第22話「殺せぬ男の語る未来」
勝負は決した。
本来ならば、勝負にならない戦いだった。それほどまでに、【樹雷皇】の力は強大だった。だが、摺木統矢は成し遂げたのだ。
今、ゆっくりと【樹雷皇】が海に着水する。
頭上には天城が健在、味方も犠牲を出したものの全滅を免れた。
巨大な【樹雷皇】の上に、統矢は愛機【氷蓮】を屈ませる。片膝を突いて停止した機体のコクピットで、彼はシートの億から拳銃を取り出す。
真の決着の時が今、訪れようとしていた。
「れんふぁ、俺から離れるなよ」
「統矢さん……」
「俺は、あいつを殺す。お前の曾祖父さん、だよな……でも」
膝の上で、黙ってれんふぁは首を横に振った。
そして、自分に言い聞かせるように言葉を選ぶ。
「ひいおじいちゃんは、とっくの昔に死んでたんだと思う。ひいおばあちゃんが……更紗りんなが死んだ時に。今、あそこに立ってるのは、妄念に取り憑かれた亡霊」
「れんふぁ」
「だから、ひいおじいちゃんをもう楽にしてあげて、統矢さん」
「……わかった」
コクピットのハッチを開くと、強い海風が冷たく吹き付ける。
既に周囲は完全に制圧され、スルギトウヤの逃げ場はない。彼は【樹雷皇】のコクピットを出て、生身を晒している。新地球帝國の軍服を着て、抵抗する様子は見せていない。
観念したようにも見えるが、統矢は決して気を抜かない。
確実に殺すまでは、緊張感を維持したままだ。
「行くぞ、れんふぁ……怖かったらここにいろよな」
「ううん、一緒に行く。この子にも……【樹雷皇】にも、おかえりなさいって言ってあげなきゃ。機体の状況も確認したいし」
「そっか」
コクピットから降りて、れんふぁに手を差し伸べる。
手に手を重ねて、華奢な矮躯を目の前に降ろしてやった。
そして、二人で災厄の元凶へ向けて、歩く。
不敵な笑みを消さないトウヤを、ただ真っ直ぐ睨んで銃を突きつける。
冷たい冬の空気は、肌を裂くように吹き付けていた。
「終わりだ、スルギトウヤ。お前の野望は、ここで終わりにする!」
銃口を前に、トウヤは鼻を鳴らした。
ポケットに両手を突っ込んだまま、平然とこちらを眇めてくる。見た目は子供なのに、酷く老成して、それでいて狡猾な残忍さを感じる瞳だった。小さな身を逸して、どこか見下すような視線を放ってくる。
「終わり? 私がか? ……まだ始まってすらいない。真の戦いは、DUSTER能力者による純粋な軍事力を得た時、始まるのだ。そう、巡察軍を……異星人を駆逐する戦いがな!」
「その妄想も、ここまでだって言ってんだよ。お前を撃つことに、なんら躊躇いはない」
「……そうか? 本当にそうか? お前は私、それも弱い私だ。お前の弱さは、私を殺せない」
「なら、試してみるか?」
銃爪に指をかける。
距離はまだあるし、射撃に自信はない。
兵練予備校の北海道校区にいた頃から、統矢の成績はよくて中の下、その程度だ。何をやらせてもトップのりんなとは違ったし、そのりんながいたから頑張れた気もする。
あの地獄の北海道戦を生き残った、これはただりんなが守ってくれただけだ。
だからこそ、拾った命を今こそ使う時が来たのだ。
そして、頭上からも怒りの声が降り注ぐ。
「統矢ぁ! 俺にもあとで一発殴らせろや……いや、殺す前に先に殴らせろ。俺は……俺はぁ! これほど人を憎いと思ったこたぁねえ!」
振り返れば、コクピットから御巫桔梗を救い出した男が吼えていた。
五百雀辰馬は今、愛機がそうするように桔梗を抱き上げている。囚われの姫君を助け出し、両手に抱いた騎士は今……憤怒の形相でトウヤを睨んでいた。
彼もまた、トウヤを殺す権利がある。
それは、因果に応報する理由があるからだ。
だが、これだけは譲れない。
平行世界の自分同士で、統矢は完全な決着をつけたいと望んでいるのだ。
「辰馬先輩……すみません。ここは、俺が。あと……許せないのは俺だって同じだ。桔梗先輩を辱めたこと、誰が許したって俺が許さない!」
「統矢、お前……」
「俺は! 俺自身が許せない。ここで奴を殺せなければ、きっと一生許せないままだ!」
突きつけた銃口が、震える。
怒りで全身が燃え上がりそうだ。
だが、トウヤはニヤリと笑って首を傾げた。
「私を殺す? いいのか、貴様……まだわかっていないようだな。それは無駄なことだ」
「無駄だと? なにを」
「私は既に、リレイド・リレイズ・システムに自分を登録している……すなわち、何度でも蘇るのだ! そして、この世界線は既に座標が固定され、生まれ変わる場所として選択可能になっている! 私はまた赤子に戻っても、何度も、何度でも! 人類戦士たるDUSTER能力者選定のために、蘇る!」
「馬鹿、な……だが」
ちらりと統矢は、隣のれんふぁを見やる。
彼女の無言が、なによりも雄弁に事実を語っていた。
ならば、ここでトウヤを殺すことには、復讐を果たす以上の意味がない。再びリレイド・リレイズ・システムは、彼をこの世界のどこかに産み落とす。それを探し出して殺しても、結局は同じことなのだ。
成長限界を少しずつ狭め、大人になる余地を削りながら……トウヤは生まれ続ける。
それは、地獄として選ばれた統矢の世界が、未来永劫救われないことを示していた。
そして、不意に上空の天城が砲塔を旋回させる。
艦長代理の声が叫ばれた。
『なにをしている、摺木統矢! 迷うな! まずは拘束しろ! 私はその男を追って、あらゆる世界戦を彷徨ったのだ。殺せないにしろ、手はある!』
同時に、空に暗い虹が走る。
周囲の海に、自然ならざるさざなみが広がり、波濤は渦を巻いて逆立った。
次元転移の予兆だ。
天城を始め、周囲が臨戦態勢で警戒する。
かつてパラレイドと呼ばれていた敵は、時間と空間を超えて戦力を送り込むことができる。ならば、トウヤを守るために増援が出てくることは予想の範囲内だ。
だが、天が裂けて時空が歪むや、その中から舞い降りた天使は単独だった。
天城のオペレーターが叫ぶ声が聴こえた。
『艦長! 次元転移確認、数は1!』
『艦長代理と呼ばんか、馬鹿者っ! ……単騎、だと……あれは!』
始まりの大天使が、後光を背負って降臨した。
そして、一時は助けてくれた声が、敵意を尖らせて叫ばれる。
『トウヤ様から離れろっ、統矢っ!』
「くっ、レイル・スルール!」
メタトロン・ゼグゼクスが、たった一機で現れた。
すぐに天城から、対空砲火が上がる。沸騰する空気の中、統矢は傍らのれんふぁを抱き寄せた。巨大な【樹雷皇】が波間に揺れて、ともすれば振り落とされそうだ。
メタトロンは、肉眼で確認できるほど強力なグラビティ・ケイジを展開していた。
全ての攻撃が弾かれる。
だが、それでも接近戦を挑む風が吹き抜けた。
五百雀千雪の【ディープスノー】が、援護を受けて加速した。
『貴女の相手は私です。レイル・スルール』
『またお前かっ、五百雀千雪! 今は構ってられないんだ!』
『それはこっちも同じこと。……ん、次元転移反応、増大……まだ、来ます!』
さらに揺れが激しくなって、統矢も立っているのがやっとだ。
そして、今度は下……海の底に光を見た。
その時にはもう、【ディープスノー】と戦うメタトロンが、上下へと分離する。そのコアであるコクピットブロックを残して、変形した上半身と下半身が上昇した。
まさかの行動に、統矢は目を見開く。
トウヤだけが、両手を広げて笑っていた。
「ハハハハハッ! そうだ、戦えレイルッ! 忌まわしき異星人へ復讐するためにも、お前は私の剣であり盾となるのだ!」
『まずは母艦を叩くっ! トウヤ様、今っ! 行きます!』
小型の戦闘機に変形した、コクピットブロックが降りてくる。
千雪の【ディープスノー】は、即座に天城の援護へ翔んだ。いい判断だと思ったし、特攻のために機体をバラすレイルにも恐れ入る。だが、状況はこちらが多数で、なによりトウヤの命を統矢たちが握っているのだ。
空中で激しい爆発が、立て続けに二度起こる。
単調な無人機となったセラフ級の部品は、千雪の敵ではない。
だが、海中の次元転移反応は、新たなパーツを打ち上げてきた。
そう、メタトロンは上下のパーツがあれば何度でも再合体できるのだ。
『トウヤ様、お迎えにあがりました』
「御苦労、レイル。いい子だ……褒美をやらねばならんな」
垂直に着陸するレイルの小型戦闘機が、統矢の射線を封じた。
みすみす逃がす手はないとばかりに、統矢は走り出す。
だが、その腕にガシリとれんふぁが抱き着いてきた。
「れんふぁ!? 今なんだ、今! この瞬間を逃しては――」
「落ち着いてくださいっ、統矢さん! 危険です! ……ひいおじいちゃんと違って、統矢さんは……統矢さんは、生き返れないんですっ!」
トウヤを回収した戦闘機は、再びコアとなるべく変形した。そして、上下からそれを挟むように新しいパーツがドッキングする。
その姿は、以前の厳ついものとは違う……二回りほど小さくなっている。
だが、頭部にVの字のアンテナが開くや、天使の双眸に怒りの火が灯るのだった。




