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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「三方一両損」

作者: 霧夜シオン
掲載日:2024/08/13


落語声劇「三方一両損(さんぽういちりょうぞん)」


台本化:霧夜(きりや)シオン@吟囁亭喃咄(ぎんじょうていなんとつ)


所要時間:約40分


必要演者数:5名

      (0:0:5)

      (5:0:0)【性別準拠人数比率】

      (4:1:0)

      (3:2:0)

      (2:3:0)

      (1:4:0)

      (0:5:0)



※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


●登場人物


金太郎(きんたろう):白壁町(しろかべちょう)に住む左官屋(さかんや)さん。

    柳原(やなぎわら)で大工の吉五郎(きちごろう)の落とした財布を拾い、届けに行く。

    生粋(きっすい)の江戸っ子。


吉五郎(きちごろう):神田小柳町(かんだこやなぎちょう)に住む大工。財布を落としていたが持ち前の江戸っ子

    気質で気にせず一杯やっていたとこに金太郎が財布を持って現れ

    る。


大家(おおや)(金):金太郎の長屋の大家さん。


大家(おおや)(吉):吉五郎の長屋の大家さん。

      


大岡越前(おおおかえちぜん):時代劇好きならご存知(ぞんじ)、大岡裁きで有名な大岡越前守忠相(おおおかえちぜんのかみただすけ)。

     南町奉行(みなみまちぶぎょう)として、今回の双方の訴えをお白州(しらす)にて裁く。


店主:タバコ屋の店主。金太郎に吉五郎の家を教える。


隣人:吉五郎の隣に住んでる人。

   ケンカっぱやい吉五郎のせいで毎度迷惑している。



●配役

金太郎:

吉五郎:

大家(金)・隣人:

大家(吉)・店主:

越前・枕・語り:


※:語り、枕は1セリフのみです。



枕:江戸っ子の 生まれそこない 金を貯め

  という川柳(せんりゅう)があります。あまり知られてないですけどね。

  ですが、その句が生まれる元となった、

  江戸っ子は宵越(よいご)しの銭(ぜに)を持たない、という言葉はよく知られているか

  と思います。

  考えてみると江戸っ子と呼ばれる存在の代表は、いわゆるお職人なわ

  けで、彼らは商人(あきんど)と違い、金を蓄(たくわ)える事はしない。

  金は己(おのれ)の腕の中に入っている。

  ケチケチせずに気前よく、収入があればいいものを買ったり、

  人にご馳走(ちそう)したりするのが粋(いき)でかっこいい。

  だから金が欲しい時には仕事をすればいい。

  実際、腕のいい職人ともなると、仕事は振(ふ)るほどあったそうです。

  だからなまじ金が貯まると評判が悪い、一生懸命使うと思ったって、

  人間そうそう使えるものじゃありません。

  余った→取っとく事なんてできない→江戸っ子の恥→しょうがないか

  らみんなでどっかに捨てちまえ、

  なんて思考回路で表(おもて)に捨てに行ったなんて話もあるくらいです。

  現代の我々にしてみれば想像もつかない考えですな。


金太郎:あん? 間抜(まぬ)けなものが足に引っかかったな。

    …財布だ。

    中には…書き付けに印形(いんぎょう)、それに金三両(きんさんりょう)かい。


    書き付けにゃ神田小柳町(かんだこやなぎちょう)、大工の吉五郎(きちごろう)って書いてあんな。

    この野郎が落っことしやがったのか。ドジな野郎だなぁええ?

    まったく、こちとら忙(いそが)しいってのによう。

    名前と在所(ざいしょ)は分かってんだ、届けねえわけにゃいかねえよなあ。

    しょうがねえ、行ってやるか。


    【二拍】


    えーと、確かこの辺りが小柳町(こやなぎちょう)だったか…?

    あそこでちょいと聞いてみるか。


    おうッ、ごめんよッ!!


店主:へい、いらっしゃいやし。

   えー、お煙草(たばこ)は何を差し上げましょうか?


金太郎:なんでぇこの野郎、

    人が前へ立つと煙草(たばこ)を買うもんだと思ってやがる。

    欲の深(ふけ)ぇ野郎だ。煙草(たばこ)なんざいらねえんだよ煙草(たばこ)なんざ。


店主:え、煙草(たばこ)をお買いになるんじゃないんですか?

   あぁ、そうですか…はぁ。


金太郎:なんでぇ、最後がっかりしてやがる。

    ちょいとものを聞きてえんだよ。

    神田小柳町(かんだこやなぎちょう)てな、この辺だな?


店主:へえ、さいでごぜえます。


金太郎:大工の吉五郎(きちごろう)ってのはいるかい?


店主:吉五郎(きちごろう)…あぁ、吉公(きちこう)ですか。

   えぇいますが…何か?


金太郎:知ってんだったら、どこにとぐろ巻(ま)いてんのか教えろィ。


店主:…蛇だねまるで。

   えぇと、家を聞こうてんですか?


金太郎:うるせぇなこんちきしょう、ええ?

    今そう言ってんだから同じ事を言って聞き返すんじゃあねえよ!

    で、どこなんだ?


店主:あぁ、そうですか…。

   吉公(きちこう)の家はここはまっすぐ行きますとね、右側に米屋があるん

   ですが、そこを入って角(かど)から五軒目ですな。


金太郎:そうかぃわかったわかった、早く教えろってんだこんちきしょう

    、まぬけェ。

    ありがとよッ!


店主:…なんだあの人(ひと)ァ。


   【二拍】


金太郎:あぁここかぁ、なるほどなぁ、へェ。

    腰障子(こししょうじ)がはまっててちゃんとしてらぁ。

    はりかえたんだな。あたらしくなってやがらぁ。

    

    お、欄間(らんま)から煙(けむ)が出てやがるよ。

    魚でも焼いてやがんのかな?

    どういう事になってんのかひとつ、中の様子を見ねえってぇとな

    。

    ちょいと、障子(しょうじ)に穴をあけて覗(のぞ)いてやろうじゃねえか。

    …。

    あぁ、いやがったいやがった、あの野郎が吉五郎(きちごろう)ってんだな。

    財布を落っことす野郎だけあって間抜(まぬ)けな面(つら)ァしてやがらァ。

    何してんだ?…あ。

    はっはぁ、イワシの塩焼きでもって一杯酒(いっぱいさけ)を呑(の)もうってんだな。

    ドジだねェほんとうに。


    よしなよしなァ!!

    そんな油のしつっこいもんで酒(さけ)かっ喰(く)らってんじゃあねェよ!!

    もっとあっさりしたもんで呑(や)れィ!


吉五郎:!? 何でェおめェは!

    しつっこいもんで呑(や)ろうが、あっさりしたもんで呑(や)ろうが

    俺の勝手でェ!

    てめェの世話にゃあならねェ!


    しかもせっかく張りかえた障子(しょうじ)に穴(あな)ァあけやがって。

    用があるってんなら、そんなところでのぞいてねェで

    こっちへ入れってんだよ!


金太郎:ったりめェだ、障子(しょうじ)開けねェで入れるかィ!

    隙間(すきま)ッ風(かぜ)じゃねェんだ!

    ぃよいしょォ!

    おうッ、おめェが大工の吉五郎(きちごろう)ってのか?


吉五郎:そうよ。てめェはなんでェ?


金太郎:俺ァ白壁町(しろかべちょう)の左官(さかん)、金太郎(きんたろう)ってんだ。


吉五郎:金太郎(きんたろう)?

    金太郎(きんたろう)にしちゃぁ赤くねェなあ。


金太郎:絵のやつと一緒にするんじゃねェ!

    てめェみてえに酒(さけ)かっ喰(く)らってるわけじゃねえんだ!


吉五郎:なんだとこの野郎。

    俺ァ呑(の)んでたって素面(しらふ)のままよ!

    何か用があんのか?


金太郎:たりめぇだこの野郎。

    用が無くてこんな小汚(こぎた)ねぇ所へ来るかい!


吉五郎:こんちきしょう、ケンカも売りに来やがったのか?


金太郎:あ? そうじゃねェんだよ。

    おめェ今日、柳原(やなぎわら)で財布を落っことしたろ。


吉五郎:何ィ? 顔を洗って出直しやがれィこんちきしょう。

    なんだってそんな事を俺に聞くんだァ?

    落っことしたんだよ俺ァ。

    どこに落っことしたか分かってりゃ拾(ひろ)って来るんだ、まぬけェ。


金太郎:そりゃァおめェの言う通りだ。

    おめェな、柳原(やなぎわら)で財布を落っことしたんだよ。

    俺が通りかかって拾ってやった。

    中ァ見たら金が三両(さんりょう)、書き付けに印形(いんぎょう)が入ってた。

    書き付け見て、おめェだって事が分かったんだ。

    ほれ、おめェに渡すから、あらためて受け取れ。


吉五郎:…、こんちきしょう、余計なことしやがって…!

    

金太郎:何ィ…?


吉五郎:何ィじゃねェんだよ!っとに、ええ?

    こっちは金を落としてさばさばして、あーこれで厄払(やくばら)いだな、

    ありがてぇなってんで呑(の)んでるんじゃねェか。

    わざわざ持って来やがって、んっとにしょうがねェな。

    印形(いんぎょう)と書き付けは俺のもんだが、金はいらねェや。

    おめェにやるから、帰りに一杯やれェ。

    そらッ。


金太郎:…。こんきちしょう、何しやがんでェ!

    俺ァな、礼をもらおうと思っておめェんとこへ届けに来たんじゃ

    ねェンだぞ!

    おめェが困るだろうと思って持って来てやったってェのになんで

    受け取らねェンだ!?


吉五郎:困るゥ?

    冗談言うなィ、三両(さんりょう)ばかしの金で何が困るって言うんでェ!

    いつでもどうにでもなるんだよ、えぇ?

    てめェにくれてやるから持ってけッてんだ!


金太郎:ハァ!? 俺ァいらねェぞそんな金ェ!

    そんな金もらうくれぇなら、はなッから届けねェンだよ!

    せっかく俺が届けてやったってェのに、なんで受け取らねェンだ

    こんちきしょう!

    おめェの金じゃねえか、えぇ!?


吉五郎:そりゃあもとは俺の金だった、もとはな。

    だけど、いったん俺の懐(ふところ)から飛び出したんだ。

    二度とウチの敷居(しきい)は跨(また)がせねェ。

    落っことした金を届けてもらってありがとうございます、

    っつってこいつをいただいて大事にしまっておくなんて、

    そんなさもしい了見(りょうけん)は俺にはねェンだ!

    てめェが拾(ひろ)ったんだから、褒美(ほうび)にくれてやるってんでェ。

    持ってけ、こんちきしょう!

    持ってかねェと張り倒すぞ!


金太郎:この野郎ォ、黙って聞いてりゃいい気になりやがって…!

    おもしれェな、おい。

    拾った財布を届けてやって張り倒されるなんて、

    そんな分からねェ話はねェ!

    張り倒せるもんだったら張り倒してみろってんでェ!


吉五郎:そうか?

    じゃあ張り倒してやろうじゃねェか。

    ッッ!!

    【手を叩いて張り倒す】


金太郎:!ッこの野郎ォッ!

    やりゃあがったなァッ!!

    ッッ!

    【手を叩いて張り倒す】


吉五郎:!おッ、こんちきしょッッ!!

    【手を叩いて張り倒す】


金太郎:!ッでッ! やろぉッ!!

    【手を叩いて張り倒す、そのまま三回ほど続ける】


隣人:おッ、ちょっとッ! あッ、大変だよ!!

   大家(おおや)さぁーーーん!!

   すぐに来(き)とくれェ大家(おおや)さーーん!!

   ケンカケンカ、ケンカだよーーッ!!


大家(吉):何(なに)い、どこだい!


隣人:どこだじゃねえんだ、隣に決まってるじゃねえか!

   吉公(きちこう)ンところだよ!

   これで三回目だ!大変な騒ぎだよ!

   隣でケンカ始まると壁が薄いから棚(たな)から物が落(お)っこってくんだよ!

   抑(おさ)えてなくちゃならねェンだ、壁が薄いから!

   壁が薄いからこうやって手が塞(ふさ)がってっと仕事ができねェ!

   壁が薄いんだよ!

   早く止めてくれよ!

   大家(おおや)さん壁が薄いよ!

   大家(おおや)さんケンカ止めてくれよ!

   大家(おおや)さん壁が薄いよ!

   大家(おおや)さん壁が薄いよ!!

   大家(おおや)さん壁が!!!


大家(吉):この野郎、ケンカ止めるなら止めてくれって言え!

      壁が薄い壁が薄いって騒ぐんじゃないよ!

      しょうがない奴だねまったく。


      おいおい、よしなよしなッ!

      またやってるよこいつは。

      本当にこんなにケンカの好きな奴はいないよ。

      またよく相手が来るもんだな、ええ?

      どこの奴だか知らないが、こいつもなかなか威勢(いせい)がいいな。

      飛び上がってイワシ三尾踏(さんびふ)み潰(つぶ)したよ。

      ほぉ、髷(まげ)をつかんで毛のむしり合いだ。

      軍鶏(しゃも)のケンカだね、まったく。

      どっちが余計(よけい)むしるか、こいつはちょっと見ものだな。


隣人:いや、バカな事言っちゃいけないよ!

   ケンカ止めるとか壁厚くするとか——


大家(吉):うるさいよ! まだ言うかい。

      ったくしょうがない。   

      ちょちょちょ、よしなよしな!よしなって!

      いいからよしなッ!!

      はぁ…はぁ…、

      勝負をつけることないよ、五分(ごぶ)と五分(ごぶ)、分(わ)けにしときなっ。


      んっとに…しょうがないね…おい吉公(きちこう)!

      ケンカするのはかまわないけどね、もっと広いとこでやれよ

      、ええ?

      長屋(ながや)でドタンバタンやった日にゃ、壁が薄いから…

      見ろ、うつっちまったじゃないか!

      ゴホン、隣が仕事ができないってんだよ!

      人に迷惑をかけるようなケンカをしちゃいけない。

      そっちのお前さんもそうだよ、どこの人かは知らないけど、

      この長屋(ながや)に来てケンカをされちゃ困るんだ。

      迷惑になるんだから、さ、帰っとくれ帰っとくれ。


金太郎:あ? 帰れだァ?


大家(吉):そうだよ。

      こいつは気が短いんだから、お前さんがいつまでもそこにい

      るとまたケンカが始まるんだ。

      だから引き取ってくれ、帰ってくれ。


金太郎:おめェ何かい、ここの大家(おおや)かい?


大家(吉):そうだよ。


金太郎:へェ…。

    冗談(じょうだん)じゃねェぜおい。

    年ばっかり重(かさ)ねてよ、そんなケンカの止めようってのがあるかい

    。


大家(吉):いけないってのかい?


金太郎:あたりめぇだよ!

    犬猫(いぬねこ)じゃねえ、血の通(かよ)った人間がケンカしてんだ!

    俺ァ気がふれて暴れてるんじゃねェンだよ!

    ケンカするような事があったからこうなってるんじゃねェか!

    なぜわけを聞かねェンだ!?


大家(吉):あ、そうか…。

      いや、そりゃあ私が悪かった。

      いったいどうしたんだい?


金太郎:俺ァな、こいつの財布を拾ったんで、届けに来てやったんだ。

    そしたら受け取らねェンだよ。そのうえ金はおめェにやるって

    言うもんだから、んなモンいらねェって断(ことわ)ったんだ。

    そしたら受け取らねェと殴(なぐ)るっつって、いきなり俺の頭を張り倒

    しやがった。

    だからケンカになったんだ。


大家(吉):いきなり殴った?

      おい吉公(きちこう)、そりゃあ本当か?


吉五郎:【ふてぶてしく】

    あぁ本当でぃ!


大家(吉):何を偉(えら)そうにふんぞり返って言ってるんだ。

      なんて馬鹿だろうねこいつは。

      おい吉公(きちこう)! これはお前がよくない。

      いったん落(お)っことした金は受け取りにくいかもしれない、

      お前のそういう了見(りょうけん)が分からないわけじゃない。

      だがこちらがわざわざ届けてくだすったんだ。

      そういう時にはいったん受け取って、ありがとうございます

      と礼を言っておところをうかがっておいて、

      後日(ごじつ)改めて菓子折(かしお)りのひとつでもぶら下(さ)げて礼に行く。

      これが人の道というやつじゃないか。

      何でもかんでも江戸っ子ぶりやがって、

      いきなり張り倒してケンカ沙汰(ざた)なんぞに及ぶなんて、

      そんな事をする奴があるか! まぬけ!

      謝(あやま)れ謝(あやま)れ!


     【二拍】


吉五郎:ン何をぬかしやがるんだこのクソったれ大家(おおや)ァ!!!!!


大家(吉):なんだ、そのクソッタレ大家(おおや)ってのは。

      大家(おおや)でクソをたれない奴がどこにいるんだよ。


吉五郎:何を言いやがんでェ!

    馬鹿につける薬はねえ、すり鉢(ばち)に蓋(ふた)はねえってなァてめェのこっ

    た、こんちきしょう!

    やいやいやい、大家(おおや)と言(い)やぁ親も同様、店子(たなこ)と言いやぁ子も同然

    ってんでぃ!

    俺とおめェは親子の間柄(あいだがら)じゃねえか!

    その親が何だって子の味方もしねえで他人の味方ァしやがって、

    ぐずぐずぐずぐず言うんでェ!

    冗談(じょうだん)じゃねえぞ!

    こちとらな、自慢(じまん)じゃねえが晦日(みそか)に納(おさ)める店賃(たなちん)だって、みんなが

    延(の)ばしてるところ、俺ァ28日にきちんきちんと納(おさ)めてるじゃね

    えか、べらぼうめぃ! ええ!?

    それなのにてめぇの方は何でィ!

    盆(ぼん)が来ようが正月が来ようが、半紙一枚(はんしいちまい)、海苔一帖(のりいちじょう)持ってきたこ

    とがあるかィ、このしみったれ野郎め!


大家(吉):…嫌な事を言うねこいつは。

      【金太郎に向きなおって】

      お前さん、どこの何てお人だい?


金太郎:俺ァ白壁町(しろかべちょう)の左官(さかん)の金太郎(きんたろう)ってんだ。


大家(吉):そうかい。

      聞いての通りだ。こういう奴なんだ。

      あたしが意見したところでこういう事を言ってくる。

      だから今はとてもじゃあないけど、お前さんに頭を下げろっ

      て言ったって下げるような奴じゃない。

      あたしがあとでよぉーく意見をして、必ずお前さんに頭を

      下げさせるから。

      もしあたしの言う事を聞かないようなら、お上(かみ)に願い出て、

      お白州(しらす)でちゃんと頭を下げさせる。

      だから今日の所はひとつね、年寄(としよ)りの顔をたてて、ひとまず

      このまま引き取っておくれ。


金太郎:そうかい。

    そりゃお前さんの方でね、そういう言い方してくれるんだったら

    こっちだって帰らねえことはねえんだ。

    オウ吉公(きちこう)この野郎!! 覚えとけよ!!


吉五郎:覚えてろだァ!?

    何言ってやがる、あたりめえだ!

    こちとら26、耄碌(もうろく)する年じゃねえ!

    誰が忘れるかよ!!

    矢でも鉄砲でも持ってこいってんだ!!


金太郎:何を言いやがんでェ、でけぇ事ぬかすなィ!

    てめェなんぞに矢だの鉄砲だのいるかよ!

    拳固(げんこ)ひとつでたくさんでェ!


吉五郎:何をォ!?


金太郎:何だァ!?


大家(吉):ああちょちょちょっと、まあまあいいから!

      帰っとくれ帰っとくれよ!


     【二拍】


金太郎:~~~っつつ…くやしいねぇちきしょう。

    よもや来ねえだろと思ってたらあんの野郎ォ、ポカッと来やがっ

    たよ。

    面白(おもしろ)くねぇなぁ、後手(ごて)食っちまった…。

    絶対に詫(わ)び入れさせなきゃァ

    気が済まねェ…。

    うぅ~~~む……。


大家(金):誰だァ? うちの前をウンウンうなって通るのは。

      あん? 何でェ金公(きんこう)の野郎じゃねえか。

      なんだかだらしのねェ格好(かっこう)して、のこのこのこのこ

      歩いてやがる。

      おぉーい、金公(きんこう)ッ!!


金太郎:?…あぁ、大家(おおや)さん。

    どうも、こんちわ。


大家(金):こんちわじゃねェ、ちょっとこっちへ入れ。


      【二拍】


      あ~…別に用と言うほどのものはねェが、俺(おれ)ァ江戸っ子な

      おめえが好きだ。

      江戸っ子てのはな、威勢(いせい)がよくって、洒落(しゃれ)がかって乙(おつ)ななり

      をして、足元は綺麗(きれい)で、頭がさっぱりーーしてねェな。

      おめぇなんだその格好(かっこう)は、ええ?

      今日のおめェ見てるってェと、だらしがねェやな。

      その頭はどうしたってんだ。

      鬢(びん)の毛が緩(ゆる)んじまってるってェのは、あんまり形のいいもん

      じゃねェ。ちゃんと綺麗(きれい)に結(ゆ)いあげろ。

      着物もだぞ。

      前をそんなにはだけちまって、見栄(みば)えが悪(わり)ィったらねェよ。

      襟(えり)に垢(あか)のつかねェ着物を着て、履(は)き物だって新しいのを履(は)い

      てなくっちゃあいけねェ。

      キリッとするもんだ、キリッと。

      何かあったのか?      


金太郎:あァ、いまケンカしてきたんで。


大家(金):ん~ふっふ…いいね。

      ただのセリフがいまケンカしてきた、うん。


      えれェ。


      嬉(うれ)しいね、そういうとこも好きだ。

      ケンカはいいな、ケンカもできねェ屁(へ)も垂(た)れられねェじゃ、

      しゃあねぇやな。

      自慢じゃねえが、俺なんざ若(わけ)ぇ頃は毎日腰に弁当ぶら下げて、

      ケンカして歩いたもんだ。

      で、どこでケンカしたんだ?


金太郎:神田(かんだ)の小柳町(こやなぎちょう)だよ。


大家(金):相手は?


金太郎:大工の吉五郎(きちごろう)。


大家(金):殴(なぐ)れそんなもの!

      カンナで削っちまえ大工なんぞ。

      で、どうしてケンカになったんだ?


金太郎:それがよ、今朝に柳原(やなぎわら)歩いててさ、財布拾(さいふひろ)っちまったんだ。


大家(金):バカだなこの野郎、

      財布を拾うって、よくそういう間抜けな事をするもんだ。

      なんでそんなもん拾ったんだよ。


金太郎:いや、どうして拾うんだよったってさ、拾う気はねェけど拾っち

    まったんだよ。


大家(金):それァおめェが良くねェンだよ。

      普段から言ってるだろ。

      屈(かが)み女(おんな)に反(そ)り男(おとこ)ってな。

      男ってもんは反(そ)り身(み)になって歩いてなくちゃいけねェんだ。

      変に屈(かが)んで物を拾うなんて了見(りょうけん)だからそういうことになるん

      だ。


金太郎:いや、大家(おおや)さんの前だけどね、俺ァ反(そ)り身(み)で歩いてたんだ。

    反(そ)り身(み)になって歩いてたんだけど、草履(ぞうり)に財布が引っ掛(か)かりやが

    ったんだ。


大家(金):それがドジなんだ。

      ささくれた古い草履(ぞうり)を履(は)いてるからだ。

      新しいのを履(は)いてりゃ、そういうことにはならねェ。


金太郎:今そんなこと言ったってしょうがねェじゃねェか。

    中ァ見たらね、金が三両(さんりょう)に書き付けと印形(いんぎょう)が入ってたんだよ。

    書き付けに神田小柳町(かんだこやなぎちょう)・大工(だいく)・吉五郎(きちごろう)と書いてあるから俺ァね、

    その野郎の所に届けに行ったんだ。


大家(金):ほォ、そりゃあいい事をしたなぁ。

      当人も喜んだろ。


金太郎:それが喜ばねェンだよ。


大家(金):へェ、そいつは変わった野郎だな。

      で、どうしたんだい?


金太郎:せっかくこっちは落っことしてさばさばして酒を呑(の)んでるってぇ

    のに、なんだって余計なことしやがんだ。

    金はおめェにやるって言うんだよ。


大家(金):ほう。

      で、もらったのか?


金太郎:冗談(じょうだん)言っちゃいけねェ。

    大家(おおや)さんいい加減にしてくれよ!

    あっしがもらうわけねェだろ!


大家(金):あたりめェだ!

      もらうようなら、俺がてめェをただじゃおかねェ!!


金太郎:おぅ…だよな。

    で、そんな金をもらうわけにはいかねェ、

    俺ァもらわねェ、って言ったら、もらわねェと張り倒すぞって

    言いやがるんだ。

    くだらねェ、こいつは面白(おもしれ)ェや。

    金を届けてやって張り倒されるなんてこたァ、未(いま)だかつて聞いた

    事がねえ。

    張り倒せるもんだったら張り倒してみろッて言ったら、

    ほんとにかかってきやがった。


大家(金):話がバカにすらすら運んでやがるが、

      かかってきたって、まさか殴(なぐ)られたのか?


金太郎:いやいや、かかってきたからパッと受けたよ。


大家(金):どこで?


金太郎:おでこで。


大家(金):殴(なぐ)られたんじゃねェか、だらしねェなあ。


金太郎:いやあっしもね、癪(しゃく)だからパッと飛び上がってよ、イワシを三尾(さんび)

    踏(ふ)みつぶしたんだ。


大家(金):おい、おめぇ誰とケンカしてんだよ、イワシとケンカしてる

      んじゃねえだろ。


金太郎:そりゃそうだけどよ。

    んで、くんずほぐれつやってると、向こうの大家(おおや)ってのが止めに

    入ったよ。

    わけ聞かれたんで、これこれこういうわけでケンカになったんだ

    って言ったら、向こうの大家(おおや)が吉公(きちこう)の野郎に小言(こごと)言ったんだよ。

    ちゃんとおところをうかがっといて、後日(ごじつ)改めて菓子折(かしお)り持って

    礼に行くのが人の道じゃないかってよ。

    それ聞いた吉公(きちこう)の野郎がね、向こうの大家(おおや)に向かって敵ながら

    威勢(いせい)のいいあっぱれな啖呵(たんか)切って、あっしは惚(ほ)れぼれしちまった

    ね。


大家(金):バカだねお前は。

      おめェを殴(なぐ)った奴だろう。

      そんな奴の言った事でも惚(ほ)れぼれするのかい。

      で、どんな啖呵(たんか)切ったんだ、聞きてえな。

      いい啖呵(たんか)がねえんだ、ここんところ。

      「何言ってんだィべらぼうめィ」

      なんてな、ありきたりすぎてぞっとするわな。

      「おいらァ江戸っ子だァ」

      だの、

      「ただじゃおかねェぶっ殺すぞ」

      はァどこで生まれたんだか育ったんだか、分かんなくなっち

      まわァな。

      はァそうかい。そのいい啖呵(たんか)ァ聞きたかったな。


金太郎:聞かせようかい?


大家(金):ほぉ、聞きてぇな。

      なんつったんだい?


金太郎:…ン何をぬかしやがるんだこのクソったれ大家(おおや)ァ!!!!!


大家(金):おい何がクソッタレ大家(おおや)だよ。


金太郎:むこうがそう言ったんだからしょうがねぇじゃねぇか。


大家(金):で、その後は?


金太郎:大家(おおや)と言やぁ親も同様、店子(たなこ)と言いやぁ子も同然!

    親子の間柄(あいだがら)じゃねえか!

    その親が何だって子の味方もしねえで他人の味方をするんでェ!

    こちとら自慢じゃねえが、晦日(みそか)に納(おさ)める店賃(たなちん)をみんなが延(の)ばして

    るところ、俺ァ28日にきちんきちんと持っていくんだ!

    それなのにてめぇの方は何でィ!

    盆(ぼん)が来ようが正月が来ようが、半紙一枚(はんしいちまい)、海苔一帖(のりいちじょう)持ってきたこ

    とがねぇじゃねえか、しみったれ野郎!

    ってこう言っていたね。

    なるほどなぁ、どこの大家(おおや)も同じだなぁってね。


大家(金):やりゃあがったなこいつァ、何言ってやがる。

      んで、どうしたんだ。


金太郎:向こうの大家(おおや)が言うには、必ず意見をして謝(あやま)らせると。

    あたしの意見を聞かないようだったらお上(かみ)に願い出て、

    必ずお白州(しらす)で謝(あやま)らせるから、ひとつ今日の所はあたしの顔を立て

    て、年寄(としよ)りの顔に免(めん)じて帰ってくれって言われたんで、

    あっしは帰って来たんだ。


大家(金):…バカ野郎。

      おめェ向こうの大家(おおや)の顔はそれで立ったかもしれねェけど、

      俺の顔はどうしてくれるんだ。


金太郎:ぁ~~…そこまで考えていなかったな…。

    いや、大家(おおや)さんの顔は立てにくいよ、丸いから。

    あごを潰(つぶ)しとかねぇと。


大家(金):何くだらねぇ事を言ってやがんだ。


      そういうやつはな、癖(くせ)になる。

      向こうが訴(うった)えるのを待ってるこたァねェ。

      こっちから願い出ろ!

      俺が願書(がんしょ)を書いてやるから。


語り:そんなわけで金太郎の大家(おおや)さんが願書(がんしょ)をしたためまして、

   南町奉行(みなみまちぶぎょう)、大岡越前守様(おおおかえちぜんのかみさま)のところに願い出ました。

   時を同じくして吉五郎の大家(おおや)からも願い出たものですから

   すぐに差(さ)し紙(がみ)がつきまして、お呼び出しという事になる。

   当日一同(とうじついちどう)が揃(そろ)うと、呼び込みでもってぞろぞろぞろぞろとお白州(しらす)へ

   入って参ります。

   鎖(くさり)の付いた大きな扉(とびら)ががらがらがらがらぴしーっと閉まる、

   この音を聞いただけで皆(みんな)ぞーっとしたもんだそうです。

   正面一段(しょうめんいちだん)高いところには公用人(こうようにん)、縁(えん)の下には同心(どうしん)が、

   十手(じって)を持って控(ひか)えております。


大家(吉):【声を落として】

      これこれこれ吉公(きちこう)、控(ひか)えろ控(ひか)えろッ。


吉五郎:へっ? ひきがえる?


大家(吉):【声を落として】

      控(ひか)えろって言ってるだろ…!


吉五郎:いや、控(ひか)えてるじゃねェか。


大家(吉):【声を落として】

      あぐらかいて控(ひか)える奴がいるか!

      ひざを折(お)って座るんだよ!


吉五郎:えぇ、座るのかよ!?

    俺ァ嫌いなんだ、座るの。

    生まれてから今日まで、何度かしか座った事がねえんだ。

    …~~分かった分かった、座るって…。

    足が痺(しび)れるのはかなわねえのによ…。

    ホント嫌だな…。


金太郎:まぁたえばってやがんな吉公(きちこう)め。

    しかし役人てェやつも、ずいぶんしみったれてんなァ大家(おおや)さん。


大家(金):何がだ?


金太郎:何って、そうじゃねえか。

    羽織(はおり)の裾(すそ)が切れるといけねぇと思って端折(はしょ)ってやんの。


大家(金):【声を落として】

      馬鹿野郎、あれは巻羽織(まきばおり)と言って、もともとああいう格好(かっこう)な

      んだ!


金太郎:あ、そうなの。


大家(金):!

      しーーーーーーーーーーーーーーーっっ………!


金太郎:? 大家(おおや)さん、お白州(しらす)で誰か赤ん坊にしょんべんさせてるよ。


大家(金):【声を落として】

      馬鹿、お奉行様(ぶぎょうさま)がお出(で)ましになるんだよ!

      頭(ず)が高(たけ)ぇ、頭を下げろ下げろ!


金太郎:わ、わかったよ…。

    へへぇーーーっ。


   【二拍】


越前:神田小柳町(かんだこやなぎちょう)、大工職(だいくしょく)、吉五郎(きちごろう)。

   白壁町(しろかべちょう)、左官職(さかんしょく)、金太郎(きんたろう)。

   並びに付き添(そ)いの者一同(ものいちどう)、揃(そろ)ったな。

   吉五郎(きちごろう)、おもてを上(あ)げい。


   …おもてを上(あ)げい。


大家(吉):【声を落として】

      おいッ…おいッ、何してるんだ吉公(きちこう)。

      顔を上げねえか!


吉五郎:【ぶつぶつ言う】

    ええ?

    いま下げたばっかじゃねェか。

    上げたり下げたり忙(せわ)しねえな。

    これ頭だからいいけど、米だったら相場(そうば)が狂(くる)っちまわぁな。


大家(吉):【声を落として】

      くだらねぇこと言ってねえで、早く顔を上げろ!


吉五郎:わかったよ……。

    へいっ。


越前:そのほう、過日(かじつ)、柳原(やなぎわら)において財布を取り落とし、

   これなる金太郎が親切にも届け遣(つか)わしたところ、

   それを受け取らず、乱暴にも金太郎を打ち、打擲(ちょうちゃく)に及んだという

   願書(がんしょ)の趣(おもむき)であるが、それに相違(そうい)ないか?


吉五郎:えっ、ええ、申し訳ございやせん。そう、なんですねぇ。

    いやあっしがね、財布を落っことさなきゃよかったんだが、

    落っことしちゃったんですね。

    でもこっちはね、知らぬ間に金を落っことしたってんでさばさば

    してね、ああこれで厄(やく)を落としたのとおんなじだってんで、

    嬉(うれ)しくなってイワシの塩焼きで一杯吞(いっぱいや)ってたんですね。

    そしたらね、この野郎がおせっかいにも届けに来やがったんで。

    だから、印形(いんぎょう)と書き付けはこっちがもらっておくが、

    金は要(い)らねェ、てめェにやるって言ったら、

    こんちきしょうが生意気にもいらねェなんてぬかしやがった。

    それから受け取れ、いらねぇ、受け取れ、いらねぇって押し問答(もんどう)

    していてね、その間にこっちが、もし受け取らねぇなら張り倒す

    ぞって言ったら、面白(おもしれ)ぇ、張り倒せるもんなら張り倒してみろ

    なんて言うんですよ。

    むこうがせっかくそう言うのに張り倒さねえのも物(もの)に角(かど)が立つと

    思って、ポカリとやったんでございやすよ。


越前:ほう…面白(おもしろ)き事を申す奴よの。

   さようか。

   これ、金太郎、おもてを上(あ)げい。


金太郎:へっ…。


越前:そのほうその折(おり)、何故(なにゆえ)もらい置(お)かなかった?


金太郎:お奉行(ぶぎょう)、冗談(じょうだん)言っちゃあいけませんよ。


越前:これこれ、天下の裁断(さいだん)に冗談(じょうだん)という事があるか。


金太郎:真剣(しんけん)、本気(ほんき)かい?

    マジまとも?                                                  

    へぇーっ。

    それだったら言わしてもらおうじゃありませんか。

    冗談(じょうだん)言っちゃいけませんよ、本当だよ。

    だって、そうでしょう?

    こういうものを拾ったらね、自身番(じしんばん)へ届けるとか、どこそこへ

    持っていけとか教えてこそ、役人じゃねえんですかい?

    往来(おうらい)で金を拾ってどこにも届けねぇで使っちまうのを取り締(し)まる

    のが、お前さん方(がた)の商売じゃございませんか?

    それがそんな事を言われたらこっちはどうしていいか分からなく

    なるってもんだ。

    はばかりながらあっしぁね、三両(さんりょう)ばかりの金をもらってネコババ

    するようなそんなさもしい了見(りょうけん)を持ってるんだったら、とうの昔

    に立派(りっぱ)な親方(おやかた)になってるんでぇ!

    あっしぁ、生涯親方(しょうがいおやかた)なんぞにはなりたかねぇ。

    出世(しゅっせ)するようなそんな災難(さいなん)にあいたくはねえと思えばこそ…、

    あっしは朝晩(あさばん)かんだの、うっ、うう…【泣く】


越前:泣いておる…。

   さようか。

   両名(りょうめい)とも三両(さんりょう)の金子(きんす)、要(い)らぬと申すとあらばこの越前(えちぜん)が預(あず)かりおく

   が、どうじゃ?


金太郎:ええ、そうしておくんねぇ。

    その金があるからケンカになるんで。


越前:よし、しからばどうじゃ?

   その方(ほう)たちの正直さを愛(め)で、越前(えちぜん)が二両(にりょう)ずつ褒美(ほうび)としてつかわすが

   、この儀(ぎ)はどうじゃな?


大家(金):小柳町町役(こやなぎちょうまちやく)、白壁町町役(しろかべちょうまちやく)、我ら両人(りょうにん)、当人共(とうにんども)に成(な)り代(か)わって

      申し上げます。

      こういう正直者どもが出ましたのは、両町内(りょうちょうない)の誉(ほま)れにござい

      ます。

      ありがたく頂戴(ちょうだい)をいたします。


越前:さようか。

   では、両名(りょうめい)に金二両(きんにりょう)ずつ遣(つか)わすがよい。


   【二拍】


   うむ、これからは仲良(なかよ)ういたせよ。

   此度(こたび)の裁(さば)き、三方一両損(さんぽういちりょうぞん)と申す。

   そのわけを越前(えちぜん)より申し聞かそう。


   吉五郎は金太郎が金子(きんす)を届けし時、これを受け取らば三両(さんりょう)、

   金太郎もその折(おり)に金子(きんす)を貰(もら)い受ければ三両(さんりょう)、

   越前(えちぜん)もここで預(あず)かり置(お)かば三両(さんりょう)となる。

   越前(えちぜん)はこれに一両足(いちりょうた)して、双方(そうほう)へ二両(にりょう)ずつ遣(つか)わした。

   すなわちこれを、三方一両損(さんぽういちりょうぞん)と申す。

   相分(あいわ)かったか?


大家(吉):へへーっ、ありがたきお裁(さば)きにございます。


越前:ならば一同の者、立てい!

   これにて、一件落着(いっけんらくちゃく)!

   …さて、調べに時を移した。

   一同、空腹を覚えたであろう。  

   膳部(ぜんぶ)をとらす、食べてゆくがよい。


金太郎:へ、へへっ!

    お、おい、おまんまご馳走(ちそう)して下さるってよ…!


吉五郎:おぉ、本当だよ。

    あ、ありがたく頂戴(ちょうだい)いたしやす…!


    【二拍】


    お、おぃ、お膳(ぜん)が出てきたぞ…!


金太郎:おっ、み、見ろよ!

    鯛(たい)だよ、鯛(たい)、ええ?

    三崎(みさき)の本場(ほんば)、目(め)の下三寸(したさんずん)よ!

    これだよおい、こういうものを食おうじゃねえかよ。

    こないだおめェ、イワシの塩焼きで呑(や)ってたろ、ええ?

    よしなよおい、借金してでもこういうものを食わなきゃあよ。

    あっ、こらどうも、ありがとうごぜぇやす!

    おい吉公(きちこう)、さっそくいただこうじゃねえかよ!


吉五郎:おう、そうだな!

    まさかお奉行様(ぶぎょうさま)に鯛(たい)をゴチになるたァ思わなかったよ。

    じゃ、さっそく、いただきやす!


    んっ、んむ、んむ…。


    おっ、どうだよおい…魚の生きがいいからんめぇよ!


金太郎:んむ、んむっ…。

    あぁ、こらぁうめぇよ!

    んむ、んむ、んむっ…!

    【食べながら】

    どんどんやった方がいいよ、うん。


    今度(こんだ)ぁね、また腹が減ったら二人でもってケンカしようじゃねえ

    か。


吉五郎:そいつァいいな。

    お奉行様(ぶぎょうさま)、ありがとうございやす。

    こんなご馳走(ちそう)があれば、おまんま何杯(なんばい)だっていけちまいます。


越前:ははは、これこれ両人(りょうにん)、

   いかに空腹だと申して、一度に食(しょく)すでないぞ。

   腹(はら)も身(み)のうちじゃでな。


金太郎:へぇ、心配ご無用で。

    せっかくお奉行様(ぶぎょうさま)にゴチになるんですから。

    おおかぁ【大岡】、食わねぇ。


吉五郎:たった一膳(いちぜん)【越前】。




終劇



参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


古今亭志ん朝(三代目)

立川談志(七代目)





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