第23話「ウィシピザ制圧戦」
23.「ウィピシザ制圧戦」ジャシミック・ポヌワ・ケムキス伍長
ウィピシザ(チョラ・デ・ナオ星系)
属
エウフ・ロラックィEX5021‐993
(以下、略)星系
属
ブレゲルシダ・サスノスDB0656‐008
(以下、略)銀河
属
ザウケン・ギューザンVV8878‐118
(以下、略)宇宙
属
ジァク・ヴノMZ377‐667
(以下、略)インペリオーム
夜空に輝くのは美しいオーロラだけではない。激しく飛び交う様々な色の閃光。各地で響き渡る爆音と衝撃。辺りではイーガスの支援を受けつつ、アンストローナ兵とボランティアの混成部隊が敵軍と交戦中だった。
「セクター5から敵航空戦力が接近」
『ハーブケート4、敵機を視認した。これより交戦する』
空には敵の無人警備ポッドや無人浮遊砲台が無数に見える。加えて有人、無人を問わずかなりの数の戦闘機も出していた。
『敵の武装は強力だ。各機、シールドを過信するなよ』
『さあ、我々の仕事を始めよう』
『帝国に栄光あれ』
それに対抗して帝国は制空権を確保するため強襲用アンスケル、分散型金属生命体〈シヴィナズ〉、全領域可変戦闘機レイトアンを投入。地上、空中の両面で激しい戦闘が繰り広げられていた。
「援護する。行け! 行け!」
「帝国のために!」
ウィシピザ、この星は十八の氏族に分かれている、知的生命体リデナンによって支配されていた。高度な科学技術を有するリデナン軍は帝国と五日間にわたり戦闘を続け、今でもゲートによる絶え間ない攻撃に耐えていた。帝国軍は軌道上からゼイナートによる精密砲撃もできるのだが、リデナン側が提示した非戦闘地域は広大で建物の指定も多く、味方地上部隊の動きも加味し、軌道砲撃は行われなかった。
「敵弾飛来!」
空中から降り注ぐ、強力な砲弾の雨。リデナン軍後方陣地からの局地制圧攻撃だ。それに加えて、空中に展開している敵機から光る槍状物体が発射された。
「バブル・シールドを展開する」
攻撃を耐えたアンストローナ兵もいるが、中には攻撃を受けて消滅してしまうアンストローナ兵も少なくない。イーガスも同様だ。
「イーガスの防御シールドが消失。回復まで三十秒」
「敵弾さらに飛来」
帝国の代表的な汎惑星地上用自律機動型二足歩行戦術兵器イーガス。高重力下、砂漠、湿地、山岳、地形に左右されることなく安定した機動性を実現し、強靭な脚と卓越した姿勢制御技術によって、平地では時速100キロメートル以上の速さで走る事が可能。
二脚歩行方式は帝国においてローテクノロジーながらも、帝国軍では極限環境下で高い耐性を示し、扱いやすく現地で修理や改造を容易に行えるローテク(枯れた技術)を高く評価していた。ただしローテクとは言っても帝国の技術を用いているだけあって、ローテクを採用している帝国軍兵器であっても地球の科学レベルとは比較にならないほど高水準にまとめられている。
「ソダー防壁を展開」
リデナン軍の対車両弾頭〈ラータチィ〉はシールド干渉性能を有した対自己修復装甲用徹甲榴弾。この弾頭は弾頭を覆うシールドの色とブースターの軌跡が特徴的な黄色の発色をするため、別名〝光の矢〟とも呼称される。
「第三波、接近」
「数が多い。連中はイーガスを狙っているぞ」
弾頭は標的に向けて飛翔すると一定の距離で弾頭が一つの本体弾体と複数の子弾へと分裂。黄色の軌跡を描きながらさらに加速する。
「光の矢が来る」
その際に周囲へ電子機器を妨害する低レベル・ショック・パルスを数回にわたって生じさせ、本体は防御シールドに覆われる。子弾は燃焼用燃料を散布し、標的へ衝突の時に摩擦熱で着火。高温の炎でシールドに負荷を掛けつつ、自己修復装甲にも持続的なダメージを与えることが可能。本体自体も高い硬度と靭性を兼ね備え、装甲貫通後、遅延信管によって爆発する仕組みになっている。
「対空防護が間に合わない。イーガス、被弾」
どんなに優れた兵器であっても決して無敵ではない。それはイーガスも例外ではなかった。シールドに過負荷を掛けられたイーガスはシールドを失い、集中砲火を受けて無残にも破壊された。
「伍長、イーガス二機が大破しました」
「イーガスが二機やられるとは。飽和攻撃ではデコイ・シグナルも限界ということだな。アグルファV5、十時の方向から多数のザウラが接近してくる。念のためBDレールランチャーを数本用意しておこう」
「イエッサー」
敵のプラズマ迫撃砲や小型無人機による自爆特攻、遠距離狙撃による攻撃にも警戒しつつ、ヨボック(サンショウウオ系エイリアン)のジャシミックは前線で地上部隊の指揮を執っていた。
「全く、しぶとい連中だ」
アンストローナが背中に背負っていた武器生成ケースを地面に置き、武器データを入力すると、すぐさまBD対車両用レールランチャーが内部で弾頭とともに自動作成される。武器生成ケースは現場で必要な武器を調達するための便利な道具だった。完成したBD対車両レールランチャーを別のアンストローナ兵が取り出し、安全装置が掛かっているかを確認した後、ランチャー弾を装填した。
「伍長、左翼の敵部隊が味方のゲート奇襲で乱れています」
「リデナン軍の対応能力が低下してきている。攻め時だ。前線にイーガスが補充され次第、火力を集中し、敵の防衛拠点を叩く」
ヨボック族は発声器官の構造上、公用語ヴェルシタス語を直接口に出すことができないため、頭に思い描いた言葉や口に出した言葉を自動翻訳し、それを発声する装置を身に付けていた。
「増援のイーガスが到着」
『全地上部隊へ。こちらの航空戦力としてアンスケルとシヴィナズを追加投入する。間もなく制空権は我々のものだ』
破壊され、再起動が不可能となったイーガスはアンストローナ兵と同じく自己分解していき、代わりのイーガスが即座にゲートで転送されてきた。戦場の情報を瞬時に解析したイーガスは敵部隊へ向けて、長距離ホーミング・マイクロ・チャージ砲を数回発射しつつ、高出力レーザー・キャノンにより敵トーチカを吹き飛ばした。
「ラルハルC2は左翼へ展開、ガヨートR8は右翼の攻撃部隊を整えて、敵のスナイパーチームに圧力を掛けろ。進め、アンストローナ。互いに距離を取れ。密になると砲撃の格好の的になる」
「お任せください」
「皇帝陛下のために」
「敵のスナイパーを一人排除」
必要に応じてアンストローナ兵は一時的に自動で個体識別番号を振られ、非アンストローナ指揮官やボランティアでもアンストローナ兵を容易に識別することを可能としていた。アンストローナ兵同士でもその個体識別番号を利用して連携することがあるが、基本的にアンストローナ兵らは個体識別ができており、彼らにとっては個体識別番号や固有名が無くとも全く問題ない。場合によっては所属すら流動的に変わり、軍、保安局、情報局、衛生局、監査局、交通局といった具合にアンストローナ兵は必要な時、必要な場所に、必要なだけ動員される。
『伍長、セクター4に大型ザウラが五体接近中だ。留意せよ。敵の前線を崩し、敵後方部隊に圧力をかけるんだ』
「軍曹、了解です」
ヌバソードフ合金により装甲化された生命体兵器〈ザウラ〉は地球でいうサソリのような形、カマキリのような形、スズメバチのような形、ヘビのような形といった大小様々な複数の形態が存在し、地中や空中からの奇襲だけでなく、自爆機能が付与された個体まで存在し、非常に幅広い戦術を取ることができる強力な兵器だった。
大型ザウラは帝国のイーガスに対抗できるだけの頑丈さと火力を有する。ダンゴムシのようなタイプであれば転がりながら高速移動するため、驚異的な機動力でこちら側の地上部隊をなぎ払う、非常に危険な兵器だ。
『セクター4地上部隊へ、こちらフォーレン7‐7。大型目標にグドネークを発射。命中。全目標の無力化に成功』
「ケムキス伍長だ。フォーレン7‐7、航空支援に感謝する」
友軍のレイトアンが発射したクドネーク戦術空間断裂弾頭によって五つ全ての大型ザウラは完全に無力化された。上空に展開中のアンスケルから送られてきた映像では混乱しているリデナン兵が部隊をまとめ、こちらに進行してきている。
「一時の方向に敵歩兵」
「シールドを展開する」
空では光沢を帯びた無数の黒い金属片のようなものが、流れる川のように前へと飛んでいった。分散型金属生命体シヴィナズだ。彼らは奥に進みながら徐々に透明化していく。
便宜上、〝彼ら〟と呼ぶが彼らはアンストローナ兵と同様、集合意識と個別意識の両方を有する存在。帝国による技術改良により、個々がシールドを持ち、体当たりや端による切り裂きといった単純な攻撃方法の他に、エネルギー変換能による敵兵器の無力化、味方へ張り付くことによるエネルギー供給といった能力を行使できる。吸収、反射する光の波長を調節することで事実上、透明になることもできた。
「空は片付いたようだ。美しい」
一般的には公表されていないが、初期世代アンストローナ兵の改良には彼らの意識共有メカニズムが活かされている。現世代アンストローナ兵が持つ集合意識と個別意識の両立、お互いの役割や立場の適宜判断といった特殊な意識ネットワークの実用化は彼らのおかげである。
『こちらララッド軍曹だ。伍長、敵の砲撃拠点はたった今制圧した。貴官はタランクト山のスロトー基地に突入し、これを制圧せよ。交戦規定に基づき、非戦闘員及び投降した兵士への攻撃は固く禁じる。以上だ』
「了解」
周囲に展開していたアンストローナ兵がゲートを開き、ジャシミックを招いた。
「こちらです、伍長」
「今向かう」
ゲートを抜ければそこはスロトー基地の近くだった。スロトー基地には自動砲台が複数設置されており、基地の防壁は完全に閉じられている。しかし基地は帝国軍によって完全に包囲され、誰一人として逃げ出すことはできない。
「イータラック1、アーマー迷彩を起動し、ついて来い。基地内部を制圧する」
「イエッサー。イータラック1各員、アーマー迷彩を起動」
ジャシミックとアンストローナ兵はアーマー迷彩を起動し、周囲の景色と完全に同化した。
原則としてアンストローナ兵が特殊作戦以外で上官の命令無しにアーマー迷彩を使用することはない。彼らは帝国軍の誇りある兵士として、帝国の存在を明確に敵に知らしめるために、その姿をあえて見せつけているのであり、戦場で姿を消す必要性がそもそも無いのだ。
「ゲート・アンカーを使う」
基地外壁に着くや否やジャシミックは壁にダーツのようなものを撃ち込んだ。これは帝国軍特殊部隊や情報局エージェントがよく用いる、即席使い捨て簡易ゲートを開くためのアンカーである。思考操作、座標設定、複雑なゲート・ルート設定といった工程を一切必要とせず、単純に壁や床をすり抜けるために使われる。なおアンカーは一定時間が経過すると自動的に完全自壊し、ゲートも閉じられる仕組みになっている。
「入り口クリア。迅速に要所を制圧せよ」
基地内に潜入したジャシミックらは近くの砲座にいるリデナン兵を次々と撃ち抜き、散開。
「イエッサー」
アンストローナ兵の行動は早かった。自動機銃や自律機動型ユニットをプラズマ・グレネードで吹き飛ばし、淡々と敵を始末していった。
「防衛システムを無力化」
「敵を排除。次だ」
どんなに厳重に守られている基地も内側からの攻撃にはもろい。
「正面ゲートを制圧。正面ゲートを開放」
「武器庫を抑えろ」
背後から襲撃を受けたリデナン兵は状況も理解できず、一瞬で死んでいった。
「監視塔クリア。周囲に敵影なし」
敵の奇襲だとすぐさま反応し、勇敢にも銃で反撃してくるリデナン兵もいたにはいたが、時間稼ぎにもならず全ては無駄に終わった。スロトー基地の基地能力は奪われ、残るは司令センターのみである。
「スロトー基地司令部へ通達する。我々はヴェルシタス帝国軍だ。武装解除後、司令センターを開放し、直ちに降伏せよ。三分経っても返答がない場合、敵意があるとみなし、排除する」
ジャシミックは基地に民間人が避難しているという情報を得ており、彼の裁量で降伏勧告を行った。彼らが降伏してくれればこちらは戦う必要がなくなる。彼は個人的にこの降伏勧告に従って欲しかった。武闘派カーディナルのソルヴィーツ・エンストーラならばきっとそのまま基地に単身突入して、抵抗者を圧倒することだろう。
「伍長、まもなく三分経ちます。司令センターのセキュリティ・ドアが開く気配はありません」
「突入準備」
三分後、スロトー基地司令部は帝国軍の攻撃を受け、陥落。司令部メンバー全員の死亡が確認された。
「こちらケムキス。スロトー基地司令センターの制圧完了」
部屋の中にはスロトー基地司令や将校、通信技術士官といった死体が散らばっている。
「遺体の情報をまとめて照合し回収だ」
「イエッサー」
「拾える情報は全て拾うぞ」
司令部の情報端末から何か情報を得られないか、ジャシミックとアンストローナは調べていた。ジャシミックが指令室の情報端末の翻訳と自動解析を行っていると、一人のアンストローナ兵が声を掛けてきた。
「伍長、精密スキャンで床下に非常退避用の隠し部屋がある事が判明しました」
「案内してくれ」
「こちらです」
司令室の一画、戦況を表示しているホログラム投影装置が横にずらされ、下に続く階段が見えている。中から物音は聞こえない。
「アンストローナ、先行してくれ。各員、警戒せよ」
長い階段を下りていく。
たどり着いたのは分厚いセキュリティ・ドアだ。
「すぐに開けます」
先頭のアンストローナ兵がセキュリティ・プログラムを無効化、再設定。ドアのロックを解除した。
「アンストローナ、全員銃を下ろせ」
部屋の中には怯えて震えている四人の子供達。
「大丈夫。酷いことはしないよ。怖がらないで。言葉は分かるよね?」
自動翻訳によりジャシミックの言語はリデナン語へと翻訳されている。リデナンの子供達には通じているはずだ。
「お父さんはどこ?」
一番体格の大きい子が怯えながらもジャシミックに尋ねた。
「お父さんは今ここにはいないんだ。大丈夫、後で会えるからここから出よう」
「お父さんが言ってた。お父さんが必ず迎えに来るから待っていてって。お父さんに会いたい、会いたいよ」
「自分達がお父さんの代わりなんだ」
この子たちは理解していた。リデナンとヴェルシタス帝国が戦争していること。基地が帝国軍に襲われたこと。ここに避難させたお父さんは既に死んでしまったことを。
「お父さんを返して……」
子供がゆっくり銃を構えた。父親が護身用に渡していたものだ。銃を構えた瞬間、アンストローナ兵が一斉に眼前の子供へ向けて銃を構えた。
「アンストローナ、よせ!」
ジャシミックの静止でもう一度、アンストローナ兵は銃を下ろしたが、警戒態勢は解いていない。
「それを離してくれないかな。お願いだ」
「お父さん……」
子供は泣きながらも決して銃を放そうとしない。
「お父さんを……お父さんを返して!」




