第24話「カナジュの冬」
24.「カナジュの冬」グツゥム・ライタ・オーガン=フバラット
カナジュ(アジツゾォン星系)
属
スケリュゼ・イータラックJD5121‐413
(以下、略)星系
属
アグルファ・ブレゲルシダDB0055‐008
(以下、略)銀河
属
ギューザン・ガヨートVQ8878‐118
(以下、略)宇宙
属
ユーヤナ・ヴノBZ390‐367
(以下、略)インペリオーム
白銀の星カナジュ。地表のほとんどが雪に覆われている極寒の星で原生知的種族ハウズ(ツキノワグマ系エイリアン)が生活している。彼らはカナジュ特有の過酷な環境に適応し、進化してきた屈強かつ聡明な種族だが、彼らの力を持ってしても帝国軍の侵攻を食い止めることはできず、約1200年前に帝国領となった。
カナジュと太陽の公転及び自転軌道の関係により、カナジュ北半球には大きな気温差が生じ、特に寒い期間を冬としている。来る厳しい冬に備えて、ハウズ達は食糧庫の整理と収穫物の加工を行っていた。
「ふう、今年の冬は例年よりも厳しい予測だし、暖房機器やドーム・シールド装置の点検を忘れないうちにやっておくか」
村の離れで一人暮らしをしているグツゥム・ライタ・オーガン=フバラットは老年のハウズである。地毛は歳を取ったハウズの証、灰色の毛並みだが、足腰は同年代と比べしっかりしており、一人で雪山を難なく散策できた。左目は不慮の事故で失ったため義眼である。本人は義眼を不要と訴えていたのだが、事故現場に居合わせた軍医療チームの治療によって、彼は義眼を受け入れざるをえなかった。
「まったく、時間が経つのは早いものだ」
彼は若い時、導かれるように故郷の村を離れてサザウト山近くに住居を構え、もう何十年も一人で冬を越してきた。たまに他の者と話したくなる時もあるが、大自然に身を置き、時間ごとに姿を変える山や川、空を愛していた。
「澄んだ空気だ」
ここからでも遠く離れたサザウト山の白い山頂がよく見える。
「おや、オーガンさん。冬支度ですか」
グツゥムに声を掛けてきたのは保安隊アンストローナ兵だ。アンストローナ兵は三人一組で編成された小ユニットで徒歩によるパトロールを行っていた。
「これは哨戒隊の皆さん、パトロールお疲れ様です。そうです。近いうちに吹雪く予報も出ていますし」
彼が話をするのは同族よりも、巡回中のアンストローナ兵の方が多い。逆に言えばアンストローナ兵が様々な場所を巡回している証拠であった。
「皆さんも吹雪には気を付けてくださいよ。毎度のことですが」
「オーガンさんはいつもお優しい。ご心配要りませんよ、我々アンストローナは大丈夫です。もし何か異常があれば保安局までお知らせください。それでは失礼します」
アンストローナ兵らはサザウト山の方へと進んでいく。その後ろ姿を見ながらグツゥムはつぶやいた。
「彼らが生まれた意味か……」
年老いていく自分もまた自然の一部にしか過ぎず、時はただ未来へと流れるだけ。グツゥムは帝国の高度医療技術や擬似アンストローナ化技術、ボランティア制度に興味はなく、種族ハウズとしての寿命を全うできればそれで良かった。
「この世界は弱肉強食。それが自然の摂理」
帝国の統治下で外部からの脅威という概念が無くなり、占領下当初に見られた反乱や暴動も今では遠いおとぎ話だ。ただ忘れてならないのは〝帝国という国家〟自体は常に外部勢力と戦争状態である。それも自国防衛のための戦争ではなく、侵略戦争だ。
「何ら変わらない。結局、何も変わっていないな、世界は。広くて、実に狭いものだ」
競争という名の舞台がカナジュからヴェルシタス帝国に、そしてその外側に変わっただけだとグツゥムは割り切った考え方をしていた。常に強者が生存するだけ。その強者という意味が時や場合、立場によって変わることもあるが、根本的には他者より優れた者が次の時代に、次の段階に残るだけ。終わりの無い、果てしない競争。まるで見えない大きな意思が働き、さも世界が競争を望んでいるかのように。
グツゥムは自身を激しい競争から弾き出された、つまらない敗者だとも考えていた。時代についていくのが、周りについていくのが、他者を見定めるのが、自分を磨き続けるのが、多くの境界に触れることが、その全てが嫌だった。
「シールド・ジェネレーターに問題なし。予備のパワーセルも十分ある。そろそろ帰らないと。夜は吹雪きそうだ」
越冬に備えたグツゥムは小さな家に帰宅し、バブル・シールドを起動。早いことに外ではもう雪が降り始めていた。
次第に風が強くなっていき、空は薄暗くなってきた。猛烈な風とともに雪が地面に叩きつけられる。吹雪だ。さっきまでサザウト山が見えていたのに、今ではもう数メートル先の景色も見えない。地表は雪に覆われ、空は厚い雲によって閉ざされている。
「辺りは真っ暗だ。アンストローナ達は大丈夫なのだろうか……」
シールドに包まれているため、グツゥムの家は豪雪でも影響はなかった。家やシールド発生装置から生じる熱により、シールドを覆う雪はゆっくりだが着実に溶かされ、外の景色が家の中から確認できる仕組みになっている。
家の中でグツゥムは古い書物を手に取り、椅子に座ってそれを開いた。この本はハウズ族の伝説や伝承をまとめた歴史研究書。父親から譲り受けたもので、幼少の頃から外に出られない時期、この本をゆっくり読むことが好きだった。
『ハウズの伝承と記録』ルクシア・セネツィナ 著
第3章 冬、雪に関わる伝承と記録
はじめに
ハウズ族には春や太陽といったものに関する伝承よりも、惑星の気候上、冬や雪にまつわる伝承や記録が数多く残されている。カナジュの冬は原住種族であるハウズにとっても過酷な環境そのもので、死、没落、絶望といった暗い感情が読み取れる。しかしながら、春の中でも想起されている〝新たな生命の芽吹き〟や〝困難からの脱却〟という比較的明るいイメージも見受けられ、必ずしもハウズによって冬が悪者ではないことを示している。興味深いことに全体を通して宗教的な迷信や終末思想はほとんど見られず、冬は再び訪れる春を知らせるものであり、暗黒の期間が永遠ではないことをハウズ族は現実的に理解していたのだろう。
第1節 冬に現れるとされる伝説上の生物
第1項 〝ラカッビューン〟
ラカッビューンの名は古ハウズ語〝来る(ラカッニ)〟と〝勢いよく(ビューンファウ)〟に由来する。吹雪とともにやって来るとされ、家や納屋を強く叩いていくイタズラをする。その姿は雪に覆われてはっきりと見ることができないが、体長6メートル前後という。家を叩くことでハウズ達を驚かし、その反応を楽しむ。ラカッビューン自体に悪意はなく、ただ遊んでいるだけで、家を壊してしまったり、へこませてしまったりした場合、次の年は手加減してくれる優しさもある。
エユテ山脈北部ではラカッビューンが訪れない年は逆に不吉とされ、近いうちに山や丘が割け大災害が起こる、ブラグダ地方ではラカッビューンの目を見た者は自我を山に連れていかれるという伝承もあり、地域によって細かい設定が異なる。
第2項 〝ジュロウ〟
ジュロウの正確な語源は今のところ判明していない。古ハウズ語〝暗き者(ジュゲガゴ)〟がカナヌ地方でなまったものと考えられている。ジュロウは上半身がハウズの輪郭をした、得体のしれないモノとされる。冬の雪山の木立に潜んでいる、あるいは倒木や大きな岩の陰に息を潜め、幼いハウズや歳を取ったハウズの魂を抜き取り、ジュロウにしてしまう。
ラギトキ後期のラタ村ではジュロウを災厄の存在として言い伝えられており、冬と春それぞれでジュロウを清め祓うための大きな祭事が行われていた。
第3項 〝チャユー〟
古ハウズ語〝叫び(チャユー)〟の名の通り、声だけの存在。あらゆる生物の遠吠えを合わせたような奇妙な叫び声を発し、山から山へと吹き抜けるとされる。チャユーの泣き声を聞いたものは一週間昼夜問わず頭の中でチャユーの声が流れ続け、昼は仕事にならず、夜も眠れない。最終的に精神を破壊されてしまう。
チャユーに関しては冬に発生する強風や吹雪の音がその正体と考えられ、冬ごもりしているハウズが幼い子供に早く寝かせるための言い聞かせのため、作り出した伝説上の生物と推測される。
第2節 冬を告げる生物
第6項 〝フォーレン〟
ハウズ族にとって神聖な存在であるとともに、個体数が極めて少ないために生き物としても非常に希少なフォーレンは長い尾部を含めて約1300メートル超という巨体を誇るカナジュ固有の飛行生物である。白に薄緑がかった半透明の体が特徴で、紡錘形の頭部に細長いヒゲ状のヒレが左右に一対有している。長い胴体から左右に二対の扁平状のヒレを伸ばし、胴体はそのまま尾部へと変わっていく。尾部はさらに細かく複数に枝分かれしているのだが、遠目からではそれを確認することはできず、1本の大きな尾に見える。ヒレと尾は近くで見ると透けて見え、空気が綺麗な空であれば遠くからでもフォーレンが透き通って見える。
フォーレンは冬がやってくると130年周期の眠りから目を覚まし、空へと飛んで……海を泳ぐかのように優雅に空を駆けるその姿は見た者の心を打ち……するといわれる。空を飛んでいるフォーレンの周りにはオーロラに似た……光のカーテン(通称フォーレン・ハレント)が現れる。これは……の表皮微細構造による太陽光反射、フォーレンの汗(正しくは保護膜の油脂と水分の混合液)、空気中のちり、そして宇宙から降り注ぐ宇宙線といった…………要因が合わさることで発生する。
フォーレンが……飛ぶことにより大気の流れが変わるため、天候が……と変わるということもある。サザウト山近くに住んでいた古ハウズ族は経験的に……ことを理解しており…………当たり前の事であったようだ……
時として……は大事変の予兆としての側面も…………であり、カガニアキス中期から…………起きたのも事実である。またフォーレンにまつわる興味深い伝承としては…………
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家の中に差し込んだ太陽光で目覚めたグツゥムは外の吹雪が収まっているのを見た。
「う、ん? ああ……寝落ちしてしまった。外が明るいな」
何気なく家のシールドを解除して、彼は外へと出た。
それは運命だったのかもしれない。
サザウト山の上空には淡いオーロラをまとったフォーレン。遠くからでも分かるその巨大な体はあまりにも神秘的だった。半透明のヒレは巨体を薄く包み込み、ふんわりと風になびいている。軌跡は青白く光り、サザウト山から天へと伸びていた。
「なんと美しいのだろう」
グツゥムの瞳からは自然と涙がこぼれていた。




