第1話「ヴェルシタス帝国による地球侵攻」
1.「ヴェルシタス帝国による地球侵攻」ロバート・ハミルトン軍曹
西暦2035年、国際連合から発展した国際組織〈地球統合政府〉はアメリカ、ニューヨークの地球統合政府本部にて地球外知的生命体との遭遇を果たした。もちろん、人類初の出来事である。問題は地球人の想定を超えた接触を相手はしてきた。
外見上は人類と同じと言っていい、二足歩行の生命体である。ただ、顔はフルフェイス型のヘルメットで覆われ、身体は戦闘用強化スーツのようなものを着込んでいた。そのため、表情も皮膚も見えなかった。三人の未知なる使者はどこからともなく、突然、地球統合政府の総会に現れたのだ。
地球上で最も標準的な言語である英語を難なく用いて、彼らは次のような通達を行った。
「我々はヴェルシタス帝国の使者である。この星はヴェルシタス帝国皇帝アルヌーク・フローゲルトの名の下に帝国領へ編入される。皇帝陛下は無益な争いを望んではいない。無条件降伏せよ。そちらの時間単位で二年の猶予を与える。編入を拒否するのならば、二年の間に非戦闘員の避難と非戦闘地域の設定、捕虜の取扱いについての取決めを行って頂きたい。なお、そちら側の提案は一切受け入れられない」
それは一方的な領土編入、植民地化の宣言だった。彼らが与えてきたのは二つの選択肢。
一つ目は「無条件降伏」。相手の要求を素直に受け入れる。ヴェルシタス帝国軍が駐留し、帝国による同化政策が行われる。宗教の自由は認められず、固有の軍隊を持つことが禁じられる。
二つ目は「全面戦争」。相手の要求を退け、人類が体験したことのない、地球外文明との総力戦である。
会議場が混乱し、動揺を隠せない高官らをよそに、ヴェルシタス帝国を名乗る彼ら三人の使者は宣言後、一瞬で消えていった。
地球統合政府は事態を収拾するため、速やかに関係者を集めて議論を開始した。
分かり切っていたことだが、やはり意見は二つに分かれた。
降伏派と抗戦派、二つの派閥が激しくぶつかり合い、世界の世論も二分した。
しかし、過半数を占めるのは抗戦派であり、地球のために戦うという論調が日増しに強まっていった。
地球統合政府は与えられた二年をヴェルシタス帝国との戦いに備えることにし、避難地域の設定、地球防衛軍の設立、帝国に対しての捕虜の取決めを行った。皮肉にも地球上の紛争や内紛は収まり、人類が一致団結して未知なる敵との戦いに備えた。この時、誰もが地球を守り抜けると固く信じていた。
二年後。
西暦2037年、地球統合政府本部の総会ホールで地球代表は再び現れたヴェルシタス帝国の使者に対し、編入の完全拒否を通達した。これを受けてヴェルシタス帝国は正式に地球文明に対して宣戦布告を行った。使者が消え去って三分後、各地で突然、ヴェルシタス帝国と思われる歩兵部隊と地上兵器群が出現。前触れもなく奇襲を受けた地球防衛軍は大きな打撃を被った。てっきり、上空から侵略してくるとばかり思っていた人類はここで防衛戦略の大幅な見直しに迫られた。
彼らは自在にテレポートできる次元テレポーター〈ゲート〉を使うことで、迅速な侵略を可能にしていた。次から次へと現れるヴェルシタス帝国の兵士。そして、兵器。幸いなのは今のところ敵航空戦力が無いということだった……
〈時刻1304時。ロサンゼルス、アメリカ〉
地球防衛軍北アメリカ方面軍第98機甲師団はサンタモニカ、イングルウッドといった都市を失い、防衛線を後退させつつ、援軍の到着を待っていた。特に最前線で戦闘にあたっている第207大隊は大半の装甲車を失っており、非常に厳しい状況に置かれていた。
「レッドアイ! こちらアルタイル3‐1。敵の侵攻を止められない! 航空支援はまだか!」
『航空部隊は現在オンタリオとアーバインで手一杯だ。到着までもう少し時間がかかる』
アルタイル第3分隊を率いるロバート・ハミルトン軍曹は手持ちのDSA‐5カービンのマガジンを取り換えつつ、無線機で友軍の航空支援を要請していた。
飛んで来る白青色の閃光。すぐ左横の壁が欠け、破片が地面へ飛び散った。ヴェルシタス帝国兵のレーザーだ。敵兵はレーザー銃、プラズマ・グレネードといったものを標準装備としている。どのような仕組みかは知らないが、壁に隠れていてもこちらの位置を正確に射撃し、スモークを焚いてもまるで意味がなかった。おまけに地理情報も完璧に把握している。彼らの動きは建物の構造や道路を完全に理解していた。
「イヴァン、カート、援護しろ! 東から敵の新手だ! ジャクソン、ケイトは正面を守れ!」
次元テレポーター〈ゲート〉から更なるヴェルシタス帝国兵が襲来。帝国では〈アンストローナ〉と呼ばれる兵士達だ。基本的に帝国兵は彼らアンストローナから構成される。使節団もアンストローナだった。
彼らに対してこちら側の武器は通用するには通用するが、二、三発では動きを止めることはできず、かなりの弾薬を消耗する。時間とともに敵は増え続けるばかりであり、長期戦になれば圧倒的に不利だ。
「くそ、連中、まるで人形だな」
「ああ。全く気味が悪い」
イヴァンとカートはスコープを覗きつつ、アンストローナ兵に向けて引き金を引いた。撃たれたヴェルシタス帝国のアンストローナ兵は痛がる様子もなく、可能な限り戦闘行為を続け、完全に死んだと思われる兵士は武器とともに砂のように綺麗に消えていった。死亡時に分子分解されるようだ。
負傷したアンストローナ兵は見ている限り、手当される様子も、手当する様子も無い。そして、負傷した味方を庇うようなそぶりを見せることも無かった。このような光景は世界中の戦場で見られ、アンストローナ兵は戦闘用の人形ではないかと考えられた。
『アルタイル3‐1、こちらプロキオン3‐3。そちらに敵の戦車が向かっている』
「了解。アルタイル3‐1はポイント・オスカー5まで後退する」
便宜上、戦車と呼んでいるだけでヴェルシタス帝国軍の戦車は地球の戦車とは全く異なる。自律機動型二足歩行兵器だ。こちらの戦車を軽く貫く高出力レーザー・キャノン、周囲の電子機器を無効化するショック・パルス、目標を追尾する長距離ホーミング・マイクロ・チャージ砲、対人用レーザー機銃、そして機体全体が強力な防御シールドに覆われている。
「全員、後退だ! 下がれ! 敵の戦車が来るぞ! 急げ! 急げ!」
ヴェルシタス帝国軍では〈イーガス〉と呼称される、ごく一般的な汎惑星地上用自律機動型二足歩行戦術兵器である。高出力レーザー・キャノンを一直線に放ち、ロバートらが潜む建物を吹き飛ばした。
「くそっ……」
ロバートは倒れてきたがれきを押し上げて、立ち上がった。
「ああ、嘘だろう……」
さっきまで生きていたイヴァンとカートはがれきの下で死んでいた。辛うじて、ジャクソンとケイトは無事だったが、迫って来るイーガスを倒せるような武器は持っていなかった。イーガスとともに大勢のヴェルシタス帝国兵がこちらに向かってくる。
「こちらアルタイル3‐1、二名が死亡。敵に包囲されている。ポイント・オスカー5‐5。至急、応援を求む。至急、応援を求む」
ロバート、ジャクソン、ケイトの三人は残り少ない弾薬を使い、アンストローナ兵を倒していく。だが、アンストローナ兵の射撃は次第に激しさを増していき、ジャクソンの胸にレーザーが命中した。
「ジャクソン!」
起き上がってこないジャクソン。倒れたジャクソンを見に行きたいが、ロバートにはそのような余裕が無かった。猛烈な銃撃にさらされ、ケイトも撃たれた。
「残るは俺だけか……」
百を超えるアンストローナ兵、三体のイーガス。どう足掻いても、この状況を覆すことはできない。
『アルタイル3‐1、聞こえるか? こちらサンダー5‐4だ。衝撃に備えろ。サーモバリックを投下』
多用途ステルス戦闘機F‐73Eから投下された一つのサーモバリック爆弾が爆発した。空気を揺るがし、爆心地を中心に半径140メートルが強烈な衝撃波に襲われた。一帯のアンストローナは見る影もなく消え去り、イーガスも動きを止め、しゃがみ込んでいた。
「サンダー5‐4、支援に感謝する」
衝撃波をしのぎ、ひと段落したロバートだったが、残念なことにそれが甘いことだと思い知らされた。
三体のイーガスは立ち上がり、次元テレポーター〈ゲート〉からアンストローナ兵が先ほどと同様の規模で到着した。何も事態は好転していない。いや、むしろ悪化している。こちらは人員も武器も失っているのだ。
「そこの地球防衛軍兵士へ告げる。武器を捨てて投降せよ。捕虜の取扱いは規定に則る」
アンストローナ兵は銃を構えてロバートの周囲に展開した。
「すまない、チェリッサ。父さんは故郷を守れなかったよ。私を許してくれ」
ロバートは娘から貰ったペンダントを握り締め、つぶやいた。ゆっくりと銃を足下に置き、両手を頭の上へのせた。
「捕虜を一名、確保した」
拘束具らしきリングがロバートの胴体に装着された。
「ドッグタグを見せろ」
アンストローナ兵は地球防衛軍の兵士に身分証となるドッグタグが与えられていることを知っており、首からぶら下げているロバートのドッグタグを見た。
「捕虜の名前はロバート・ハミルトン。階級は軍曹。所属は地球防衛軍。識別番号NA‐4038‐A8‐73。血液型Rh+A。ゲルジーンへ移送する」
アンストローナ兵三人に連れられ、ロバートは第十級C2戦略機動要塞〈ゲルジーン〉へテレポートされた。ゲルジーンは半径約3万9千キロメートルと地球の約六倍の大きさを誇る軍事拠点用人工惑星だがヴェルシタス帝国ではこれでも小さな部類に入る。
ゲルジーンでの光景にロバートは驚愕するしかなかった。転送された先は宇宙港のようで多層構造となっている。全長3キロメートルほどの宇宙船がいくつも連なって見えた。この宇宙船は第三級A2巡洋艦〈ゼイナート〉と呼称される軽巡洋艦で帝国軍の標準的な宇宙船である。地球文明レベルであれば一隻で地表を焦土化することが可能だ。
「ここは一体どこなんだ」
ゲルジーンでは常時一万隻以上のゼイナート、その他数千の重巡洋艦、強襲揚陸艦が停泊しており、常駐しているアンストローナ兵は四百億を超えていた。しかし、このゲルジーンは戦時態勢を取っておらず、アンストローナ兵が地球へ送られている様子も無かった。
「ここは我が軍の機動要塞ゲルジーンだ。軍事用に作られた惑星で駐屯地にあたる。この先に捕虜収容所がある。メディカル・チェックを受けた後、必要な項目を尋問する。捕虜の取扱いは帝国と地球で交わされた取扱い規定に則る。扱いに不服がある場合は刑務官にその旨を伝え、帝国捕虜管理局へ申告するように」
収容所にはロバートと同じく地球防衛軍の兵士達が多数収監されていた。地球を、故郷を守れず、自責の念に苦しみ、涙を流す者がロバート以外にも大勢いた。
ヴェルシタス帝国と地球の全面戦争は五日間続き、帝国の勝利で終わった。
帝国軍はほとんど地上戦力のみで地球防衛軍の戦力を削り、圧倒的な物量戦略と次元テレポーターによる絶え間ない奇襲、強襲で地球を占領した。
地球統合政府による降伏宣言を受諾したヴェルシタス帝国は軍を常駐させ、治安維持部隊を展開。地球防衛軍の武装を完全解除した。さらに抵抗勢力の抵抗意志を砕くための威嚇として、地球の上空に第三級A2巡洋艦ゼイナートを十二隻配置した。宇宙戦闘機らしき航空機も飛行し、帝国の宇宙戦力、航空戦力を初めて地球側へ見せつけた。
愚かにも地球統合政府は降伏してからヴェルシタス帝国の強大さを知ったのだった。
だが、この反応はヴェルシタス帝国に侵略された惑星として当たり前のものだった。帝国領への編入を進んで受け入れる文明は稀なのだ。見ず知らずの文明から降伏勧告なぞ受け取るわけがない。帝国からすれば地球文明も他の文明も大差ないもので、手慣れた様子で着々と占領政策を進めていった。