第25話「グローニア銀河の特別任務」
25.「グローニア銀河の特別任務」ヴェイエ・ハウラ=ルガ
属
フェイザー・ゴウァックGH3232‐001
(以下、略)星系
属
ラルハル・サスノスXX8995‐620
(以下、略)銀河
属
ギューザン・ローケスAR0300‐001
(以下、略)宇宙
属
ローケス・ユーヤナAQ007‐235
(以下、略)インペリオーム
朝焼け。薄紅色にほんのりと淡い紫色が混じった空の下、独自の公共インフラと商業文化を持つこの惑星マーマザは新たな流行の発信地である。人口の流動性も高く、三百を超える知的種族がこの地で生活している。これは長年の徹底された衛生管理と帝国規範教育の恩恵といえよう。帝国臣民という強いアイデンティティを持つことで、各種族が過去と決別し、帝国の繁栄に自己投影するとともに漠然とした安心感と優越感を得ているのだ。
技術と文化の融合は新たな可能性を生み出す原点である。それは時として帝国全体を揺るがすこともある。マーマザはまさにその典型的な惑星モデルとして知られ、民間のハイペリウムと呼ぶ学者もいるほどだ。幅広い業種の星間企業と多くの貴族がマーマザに出資しており、タヌキに似た低身長で小尾を持つ種族マズゥーを中心とした先端技術ベンチャー企業〈ヌイラフゥ〉やタコのような頭部と六対の触腕が特徴の種族ヨルトが新社長となったファッションブランド企業〈バナンシャ〉は投資家達も注目していたのだが……
〈チャプレイズ(防衛セクターF‐34)〉
『地上は地獄絵だな。こちらスケリュゼ4、ルート設定。低空で進入する』
『サスノス5は了解。援護は任せてくれ』
中型兵員輸送機エイヴスの両側面から飛行ユニット付属の特殊戦闘服を身に着けたヴァラッジ隊員が飛び立った。チャプレイズはマーマザの首都なのだが、壮麗な建物は軒並み崩れ落ち、強烈な爆発音が響き渡っている。無数のレーザーが飛び交い、地上では次々とアンストローナ兵が倒れ消滅していくのが見えた。
上空に展開しているのは兵員輸送機だけではない。地上支援のためとして強襲輸送艇ブロウナクも三機投入、地上に対しプラズマ・チャージ砲による広範囲爆撃と三連装レーザー砲二基による容赦ない飽和攻撃が行われ、建物を跡形もなく吹き飛ばした。
状況:生物学的災害、特別防疫条項第327条
規模:レベルB7、現在も拡大中
管轄:保安局から衛生局へ
ゲート:封鎖
災害対応最高責任者:ヴァイエ・ハウラ=ルガ(カーディナル)
状況対応中:ヴァラッジ特殊作戦グループ
「ラウダ3、早急にターゲットを破壊せよ。スティグレイは民間の通信センターを利用するつもりだ。外部と通信をさせるな」
『仰せの通りに閣下』
「時間との勝負だ。これ以上、連中の好き勝手にさせない。各員、迅速に動け」
『安全装置解除。ラウダ3は攻撃を開始する』
強襲輸送艇ブロウナクから発射されたプラズマ・チャージは弾着後、プラズマを発生させつつ大きな球体に急成長。その後、一気に収束して通信センターを木端微塵に吹き飛ばした。ラウダ3は続けてレーザー砲による掃射を行い、文字通り光の雨を降らせた。
『ターゲットを破壊。ラウダ3は地上支援へ移行する』
身長150センチほどの小柄な人種ウィグナズラであるヴェイエ・ハウラ=ルガは新入りカーディナルの一人でありながら、侵攻領域で自ら戦場に立ったり、危険な任務へ赴いたりと目まぐるしい活躍を見せていた。卓越した情報分析能力に加え、高い戦闘センス、多文化にも精通し、文武両道のカーディナルとして統治院や軍最高司令部から高い評価を得ていた。
「司令部、こちらカーディナルのルガだ。アンスケルとアンストローナを2スケール増やし、惑星封鎖のフェーズに入る。既にゲート・ターミナルは封鎖完了」
『こちらHQ、了解。ルガ卿、皇帝陛下の御意向により、事態鎮静化と保安強化のためにグローニア銀河へ追加の艦隊が配備されます。直にゼラス卿も到着される見込みです』
「了解。アドプス軍曹、いいか、部隊を率いてセクター40に残っている民間人を救出するんだ」
「イエッサー!」
自分よりもさらに小柄なカラ(レッサーパンダ系ヒューマノイド)のヴァラッジ隊員であるアドプス軍曹へ指示を出すとルガは左手を宙にかざし、広域カラーホログラムを表示した。味方から得られた敵の位置情報を網羅的に把握するためである。
「情報局、聞こえるか? カーディナルのルガだ。この星から発せられた妙な通信履歴はあるか? 連中は何らかの方法で意思疎通しているはずだ」
『いいえ、該当するような通信履歴は確認されません』
「馬鹿な。これは待ち伏せだ。タイミングを合わせた同時多発攻撃に、離れた集団同士がお互いをカバーするような動きを見せている。通信機器なしでそんなことがあり得るか!」
ルガが通信している最中、複数の対空ミサイルがどこからともなく打ち上がった。弾頭は鮮やかな黄色の軌跡を宙に描き、光の矢のごとくブロウナクのラウダ3を撃墜した。
『セクター22からミサイル! くそっ、ラウダ3がやられた。繰り返す、ラウダ3がやられた。スティグレイは対空火器を持っているぞ』
「あの黄色い弾頭はリデナンのラータチィじゃないのか?」
「おいおい、一体そんなものを連中はどうやって……」
護衛のヴァラッジ隊員達も驚きを隠せない。ブロウナクを容易く撃ち落としたことから、あのラータチィは何らかの改良が施されている可能性が極めて高かった。そもそも帝国の特殊部隊と渡り合えるだけの戦力を相手が揃えている事がおかしいのだ。
「諸君いいか、我々はセクター43に向かう。逃げ遅れた民間人を救出しに行かなければいけない」
「もちろんです、ルガ卿」
「お供します」
「よし、アンスケルとアンストローナに先行、奇襲させる。敵の対空部隊と主力を引き付けた後、我々は空から攻める。時間は少ない。民間人を確保した後、速やかに脱出する。いいな。ロウェフ、ガキュール、君らの二隊はギオムズ通りを捜索。クサラビの隊は私とともにワラシュリ通りを捜索する」
動員されるアンストローナ兵の数が増えたにも関わらず、敵の抵抗が衰える様子はない。形状を変化させる事もあるスティグレイは常に油断ならない相手だ。現代兵器がなくとも本体自体の戦闘能力が非常に高い。身体の一部を飛ばすこともできる。半液状化して細かい隙間から逃げることもできる。
長生きしたスティグレイ、知的生命体を多く狩ったスティグレイほど恐ろしさは増し、狡猾でこちらの戦術を読み、その裏をかいてくる。生きる上で情報は武器だが、その情報をスティグレイは取り込むのだ。
空を飛行するルガとヴァラッジ隊員達。アンスケルの群れが先行し、地上の脅威を排除していく。通常の戦場ならば問題なかっただろう。空から襲い掛かるアンスケルに対応できる文明、種族はそうそういない。残念ながらスティグレイはこの戦術を学んでおり、対抗策も用意していた。
「まずい! 敵のショック・パルスが来るぞ!」
上空に放たれた一発の弾頭が紫色に炸裂すると同時に広い範囲で衝撃波が伝わった。この攻撃によって、効果範囲にいるアンスケルとアンストローナ兵は機能不全を起こしただけでなく、ルガ、ヴァラッジ隊員らの飛行機能も障害を受けた。大した負傷はなかったが、彼らは無残にも敵陣のど真ん中に墜落した。
「ちっ、パルス攻撃で装備に一時的な機能障害が出ている。敵にとっては絶好のチャンスだ」
周囲をスティグレイ兵に囲まれたルガらは遮蔽物に隠れて防御陣形を形成し、スティグレイ兵を迎えうつ。
「キリがない」
「なんて数だ」
ルガが先頭に立ち、カーディナルの特殊戦闘技能により氷の矢を繰り出していた。冷気による敵そのものの凍結、氷の壁の生成、氷の剣による接近戦と氷属性の操作を得意とするルガは次々と敵を撃破していくが、迫りくるスティグレイ兵は膨大で、レーザーだけでなくプラズマ・グレネード、携行ロケットランチャーといった武器も駆使してきた。
「ルガ卿、障害から回復しました」
ゲートからアンスケルとアンストローナ兵の増援が到着。さらにイーガスも加わり、敵は形勢不利として後退を始めた。
この機を逃すまいとルガはヴァラッジ隊員へ追撃命令をハンドジェスチャーで示した。
「よし、アンストローナとアンスケルを逐次投入しつつ、敵の工兵を潰すぞ。そう数はいないはずだ。ただ、敵もアーマー迷彩を使って……」
ピピピッ
「緊急呼び出し? この忙しい時に。HQ、どうした、何か問題か?」
司令部からの緊急通信だ。
『ルガ卿、保安局から出頭命令が出ています』
「なんだって?」
突然の話に理解が追い付かないルガ。
そんな彼の事などお構いなしに目の前でゲートが開いた。
アンストローナ兵四人とムルティーク人の保安局員がお目見えだ。
「私は保安局のユリベ大尉です。ルガ卿、我々とご同行願います」
「これはどういうことか説明してくれ」
「国家反逆罪の疑いで貴方を逮捕します」
「国家反逆罪……なんの冗談だ?」
「冗談ではありません。こちらが正式な逮捕令状となります。先日発生した〈惑星フォーラスンの襲撃〉及び〈惑星ラクシアータ消滅〉の二つの事件について、保安局は貴方が実行の首謀者であると判断しました。現在、各地でテロ活動を行っているスティグレイを中心とした犯罪シンジケート〈サニス〉との関係についても取り調べを行います」
保安隊に囲まれたルガは目の前に映し出された令状とフォーラスン襲撃映像を見せられた。そこに映っているのは紛れもなく、カーディナルのヴェイエ・ハウラ=ルガであり、彼はスティグレイ兵を含めたサニス戦闘員を多数従え、フォーラスン内の警備部隊を次々と始末していた。
「これは自分を陥れるための罠だ! 私はここで現場の指揮をずっと執っていたんだぞ」
「詳しい話は後ほどお尋ねしますので」
この瞬間、ルガはカーディナルの地位を暫定的にはく奪され、全ての個人装備が使用不可能となり、拘束リングによって身体の自由は奪われた。こうなってしまうと、もはや抗議の声も上げることができなかった。




