第4話「帝国の番人」
4.「帝国の番人」オルヴィエート・ゼラス
帝国統治院のメンバーにして〝皇帝の代理人〟とも呼ばれる枢機卿。
定員は二百名と決められており、皇帝によって直接選出される。種族、地位、年齢、性別、出身地、学歴といったものは一切関係なく、極めて優秀な能力を持ち、帝国への貢献と忠誠心が認められた者が選ばれる。ボランティアへの参加、獲得した名誉ポイントも加味され、全臣民がカーディナルに選ばれる権利を有する。
「ゼラス卿、ゲルタック残党への強襲準備が整いました。ご命令を」
ヴィアゾーナの医療センターでオルヴィエートはアンストローナ兵に次の指示を尋ねられた。逮捕されたゲルタックは複数の惑星に拠点を持ち、多くの部下や傭兵を従えていた。裏社会の重鎮である。そのため、帝国に対してゲルタック一味が何らかの報復をする可能性は少なからずあった。
「裏社会の掃除も兼ねて、徹底的に一掃せよ。慈悲は無用」
「イエッサー」
社会の安寧を築くのもカーディナルの職務である。実力主義の帝国では当然、カーディナルの戦闘能力も軒並み高い。カーディナル一人で一つの惑星を制圧できるとまで言われる。そんなカーディナル達の中でも皇帝に次ぐ実力者とされているのが、オルヴィエート・ゼラスである。武闘派カーディナルの中でも別格の強さを持ち、カーディナル同士の争いの仲裁にゼラスが入ることも多々あった。
カーディナルの特権はいくつもあるが、その中でも代表的なものが不老不死化である。〈擬似アンストローナ化〉と呼ばれる処置が施され、歳を取ることも、病気にかかる事もなくなる。ただし、不老不死とはいえ基本的に寿命で死なないだけであり、死ぬ時は死ぬ。また、カーディナルの任を解かれた場合、不老不死化は解除される。ただ、仮に死んだとしても今の帝国の技術力を持ってすれば人格の複製、移植は容易な話であり、死という概念は非常に希薄なものとなっていた。ただし、高度な医療を受けることができるのは貴族以上の高位身分に限られる。
「失礼します。ゼラス卿、皇帝陛下がお呼びです」
「分かった」
別のアンストローナ兵に告げられ、玉座の間へ繋がるゲートをすぐに開いた。カーディナルは個人用ユニバーサル・ゲート・ポータルを所有しているため、いつでも自在に帝国内を移動できた。
〈玉座の間、セントリアス・パレス(ヴィアゾーナ)〉
玉座の間に座る皇帝アルヌーク・フローゲルト。無数の宇宙を統べるヴェルシタス帝国の絶対君主、終わらない戦争を続ける最高指導者である。
「皇帝陛下、お呼びでしょうか」
オルヴィエートは皇帝の前にひざまずいた。皇帝の両脇には護衛のアバター兵が控えている。彼らは皇帝から直接、任務を与えられることもある、帝国内トップのボランティア達である。皇帝の護衛を務めることができるのはこの上なく名誉なことであり、ボランティア界隈では雲の上の存在、皆の憧れの存在だろう。
「ゼラス、ジェルズの少女を無事に保護したようだな」
「はい。しかしながら、陛下が求める情報は持っておりませんでした」
ジェルズは一般的に不思議な力を持つと言われている人種である。ジェルズに関連した昔話や伝説では〝死者の国〟へ繋がる道を開く、聖なる導き手とされる。
「そうか」
少し落胆した調子の皇帝。彼女はどこか遠いところを見つめていた。
「あの日から、もう8万年以上も経つのか」
「左様でございます。あの日の事は今でも忘れてはおりません」
「私の時間はあの日から止まったままだ。この心は満たされる事が無い。全てが夢のようだ。虚しい限り。しかし、立ち止まることはせぬ。私は必ずや〝死者の世界〟へ繋がるゲートを……最果ての世界を見つけ出す。いかなる犠牲を払おうともな」
「はい。これからも私は陛下と供にあります」
「そなたの変わらぬ忠誠に期待している。これからそなたに反乱者の討伐任務を与えるが、それほど難しいことではないだろう」
皇帝が宙に手をかざすとある惑星のカラーホログラムが表示された。
サズウェル(サズウェル星系)
属
イータラック・シエルトPP3309‐222
(以下、略)星系
属
ラルハル・イータラックAB3525‐624
(以下、略)銀河
属
カルドノ・サルタンCR1482‐501
(以下、略)宇宙
属
プロン・ユーヤナAQ007‐235
(以下、略)インペリオーム
同化政策 フェーズ3B(過渡期)
文明レベル 第三等級
治安レベル D1(要警戒)
備考 ゲート・ジャミング・アレイを確認。惑星内での各種ゲート使用不能。
「全くの想定内だがサズウェルが反乱軍を組織し、ゲート・ターミナル(設置型固定ゲート用管理施設)を破壊した。長い間、私が見てみぬふりをしたにも関わらず期待したほど反乱規模は大きくない。奴らには覚悟が足りぬ。覚悟が。実に暗愚な連中だ。たかだが十年の計画で私に挑む資格は無い。反乱分子を粛清せよ。帝国の力を奴らに叩き込むのだ」
「仰せのままに」
オルヴィエートは玉座の間を後にし、ゲートを開いた。
〈サズウェル軌道上〉
オルヴィエート・ゼラス率いる帝国軍は惑星サズウェル及びその周辺星系における反乱鎮圧のため、次の構成からなる艦隊を集結させた。
・第五級B3戦艦 ケンガラ(オルヴィエート乗船艦)×1
全長153,700メートル。
古典的な対艦戦を想定した大型戦艦。
・第四級B7重巡洋艦 ハブルケート×4
全長10,880メートル。
ヴェルシタス帝国軍の非常に強力な大型巡洋艦。
・第三級A2巡洋艦 ゼイナート×120
全長3,120メートル。
ヴェルシタス帝国軍の標準的な多用途巡洋艦。
・第二級A1強襲揚陸艦 ファブロス×4000
全長400メートル。
重厚な装甲とシールドを有する兵員輸送艦兼軽戦闘艦。
兵員の代わりにイーガスを一機搭載可能。
ゼイナート等の軍艦にも搭載されている。
《ヴェルシタス帝国軍(正規軍)》
地上戦力:約2800万
(最初の惑星降下部隊。ボランティアを除く)
航空戦力:約2万4千
(航宙機を含む。ボランティアを除く)
宇宙戦力:125
(兵員輸送船、強襲揚陸艦を除く)
増援:随時、追加戦力を投入
(航宙母艦の投入予定は無し)
《サズウェル自由連合(反乱軍)》
推定地上戦力:約1100万
(民兵を除く)
推定航空戦力:約5千
(航宙機を含む)
推定宇宙戦力:53
(小型艦船、ミサイル艇を除く)
増援:反乱に乗じた宇宙海賊
反乱に呼応した武装グループ
「反乱軍はゲート・ジャミング・アレイを我が軍から奪い各地で使用している。全地上部隊は優先して破壊せよ。航空戦力は敵の対空陣地を無力化だ」
ケンガラ艦内の格納庫では護衛のアバター兵とともにカーディナル用に改良された強襲揚陸艦ファブロスに乗り込むオルヴィエートの姿があった。武器は一本の剣のみ。
「ゲートを使わない作戦は久しぶりだ。よし、出せ」
天井から吊り下げられた吊革を握ると、パイロットへ発艦を命じた。
既に帝国軍は無数の宇宙戦闘機を発進させ、反乱軍の宇宙戦闘機と交戦に入っており、艦隊も接近する敵宇宙戦闘機を追い払うため、防衛砲火を行っていた。
『ゼラス卿、まもなく成層圏へ入ります』
複数の護衛機とともにオルヴィエートの乗った強襲揚陸艦ファブロスはサズウェルの成層圏へ入った。目的地は首都のオリエスタ。上空では激しい戦闘が繰り広げられている。軌道上から艦隊の砲撃を実施すればものの数分で惑星を滅ぼせるが、あえて軌道砲撃は行わず、軍を地上へ送り込み、反乱軍の戦意を徹底的に削ぐ作戦だった。
『到着まで十秒』
降下地点では展開したアンストローナ兵が突撃陣形を形成。さらに二体のイーガスが二機のファブロスからそれぞれ降ろされた。
『ランプを開放』
地上に到着したオルヴィエートのファブロス。正面ランプウェイが降りていき、オルヴィエートをはじめとする搭乗員が降りて来た。折り畳まれていた一体のイーガスも起動し、外に出るとともに立ち上がった。
「皇帝陛下のご厚意を無駄にするとは。サズウェルの民も困ったものだ」
首都オリエスタでは反乱軍の必死の抵抗によって、軍の進攻が予定より少々遅れていた。ただ、長期戦になれば帝国軍が有利になるのは目に見えており、帝国側はサズウェルが反乱を起こしたことに意味を見出せなかった。惑星内でゲート展開できなくとも、惑星外でゲートを展開できるため、帝国軍の圧倒的優勢は変わらない。投入戦力は時間とともに増える一方である。
「お前達は西から進め。私はこのまま正面を破る」
「はい、閣下」
配下のアバター兵へ命令するとオルヴィエート自身はアンストローナ兵、イーガスとともに防衛砲火が激しい正面を進む。
「宗教的なこだわりか、民族的なプライドかは知らないが……実に愚かな。帝国の強大さを知らぬわけではあるまい」
剣を引き抜き、飛んで来る砲撃を見えぬ斬撃で全て切り落とすオルヴィエート。レーザーの類も彼の前で歪み、偏向されていき、傷つくことなく前進していく。
「こちらに狙撃班を回せ」
「イエッサー」
建物でこちらを狙い撃ってくる敵スナイパーに対抗するため、オルヴィエートはアンストローナ狙撃兵を後ろに配した。建物ごと一刀両断することもできるのだが、そのような大げさなことを好まず、黙々と目の前の敵を蹴散らしていった。
彼は三次元空間上の物体を二次元空間で切り裂くかのごとく、真っ二つにする空間斬りを得意としており、どんなに頑丈な装甲車や防御壁も容易く切断する。
「進め、アンストローナ。敵の抵抗意志を砕くのだ。反乱者どもに現実を見せてやれ」
「皇帝陛下のために!」
オリエスタの第一防衛線を突破。オルヴィエートに続き、アンストローナ兵がレーザー飛び交う中、前進していく。反乱軍の固定砲台に向け、アンストローナ兵はプラズマ・グレネードを一つ投擲。プラズマ・グレネードはすぐさま爆発し、固定砲台を無力化した。
アンストローナ兵が撃たれ次々と倒れていく中、オルヴィエートは幹線道路を封鎖している反乱軍の人型機動兵器〈ベルタ〉三体と向かい合っていた。
『カーディナル・ゼラス、ここでお前は終わりだ!』
「弱いやつほど大きさにこだわる。見せかけの力だ。その程度では私に勝てん」
レーザー掃射を的確な短距離テレポートでかわしつつ、ベルタの右上腕部へ跳び、そのまま右腕を肩から切り落とした。二体目のベルタへ跳躍するとともに空中で身を翻し、腕を切り落としたベルタの胸部を空間斬りで輪切りにした。
『バカなっ!』
着地した二体目のベルタを頭部から垂直に一閃で切断。地面へ着地するとともに三体目のベルタへ斬撃を三発放った。
『くっ……』
「お前達が選んだ道だ。悪く思うな」
三体いたベルタは瞬く間に切り捨てられ、カーディナルの恐ろしさを反乱軍は目にした。これでもオルヴィエートは二割くらいの実力しか出しておらず、全く本気を出していなかった。彼らの命を懸けた戦いはカーディナルにとって、その程度という現実だった。
「どのみち私に圧勝できないようでは皇帝陛下に勝つことなど不可能だ。己の無力さを嘆くがいい。反乱ごっこはお終いだ」
帝国軍の進軍は止まることがない。オルヴィエート配下のアバター兵らは首都オリエスタに設置されたゲート・ジャミング・アレイを完全に破壊し、加えて、航空基地も制圧。地上に展開されたゲートから増援のアンストローナ兵がひっきりなしに現れ、帝国軍の猛攻が始まった。
「ゼラス卿、制宙権及び制空権の確保が完了しました」
「上々だ。今日中に終わらすぞ」
「イエッサー」
アンストローナ兵から報告を受け、オルヴィエートは満足した。