第26話「DUSTER能力の理」
猛吹雪の中、絶対零度の戦いが続く。
摺木統矢の先鋭化した集中力は、無数の敵を相手に研ぎ澄まされていった。どこまでも自分の意識が広がってゆくような、感じる全てを掌握できるような感覚。
以前よりもDUSTER能力が、強くなっているような気がする。
それが恐ろしい反面、過信も慢心も感じなかった。
「れんふぁ、敵の第七波が来る! ウェポンコンテナのミサイルはカンバンだな?」
『うんっ。あとは……あっ、忘れてた! 統矢さん、Lコンテナ10番! 瑠璃さんが新兵器を入れておいてくれたって』
「ん? ああ……なんか、そんなこと言ってたな」
『あと、Rコンテナの10番に【グラスヒール・アライズ】が入ってるよ』
相変わらずエンジェル級の数は多い。
だが、【樹雷皇】を更紗れんふぁと使う限り、敵はない。負けは許されない……人類最強の力を託された人間として、統矢は負けてはいけないのだ。
そして、雑魚が相手でも気を抜かない。
まして、これから気の抜けない相手との決戦を控えているのだ。
今日が決着になるか、それはわからない。
だが、戦いをなくすための戦いを統矢は自ら選んだ。
戦いのために戦う少女には、絶対に負ける訳にはいかないのだった。
「れんふぁ、グラビティ・ラムを使う! 突っ切るぞ!」
『グラビティ・ケイジ、集束……出力全開っ、ブーストッ!』
群がる敵影に向かって、加速する【樹雷皇】が轟! と吼える。
その長い長い集束荷電粒子砲の先端に、グラビティ・ケイジが衝角となって集まり始めた。全身を覆うグラビティ・ケイジは、無敵の鎧であると同時に、友軍の空戦能力を支える巨大な力場だ。
それを連ねて束ね、重ねる。
一点に凝縮すれば、世界樹の切っ先は触れる全てを穿ち貫く。
「もうすぐ天城が来るっ! お前らばかりに構って、いられっ、ないっ!」
フル加速で光の尾を引き、荒れ狂うブリザードを突き破って飛ぶ。
その進路上に展開していたパラレイドが、次々と爆ぜて炎の中へと消えた。次々と爆発の連鎖を咲かせながら、真っ直ぐ統矢は空を引き裂く。
だが、れんふぁの声が瞬時に機体を翻させた。
『統矢さん、敵機直上! この反応はっ、メタトロン!』
急制動、急反転。
耳元でれんふぁが「きゃっ!」と小さく叫んだが、もう遅い。
全身のアポジモーターを明滅させ、グラビティ・ケイジでの重力反作用も使ってフルブブレーキ。同時に、真っ逆さまに落ちてくる敵意を巨体が避ける。
避けるつもりで、避けれると思った。
だが、小さな爆発が衝撃となってコクピットを揺らした。
「クッ、当ててきたか! レイス・スルールッ!」
『Lコンテナに被弾、損害軽微……的が大きいから、ドンマイだよっ、統矢さんっ』
「あっちは前より小さくなって、小回りが利くしな!」
それは、以前と同じトリコロールカラーの白いセラフ級だ。
白い闇が閉ざす吹雪の中でも、その姿がはっきりと見える。
レイルのメタトロン・ヴィリーズは、以前と違って背にブースターらしきオプション兵装を追加されている。それは両肩から伸びるキャノン砲にも見えた。
恐らく、ブースターのパワーを直結させた高火力の光学兵器だ。
手にしたライフルを向けて、メタトロンは【樹雷皇】の背後に喰らいついてくる。
『統矢! 【氷蓮】を分離させて脱出して! その機体は危険だ、破壊しなければ!』
「レイルッ、まだそんなことを言っているのか!」
『統矢、ボクたちはボクたちで、生まれ育った世界線の地球を救いたいんだ』
「それが、俺たちの地球を侵略していい理由になんかならないっ!」
『異星人は、巡察軍は、この世界線の地球にだって来る!』
苛烈な攻撃が後方から浴びせられた。
予想した通り、高火力のビームキャンがグラビティ・ケイジを揺さぶってくる。レイルの登場で、新地球帝國軍も勢いを盛り返しつつあった。
後方から天城が突入してくるまで、時間がない。
最悪でも、メタトロンを黙らせる必要があった。
「すまん、れんふぁ! 【樹雷皇】を任せていいか?」
『う、うんっ! 任せて、統矢さん。この子だけでも、回りを牽制くらいなら』
「サンキュな、れんふぁ。それと――」
『えっ? そ、そんなこと、できるかな……ううん、やってみるっ!』
れんふぁに秘策を打ち明け、統矢はドッキングを解除する。
98式【氷蓮】ラストサバイヴを固定してた接続ユニットが開いて、そのままグラビティ・ケイジの見えない波に乗る。
グラビティ・エクステンダーはまだ、使わない。
【樹雷皇】が丸裸になってしまうからだ。
それに五百雀千雪の【ディープスノー】も、今はかなり離れた距離で別の大軍と戦っていた。
「さあ、レイル。お望み通り俺とお前の二人だけだ……今日はとことんやってやる」
【樹雷皇】の巨大なウェポンコンテナから、カーゴユニットが打ち上がる。それを追って飛べば、背後からビームの礫が無数に襲った。
その一発が、カーゴユニットにヒットする。
あっという間に爆発したが、構わず統矢はその中身を受け取るべく炎へ突っ込んだ。
それは、決して折れない祈りの刃。
12時の鐘の音が落とさせた、灰被りのガラスの靴……人の夢、明日への希望だ。
零分子結晶なる未知の物質で作られた【グラスヒール・アライズ】を、統矢は掴んで身構える。同時に、対ビーム用クロークを纏った【氷蓮】は、進路を塞ぐようにばらまかれたビームに飛び込んだ。
あっという間に布状のリアクティブアーマーが溶けてゆく。
だが、そのまま統矢は大剣を両手に振り上げた。
「レイルッ! お前は戦っちゃいけない……お前だって傷付いている! その痛みを知る男に利用されているんだ!」
『ボクは、戦わなきゃいけない! ボクのような人間を二度と生み出さないためにも……トウヤ様のためにも、戦わなきゃいけないんだ!』
「このっ、わからず屋ぁ!」
力任せに【氷蓮】が【グラスヒール・アライズ】を叩きつける。
レイルのメタトロンもまた、左腕から飛び出してきた柄を握って、粒子の刃を発振させた。光の剣が瞬き、翠に輝く【グラスヒール・アライズ】が火花を散らした。
そこから先は、DUSTER能力者同士の未知の領域。
互いに相手の動きが読めて、その先を潰し合う戦いが始まった。
「クソッ、流石は対パンツァー・モータロイド用の機体! 疾いっ!」
『この距離じゃ火器が使えない……ブーステットキャノン、パージ! 手数で攻めるっ!』
メタトロンは背のブースターを捨てるや、身軽になって右腕からも剣を取り出す。ビームの刃は軽やかで、二刀流はまるで羽撃く翼だ。
あっという間に手数が倍になって、重い大剣では捌き切れなくなる。
レイルの一撃が掠める度に、ボロボロになった対ビーム用クロークが削られていった。
だが、致命打はもらわないし、当てられない。
互いに無限の知覚が広がって、相手の一挙手一投足に反応し続けているからだ。
「やるな、レイルッ! これがDUSTER能力者同士の戦い……どうする? このまま永遠に戦い続けるか!」
『ボクは諦めない……千日手の中で互いが打ち消し合っても、統矢っ! ボクは、キミを無傷で捕らえてみせる!』
「そんなことを考えてる暇があったら、もっと自分を大事にしろ、馬鹿野郎っ!」
大ぶりな一撃を統矢が放った。
これは、わざと隙を見せる誘いの技だ。
そして、誘っていることをレイルに伝える。
互いに相手を読み切っているので、以心伝心で伝わる。
レイルは、罠だとわかっての選択を的確に選んでいた。
彼女には統矢が読めている。
統矢もまた、レイルの全てがわかった。
互いに相手だけに集中しているから、一対一では決着はつかないかに思われた。
『統矢っ、その手は喰わないっ!』
「どの手だ? レイル……その手って、この手かっ!」
不意にメタトロンは、【氷蓮】の見せた隙から離れた。
敢えて仕切り直しにする、その事自体を統矢はわかっていたが、それが無意味な戦いを長引かせることだけだとも知っている。
そして、二人は互いに自分の行動で相手を倒せないのだ。
だが、統矢は一人ではない。
自分以外の攻撃に今、レイルは意識を向けていなかった。
『さあ、どうする統矢っ! ボクは体力には自信があるっ! 何日だって戦い続けられる!』
「よせ、へばっちまうぞ! ……俺は、正直キツい。お前もそうなら、嫌なことなんだよ、それはっ!」
『薬品関係だって新地球帝國の方が進んでる! 投与量を増やせば――ッ!? なにっ!』
それは突然だった。
体勢を整え直したメタトロンが、急に挙動を乱した。
大質量の物体が、背後からメタトロンを襲ったのだ。
それでも避けた、完璧に回避したレイルは優れたパイロットだ。
だが、それに反応する統矢の動きは、DUSTER能力が見せるコンマゼロの未来ではない。自分で見て、判断して、動く。単純にパイロットとしての、訓練された技量だった。
当たりこそしなかったが、【樹雷皇】からグラビティ・アンカーが放たれたのだ。
『ごめんなさいっ、統矢さん! 外しちゃったかもっ』
「いいんだ! それがいいんだ……終わりだ、レイルッ!」
DUSTER能力……|死線を突破せし兵士の特殊超反応《Dead UnderSide Trooper's Extra React》。九死に一生を得る思いで生き残った者に、ごく稀に発現する異能の力だ。能力者は、驚異的な集中力と洞察力を得る。
一種、未来視とも言える直感で、襲い来る全てを避け、無数の可能性を潰し切れる。
その力を統矢は、全てレイルにぶつけた。
レイルの能力を全て、こちらに引き受けるためだ。
そして、そこにただの人間であるれんふぁが介入する。統矢しか見えていない、統矢にしかDUSTER能力を向けていなかったレイルは、ペースを乱されたのだ。
「レイルッ! 歯ぁ食い縛れ! 変に怪我するなよ、女の子っ!」
統矢の【氷蓮】が、あっさりと【グラスヒール・アライズ】を捨てた。
そのまま、握った右の拳を振りかぶる。
千雪のイメージを脳裏に浮かべて、フェンリルの拳姫に身も心も重ねる。そのまま【氷蓮】は、メタトロンの頭部を真っ直ぐオーバーハンドの一撃で殴りつけた。
右手のマニュピレーターにダメージを感じたが、これは避けられなかった。
レイルが新たに、【樹雷皇】のれんふぁを敵として意識したからだ。
いわば、彼女のDUSTER能力は薄まって、結果的に統矢に『攻撃が直撃する可能性』を選ばせたのである。
『ああっ! くっ! モニターが……まだだ! たかがメインカメラをやられたくらいで!』
だが、別の方面で敵を抑えてくれてる千雪の声が走る。
『統矢君! 天城が来ます……強行着陸! 私が援護に回りますので、統矢君はレイルを』
「頼む!」
『それと……いいパンチでした』
「だろ?」
『ただ、無駄に力んだので、それをGx感応流素が拾ったようです。ふふ、まだまだですね……今度、つきっきりで稽古をつけてあげますよ?』
「よせ、俺を殺す気か。お前の稽古に付き合ってたら、命がいくつあっても足りないんだよ」
轟音を響かせ、天城が通り過ぎる。
全ての火器を周囲に向けて、空を焼きながら巨艦が基地へと急降下していった。




