第22話「帝国外交」
22.「帝国外交」ハズラ・ホナサント
オピラダン(オピラダン星系)
属
スケリュゼ・イータラックJD5121‐413
(以下、略)星系
属
アグルファ・ブレゲルシダDB0055‐008
(以下、略)銀河
属
ザウケン・ギューザンVV8878‐118
(以下、略)宇宙
属
ジァク・ヴノMZ377‐667
(以下、略)インペリオーム
通称〝ダストーニ・デダンタ銀河〟を統治するゼガルト帝国は約300年間にわたり銀河を二分してきたパラキア共和国と五度の星間戦争を経て、悲願であった銀河統一を成し遂げた。三十年の歳月をかけて、銀河に散らばる抵抗勢力を完全一掃し、もはや敵対する内部勢力も外部勢力も存在しない、ゼガルト帝国はまさに栄華の絶頂を迎えていた。
「ホナサント卿、まもなくプラットフォームに着陸します」
そんな中、ヴェルシタス帝国カーディナルの一人、ハズラ・ホナサントはアルヌーク・フローゲルト皇帝に代わり、ヴェルシタス帝国の使者としてゼガルト帝国の首星オピラダンを訪問した。三機の帝国主力宇宙可変戦闘機レイトアンにエスコートされて来たカーディナル専用シャトルのパラテックスは地表へと高度を落とし、宇宙船用発着プラットフォームに着陸した。
地上にはゼガルト帝国軍が広く地上に展開し、多連装対空レーザー砲や自律機動型対空マイクロミサイルポッド、対艦用多脚式巨大レール・キャノンが多数配備されているのが確認できた。
「さて、今回は話し合いで済めばいいのだが……」
武闘派カーディナルとは違い、ハズラ・ホナサントは自身が戦場に立つことを避け、他文明と話し合いの場、外交を重要視している。そのため本来なら必要のない、他文明への訪問を自分自身が行い、直接、相手の代表と顔を合わせて帝国の立場を伝えることを心掛けていた。パクス・ヴェルシターナを掲げるヴェルシタス帝国では言うまでもないが、外交に価値など皆無に等しく、このようなことを行うカーディナルは帝国内でも極めて少数派である。
パラテックスから降りたハズラは二名のアンストローナ兵を引き連れ、ゼガルト帝国宰相リヒャル・フレゲーズと顔を合わせた。
「これはこれは。我らが帝国にようこそおいでくださいました」
表向き笑顔を見せるゼガルト帝国宰相リヒャル・フレゲーズはどんな下等文明が使節を送って来たのかと腹の中ではヴェルシタス帝国を見下していた。典型的なゼガルト帝国高官の思考であった彼はヴェルシタス帝国という国家が帝国の名を冠している事に強い嫌悪感を抱き、さらにヴェルシタス人がゼガルト人と生物学的に近しい進化を遂げた人種である事が一層許されないものであるとも感じていた。
だが、あくまでも外交を務める者として、リヒャル・フレゲーズは冷静に、そして己の中に秘めた思いは顔に出さないよう、細心の注意を払っていた。
「ヴェルシタス帝国のカーディナル、ハズラ・ホナサントと申します。本日は皇帝の代理人として参りました」
一方、カーディナルのハズラはゼガルト帝国が銀河規模の国家であることに感謝していた。ヴェルシタス帝国としては国家規模が大きければ大きい程、後々の同化政策や反乱分子の掃討といった過程で楽ができる。特に領域支配が隅々まで行き届いていればいる程ヴェルシタス帝国の意志が末端まで届くことになり、こちらへの統治移行がスムーズに行える。
逆に言えばヴェルシタス帝国にとって、一つの惑星内あるいは一つの星系内に単一の統治機構がなく、複数の統治機構や国家に分断されている方が厄介であった。形式上であったとしても、ヴェルシタス帝国は法的に原生知的生命体文明に対して、正確に帝国領域への編入を通達し、それに対する返答を得なければならなかった。
「もうこちらの言語を翻訳しているとはお早いことで。あなた方、ヴェルシタス帝国が銀河外初の訪問者です」
「光栄です」
相手がゼガルト標準語を話している事にリヒャルトは特段、何とも思わなかった。むしろそれが当然であるとすら思っていた。わざわざゼガルト帝国が相手の言語を使う必要など無かった。
その点に関してハズラ(ヴェルシタス帝国)側からすれば相手の言語翻訳をするなぞ至極簡単な作業であり、その方が色々と手っ取り早い。ただそれだけの話であった。もう一つ付け加えるのならば、ゼガルト帝国の翻訳技術に期待はしておらず、最初からヴェルシタス語で会談することを想定してすらいなかった。
「それでは参りましょう。こちらです」
重厚な甲冑タイプの戦闘アーマーを着用したゼガルト帝国儀仗兵。整列した彼らの前をリヒャルとハズラが歩いている。
「彼らのアーマーは中々重量がありそうですね」
「見た目ほど重くはないですが、それなりに重量はあります。ただ彼らはゼガルト帝国の精鋭ですから、重さなど大した問題ではないですよ」
(なるほど。兵士を育てるためのウェイトトレーニングを兼ねた古典的アーマーなのだな。痴態を晒す彼らは気の毒だが、それも兵士としての務め)
ハズラの後ろにはアンストローナ兵が二名ついて来ているが、アンストローナ兵と比較してもゼガルト帝国兵のアーマーは一回り大きく、機動戦には向いていなさそうだ。腐食性ガスや酸といった化学耐性も低そうである。儀仗用ながら着用者に重量負荷を掛けてトレーニングしている、肉体鍛錬も兼ねたアーマーなのだとハズラは理解した。ヴェルシタス帝国でこのようなクラス3以下の重装甲服を着ている兵士はまず存在しない。ハズラはこれが戦闘でそのまま運用されるものだとは思いもしなかった。
(我が帝国兵の雄姿に圧倒されたか、ハズラ・ホナサント。お前が今連れている、吹けば飛びそうな兵士とは違うのだよ)
互いに考えの食い違いが生じつつも、ハズラとリヒャルの二人は通路を進んでいく。
参考としてアンストローナ兵が着用している戦闘装備一式は想定されうる全ての環境下で機能する。生命維持装置が内蔵された専用戦闘服は材質と構造の特性上、太陽光や宇宙線、気温、化学物質といった環境因子による性質劣化が見られない。表層全体はシールドコーティングで薄く覆われ、宇宙空間、溶岩の中や深海であっても帝国標準時間で二年間は不自由することなく完璧に耐える事が可能。戦闘服自体も光学兵器、実体弾兵器、刃物、鈍器、衝撃といった様々な攻撃に対して高い防御性能を有する。当然、自己修復機能と自己環境適応機能もある上、戦闘服表面はウイルスや細菌、真菌等が付着すると瞬時にそれらの物理的構造を破壊してしまう感応性流動ナノ立体構造を取る。なおアンストローナ兵の戦闘服は帝国軍基準でクラス5、文明別分類でクラス32に位置付けられる。
「ここから右手に見えるのが我々の主力艦ダルタ級巡洋艦になります。細かい事は軍事機密で教えられませんが、我々はダルタ級を五万隻ほど保有しております」
来賓に自国の軍事力を誇示したいのだろうか。発着用プラットフォームから宮殿に繋がる空中連絡橋のすぐ隣には軍港が見えた。
「あれがダルタ級巡洋艦ですか」
全長はおよそ860メートル。ヴェルシタス帝国軍でいえば第二級B3駆逐艦クロラーンに相当する大きさである。ここからだと停泊しているダルク級艦が三隻見えた。
「ええそうです。宰相の身ながら恐ろしさを抱きますよ」
リヒャルは満足気に語った。
(この銀河を支配する我らの強大な帝国艦隊に恐れを為すがいい)
「そうですね。実に恐ろしい」
安全保障上の大きな懸念を率直に述べたリヒャルに対して、ハズラはゼガルト帝国指導部の風通しの良さに感心しつつ、頭の中で自分だと少なすぎる航宙戦力という課題にどう向き合うだろうかと想像を巡らしていた。
(ふむ。たった五万隻だと銀河内全ての星に艦を配備できない。それが本当ならば確かに恐ろしい話だ……局所防衛態勢を敷くことが最善解だろう)
軍艦は大きければ大きいほど良いというものではないが、ヴェルシタス帝国宇宙軍の基本的な軍艦はゼイナート巡洋艦で全長約3キロメートルの大きさを誇る。ヴェルシタス帝国では各惑星防衛として最低十二隻以上のゼイナートが配備されており、星系や宙域の巡回警備任務にあたる哨戒艦隊は三隻を最小単位とした艦隊で編成される。人口が多い惑星や戦略的価値の高い星系ではケンガラ級やハブルケート級も含めた百二十隻以上から編成される防衛艦隊が配備される事もある。
「ゼガルト帝国は恒星を含め3600億あまりの星を領域とし治めています。貴国の領域はどのようなものですかな?」
「申し訳ないのですが、我が国の支配領域は(時間とともに常に増え続けているので)正確にお答えすることができません。何分、こちら(の宇宙)へ来たのも初めてですから」
「これは失敬。こちら(ダストーニ・デダンタ銀河)に来たばかりの客人に対し、少々ぶしつけな質問でしたな」
「お気になさらず」
「それはそうと今日は両国の極めて大事な将来の話についての会談とのことでしたが、どのような話でしょう?」
間もなくゼガルト帝国の宮殿に二人は辿り着こうとしていた。宮殿の噴水広場では守衛だけでなく政府関係者や軍関係者の姿も多く見られ、空中では単座式の機銃付き浮遊バイクの巡回部隊が警備にあたっていた。
「貴国を我々ヴェルシタス帝国に編入する話です」
この瞬間、リヒャルは驚愕したが、すぐに笑ってみせた。
「ははっ! まさか冗談をおっしゃるお方とは思いませんでした」
「いえ、これは真面目な話ですよ。リヒャル・フレゲーズ宰相。貴国の皇帝に戦わず降伏するよう薦めるために私は来たのです」
ハズラの期待とは異なり、ゼガルト帝国は無条件降伏を拒否した上、外交使節のハズラに対して強烈な銃撃を浴びせた。しかしながら、このような挨拶に慣れているハズラは侵攻前の事前通達義務を果たし、ゼガルト帝国へ現地時間で二年間の猶予を与えた。役目を終えたハズラとアンストローナ兵は帰り道、ゼガルト帝国軍の執拗な攻撃に遭いながらも負傷することなく、無事にパラテックスへ搭乗し別の星へとゲートで向かったのであった。




