第25話「強襲!凍土の城塞基地」
北天を目指せば、広がる全てが白い闇。
摺木統矢は今、闇夜のブリザードに包まれていた。アラスカを目指す航路は、強力な寒気の渦に包まれている。
だが、大荒れの空を進む【樹雷皇】はびくともしない。
それに、統矢は常に一人ではなかった。
「れんふぁ、アラスカ基地までの距離は?」
『あと200km、くらい……すぐ着くよっ』
互いに別々のコクピットにいても、言葉を交わせば心強い。
更紗れんふぁはいつだって、統矢の一番近くで支えてくれている。そういう少女がもう一人いるが、残念ながら後方の航宙戦艦天城で待機中である。
「作戦を確認するぞ。ようするに」
『この子で、【樹雷皇】で突っ込んで、防空圏に大穴を開ける、だよね?』
「ああ、そこに天城が突っ込んで、PMR部隊を展開」
『特戦隊の歩兵さんたちを支援しつつ、捕虜を救出して離脱……上手くいくかなあ』
「上手くやるのさ、れんふぁ。俺たちなら……俺とお前の【樹雷皇】なら大丈夫だ」
統矢とて、自信がある訳ではない。
電撃作戦はスピードが命だ。
手間取れば、数で勝る相手に包囲殲滅される。一点突破の奇襲攻撃で虚を衝き、混乱から敵が立ち直る前に全てを終えて離脱する。
それも、唯一の拠点でもある母艦、天城を突入させる大博打だ。
だが、他に取れる選択肢などない。
そして、荒唐無稽に思える作戦を可能にするのは、人類最後の希望である|全領域対応型駆逐殲滅兵装統合体《ぜんりょういきたいおうがたくちくせんめつへいそうとうごうたい》……【樹雷皇】の圧倒的な戦闘能力だ。
「なあ、れんふぁ」
『ん? なぁに、統矢さん。あ、心配ですかぁ?』
「それはないけど……どうだ? 【樹雷皇】の調子は」
『それが、すっごくいいんです。統矢さんが奪還作戦では上手くやってくれたので、大きな損傷もありませんでしたし』
「なんか……新兵器を搭載したって言ってたよな、彌助の奴」
相変わらず、八十島彌助はマイペースに兵器開発を進めている。最近では、佐伯瑠璃をも巻き込んで怪しい研究までしてる有様だ。
その瑠璃も、整備班の一人として忙しく働いてくれている。
心なしか、御巫桔梗が戻ってきてから不思議と、瑠璃は期限がよかった。
そんなことを思っていると、丁度れんふぁが統矢の思考に先回りする。
『ねっ、ねえ、統矢さんっ』
「ん? なんだ?」
『桔梗先輩と瑠璃先輩……わたしと千雪さんみたいには、なれないのかなあ』
「……そりゃ、お前……ちょっと無理じゃないか? すまん、俺らは結構特殊っていうか」
そう、統矢にも自分が特異な存在だという自覚はある。
なにせ、統矢はれんふぁの他に、五百雀千雪という恋人がいる。どちらが先でどれだけ大事とか、そういうのはない……単純に恋人が二人いて、どちらも大切なのだ。そして、れんふぁと千雪もまた、お互いを友人以上に想い合っている。
この時代、地球では全てが奪われ過ぎた。
パラレイドと呼ばれていた未知の敵は、違う世界戦の未来人、同じ地球人類だった。
それを知らされぬまま、この星の生命は失われ過ぎたのだ。
まだ十代の統矢には、青春を謳歌した記憶も、勉学や遊興にふけった記憶もない。
戦い、ひたすらの闘い……戦争に塗り潰された鈍色の日々。
もう既に、平和な時代の倫理観に、自分でもリアリティがもてなくなっているのかもしれないと、そう思わないでもない統矢だった。
「ま、それでも……平和な方が何万倍もマシだよな」
『統矢さん? どうかしましたか?』
「いや、独り言だ。これが終わったら、千雪と三人で少しゆっくりしたいな。一日、いや、半日でいいからさ」
だが、統矢の願いは叶いそうもない。
強烈な猛吹雪の中、遙か前方に光が幾重にも打ち上がる。
同時に、無数のサーチライトが天を切り裂いた。
照明弾に照らされる周囲は、雪と氷に閉ざされた基地。どうやら、かつて人類同盟の要塞だったアラスカ基地は、全火力を総動員して統矢たちを歓迎してくれるようだ。
「話はあとでだ、れんふぁ。行くぞ!」
『うっ、うん。全兵装オンライン、最終安全装置、解除っ』
「グラビティ・ケイジ、前方へ集中……ブーストッ!」
轟! と、無数のロケットモーターが吼える。
重力制御で翔ぶ巨大な武器庫は、鞭を入れられ加速した。
慣性制御システムでも殺しきれぬGが、統矢をシートへと押し付けてくる。
戦闘態勢に入った【樹雷皇】は、音の疾さを超えて風になる。
『統矢さんっ、前方に高熱源反応多数っ! 対空ミサイル、いっぱい! その後ろに、デーミウルゴス級パラレイド、たっくさん!』
「わかった! 火器管制を頼む!」
『うんっ』
統矢はすぐに、殺到する無数のミサイルの中へと飛び込む。
【樹雷皇】は、その巨体を裏切る機敏さで、錐揉みに飛びながら爆発を避け続けた。連鎖して咲く爆炎の花が、氷河に閉ざされた土地を明るく照らす。
巨大な図体に反して、【樹雷皇】の運動性はそれなりに高い。
それを、DUSTER能力で極限まで集中力を高めた統矢が完璧にフル・コントロールしているのだ。
だが、次に襲ってきたのは単調な誘導兵器ではなかった。
「数が多いな! でも……パラレイドだって思えるこっちの方が、気が楽なんだ、よっ!」
【樹雷皇】の背に、無数の垂直発射型セルが開いてゆく。
そこから放たれたミサイルが、天へ打ち上がって翻るや、落下と同時に弾頭を炸裂させた。面での制圧火力をぶちまける、多対一での戦闘に特化した多弾頭ミサイルである。
あっという間に、まるで寓話のドラゴンにも似たデーミウルゴス級が半減した。
それでも、百や二百ではない数の敵が包囲してくる。
まるで、蝗の群れの中を突っ切るようなものだ。
デーミウルゴス級は背の翼で羽撃きながら、口から苛烈なビームの吐息を浴びせてくる。セラフ級およびエンジェル級と違って無人タイプだが、数で押してくるから厄介だ。
『統矢さん、ミサイル次弾装填っ! 次っ、バンカーバスターだよっ! アラスカ基地まで距離、20km!』
「打ち合わせで言われた施設は避けてくれ、そっちにトリガーを預ける。俺は……こいつらを薙ぎ払うっ!」
急制動と同時に反転、高度をあげる。
当然のように、デーミウルゴス級は全てが【樹雷皇】の航跡を追ってきた。
その群れなし追いすがる姿は、それ自体が一つの巨大なパラレイドのようだ。
群がる敵意と殺意が、さらなる危機を煽って統矢の力を刺激する。死に近付いて危険を招く程に、コンセントレーションは針のように研ぎ澄まされていった。
そして、大気の層を突き抜け寒気の上に……そこには、星空が広がっていた。
満点の星々の中で【樹雷皇】は最強の搭載兵装を下へと向ける。
「集束荷電粒子砲、フルバレルッ! シアー開放……消しっ! と、べええええっ!」
全てを無に帰す光芒が、地上へと真っ直ぐ解き放たれた。
あっという間に、上昇してきたデーミウルゴス級が巻き込まれてゆく。わざわざ追わせて一直線に群れを並べさせた、そこに最強の武器の射線を突き刺したのだ。
もとより【樹雷皇】は、単騎で大量の敵を相手にするように設計されている。
その殲滅能力は、一対一ならばセラフ級とさえ対等に戦えるのだ。
「これで雑魚はあらかた片付いたか……れんふぁ!」
『高度を下げてっ、統矢さん。バンカーバスター、一番から十八番……発射するよっ』
急反転で今度は、真っ直ぐ全速力で落下する。
耳元には繋がりっぱなしの回線が、歯を食いしばるれんふぁの声を微かに伝えてきた。
再びブリザードの真っ只中に降りれば、眼下にぼんやりとアラスカ基地が見えた。
サイレンが鳴り響き、無数の敵がスクランブルで上がってくる。
――否、既に迎撃機は迫っていた。
『統矢さんっ! 敵機直上、数は20! エンジェル級イザーク! ――ちょっぴり速い!? 高機動タイプかも』
「クソッ、展開が早いな……手間取ってられな――ッッッッッ!?」
無数の火線が【樹雷皇】に殺到した。グラビティ・ケイジに干渉して、その破壊エネルギーの大半が相殺される。だが、激震に揺れる巨体の中で、れんふぁの悲鳴が耳に突き刺さった。
咄嗟に機体をチェックし、ダメージの有無を確かめる。
だが、その時にはもう人型パラレイドの一軍が密着の距離に迫っていた。
巨大な殲滅兵器である【樹雷皇】の泣き所……それは、小型機に数で押されてまとわりつかれることだ。
「グラビティ・アンカーで! れんふぁ、マーカースレイブランチャー射出!」
既にアラスカ基地は、先程れんふぁが放った対地ミサイルで火の海になっていた。だが、その要塞機能の大半は地下施設だ。バンカーバスターでも届かぬ地の底から、まだまだ敵の戦力は上がってくる。
周囲を飛び交うエンジェル級は、手にビームマシンガンを持ったイザークの群れ。
すぐさま近接兵装で対応しようとした、その時だった。
『――【樹雷皇】、直進してください! 進路、そのまま……予定のポイントへ!』
凛冽たる覇気が叫ばれた。
同時に、周囲の一機が不意に爆発する。
突然のことで、全てのイザークが僚機を振り返った。その時にはもう、火球の中から影が飛び出していた。
それは、深海の蒼を湛えた修羅神……怒りの鉄拳が放たれれば、舞い散る氷雪に光が走る。
敵から敵へと、統矢の目ですら追えないなにかが打撃を連鎖させていた。
それは最後に、離脱しかけた敵の隊長機を捉えるや……両手でその巨体を空中で持ち上げる。
『統矢君とれんふぁさんには……指一本、触れさせません!』
ドン! と【樹雷皇】に衝撃が走る。
それは、千雪の操縦する【ディープスノー】が装甲の上に着地した振動だった。
【ディープスノー】は、掲げた両手で持ち上げるイザークを、その倍以上もある巨体を真っ二つに引きちぎった。捨てられた残骸が遙か後方で、二つの爆発になって消える。
統矢はサブモニターで、【樹雷皇】の舳先に腕組み立つ、大型のパンツァー・モータロイドを視認していた。




