第3話「犯罪都市ログブレッタ・ケルツォ」
3.「犯罪都市ログブレッタ・ケルツォ」エミッツィ・ラフォンヌ
イリーシャ(デルミア星系)
属
プロン・ユーヤナZK7009‐222
(以下、略)星系
属
ラルハル・ガヨートAA8392‐638
(以下、略)銀河
属
ブレゲルシダ・サスノスLX1982‐201
(以下、略)宇宙
属
ローケス・ユーヤナKM117‐231
(以下、略)インペリオーム
同化政策 フェーズ2A(過渡期)
文明レベル 第三等級
治安レベル C3
惑星イリーシャは帝国標準時間でおよそ三年前に帝国領となった惑星である。元々、交易拠点惑星として栄えていた惑星であり、帝国侵攻前から多種多様な種族が出入りしていた。帝国の占領政策では占領惑星の文明や社会情勢に考慮し、臣民へのゲートの提供を決定しているが、イリーシャでは〝明らかな犯罪利用〟のおそれがあるとして、民間人へのゲート提供は行われず、軍事関係者及び上級階級(貴族、カーディナル)のみがゲートを使用できる。
イリーシャを構成している主な種族はイリーシャ人、ディオーズ(オオカミ系ヒューマノイド)、ソルタイ(サイ系ヒューマノイド)、グーツ(カエル系ヒューマノイド)である。
イリーシャの首都ログブレッタ・ケルツォは天高くそびえる高層ビル群と空中に浮遊する商店、空中を走る列車が特徴で、夜中にはきらびやかな看板やホログラムにより、眠らない街として有名だった。
「くそったれ、やんのか? のろまなソルタイ風情が」
何やら店先でディオーズの青年がソルタイの集団にいちゃもんをつけていた。ディオーズとソルタイは過去に種族間で星間戦争をしていた歴史があり、幸か不幸か、帝国の侵攻によって両陣営が帝国の支配下に置かれ、両者の戦争は終わった。
「ディオーズの兄さん、落ち着きなよ」
ソルタイの女性がディオーズの青年に声をかけた。青年は酒に酔っているようで、足元がおぼつかない。先の戦争においてディオーズはソルタイに対し常に優勢であった。そのため、今でもディオーズは帝国の介入が無ければソルタイとの戦争に勝っていたと考える者が非常に多かった。
「保安隊だ」
騒動を聞きつけた治安維持部隊のアンストローナ兵が三人到着した。保安隊は帝国の社会秩序の維持と犯罪取り締まりを目的とした帝国軍内の独立組織〈保安局〉所属の部隊である。帝国には独立した警察組織が存在せず、軍が警察としても機能していた。
「またお前か、リズワン。とりあえず、そこに座って落ち着くんだ」
アンストローナ兵はこの青年を知っているようだ。
「はっ。出た出た。帝国様ですよー」
「全く。どうしてお前は飲み過ぎるんだ。飲めない体質なのは自分がよく知っているだろう」
「うるさい。こっちはゲルタックのせいで、仕事が消えたんだぞー」
「ゲルタックだと?」
ゲルタックという人物名にアンストローナ兵が反応した。ゲルタックは帝国によって指名手配されている犯罪王の一人だ。しかも、カーディナルであるオルヴィエート・ゼラスが捜索の指揮を執っているという。
「ああ、そうだ。奴のせいで、うちの会社が潰されたわ。くそだ。ほんと。ぐはー」
「ゲルタックに何をされた?」
「なにって、昨日の話よ。積荷を運べって脅されたんだよ。ありゃ、ぜっていにやべえブツだった。善良な俺が断ったら、今日会社が潰れていた。それだけよ。帝国、バンザーイ」
リズワンへの聞き取り中、アンストローナ兵二人が周りの民間人に対して、離れるように誘導していた。
「ゲルタックと会って命があるだけ君は運が良い。リズワン、君は今より重要参考人保護制度によって保護される」
「ひっく……あ、あ? 保護? 大げさ、大げさ。家に帰らせてくれよっと」
立とうとしてふらつくリズワンの左腕をアンストローナ兵が掴んだ。
「駄目だ。命を狙われる可能性が非常に高い。シタデル・タワーに連れて行く」
アンストローナ兵がゲートを開こうとした、その時だった。
一発の弾丸がリズワンの前にいたアンストローナ兵に命中した。
「敵だ」
撃たれたアンストローナ兵は被弾時の衝撃でよろけたものの、体勢をすぐに直し、味方に敵の位置を共有した。
「リズワンを」
「了解」
リズワンを掴み、アンストローナ兵がゲートでテレポートした。また、襲撃犯の位置の近くにゲートが開き、増援のアンストローナ兵が現れた。
「おそらくゲルタックの殺し屋だ。逃がすな」
アンストローナ兵の上をイカのような偵察ロボットが飛んでいった。アンストローナ兵と同じく有機生命体と無機生命体の両方の特長を持つ存在で、〈アンスケル〉と呼ばれる。アンスケルは四脚の細長い脚を伸ばして飛行。襲撃者を上空から捜索する。
アンスケルのセンサー・アイが走って逃げる犯人の姿を捉えた。
「見つけたぞ。この先の路地だ。進め」
アンストローナ兵四名が犯人の後ろから迫り、さらに犯人の逃走予測経路にアンストローナ兵部隊がゲートにて到着した。
「動くな」
「くそっ!」
犯人は正面に出現したアンストローナ兵に驚き、観念した。両手と両足を地面につけ、四つん這いになった。犯人の種族はリズワンと同じディオーズだ。
「顔を見せろ」
アンストローナ兵が近づき、犯人の顔をスキャンした。
「ヴォルカニス・ロンデ・アルギーネ。お前はゲルタックの手先か?」
「俺は何も言えない。黙秘する」
ヴォルカニスは口をつぐんだ。
「それは残念だ」
声とともにアンストローナ兵が道を開け、綺麗に整列した。奥からやってくる男性。彼は帝国国章が入った黒いマントをなびかせていた。
「……まさか、あんたは」
あまりにも予想外の存在にヴォルカニスは腰を抜かし、後ろへ後ずさった。
「ゼラス卿……なぜ、帝国最強の〈カーディナル〉がこんなところに。あり得ない」
「カーディナルがどこにいようと関係ない事だ。ゲルタックはどこにいる?」
ヴォルカニスは恐怖のあまり身体の震えが止まらず、口が開けない。声が出せなかった。
カーディナル(枢機卿)は皇帝によって任命された帝国統治院のメンバーである。その数は二百名。皇帝を除けば帝国で最上位の地位に君臨している。元々、カーディナルは皇帝の神聖化を行う皇帝の顧問団であったが、フローゲルト皇帝の下では権限が大幅に強化され、軍の徴発及び指揮、法律の制定及び執行、最高裁判所裁判官代行、占領区域の監督権といった様々な権限を有する。皇帝への忠誠を示すという名目で独自の私設軍隊による領域拡張戦争も行っている。
そんなカーディナルの中でも最古参にして最強と名高いのが、オルヴィエート・ゼラスである。事実上、皇帝の側近であり、皇帝の数少ない〝真の理解者〟とされる。
「もう一度聞く。ゲルタックは今どこだ?」
ゼラスの言葉は皇帝の言葉と同義である。そのプレッシャーにヴォルカニスが耐えられるはずがない。
「ハ……ハセクト・ロ・タワー」
絞り出すようにゲルタックの居場所をヴォルカニスが吐いた。
「そうか。お前は重要参考人保護制度によって保護される。良かったな。連れていけ」
アンストローナ兵がゲルタックを連れてゲートを開いた。
「アンストローナ、ハセクト・ロ・タワー周辺を完全封鎖。強襲部隊を送り込め。ゲルタックは生け捕り。抵抗する者は全て排除せよ」
「イエッサー」
〈ハセクト・ロ・タワー〉
犯罪都市ログブレッタ・ケルツォのランドマークタワー、ハセクト・ロ・タワーは地上110階建ての高層ビルであり、表向き複合商業施設として運営されている。実態は上層階でゲルタックが犯罪拠点として使用しており、保安隊の目を欺いてきた。
「ゼラス卿、こちら地上班。周囲の安全を確保。いつでも突入できます」
『いいぞ。屋上班と同時に突入しろ。ゲルタックを逃がすな』
「イエッサー。これより突入します」
地上では周辺道路を封鎖したアンストローナ兵がエントランスへ進入。屋上では帝国の兵員輸送機が着陸し、次々とアンストローナ兵を降ろしていた。
エントランスに入ったアンストローナ兵らはこの建物内にいる非戦闘員(一般人)を低出力モードのレーザーで撃っていった。低出力のレーザーは殺傷力が抑えられ、神経系を麻痺させる。撃たれた者は少しだけふらつき、そのまましゃがみ込むように意識を失った。
「エントランス、クリア。非戦闘員を移送しろ」
追加のアンストローナ兵がエントランスに入り、倒れている一般人を外へ搬送していく。
「先頭部隊はそのまま進め。脅威は排除せよ」
屋上班は頑丈な防御壁に守られた部屋の前に辿り着き、防御壁を爆破するための高性能爆薬を設置した。
「爆破まで3、2、1……行け、行け」
強烈な爆発音とともに煙が立ち込めた。その中をアンストローナ兵は進んでいく。
「敵だ」
アンストローナ兵に向けてレーザーが飛んで来る。ゲルタックの部下達の待ち伏せだ。
「散開」
アンストローナ兵は散らばり、柱や貨物の陰に隠れ、ゲルタック私兵を狙い撃つ。死を恐れないアンストローナ兵が前進を行い、ゲルタック私兵へプレッシャーをかけていく。死んでも補充されるアンストローナ兵を相手にゲルタック私兵は一人、また一人と倒れていった。
「ゲルタックを探せ。近くにいるはずだ」
部屋の中を捜索していくアンストローナ兵。宝石や武器が詰まったコンテナが多数ある。いずれも合法的なものとは思えなかった。
「こいつは何だ?」
ゲルタックの個人庭園らしきエリアで不自然なほど大きい石像を見つけた。
「隠し部屋が奥にありそうだ。こいつを吹き飛ばすか?」
「いいや待て。地上班からアクセスコードが送られてきた」
アンストローナ兵の一人が石像に組み込まれた画面にアクセスコードを入力する。
「開くぞ。警戒せよ」
大きな石像が質量を感じさせない滑らかな動きで横にずれていく。
「奴だ」
下あごにぜい肉が付き、貪欲で醜い顔をしたグーツ。間違ない。ゲルタックだ。
「来るな、戦闘人形どもめ」
口だけは達者なゲルタック。部下を失い、自分では何もできない男だ。アンストローナ兵に銃を撃つ度胸もない。
「ゲルタック、貴様を逮捕する。尋問はカーディナルのゼラス卿が直々に行う。ありがたく思うんだな」
「俺様に触るな」
「お前に拒否権は無い。大人しくしろ」
拘束リングを身体に装着されたゲルタックは複数のアンストローナ兵に連れられ、ゲートによってテレポートした。
「おい、あれは何だ?」
封印されているコンテナの存在にアンストローナ兵は気が付いた。
「危険物の反応はない。生体反応が一つある」
銃を構え、ゆっくりとコンテナへ近づいていく。コンテナ戸を開けるため、アンストローナ兵は左手で戸を力強く引いた。
コンテナの中には金属製の鎖で縛られたジェルズ(背中に翼が生えた人種)の少女。おびえた様子でこちらを見ている。
「ゼラス卿、ジェルズの少女を見つけました。どうやら人身売買のために捕らえられたようです」
『やはりな。ヴィアゾーナの医療センターへ搬送し、メディカル・チェックだ。両親が見つかるといいが……難しいかもしれん』
アンストローナ兵は銃を下ろし、手を伸ばした。
「もう大丈夫だ。我々は君を助けに来た。拘束具を外すよ」
とりあえず標準語であるヴェルシタス語で少女に声をかけてみた。拘束具はアンストローナ兵の強化された腕力で思いのほか簡単に外すことができた。
「……助けに?」
少女はこちらに近づき、アンストローナ兵の手を取った。
「我々が来たから、もう大丈夫だ」
この言葉で安心したのか。ジェルズの少女はアンストローナ兵に抱き着いた。
「困ったな……こういう時、どうすればよいのか」
基本的に戦闘員として生み出されたアンストローナ兵は戸惑いながらも、少女を抱きしめて落ち着かせることにした。
「もう大丈夫。よく頑張った。君の名前は?」
「エミッツィ……エミッツィ・ラフォンヌ」
「エミッツィ、ここから出よう。もう、こんなところにいる必要はない」
エミッツィをコンテナから連れ出し、左手でエミッツィの右手を握ったまま、アンストローナ兵はゲートを開いた。