第7話「トレキューダ殲滅戦」
7.「トレキューダ殲滅戦」エルゥコフ・ブゼ・ポセキュ少尉
ワルコタ(ワルコタ星系)
属
イータラック・シエルトCJ3309‐218
(以下、略)星系
属
ラルハル・イータラックAB3525‐627
(以下、略)銀河
属
カルドノ・サルタンCR1482‐501
(以下、略)宇宙
属
プロン・ユーヤナAQ007‐235
(以下、略)インペリオーム
ワルコタ星系に展開している帝国軍艦隊。この艦隊は通常の宙域哨戒艦隊や星系防衛艦隊ではなかった。艦隊の中心で編隊を組んでいるのは第七級C4戦略母艦ラーベスト三隻である。ラーベストは全長986,100メートルという帝国軍の中でも大型の部類に入る航宙母艦である。航宙母艦自体、見かけるのは稀なのだが、三隻もいるのはただ事ではなかった。帝国軍においてラーベストよりも大きい艦船等級は第八級だけである。第九級以上の等級は軍事用人工惑星であり、正確にいえば艦船ではない。
ラーベストは主にゲートを使用できない、あるいは使用しない環境下での惑星制圧に用いられ、帝国の強大さ、そして恐ろしさを相手に植え付けることが可能だった。効率的で先進的な無人化システムにより、メンテナンスや運航管理に必要な人員は徹底的に削減され、代わりに想像を絶する数のアンストローナ兵や兵器を収容することができた。船体は強力な二重防御シールドと自己修復機能を持つ四重の複合装甲で覆われており、星間航行可能な技術を持つ文明であっても傷を付けるのは困難を極めた。その上、護衛艦無しでも十分過ぎる火力をラーベスト単独で有していた。
帝国標準年で数えること38年、惑星ワルコタは帝国に編入されてから技術、教育、通信、経済といった多くの面で帝国制への移行が段階的に行われた。帝国の標準的な文化レベルまで移行させる期間が最も帝国にとって重要な同化政策であり、帝国も闇雲に帝国文化を押し付けているわけではなかった。ワルコタは同化政策でフェーズ3Aの段階にある、比較的順調な経過を辿っていた。
そんなワルコタではあるが、南半球に位置する都市トレキューダでは以前から散発的な暴動や保安隊へのテロ攻撃が発生していた。これに関し、帝国保安局は組織的、本格的な反乱ではない、との認識で特に問題にはしていなかった。
だが、帝国情報局は保安局とは異なる報告を統治院へ挙げたのである。トレキューダでは宗教組織〈リスァック・ケリト〉主導による土着神の再信仰、反帝国及び反帝国思想の活性化、他種族への排他的行為が行われ、狂信的な信者らにより、一連の事件が引き起こされたという。今現在、トレキューダは潜在的宗教汚染が広がりつつある状況であるとし、情報局は軍の本格的な介入を求めた。
「こちらポセキュ少尉だ。ワルコタを完全封鎖した後、対空防衛施設を破壊。地上部隊はトレキューダへ降下し、トレキューダにいる全ての標的を抹殺せよ。提督、攻撃を開始」
『了解。各艦、撃ち方始め』
帝国艦隊から強襲揚陸艦、兵員輸送船、航宙戦闘機が次々と発艦していき、ワルコタへ降り立った。帝国艦隊は最初に軌道上から砲撃を行い、トレキューダの対空防衛砲及び防空システムを一瞬で破壊した。これらは元々、帝国の設備なのだが、駐屯部隊にも裏切り者や内通者がいることを想定しての対応だった。アンストローナではない、一般の帝国軍人がリスァック・ケリトに感化されていても何ら不思議ではないのだ。
「全地上部隊へ。トレキューダ殲滅戦を開始する」
降下した強襲揚陸艦ファブロスから出て来るアンストローナ兵とエルゥコフ。エルゥコフはスォーザ(トカゲ系ヒューマノイド)の男性で、ワルコタの乾燥した大気でも平気な皮膚を持っていた。
情報局から報告を受けた帝国統治院は皇帝の承認を得て〝トレキューダの殲滅〟を軍へ命じた。つまり、民間人、老人、子供であろうと構わず皆殺しにせよ、という非情な軍事作戦であった。
『ジンシーンを投下』
複数の第一級A3兵器輸送艦〈オル〉から、それぞれ第三級A4陸戦用汎惑星自律機動戦略兵器〈ジンシーン〉が投下されていく。ジンシーンはヴェルシタス帝国軍の汎惑星自律機動六足歩行兵器。帝国の技術を集めて開発されているため、イーガスと同様、あらゆる惑星の環境に耐えることが可能。局所制圧兵器であり、装備を含め全高34.4メートル、全長39.2メートル。
「全ジンシーン、主砲の使用を許可。トレキューダを攻撃せよ」
ジンシーンの背中に搭載された超大型ケミア相転移収束ビーム砲、そこから巨大な光線が放たれた。光線は高層ビルをなぎ倒し、有効範囲内にいる生命体を全て焼き尽くした。
地上兵器はジンシーンだけでない。二足歩行兵器のイーガス、各種移動式砲台がいくつも投入され、空中には偵察用兵器のアンスケルが無数に放たれていた。
「少尉、都市の治安部隊からリスァック・ケリト信者と思われる団体が武器を取り、シタデル・タワーを占拠したとの報告です」
補佐官のアンストローナ兵からエルゥコフは報告を受けた。
「本性を現したな〝異端者〟どもめ。標的は一人残らず抹殺せよ。これは皇帝陛下の命令である」
「イエッサー」
地上に降りたアンストローナ兵らは隊列を組んで、トレキューダへと進んでいく。一糸乱れぬその行進は美しくも恐ろしい光景だった。
エルゥコフもアンストローナ兵を引き連れ、進軍を開始した。
都市トレキューダはジンシーンやイーガスといった地上兵器によって徹底的に破壊され、逃げ出す市民をアンストローナ兵がためらうことなく撃っていった。これは他の都市や惑星に対する明らかな見せしめである。帝国の科学技術を駆使すれば都市の有機生命体だけ一掃することも可能だが、あえて皇帝は古典的な手法を採用した。粛清としても、この対応は異例のものである。
「異端者を始末しろ」
地上軍を率いるエルゥコフはトレキューダに到着し、全市民を殺害するようアンストローナ兵へ命じた。トレキューダの民は保護するべき帝国臣民ではなくなっていた。
「助けてください! お願いします!」
「宗教は争いの元であり、汚らわしい思想だ。帝国には必要ない」
泣き叫び、助けを乞う市民もいるが、そんなのは関係なかった。
「正面に敵、散開しろ」
一般市民が所持を禁止されているはずの武器を構える人々。教団リスァック・ケリトに属する信者らだ。彼らはこちらに向かってレーザーを撃ってきた。しかし、近くにいたイーガスにより、彼らには対人レーザー機銃が撃ち込まれ、次々と倒れた。
「リスァック・ケリトの信者だ。やはりテロリストだったようだな。武器を出してくるとは。我々はシタデル・タワーに向かう。連中の教祖を追い詰めるのだ」
帝国軍はトレキューダの行政区画へ部隊を進めていった。
〈シタデル・タワー(正面広場)〉
地上150階建て相当の高さを誇るシタデル・タワー。基本的に各惑星に対し一つ置かれている。ここには統治院の下部組織である、惑星統治に関する行政部署が集約されている。また、通信中継基地、メディア・センター、ゲート管理センター、都市防衛シールド発生基地といった多様な機能も有している。
シタデル・タワーは惑星行政執行官がトップを務め、原住種族や旧支配者層を職員として採用しているケースが多い。惑星行政執行官も首星ヴィアゾーナから必ず任命されて派遣されるわけではない。これは現地住人がその惑星や文化について熟知しているためである。この点はヴェルシタス帝国が中央集権体制でありながら、惑星レベルでは地方分権制を取っているともいえる。惑星統治の中枢であることからシタデル・タワーに対する攻撃は国家に対する攻撃と同義とされる。
「敵は行政執行官と職員を人質に取り、シタデル・タワーに立てこもっている。狙撃班を後方に配置する」
エルゥコフはシタデル・タワー周辺の建物に狙撃兵を配置し、タワー側からの狙撃に備えた。と、ここでエルゥコフに通信が入る。
「全部隊、待て……最高司令部から緊急通信だ」
軌道上にいる艦隊含め、全将校がエルゥコフと同じく、首星ヴィアゾーナにある帝国軍最高司令部から緊急の通信を受信した。
『皇帝陛下がトレキューダ殲滅戦に参加される。陛下自ら前線に出るとのことだ。全将兵はくれぐれも失礼のないように』
「皇帝陛下がこちらに? しかもおひとりで前線にですか?」
『そうだ中尉。皇帝陛下自ら異端者を裁かれる。貴官の座標にゲートが開くはずだ。周囲の安全を確保し、皇帝陛下のご到着に備えよ』
あまりの衝撃さにエルゥコフは戦場にも関わらず、固まってしまった。無理もない。皇帝を直接目にすることができるのは帝国内でも限られた人物だけである。広大な領域を有する帝国では人生を懸けても皇帝に会えない者の方が圧倒的に多い。
「アンストローナ、周囲の警戒を強化しろ」
すぐにゲートが出現し、アルヌーク・フローゲルト皇帝が姿を見せた。
「皇帝陛下!」
「中尉、敬礼はよい。そこまで気を張るな。ところで中尉、リスァック・ケリトの教祖がいるのはあそこか」
アルヌークは敬礼する中尉に休むよう手で指示し、彼に尋ねた。
「はい。行政執行官と職員を人質に取り、立てこもっています」
「そうか。中尉、部隊を率いて私の後に続け。私が敵の攻撃を逸らそう」
「イエス、ユア・マジェスティ」
シタデル・タワーからの銃砲火をものともせずに進んでいくアルヌーク。全てのエネルギー弾は彼女の前で消滅し、実体弾はいったん停止して、時間が巻き戻るかのように元の位置へ戻っていった。アルヌークの背後には整列したアンストローナ兵。それを先導するエルゥコフ。
自分は今、皇帝の後ろにいると思うとエルゥコフは興奮が止まらなかった。同時に皇帝と帝国に仕えていることを心の底から誇らしいと感じていた。帝国軍人、帝国臣民にとって皇帝は唯一至高の存在である。
リスァック・ケリト教団の抵抗も虚しく、アルヌークはシタデル・タワー正面の入り口に到着した。タワーの正面ゲートは隔壁が下ろされ、シールドも起動している。
「無駄なことを」
アルヌークが右手を横に払うよう振るとシールドは瞬く間に消失。さらに隔壁は無数の微細な欠片へと変わり果てた。
「リスァック・ケリト教団に告げる。私が皇帝のアルヌーク・フローゲルトだ。歓迎してもらおう」
‐皇帝だと……
正面で待ち構えていた教団信者の防衛部隊が一斉に銃を撃とうとするが、彼らは身体の自由が利かず、動けない。
(身体が、動かない)
「教団の信者を全て始末せよ。一人残らずな。中尉、ここは任せるぞ」
「仰せの通りに」
〈シタデル・タワー(行政執行官オフィス)〉
「我らに神のご加護を」
リスァック・ケリト教団の教祖、フィア・ロアンドームは生粋のワルコタ人であり、ワルコタの神ウームを信仰している。伝承によると神ウームはワルコタを生み出し、世界の全てを創造したという。
フィアの前には彼の護衛だった信者の遺体が散乱している。アルヌークは精密な引力制御と気圧制御、大気流動制御等の環境複合制御によってフィアを浮かし、自分の元へ引き寄せた。
「この状況でも神に祈るのか? 救いを求め、命乞いするべきはこの私にであろう」
徐々にフィアの表情に変化が現れてきた。恐怖を感じていた。
「死が怖いか? お前の信者達は死んだ。これも救いか? 知っての通り、私は宗教が嫌いでな。長い間、生きてきたが宗教で平和になった文明を見たことがない」
アルヌークはフィアへ対する力の行使を少しずつ強めていた。四肢を宙で張り付け、身体の自由を完全に奪う。
「っ……」
フィアが口を動かそうにも、力が一切入らない。身体と精神が分離してしまったかのようだ。
「平和な世界に宗教など必要ない。宗教が戦争を招き、戦争が宗教を招くのだ。私は星の数ほどの〝宇宙〟を支配してきたが、どこにも神はいなかった。神がいるのなら私が一番会ってみたい」
フィアは身体から体温が奪われていくのを感じた。部屋の空調システムは正常に稼働しているはずなのに、心が凍り付くような、芯から冷える感覚だった。
「お前達が望む平等と平和などどこにもない。平和から戦争が、戦争から平和が、戦争から戦争が生まれる。自分と異なる存在がいる限り。分かるか? 帝国は平和のために、そして、平和だからこそ戦争を続けるのだ。全ての宇宙を、全ての世界を支配するまで永遠に。パクス・ヴェルシターナのみが信仰に値する」
顔を近づけるアルヌーク。
「感謝するがいい。貴様を殺しはしない。ただ、永遠の苦しみを与えよう。〈フォーラスン〉へ移送する。そこで貴様が神に会えるのを祈っている」
アルヌークの言葉を最後にフィアはアンストローナ兵によって連行された。
「さて、中尉。人質に会わせてくれ」
「こちらです、陛下」
廊下には解放されたばかりの幹部職員らが並んでいた。彼らは保安局をはじめ、衛生局、通信局、情報局、交通局、金融局、財政局、生活局、教育局、技術局、ゲート管理局等、帝国行政機関に属する〝局(中央官庁にあたる)〟の惑星分局職員である。
「異端者は捕まったが、私は疑問に残っていることがある」
シタデル・タワーの幹部職員らを前にアルヌークは一人で語り始めた。
「このタワーがなぜあっさりと占領されたのか、ということだ」
皇帝の言葉に幹部職員らは静まり返っていた。
「シタデル・タワーのセキュリティを突破するのは容易ではない。にも関わらず、なぜ今回、占領されてしまったのか」
アルヌークが言いたいことを皆分かっていた。
「簡単な話だ。諸君らの中に手引きした者がいるということだ」
誰も口は開かず、皇帝であるアルヌークを見ていた。
「残念だ」
アルヌークは保安局員のジルネイ・カイロフの前に立った。
「私の目をごまかせると思ったか?」
「うっ!」
次の瞬間、ジルネイは何の前触れもなく床に倒れ込み、そのまま息を引き取った。
「アンストローナ、これを片付けろ。中尉、殲滅戦を続けよ」
「イエス、ユア・マジェスティ」
シタデル・タワーを取り戻した帝国軍はトレキューダ殲滅戦を続行。
八時間後、生存者が残っていないことを確認し、本作戦は終了した。