第13話「不死鳥の如く羽撃いて」
格納庫に満ちる熱気が、闘争に沸き立つ。
走る摺木統矢のすぐ横を、完全武装の97式【轟山】が通り過ぎてゆく。重装甲の巨体には、無数の細かな傷があった。塗装も細部が剥げかけているし、かなりの激戦を潜り抜けてきた姿は痛々しい。
それでも、灼けたオイルを滲ませながら、【轟山】はカタパルトに乗る。
装備はトルーパー・プリセット、40mmカービンとシールドだ。
その奥には、レドームを追加した対物ライフル装備の、スナイパー・プリセットも見える。狙撃仕様は自然と、統矢にかつての仲間を思い出させた。
そして、立ち止まる彼の前に白亜のトリコロールが待ち受けていた。
「……久しぶりだな、97式【氷蓮】。ラストサバイヴ、だっけ? 随分と小奇麗になっちゃってさ」
まるでデモンストレーションカラーのような、鮮やかなボディ。それは【シンデレラ】に取り付けてあった装甲を加工し、新規に設計してある。
包帯塗れの敗残兵といった趣は、もうない。
優美な華やかささえ感じる、生まれ変わった愛機が見下ろしてきた。
迷わず統矢はエレベーターに乗る。
すると、背後から不意に懐かしい声が叫ばれた。
「ちょい待ち! 待ちぃや、統矢!」
振り向く統矢は、咄嗟に手を伸べた。
上昇し始めていたエレベーターへと、一人の少女が飛び乗ってきたのだ。その手を掴んで引っ張り上げれば、肩で息する少女は豊かな胸へと手を当て深呼吸。
突然の再会に、統矢は驚きを禁じ得なかった。
「瑠璃先輩!?」
「せやで、みんなの頼れる瑠璃先輩や。統矢、自分なあ……遅いやんか」
「す、すみません」
「待ちくたびれたで、ほんま……せやけど、ウチは信じとった。やっぱ戻ってきたやないの」
久々に会う佐伯瑠璃は、以前の姿そのままだった。
ぱっと見では、大きな傷もないし、数ヶ月前と全く変わらない。
統矢はあの日以来、初めて昔のままの仲間に会った気がした。
そんな二人を載せたエレベーターが、解放されたコクピットの前で止まる。急かすように瑠璃は、統矢を狭いコクピットへと押しやった。
あの日のままのシートが、吸い付くように統矢を迎えてくる。
幼馴染の更紗りんなが死んだ場所。
そして、統矢の戦いが血と汗を流し続けた操縦席だ。
「あんな、統矢。見た目が変わったかて、出力やなんやは今まで通りや。せやけど」
「せやけど? というと」
「装甲、全とっかえやさかいな。フレームの基礎からバランス取り、再調整してあんねん。もともと応急処置に応急処置を重ねてきた機体やからなあ。結構歪んどったで」
「あ、ありがとう、ございます」
「お安い御用やで? な、統矢」
グイとコクピットの中へ、瑠璃が身を乗り出してきた。
その目には、大粒の涙が潤んでいた。
だが、瞳の宇宙を零すことなく、瑠璃はニッカリと笑う。
「頼むで、統矢……あの女の仇、取ってえな」
「あの女……あっ」
「ウチ、勝ち逃げされるんが、いっちゃん腹立つねん」
あの女とは、間違いない……御巫桔梗のことだ。
瑠璃が恋して愛を捧げる男、五百雀辰馬が選んだ女性。
割って入れぬ二人の仲を、瑠璃はずっと見守りながら機体を整備してきた。いつでも溌剌と笑顔で振る舞ってきたが、そんな彼女のライバルは永遠になってしまったのだ。
ワシワシと統矢の頭を撫でながら、瑠璃の声が優しくなる。
「統矢……思い出には勝てへんて、ほんまやなあ。そこんとこいくと、千雪もれんふぁも偉いわあ」
「先輩……」
「まあ、今の辰馬を支えとるんわ、ウチやけどな。けどな……肌を重ねても、吐息を分け合っても、心までは癒せへん。心にはまだ、触ることすらできへんのや。せやから統矢!」
最後にポンと髪を叩いて、瑠璃は引っ込んだ。
「死んだらあかんで? カワイコチャン二人も残して死にはったら、ウチがブッ殺す!」
「は、はい……ありがとうございます。ちょっと、行ってきます」
ハッチが閉まると同時に、周囲のモニターや計器に光が灯る。
コンソールは以前と大差ない。
パイロットスーツに着替えている暇はなかったが、すぐにインカムを装着すれば声が響く。モニターの隅に、下へ降りてく瑠璃の姿が見えた。
『統矢! それとな……【グラスヒール】改め【グラスヒール・アライズ】なんやけど』
「装備されてますよね? 使い勝手は以前と変わらないいんじゃ」
『あかんあかん、まるで別モンやで? 零分子結晶ってなあ……今のウチ等の科学力じゃ、解析不能や。ただ』
「ただ?」
『ビームの集束率や増幅値が以前とはダンチや! せやかて、連射はできへん』
【グラスヒール】を収める鞘は、それ自体が全レンジをカバーするマルチプルウェポンだ。だが、以前より破壊力が上がった反面、回転率は落ちているらしい。
それでも、真打の名に違わぬ謎の大剣【グラスヒール・アライズ】は頼れる武器だ。
ゆっくりと統矢は、ケイジから愛機【氷蓮】を押し出す。
――ラストサバイヴ。
まさに今、最後の決戦を迎えるための鎧を統矢は身に纏った。
一時の安らぎも、終わったかに見えた戦争も、全てが思惟の向こう側へと遠ざかってゆく。戦場へと戻ってきた、その感覚は一瞬で以前の勘を取り戻す。
「反応が前より鋭いな……その名の通り生まれ変わったか? 【氷蓮】」
物言わぬ相棒の挙動は、不思議と洗練されている。
【シンデレラ】が脱ぎ捨てた装甲は、今思えば不思議と【氷蓮】にフィットした。そして、更紗れんふぁの言葉を思い出す……【シンデレラ】は、彼女がいた世界線での最後のパンツァー・モータロイド。あちら側の統矢が改良を重ねて改造を繰り返し、最後には捨てたPMRなのだ。
だが、統矢は絶対に【氷蓮】を捨てたりはしない。
くだらないセンチメンタリズムでも、ここにしかもうあの少女の魂はないのだ。
「俺は……戻ってきたぞ、りんな。お前が死んだこの場所に。向こうのお前を縛る、もう一人の俺と戦うために」
五百雀千雪から話は聞いている。
リレイド・リレイズ・システム……因果律を操作する時空間相互連結装置。二つの世界を繋ぎ、戦争を絶えず流し込んでくる恐るべきテクノロジーだ。
その禁忌のシステムに、もう一人のりんなは囚われている。
システムのコアとして、縛り付けられているのだ。
統矢の中では、更紗りんなという少女は一人しかいない。
そして、一瞬で永遠に奪われてしまった。
騒がしいカタパルトへ進みながら、その想いを再度統矢は己に刻み直した。
『カタパルト、戻せーっ!』
『もたもたするなっ! 外じゃもうドンパチ騒ぎなんだからな!』
『辰馬のボウズが上がった! 五分は持つ! 全機、発進急げよ!』
【氷蓮】をカタパルトに乗せれば、ガクン! と機体が揺れる。
母艦からの発艦は初めてだが、ようするにこれから統矢は砲弾になるのだ。疑似反重力を使用したカタパルトは、あっという間に自分を戦場の空へと飛ばすだろう。
そこから先は、天城のグラビティ・ケイジによって空中戦になる。
陸戦兵器のPMRも、グラビティ・ケイジの範囲内では空間戦闘が可能になるのだ。
「こちら【氷蓮】、摺木統矢だ。カタパルト接続、オールグリーン! 宜しく頼む」
『こちら天城コントロール。ようこそ戦場へ、お坊ちゃん。今なら引き返せるが?』
「そいつは別の奴に言ってくれ。戦って勝つ先にしか、俺達の戻る場所はもうないからさ」
『言うじゃないか、小僧っ子が』
無線の向こうで、男が笑った。
自然と統矢の口元にも笑みが浮かぶ。
『オーライ、統矢。射出後、すぐに戦闘だ。死なずに戻ってこいよ』
「そのつもりだ」
周囲の作業員が退避する中、機体を浮遊感が包んだ。
視界の隅で、ゲートのランプが赤から緑に変わる。
瞬間、強力な加速が統矢をシートに押し付けた。
全身の血が逆流するかのような錯覚の中、あっという間に統矢は空の真っ只中へと放り出された。
無数の火線が走り、ビームと弾丸が飛び交う戦場。
「っ、Gが……でも、天城の方で重力制御は。なら……あとは征くだけだ、【氷蓮】ッ!」
すぐ目の前に、巨大なドラゴンの如き異様が迫る。
無人型パラレイドの上位機種、デーミウルゴス級だ。全長100mを超える巨躯が、こちらへと振り返る。
迷わず統矢は、【氷蓮】へ背の大剣を握らせた。
抜刀一閃、驚くほどに軽い手応えが敵を切り裂く。
零分子結晶……以前の【グラスヒール】は、単分子結晶の刃に真実を隠していたのだ。そして今、本来の刀身が解放された。
あっという間に、統矢の太刀筋はデーミウルゴス級を両断した。
「なんて切れ味だ……だが、こいつなら!」
緑の光をほのかに放つ、あまりにも鋭利な刃。
その巨大さを裏切る、軽やかな剣さばきに【氷蓮】が払い抜ける。
別世界の未来が生み出す特殊装甲が、まるで紙屑のようだ。
月での決戦では、統矢は不鮮明な意識の中で戦っていた。朦朧とする中で操縦桿を握り、憎しみだけをGx感応流素に注いでいたのだ。
だが、今はわかる……託された力を、自分の強さへ変えてゆけるのだ。
背後にデーミウルゴス級の大爆発を聴きながら、統矢は敵を求めて天空へと駆け上がる。
戦いの空は今、凍えた空気を沸騰させて統矢を迎えるのだった。




