っている事が至極もっともだと俺自身も思った。

 普段から振り回され続けてきた身としては、まぁそう思うよな。


「今回は本当に大丈夫だ。スケジュールも十分間に合う範疇だし、ちゃんと時田さんと室長の許可ももらってる。だからお前の休みが無くなる事もない」

「・・・・本当っすか?」


 半信半疑の目を向け汚物でも掴む様に書類を手にする。

 立ったままで加藤がペラペラとページをめくっていくと次第にその堅い表情が感心したように緩んでいく。


「へぇ、なるほどっす。確かにこれだったら行けそうっすし、内容的にも面白いっす」

「だろ」

「でもこれだとグラフィックが上がってからじゃ無いと手を付けられないんじゃないっすか。時間がかかるのだって調整くらいでメインのシステム自体はほぼ修正無しで行けそうっすからね。現行のを消すくらいしか何も出来ないっすよ」

「実はもうグラフィックは出来上がっててもらっている」

「うわ、それ絶対やらせる気満々だったパターンじゃないっすか」

「まぁそうだな。けどそのおかげで進めるんだけどな」


 差し替える為のグラフィックデータが入ったメモリーを加藤に手渡すとひらひらと手で躍らせる。

 どうやら加藤も乗り気になってくれたようだ。

 今回の修正はやった方が良いのは誰が見ても分かるからな。


「この後のミーティングでそれやるから内容だけは頭に叩き込んどけよ」

「了解っす」


 兎にも角にも堤氏襲来の件はこれで片が付きそうでなによりだ。




「では明日からB班はこの内容でエフェクト追加をお願いするわね。その分A班がデバックを重点的に」

『はい』

「それでは工程会議はこれで終了します。急ぎで終わらせないといけないのが無いのであれば今日はこれで解散でいいわよ。帰れる時に早く帰りなさい。それじゃお疲れ様」

『お疲れさまでした』


 ミーティングは室長の挨拶を持って30分ほどで終わった。

 既に着地点が見えた今回のプロジェクト。堤氏の無茶振りも無茶では無いものであった為、室長が言う通り余裕が生まれたのかみんなの顔も晴れやかだ。

 まだ17時前だが、就業時間自体がフレックスの俺たちは、自分の裁量で出社も退社も出来る。ただ気分的に一般的な時間に合わせてしまうが、やる事さえやっていればその必要は全くない。しかもこれだけ余裕が持てるのはいつぶりだったか。なのでミーティングが早くに終わったので後は自由にしろとのこと。

 この後どうするかと同僚たちには相談している姿もある。

 そんな年に何度あるかわからないゆとりを感じながら机に広げた資料を片付けていると、「ちょっと結城君」と耳を抜けていく涼やかな声。きっとその落ち着いた美声で呼びかけられたら男性の大半は振り返らずにはいられないだろう。


 だが俺は違う。


 いや俺だけでは無くこの場にいる社員全員きっと同じだと思うのだが。


 うそだろ!?

 振り向きたく無い。幻聴であれ!


 俺は美声に反応したく無かった。

 ふと見れば先程まで楽しそうにこれからどうすると話していた同僚たちが足早に部屋から立ち去っていく。


「聞こえたのかしら、結城くん」


 くそぉ、幻聴じゃ無いのかぁぁぁ!?


「は、はい。すみません、何でしょうか《《田所室長》》」


 不機嫌さを感じる低い声に慌てて振り返る。そこにいたのはのは妙齢の女性。

 確か今年で38か39になると聞いた。何がとは言えない。言ったら物理的にも社会的にも殺されそうだから。

 だがハッキリ言って全然見えない。30前後と言われてもそうかなって思うくらいだ。何がとは言わないが。


 女性のわりには身長が高く170cmほどで、ヒールを履いているからこうして向き合っても目線はほぼ一緒。


 そして声同様にこのお方は見た目も振り返ってしまうような美人。

 切れ長の目が如何にも出来る女を醸し出し、常に冷たい表情が逆にそそるともっぱらの評判。

 それであるのに現在独身、結婚歴は無し、ついでに彼氏もいないという。


 そんな誰もが羨む様な理想の女性上司然りとした、第二システム開発室長こと『田所初美』がたわわに実る胸の下で両腕を組んでいる。


「あなた、暇でしょ」

「・・・・」


 唐突な物言いの不躾なお言葉。

 世が世なので人によってはパワハラ発言だと騒ぎ立てるかもしれない。だが室長がどう言った人物かを知っている俺は、怒るよりも警戒心が掻き立てられる。


 この方は普段から歯に衣着せぬ物言いをする。それこそ上司にもお構い無しの猛者だ。

 だが彼女にはそれが許されるだけの実力がある。


 『氷の女帝』、それが彼女に与えられた我が社での二つ名


 容姿と女王気質が溜まらないと、我が事業部以外の一部の社員に信奉者が多数居るともっぱらの噂だ。

 この業界ならではの業の深さを感じる。


 因みに何故ウチの部に信奉者が居ないのか、だが・・・・それには理由がある。


 一つは単純に実被害が大きいから。


 室長は出来る人であるが故に自分にも他人にも厳しい。だから直属の部下は崇めるよりも慄く心が強い。


 もう一つは、これも身近である同部署ならではの理由なのだが・・・・それが今俺が抱いている警戒心の理由でもある。


「暇、と言いますか・・・・」

「暇よね」

「・・・・・・・・暇です、かね?」


 有無を言わさぬとばかりに断言する室長。

 これは良からぬ流れだと察した俺は、何か理由をつけてかわそうと思っていたのだが、あえなく強制シャットダウンされ終了。

 そのあまりの強権ぶりは流石『女帝』と呼ぶに相応しいが、これが室長のデフォだ。


 くっ、今日も早くに終わったから異世界に行きたかったのに・・・・室長がこう声をかけてくるのは、多分・・・・《《あれ》》だよな。


 俺の予想が正しければ間違いなく異世界は諦めないといけない。

 出来ればそれは避けたい。

 だが何も無しに固辞するのは難しい。


 悩んでいると『氷の女帝』の冷えた眼差しが射抜いてくる。ゴブリンと初遭遇したとき以上に背筋に寒さを感じる。



「《《飲みに行く》》からついて来なさい」



 っ!? やはりか!!



 この上司は少しでも時間ができると飲みに誘ってくる。どうやら酒が好きと言うよりはその場が好きらしく、一人で行く事はほとんど無くて必ずと言って良いほど誰かを誘う。今日俺を誘ったのは偶々目に入ったからとかきっとそんな理由だろう。しかも誘うじゃ無く強制連行に近いし。


 俺自身お酒は嫌いじゃ無いので飲みに行く事自体は嫌では無い。

 だが室長とだけは行きたく無い。


 正直室長は美人だ。だからそう言った場に行くと男として優越感に浸れる。それは間違いない。

 けどそれでも行きたく無い。


 何故ならこの上司・・・・・・・・非常に《《酒癖が悪い》》!


 普段冷静で感情を表に滅多に出さない人なのだが、一度酒を口にするとがらりと人が変わる。


 絡み、愚痴り、笑い、怒り、そして泣く、ありとあらゆる酒癖の悪さを如何なく出してくるとんでもない酒乱なのだ。

 しかも長い。日によっては朝まで飲み続ける酒豪っぷり。



 そう、これこそが我が部署における彼女を崇拝しない最大の理由。



 周りを見ればあれだけこの後の予定を楽しそうに語っていた同僚たちはすっかり消えている。


 く、サバトか・・・・俺はサバトの生贄なのか!?


 どうやら同僚たちは俺を見捨てる作戦にでたらしい。

 だが駄目だ。今日も俺は趣味を楽しみたいんだ。


 何とかせねば、明るい異世界計画が破綻してしまう。



 この時俺の脳裏に悪魔が舞い降りた。


 「けけけ」と笑う背の低い妖怪のような悪魔だ。


 そいつが言う。


 『別な生贄を捧げれば良い《《のじゃ》》』と。



「あ、そう言えば今日加藤が飲みたい気分だって言ってましたね」

「ふぇ? ・・・・・え、先輩?」


 何食わぬ顔で俺の脇をすり抜けようとしていた加藤の腕をガシリと掴みさらりと宣う。

 それは完全なる嘘。

 サバトの新たな生贄を捧げるための悪事。


 そうこれは言うなれば必要悪。仕方の無い犠牲。


 加藤が驚愕の表情で俺を見る。

 当然ながら俺は加藤と目を合わせることが出来ない。


 情けは我が身の破滅。


「あらそうなの。加藤君は駄目だって聞いていたのだけど」

「せ、せんぱ・・・・俺、今日はライブ配信が」

「《《ラムで乾杯》》したいそうです」

「ちょ!?」


 どうやら俺よりも先に加藤が誘われていたらしい。しかも一度断っているのだがその理由がライブ配信だと!?

 すまんな加藤。その程度の理由であれば俺も後には引けないんだよ。


「残念ですが自分は参加出来ないんですよ。実は今日は親戚の子がうちに泊まりに来る事になってまして、どうもこっちの高校を受験するみたいで体験入学が在るらしく。一人でも大丈夫かなとも思ったのですが、ほら、未成年を放置は出来ませんから」


 つらつらと述べる俺に加藤が戦慄の表情を浮かべる。


 今言ったのは半分嘘では無い。

 親戚の子が来るには本当だ。ただ今日では無いと言うだけ。


「あら、そうならそうと最初から言えば良かったのに」

「すみません、意外と早くに終わったので抜けてました」

「仕方が無いわね。加藤君と二人で行くわ」

「あの・・・・」

「はい、すみません。ではお疲れさまでした」

「え!?」


 自分でもよくこうもスラスラと嘘が出てくるなと感心した。

 人間何事も窮地に陥ると思わぬ力を発揮するのだと知った。


 さて生贄のすり替えは見事に成功した。そうとなれば俺はいち早くここから脱出を図らねばならない。


 そそくさと会議室を出る。

 尊い犠牲となった可愛い後輩に敬意の礼をしてその場からダッシュで逃走した。


「・・・・それにしても室長がすんなりと認めてくれるとは」


 俺の不参加を素直に受け入れてもらえたのは、有り難いが不思議だった。


「室長も早く帰れるのが嬉しいのかもな」


 若干引っかかるものの思い悩んだのはほんの少しだけ。もう俺の頭の中は異世界のことで一杯だ。


 さて今日もレベルアップを頑張るぞ!

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