第20話「ネリタリアの街」
20.「ネリタリアの街」ランディオ・ブディトロ
ムルティーク(マロウタ第三星系)
属
ゴウァック・シエルトPQ7129‐713
(以下、略)星系
属
オグゼア・カルドノAL7410‐850
(以下、略)銀河
属
ゾルドーン・マカデVY6003‐062
(以下、略)宇宙
属
ブレゲルシダ・サルタンAS007‐235
(以下、略)インペリオーム
同化政策 フェーズ5E
文明レベル 第二等級
治安レベル A2(優良)
《ムルティークの主な知的生命種族》
ムルティーク人(惑星ムルティークの原住人種)
キャラット人(惑星キャラットを母星とする中身長の人種)
ケルデムス人(惑星ケルデムスを母星とする身長十メートル越えの巨人種)
ダージラス(アリ系ヒューマノイド)
ヨボック(サンショウウオ系エイリアン)
ハヴィ(オオワシ系エイリアン)
カラ(レッサーパンダ系ヒューマノイド)
惑星ムルティークには地上に敷かれた専用レールを走る〈汽車〉が存在している。外見もまさしく地球の蒸気機関車を彷彿とさせ、地球人にも親近感が湧くだろう。それに対し内部は帝国の技術が様々な部分で使われ、全乗客車両は空間拡張技術と標準的な大気調製装置、高性能反重力リフターを搭載し、見た目以上に多くの乗客を収容することが可能で、反重力機能を使い、大気圏内から終点であるムルティークの衛星ルジアンへ飛ぶことが可能だ。ムルティークでは古典的な造形と帝国技術の融合によって、懐かしくも幻想的で利便性の高い建築と交通を実現していた。
『ネリタリア、ネリタリアです。次の停車駅はヒュヌ、次の停車駅はヒュヌです。なお、当列車は車高と重量の関係により、ケルデムス族、バトアック族に対応しておりません。お手数ですが三番線ホームに到着予定の快速列車をご利用ください』
夕焼けで茜色に染まるネリタリア駅。屋根は幾何学模様のステンドグラスに覆われ、構内には照明となるガス灯が灯されている。汽車から多くの乗客が降り、新たな乗客が汽車に乗り込む。防犯強化と文化保存の観点から、一般臣民のゲート使用がムルティーク惑星行政局により制限されているムルティークでは汽車は重要な移動手段だ。また、スカイレーンも設定されていないため、空中を移動する手段は基本として存在しない。軍用車両や緊急車両を除き一般車両は地上のみ走行を許され、空は他の惑星都市と比較して見晴らしが良かった。
どこか古風な街ネリタリアの中心にはこの星のシンボルともいうべき、天へとそびえ立つ巨大な塔〈ネピド〉が立っていた。遠く離れたどの街からも見えるこの塔は帝国領となる遥か昔から立っており、ムルティーク人の誇りと歴史を刻んできたのである。これほど特徴的な建築物にも関わらず、誰が何のためにいつ建設したのか、その正確な記録は一切残っていない。塔への入り口はなく、中を調査した者もいないため全体構造がどうなっているのかも不明。
ただムルティークの歴史文献で少なくともムルティーク暦で三万年前から存在しているのは間違いなく、この塔が一度も立て直されたり、補修を受けたりしていないのも確かだ。
実に奇妙な事にネピド塔の外装に目立った損傷は見られない。劣化は多少見られるものの、塔自体としての建築強度は全く問題ない。このネピドの塔だけが、ムルティークでも異質の建築物であり、帝国最高の頭脳集団ハイペリウムがこの謎多き塔を直々に調査したことからも、その文化的、技術的、芸術的価値は極めて高かった。
「こちらパトロール。エリア3B‐43、異常なし」
主幹道路を離れると複雑な小道や小坂が多数あり、地元の住民でなければ迷子になっても仕方がない。特に計画的な都市作りを徹底された惑星から来た者ほど、ここネリタリアの街は迷宮のように感じるかもしれない。どこも似たような店や建物が並んでいるように見えるが、地元民から見れば明確な違いを見つけることができた。なお、巡回しているアンストローナ兵達は戦闘ヘルメットにミニマップと方向インジケーターが表示されているため、決して迷うことなく、淡々と街の中を歩いていた。
いつものように帰り道を歩く、ムルティーク人の青年ランディオ・ブディトロ。彼は緋色の瞳、少し黄色がかった茶髪で、体格は筋肉質が少なめ、大人しい性格の人物だった。アバターでのボランティア活動や戦場中継に興味がなく、戦争を体験したことがないため、帝国が行っている軍事侵攻作戦など遠い話として考えていた。
「さっさと帰ってケルデムス人のアルドラ期に専念したい」
彼が興味あるのは他の文明や種族の歴史、どのように発展、進化してきたのかという、学術性の高いものであった。特に今、彼がハマっているのは巨人族として有名なケルデムス人のアルドラ期(中世)だ。自分達よりも遥かに大きい身体を持つケルデムス人がどのように歴史を紡いできたのか、ランディオの知識欲を刺激してしょうがなかった。
「そういえば最近、新しく人間族の星が帝国領になったってデータベースで見たな。どんな星なんだろう。後で調べてみるか。ついでにサニア人についても」
彼は巡回中のアンストローナ兵の横を通り過ぎ、ネピド塔前にある広場の中を進む。幼い頃からこの塔を見てきたムルティーク人にとって、塔はあまりにも見慣れ過ぎた存在となってしまい、帝国でも特異な建物であることを忘れていた。この大きな塔は何故かここにある、そういう程度の認識だ。
「いつ見てもでかい塔だ」
いつもならランディオは特に何もなく、広場を抜けてソヂリラ通りへと向かうのだが、導かれるように夕陽を遮る塔の方へと足を運んでみた。
「この塔を残した人は一体何を伝えようとしたんだ。もっと分かりやすく後世に残してくれよ」
《ネピドの塔に刻まれた碑文》
深淵にして天頂。幻想にして実存。
理想にして現実。永劫にして刹那。
無限にして虚空。過去にして未来。
それは全能の訪問者。それは万物の観測者。
普遍にして特異。内にして外。
可視にして不可視。個にして世界。
象徴にして事象。門にして鍵。
それは狭間の冒険者。それは境界の探究者。
その名を尊び、その名を恐れよ。
来る創世。来る終末。
生の歓喜を。死の絶望を。
その名を尊び、その名を恐れよ。
全ての始まりにして全ての果て。
虚無の真理。その名はエンディスなり。
ハイペリウムの調査でこの塔が純粋なムルティーク文明の技術で造られたものではないこと、塔の材質は耐環境性能に優れ、なおかつ対消滅反応を無効化する対生成反応を起こすことができること、といったことが解明された。これらの研究成果の一部から現在の帝国軍が運用している兵器、艦船、兵士の装甲開発に応用され、建築用アンスケルのリバース・マテリアル・ビルディング工法に使われる建設ビームの実現に繋がったという経緯がある。
「こいつが一番の、身近な謎か」
ランディオが見上げても塔の最上部は見えない。触ると僅かながら表面に凹凸があるのを感じた。温度はほんの少し温かい。
「〈天の遺産〉、ハイペリウムはそう呼んでいるようね」
後ろから声を掛けてきたのは妖艶な銀髪に榛色の瞳を持つ人間女性。ムルティーク人ではなさそうだ。
「突然ごめんね。塔の事について考えていたようだったから。私は宇宙文明研究家のルクシア・セネツィナ」
ホログラムによる身分提示をルクシアは行った。
「研究者なんですか、すごいですね。僕はランディオ・ブディトロです。天の遺産とは?」
「一般人にはそこまで知られていないけど、ここの塔と同じような正体不明の建築物が宇宙のあちらこちらに点在している。今のところ、古代ジェルズ族の遺したものという説が有力視だけど、さてどうなのかなって感じかな」
「天の遺産……」
「興味出てきた?」
「はい。かなり」
ハイペリウムの研究内容はほとんどが皇帝指定の最高機密扱いであるため、カーディナルであっても全体を把握している者は少ない。
「それは良かった。それじゃあ、私はこれで失礼」
「お話ありがとうございます」
ルクシアはランディオと分かれたが、ランディオはこの場から離れず、頭の中で考え事をしていた。
「お前の謎を解き明かすのも面白そうだ」
当然だが青年の声を聞いてもネピドの塔は返事をしなかった。




