第23話「それぞれの愛機」
光を放つ、破滅の熾天使。
始まりのセラフ級と言われる、メタトロンの新たな姿が全てを睥睨していた。
その姿は、大型化、重武装化していった以前とは違う。スマートでスリム、そしてなにより小さくコンパクトになった。だが、放たれるプレッシャーは以前の何倍も強い。
気付けば摺木統矢は、手に汗を握っていた。
『これが、メタトロン・ヴィリーズ! 対パンツァー・モータロイド用の新しい姿だ!』
レイル・スルールの声が凛として響く。
白を基調としたトリコロールカラーだけは以前と変わらず、どこか統矢の97式【氷蓮】ラストサバイヴにも似ている。
一回り小さくなった意味は、PMRとの戦闘に主眼がおかれているからだ。
それでも、PMRとしては大型の【ディープスノー】でも体格差があった。
『レイル・スルール、いかに貴女といえど逃げられませんよ。逃しは、しません』
五百雀千雪の【ディープスノー】が、すぐさま身構え浮かび上がる。
周囲では、ティアマット聯隊の機体も包囲網を狭めてきていた。
だが、統矢の中で不安が広がってゆく。
新たな肉体を得たメタトロン・ヴィリーズには、洗練され、先鋭化した強さを感じる。戦いとはシンプルなもので、それを突き詰めるとあのような形になる気がするのだ。
「くっ……レイルッ! 今すぐ降りてこい! そしてトウヤを引き渡せっ!」
『嫌だっ! トウヤ様はボクの、ボクたちの希望だ! 地球を守るために、必要な方なんだ!』
「そのために、俺たちの地球はどうなってもいいって言うのか!」
『こっちの世界での戦争はもう、終わったんだよ。ボクたちが勝って、これから平和になるんだ。DUSTER能力に目覚めた者たち、選ばれし戦士だけが、本当の戦いに――』
「馬鹿を言うなっ! わからないのか? お前たちがやってることは……その、巡察軍とかいう異星人と一緒なんだよっ!」
僅かに、メタトロンの中から息を呑む気配が伝わった。
だが、統矢は自分の言葉を噛み締める。
自分たちの世界を異星人から守るために、統矢たちの世界でDUSTER能力者を生み出す戦争を行う。それは、レイルを実験動物にしていじくりまわした異星人と、本質的には同じだ。
そんな簡単なこともわからず、忘れてしまうほどに、レイルは……あちらの世界の人間たちは、痛めつけられたのだろう。それでも、れんふぁのように優しい人間だっているし、異星人との戦いもどうにか終わらせられたと聞いている。
もう、本来ならば戦争ではなく、未来を見据えなければいけない筈だ。
『統矢君、機体に戻ってください。ここは私が』
『トウヤ様っ、少し揺れます! 掴まっててください!』
【ディープスノー】のグラビティ・ケイジは、既に復活している。その全ての出力を今、千雪は機体の拳へと凝縮し始めた。
触れる全てを重力崩壊させる力が、引き絞る鉄拳に集まるのが肉眼でも見えた。
対して、メタトロンも腕部から光の剣を取り出し構える。
一触即発の空気を、周囲の銃口も囲んで逃さない。
だが、トウヤの声は落ち着いていた。
『もうよい、レイル大尉。退くぞ』
『でも、トウヤ様っ!』
『ここでお前を失う訳にはいかない。奴らは残党軍、組織だった抵抗にも限界があるだろう。ククク……既に負けた敗軍、死兵の群れだ。捨て置け』
この状況でも、トウヤには絶対の自信が感じられた。
それがレイルへの信頼なのか、メタトロンの疑い無き強さなのか。
統矢が見上げる中、構わず千雪が攻撃を仕掛けた。
『……わかりました、トウヤ様。ここは一時、撤退を』
『逃さないと、言いましたっ! これでっ!』
逆巻く気流を生み出しながら、【ディープスノー】の正拳突きが放たれる。
だが、メタトロンはそっと差し出した手でそれを受け止めた。
正確には、高濃度の重力子で形成された、光の盾で弾いたのだ。言うなれば、グラビティ・シールド……互いの重力が干渉し合って、暗い光が周囲に迸る。
『クッ、この子が、押し負けるっ!?』
『……このメタトロンなら、勝てる。けど、今はっ!』
文字通り火花を散らして、二機の人型機動兵器が宙を舞う。
下がって攻撃を流すメタトロンに対して、【ディープスノー】の拳と蹴りが乱れ飛んだ。限られた空間の上下左右を使って、激闘が徐々に加速してゆく。
そして、千雪は繰り出された剣の刺突を避けるや、ガラ空きの脇腹へと横薙ぎに蹴りを抜き放った。
まるで居合の一撃の如き、鋭い強撃だった。
そう、メタトロンを唯一倒せるとすれば……中央のコクピットブロックを狙う必要がある。上半身や下半身を破壊しても、パーツさえあれば再合体されてしまうのだ。
直撃の蹴りはしかし、驚くべき手段で回避された。
DUSTER能力者同士の極限バトルは、そのまま突如として打ち切られる。
「なっ……分離して、避けたっ!? 千雪の蹴りを!」
そう、統矢が思わず叫んだ通りだ。
メタトロンは下半身をパージ、そのまま上半身とコアブロックだけで飛び去った。
そして……残された下半身が、再び変形するや天城へ向かう。
いとも簡単にパーツを使い捨てて、しかもそれは無人の特攻兵器となるのだ。
『クッ、弾幕! 下から来るぞ、左舷へ艦を傾かせろっ!』
御堂刹那の声が響く。
またしても、天城が狙われた。
すぐさま千雪が追いかけて翔ぶ。
『その手は先程も見ました! ……まんまと逃げられましたね』
AI制御の無人機となった下半身など、千雪の前では児戯に等しい。だが、彼女を含む周囲の機体全てが、天城を守らざるを得なかった。
火線が集中して、周囲の97式【轟山】が迎撃する。
乗り手の庇護を離れたメタトロンの半身は、蜂の巣になって爆散した。
その頃にはもう、レイルとトウヤを乗せた機体は見えなくなっていた。
「クッ、逃した……でも、殺せない奴をどうやって。クソォ! りんなは死んで、りんなを殺した奴は死なない、殺せないだって……そんな馬鹿な話があるもんかっ!」
統矢の憤りがそのまま絶叫になる。
だが、そんな彼を慰めるような声が響いた。
「落ち着けよ、統矢。奴は死なないだけだ。そして……お前はこれから生まれる命を守った。今はそれでいいんだよ。なあ? 桔梗」
振り向くと、五百雀辰馬が立っていた。彼はそっと恋人の御巫桔梗を下ろすと、改めて抱き締める。
彼の言う通りだ。
必死の【樹雷皇】奪還作戦の中、桔梗の命を救えたのだ。
彼女に宿った未来の命を、助けられたのである。
「統矢君……ありがとうございます。私は皆さんに、また会えて」
「桔梗先輩、本当に良かったですよ。俺は――」
統矢が口を開きかけた、その時だった。
辰馬が突然、桔梗を抱き締めたまま……ずるずるとその場に崩れ落ちた。
そして彼は、人目もはばからずに嗚咽を叫ぶ。
「桔梗ォォォ! よかった、よかったぜ! お前がいなくて、俺は、俺はもう」
「あらあら、まあまあ……辰馬さん、皆さん見てますわ」
「いやもう、俺は……お前を、この手で……でも、今は」
「ふふ、辰馬さんは本当に涙もろいんですから。大丈夫ですよ、私もこの子も、ここにいます」
辰馬は普段は、飄々として軽薄な三枚目を気取っているが……銃爪を引く時は一流のエースパイロットの顔を見せる。そして、基本的に涙もろい人情家なのだった。
周囲の近業がほぐれてゆく中で、戦いの空気が過ぎ去ってゆく。
ラスカ・ランシングや渡良瀬沙菊も無事で、呆れた声もどこか嬉しそうだ。
そんな中、【樹雷皇】のコクピットから、更紗れんふぁが戻ってきた。
「あの、統矢さん」
「あ、ああ……どうだ? 【樹雷皇】は……結構あちこち壊しちまったかもしれないけど」
「それは、大丈夫です。この子、頑丈だし、修理可能な損傷ですっ。それより」
れんふぁは一瞬だけ黙って、それから不思議そうに言葉を選んだ。
「動力部として内部に封印されてた、【シンデレラ】がないんです」
「え、それって」
「動力部は違うもの、いわゆるセラフ級のパラレイドと同じものに換装されてます。トータルでパワーは上がってますし、刹那さんたちなら整備や解析だって。でも」
もともと【樹雷皇】は、ブラックボックスだった【シンデレラ】をそのまま体内に搭載していた。解析も解明もできないが、その驚くべき高出力を使うことだけはできたのだ。
その【シンデレラ】の装甲を、ほぼそのまま今の【氷蓮】は着ている。
裸となった【シンデレラ】は、どこへ?
何故、今になって敵は【シンデレラ】を回収したのか。
「多分、トウヤだろうな」
「うん……あれは、ひいおじいちゃんの使ってた、あっちの世界の【氷蓮】だから」
「奴にとっての愛機、か」
否、恐らくトウヤにそういった感傷や思い入れはないだろう。
彼は、あちら側の更紗りんなを失った時に、絶望と共に【氷蓮】を捨てたのだ。異星人たちと戦うためには、PMRでは駄目だと結論付けたのである。
そうして生まれたのが、パラレイドの無人機による物量戦術。
そして、一騎当千のセラフ級である。
「……気にはなる、けど、俺は負けない。俺の【氷蓮】は負けないさ」
「わっ、わたしも【樹雷皇】で援護するねっ! この子と合体すれば、統矢さんは……合体、すれば、わたし、は」
突然、れんふぁが赤くなった。
なにを想像したのかは知らないが、統矢もようやくささくれだった気持ちが凪いでゆく。
そして、背後ではまだ辰馬の泣き声と、それを囲む温かな笑い声が響いていた。




