「今日見た夢」が超面白くて、小説にしたら絶対傑作になって億万長者になれるから意地でも思い出してやる
朝起きた。
夢を見ていた。
とても面白い夢だった。
どれぐらい面白いかというと、今までに見た傑作といえる映画とか小説とか漫画とか、そういうのに負けないぐらいの面白さだった。これを例えば小説にして世に出したら、絶対売れるって確信できるぐらいの面白さだった。
しかし、問題もあった。俺はその夢の内容を全く覚えていなかったのだ。
俺は必死に思い出そうとする。
なにしろ思い出せれば確実にヒット作を生み出せる。そうすれば映画化、アニメ化、ドラマ化、億万長者間違いなしだ。絶対に思い出さねばならない。
しかし――
「……思い出せない!」
いくら思い出そうとしても全然思い出せない。
断片的に、どんな終わり方をしたかすら分からない。
ただとにかくやたら面白かったということだけは覚えている。
「絶対思い出すんだ!」
俺は色々やってみることにした。
うんうん唸る。
頭を抱える。
頭を振ってみる。
……ダメだ。全然思い出せない。やればやるほど記憶がどんどん奥にしまい込まれてるような感覚すら抱く。
余計なことはせず、日常生活を営んだ方がきっと思い出せる。
そう判断した俺は、さっそく出勤の準備を始めた。
トーストを一枚焼いて、マーガリンを塗って食べる。
洗顔と歯磨きをする。
ヒゲを剃る。
テレビのニュースを見る。
スーツに着替える。
玄関を出て、鍵をかける。
何も思い出せない。
日常生活をしてれば自然と思い出せるなんて甘い話はなかった。やっぱりこちらから積極的に脳を刺激した方がいい。
俺は「思い出せ……思い出せ……」と念じつつ、会社に向かった。
***
会社に着いてもやはり俺は思い出せなかった。
同僚に挨拶する。
「おはよう」
「おはよう!」
せっかくだから悩みを打ち明けてみる。
「俺さ、今日すっごく面白い夢を見たんだけどさ」
「へえ、どんな夢?」
「それが全く分からないんだ。思い出せないんだ」
「なんだそりゃ」
「なぁ、俺が見た夢ってどんな夢だったと思う!?」
「知るかよ!」
こうなるのが当然だよな。
しかし、ここまでくると意地でも思い出したくなる。
他の人間にも聞いてみる。
「俺の見た夢ってどんなだったと思う?」
「知りませんよ……」
「俺の見た夢……君も見たりしてない?」
「見てるわけないでしょう!」
挙げ句上司まで巻き込んでみる。
「課長、俺がどんな夢を見たか分かりませんか?」
「寝ぼけてるのかね、君は!」
怒られた。当たり前だ。
結局俺は大傑作になる夢を思い出せないまま、仕事に励んだ。
仕事に集中すれば思い出せるんじゃ、なんて淡い期待もあったが、やはり思い出すことはなかった。
***
夢を思い出せないまま三日経ち、一週間が過ぎ、二週間ほど経っただろうか。
俺はついに決心した。
「仕事……辞めよう!」
俺は会社を辞める決心をした。
このまま悶々とした気持ちで仕事に励んでいても精神を病みそうだし、なにより俺は「思い出すことに本気になってなかった」という気がしたのだ。
そのためには、会社を辞めるしかなかった。背水の陣ってやつだ。
そこからは早かった。
退職届を出し、それなりに引き止められたが、決意は固いんですと一蹴した。
引継ぎをし、送別会を開いてもらい、「今までお世話になりました」と会社を後にした。
俺は無職になり、24時間を「あの日見た夢を思い出すこと」に費やせるようになった。
幸い趣味らしい趣味のなかった俺は貯金だけはある。
しばらくは収入のことは考えず、夢を思い出す作業に没頭できる。
まず俺は病院に行った。
「先生のお力で、どうか俺が見た夢を思い出させて下さい!」
「うむむ、とりあえずやってみましょう」
医師は困った顔をしつつ、俺に薬物療法や催眠療法、あらゆる療法を試してくれた。
しかし、思い出すことはなかった。
続いて、あらゆる創作物を見まくった。
映画や小説はもちろん、アニメ、漫画、ドラマ、演劇、歌舞伎、紙芝居……。
こうして脳に刺激を与えていけば、どこかでパッと夢が思い出せるのではと思ったのだ。
しかし、これもダメ。楽しかったが何も思い出せなかった。
他にも色々試した。高名な占い師を頼ったり、通販で買った海外の薬を飲んだり、宗教に入信してみたり……どれも効果はなかった。
貯金も残りわずか。
国内での活動に限界を感じた俺は、残る金で海外へと飛び出した。
海外で生きる金はどうするのかって? 決まってる、現地で何とかするんだ。
俺は外国語なんてほとんど喋れなかったが、現地でどうにか働き口を探し、日銭を稼ぎつつ、世界各地を巡り歩いた。
その最中、少しでも「記憶を蘇らせる方法」のような情報を手に入れたら、即座にそれに飛びついた。これを繰り返した。
時には危ない目にあったこともあるし、怪我や病気で死にかけたこともある。それでも俺は諦めなかった。
海外に出て何年も経ったある日、俺はある部族の長と食事をしていた。
現地の言葉でこんな会話を交わす。
「お前、不思議な男だ。夢を思い出すため、世界を巡っているとは」
「我ながら時々バカなことをしてると思いますよ」
「お前さえよければ、我が部族の男にならないか? お前なら歓迎しよう」
「ありがとうございます。しかし、俺は立ち止まるわけにはいかないのです」
「そうか、残念だ。旅立ったお前が夢を思い出せるよう、我々も祈りを捧げよう」
いい部族だった。
だけど彼らの力をもってしても、俺に夢を思い出させることはできなかった。
とうとう俺は宇宙人との交信を試みた。
何もない平原で、宇宙に向かって語りかける。
するとまもなく、いわゆるUFOが俺の前に現れてくれた。
中からは地球人とはまるで異なる形態を持つ、宇宙人が出てきた。
「オマエか、ワタシを呼び出したのは」
「そうだ」
「なぜワタシを呼び出した」
「宇宙人なら俺の夢を思い出させてくれるのでは、と思ってな」
俺は宇宙人に今までの経緯を話した。
「ワタシたちの科学力でもそれは難しいな」
「そうか……」
肩を落とす俺を見かねて、宇宙人はこう告げた。
「ガッカリさせてすまない。せめてワタシたちの星に来ないか?」
「せっかくだからそうさせてもらおうかな」
俺は宇宙人のUFOに乗って、彼の母星まで行くことになった。
地球とは比べ物にならないほど文明が進んでおり、俺は「着ている者の身を守る衣服」や「食べても食べても減らない完全栄養食」や「どんな病にも効く万能薬」などをもらって地球に帰還した。
「ワタシが必要になったらいつでも呼べ」
「ありがとう」
俺と宇宙人はすっかり友達になっていた。
***
俺は日本に戻った。
俺は今までの自分の人生を小説にしてみることにした。
創作意欲がかき立てられたというより、自分の人生を振り返ることで「あの日の夢」も思い出せるのでは、と思ったのだ。
やがて一本の小説が書き上がったが、残念ながら夢を思い出すことはなかった。
それでもせっかくなので、俺は書き上げた小説を出版社に持ち込んでみた。
すると――
「あなた、すごい体験してますねえ! しかもその証拠もちゃんとあるという……出版しましょう! これは売れますよ!」
まもなく俺の小説は出版され、編集者の目論見通り飛ぶように売れた。
俺の小説は傑作と評され、あらゆるメディアミックスがなされ、俺は晴れて億万長者になれた。
めでたし、めでたし。
いや――残念ながらそうはならなかった。少なくとも俺の心は。
「違うんだよ! 俺はこんな形で億万長者になりたかったんじゃないんだ! やっぱりあの夢でなければ……!」
全然満足していない俺は、やっぱり夢を思い出す作業を続けることにした。
というか、今でも続けている。
ある研究者に金を出して、記憶を呼び覚ます装置を研究してもらったり。
山奥で滝に打たれてみたり。
電磁波を体に浴びせてみたり。
とにかく何でもやってる。だけど何をやっても思い出せない。
俺の“夢”を思い出させる自信のある方はどうか名乗り出て欲しい。
もし成功したら俺の全財産をあげてもいいし、ダメでもそれなりの謝礼は払う。
俺はあの日見た夢を、絶対に思い出してやる。
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。