如月 悠夏
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3周目
2009年9月26日 16歳
-埼玉県 川越- 川越駅前
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「号外です!号外!」
川越駅前で新聞を配る若者がいた。
残暑でまだ少しじめっとしていて、若者の額にも汗が浮かんでいた。
珍妙な光景に好奇心が湧き、若者から、振り回されて少し皴のついた新聞を受け取る。
『平山克明 防衛大臣 殺害
本日午後三時頃、熊谷市役所前にて、衆院選の応援演説を予定していた平山克明氏の遺体が、同市内吉見神社の境内で発見された───』
これは……大事件じゃないか。心臓が少し跳ねる。
しかしこんなこと、前のリープであったっけか。見覚えがあるようでなさそうな事件。自然と首が傾く。
その時、僕の顔と新聞との間を突如として、手のひらがひらひらと往来した。
「来栖さん」
顔を上げる。呼びかけてくる人物がキサラギさんであると認識した。
「ごめんなさい、待たせましたか?」
「いや、着いたばかりですよ」
「ならよかった。サイザリアでもいいですか」
頷いた。
僕らは並んで歩き始めた。
話すべき内容のことはずっと考えていたが……正直、何をどう共有すれば良いのかは分からないままだ。
この事件のことも気がかりではあるが、どう切り出していいものか。
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3周目
2009年9月26日 16歳
-埼玉県 川越- 川越ファインショッピングモール サイザリア
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まだ夕飯時というわけではないが、店内はいい具合に賑わいを見せていた。
これなら多少、人の目も耳も気にすることもないだろう。
「まずは、自己紹介としましょうか」
注文を終え、キサラギさんは話を切り出した。先ずはお互いのことから。その判断に異論はないので、頷いた。
「では改めて。私はキサラギユウカ、といいます」
紙ナプキンを卓上で抜き取った彼女は、胸ポケットに刺していたボールペンを取り出して何かを書く。
そして、それを僕に差し出す。なんだかこなれた感じで。
『如月 悠夏』
「8月が誕生日なので、それっぽい名前になったらしいんですけど、苗字は2月なんですよね」
確かに。自然と口角が上がった。
「いいな。滑らない名前ですね」
「両親には感謝してますよ」
「はは…………じゃ、僕の名前も書きますね」
『来栖 堅斗』
「改めて、来栖です」
「よろしくお願いします、来栖さん」
互いに頭を下げる。
固い。だが少し、緊張がほどけたような気がした。
「じゃあさっそくなんですが…………私たち、多分同学年ですよね」
「ええ、名札の色は同じですから」
「なら敬語やめてみますか。同じ学校なら不自然ですし」
「ああ、確かに…………」
たしかに僕らは赤だ。赤色は現在、綾南高等学校において一年生を指す色。
彼女の言う通り、同輩の高校生がため口を利かないというのもいささか不自然か……。
「じゃあ、さっそく外してみます……じゃなくてみようよ」
如月さんはさっそく躓いて苦笑いを浮かべた。
「急にやんの難しいんだけど……」
「ええ、わかります。じゃない!わかる」
僕も躓く。
少しシュールな状況だ。互いに思わず吹き出してしまう。
「私は、悠夏でいい。呼び捨てしてよ。友達やってくつもりの相手に苗字呼びされんのなんか、好きじゃないし」
「ん……友達やってくつもり、とは」
ふと、何か思惑を感じる物言いが純粋に気になった。
如月さん……悠夏は困ったように眉根をひそめて、後頭部をかいた。
「たはは……鋭いねー。そこについては順を追って説明させて下さ……させてね」
「了解。いろいろ考えてきてるのは伝わりまし……伝わった。分んないけどさ」
「察しがいい!助かるー」
悠夏は明るくグッと親指を立てて見せる。
美人で人当たりが良く、それに、しっかり者なのだな。
短い会話だが、なんとなく彼女はクラスでも人気者なのだろうな、ということは察した。
と、その時、ふと記憶の砂の奥に埋もれていた、クラスメイトとの会話が脳裏をよぎった。辛うじて想い出せたが、たしか、二周目の修学旅行だったか。
──俺はC組の如月さん、付き合いてえなぁ~。
──マジで?激戦区じゃねーの。
なんだか、点と点が結びついた。そんな気がした。
ああ、あの如月さんだったのか、と。
話の腰を折るほどではないなと思い、上記アハ体験は胸の内にしまうこととした。
「じゃあさ、次は軽く互いの経歴紹介としようよ」
「異論なし」
「さっきは私からだったから、次は…………うーん?」
突然腕を組み、天井を見つめて考え始めた。なんだ?
「……堅斗だから、ケンちゃんってどう?」
僕の呼び方に迷っていたらしい。だがそれは……
「母さんから呼ばれるのと一緒だからそれ、嫌だな」
「マジ!?天才と思ったのに……じゃあ、ルスケンは?」
「ふふ、略すとこそこなんだ」
「あはは!じゃあルスケンで!」
「僕に決定権はないのだな」
「嫌なら変える?」
他人からつけてもらうあだ名なんて、いつぶりだろう。
遠ざけて生きていたが、いざ目の前にするといつだって、わるい気はしない。
「いや、好きにしていいよ」
「ふーん、うれしいんだー」
「いや別に、そんなんじゃない」
あ、いや、図星なんだけど。いつから、こんな風に本音を隠すようになったのだろうな。
自分に呆れたくなるが、僕の動揺を見て悠夏は察したように、頬杖をついてにやつく。
「素直じゃないんだねー」
「う、うるさい」
「ははっ、ごめんごめん。じゃあさ、話し戻してさ自己紹介の続き。経歴軽く教えてよ、ルスケンから」
「どういう感じか?何周目はこういう人生でした、とか?」
「そう!そういうのもあると嬉しいかも」
経歴……経歴か。
何も誇ることは何もない人生を二度経験してきた。
同じような人生。同じような結論。
教えてどうにかなるものでもないし、印象としてはマイナスでしかないだろう。
だが……おそらく悠夏は、今後僕と協力して何かを成そうと計画しているのかもしれない。それが何かは断定できないけど。
今後友達になる、という言葉は、文字通り今後の事を想定していないと出てこないわけで。
彼女に望みがあるのなら。この人生での目的があるのなら、今、僕という何の価値もない人間を知ってもらうこと自体には、確かに、意味がありそうだ。早々に見切りをつけてもらうという意味が。
暫し手元を見て沈黙してしまった俺を、悠夏は怪訝そうに見つめていた。
「どした?」
「すまん、少し語る内容を整理していた」
「そっか焦んなくていいよ」
安心したように悠夏の頬が緩む。
対して僕はどことない、砂漠の夜のような寂寥を胸の内に抱えていた。
目の前の僕が如何に価値がないかを、これから、悠夏には知ってもらわねばならないから。




