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第13話「旧帝国の記憶」

13.「旧帝国の記憶」アルヌーク・フローゲルト


〈観測者の間(オブザーヴィア・ユニバース)〉

 果てしなく広がる(あわ)い桃色の空間。ここでは手のひら大の泡が無数に(ただよ)う。泡には〝宇宙〟が広がり、光り輝く渦を巻いていた。宇宙を内包した泡は足下に、空に。バスタブで()き上がる気泡のごとく、泡はひしめきあっていた。

 そこを歩く一人の女性。ヴェルシタス帝国皇帝、アルヌーク・フローゲルトその人だ。


「探せど、探せど、私が求めるものは見つからない。愛しい人よ。だが、私は決して(あきら)めはしない。世界の果て、さらに果てを目指して。世界の可能性は無限なのだから」


 アルヌークが皇帝になる前の帝国はレクソニア銀河に属する小さな星間国家に過ぎなかった。周辺にはレクソニア銀河最大の星間国家〈ソルディア連邦〉、巨大な宗教連合国家〈ゾベース同盟〉、自由貿易連合王国〈ライケネス王国〉といった星間国家が存在し、この時代のヴェルシタス帝国を現帝国は一般的に〝旧帝国〟と呼んでいる。

 旧帝国を(おさ)めていたのは他でもない。アルヌークの実父、サザラン・フローゲルトである。彼は国内情勢を見極めるのは上手だったが、外交、国際的な広い視野で自国の利益を考えることを不得手としていた。これが後に遠因となり、アンストローナ技術を完成させた娘アルヌークによって()たれることとなる。アルヌークが皇帝となったのは正統な手続きによるものではなく、自身の軍を率いたクーデターである。


「どこかに私が求める宇宙が、世界が、道があるはず。どこかに」


 観測者の間ではゲート管理局によって確認されている()()()()()を見ることができる。新たに発見された宇宙についてもすぐにここへ反映される。


「何やら問題があるところが出たようだな」


 アルヌークが手を目の前に伸ばすと一つの泡がどこからともなく(ただよ)ってきた。


(やっ)(かい)事の前兆か」


 泡の中では宇宙が拡大していき、一つの銀河を映し出した。一般的に〈グローニア銀河〉として知られている銀河である。


「確かスティグレイの件もグローニア銀河だった。背後で何者かが動いているのかもしれない」


 ゲートを開き、アルヌークはヴィアゾーナのセントリアス・パレスへと戻った。



〈玉座の間、セントリアス・パレス(ヴィアゾーナ)〉

 玉座に座ると同時にアルヌークはカーディナルのオルヴィエート・ゼラスをゲートで呼び出した。


「皇帝陛下、お呼びでしょうか」


 オルヴィエートはひざまずき、アルヌークに要件を尋ねた。


「まずは急に呼び出したことを()びよう。グローニア銀河で問題が起こったようだ。保安局によると正体不明の組織が動いている」

「犯罪結社でございましょうか?」

「それならば話は早いが、バスチールで増殖したスティグレイの件もある。少々、大げさかもしれないが〝ヴァラッジ特殊作戦グループ〟を派遣するつもりだ。ゼラス、お前はグローニア銀河に行き、ルガを補佐せよ。問題の発生を予防できるのならばそれに越したことはないが、問題が起こった場合、優先して対処せよ」

(おお)せの通りに」

「話は変わるが()()()()()()()()()はどうだ?」


 ここでいうジェルズ(背中に翼が生えた人種)とは犯罪王ゲルタックに囚われていたエミッツィ・ラフォンヌの事だった。


「士官候補生として活躍しております。各種兵器の操縦に()け、個人の戦闘技量もかなり高いようです」

「軍に入るジェルズというのも(めずら)しい」


 古代ジェルズ文明はかつて広大な領域を統べていたという。今でこそ帝国が当たり前のように利用しているゲート技術の基礎理論も古代ジェルズ文明は理解していたことが分かっている。古代ジェルズ文明はゲートに似た転移技術を用いて、星々を(めぐ)り、神のような高等存在として君臨していた。

 そんな古代ジェルズ文明も(すい)退(たい)し、今では姿を見るのも希少な種族となってしまった。現代ジェルズ文明は科学技術と距離を置き、帝国統治下の現在では他種族との交流をほとんど持たない独自文化を築いている。


「ゼラス、下がってよいぞ」

「はっ」


 ゼラスが立ち上がると彼はゲートを開いて玉座の間を去ったが、アルヌークはそのまま玉座を動かず、宙を眺めていた。


「なぜかあの頃の記憶が(よみがえ)る。不思議なものだ」


 玉座に備え付けられた端末を操作すると目の前に旧帝国時代のレクソニア銀河がカラーホログラムで映し出された。


 当時の世界情勢は非常に不安定で、共存共栄をうたいながらも国家間には常に不信感がつきまとっていた。表では協力しながら裏では別の国と取引をしていた、というのは多々あり、自衛のためとはいえ、各国の軍備補強が軍拡競争と不必要な情報戦を(まね)いた。


 国家レベル、地方レベル、企業レベル、民族レベル、個人レベルといった複雑に(から)み合う混乱と不安は先の見えない未来によって増幅されていき、局所的な武力衝突やテロ活動までも引き起こした。

 時が経つにつれてレクソニア銀河は混迷を極め、全銀河大戦が現実味を帯び始める。各国が武力闘争へと(かじ)を切り、もはや対話による平和的解決、外交的解決は不可能に(おちい)っていた。


 アルヌーク率いる新帝国はアンストローナ兵を主力とする軍事改革を実施し、銀河に平和を取り戻すという大義の下、レクソニア銀河全域へ侵攻した。アルヌーク(ちょっ)(かつ)保護領であった惑星エディアによるゲート技術実用化も手伝い、多大な()(せい)を払いながらもレクソニア銀河を武力統一することに成功。各国の技術を集約させることで、帝国の技術力は飛躍的に向上した。


《ソルディア連邦》

 レクソニア銀河最大の星間国家。かつて周辺国家に対して大規模な侵略戦争を行ったことがあるため、他の国々からは恐れられている。銀河最大の宇宙艦隊を保有。ゾベース同盟とは険悪だが、対ヴェルシタス路線では方向性が一致している。ライケネス王国に対しては貿易関係上の付き合いという認識である。


《ゾベース同盟》

 ゾベース教を中心とした死生観を共有する宗教連合国家。宗教という共通の価値観を全体で有していることから、国家としてのまとまりは強い。一度、ソルディア連邦と戦争となったが、ライケネス王国との共同戦線、ヴェルシタス帝国の支援により、ソルディア連邦を退(しりぞ)けることに成功した。ただし、ソルディア連邦に次ぐ軍事力を保有するヴェルシタス帝国を警戒している。


《ライケネス王国》

 ゾベース同盟とともにソルディア連邦の侵略戦争を耐えた星間国家。領域内での完全関税撤廃と星間企業への手厚い支援政策から分かるように、星間での自由貿易に力を入れているため、小国や辺境の星の加盟が多い。君主を有する国ということからヴェルシタス帝国との交流は盛ん。しかし、王国内部にはヴェルシタス帝国に良くない印象を持つ者もいる。


《ヴェルシタス帝国》

 ソルディア連邦を仮想敵国としている星間国家。ライケネス王国とは良好の関係であるが、裏でライケネス王国の工作活動が報告されており、ゾベース同盟との関係強化が模索されている。皇族によってはレクソニア銀河で独自に他の文明と関係を持つ者がおり、そのような文明や星は国家としての同盟国でなくとも、自身の保護下に置くことがある。


《エディア》

 ヴェルシタス帝国の保護領として扱われている銀河外縁部の星。独自の星間航行技術を持たず、惑星外からの侵略者に対抗する有効な自衛手段を持たないため、ヴェルシタス帝国の()()下にある。ただし、全体として生命工学や機械工学は非常に高い水準を誇り、エディアの革新的な技術はヴェルシタス帝国で重宝されている。アルヌーク率いる帝国最高の頭脳集団(シンクタンク)〝ハイペリウム〟はエディアの研究チームとともにテレポート技術を実用化すべく膨大な費用と時間をかけて共同で研究を進めていた。



 旧帝国時代、アルヌークは事あるごとに皇帝である父へ、助言や進言を繰り返してきたが、娘ということで彼女の言葉はいつも軽く流されてしまい、帝国は荒波の国際情勢を(かしこ)く渡ることができていなかった。各国の思惑を読み違え、見通しの甘さが、要らぬ戦いと()(せい)を生み出した。

 あらゆる分野で(たぐい)まれな才能を発揮してきたにも関わらず、アルヌークには軍事、外交、政治といった分野で大した地位を与えられなかった。そのため、彼女は表舞台に立たず、後進の育成のために教育機関の改革、頭脳集団ハイペリウムの創設、辺境の惑星の調査及び開拓といった裏仕事をこなし、陰ながら帝国の新たな基盤を整えていった。


 アルヌークを最高責任者とする頭脳集団ハイペリウムがもたらしたゲート技術とアルヌークが生み出したアンストローナ兵は戦争の概念を大きく変えた。自身の()(ばつ)と私兵、アンストローナ兵とともにアルヌークは皇宮と行政ビルを強襲し、父とその臣下達を(しゅく)(せい)

 古き体制の帝国は滅び、新体制が敷かれた。


 レクソニア銀河大戦は約五年にわたり続いたが、どの国家も早い段階で主戦力と国家中枢機能を失い、後半三年ほどは帝国による残党掃討が主な出来事であった。レクソニア銀河統一後、帝国は外銀河の調査と派兵に乗り出し、勢力圏を徐々に拡大。帝国内にてパクス・ヴェルシターナが(うた)われるようになると戦争反対派や理想平和主義者は徐々に数を減らし、戦争は生活の一部へ組み込まれていった。


 ボランティア制度が国内で正式に開放されると戦争は()(らく)の一部へと変わり、平和のための戦争という大義が押し出された。外部に共通の敵を作り出すという、国内団結の側面も機能し、種族間の争いや緊張を解く効果をもたらした。


 なぜ戦争をするのか?

 なぜ侵略をするのか?


 このような疑問を持つ者は今や帝国の武力侵攻を受けたばかりの種族だけである。

 パクス・ヴェルシターナを信仰する帝国臣民からは「降伏勧告に従わなかったから」「全ての宇宙を統治するのが帝国の使命だから」という回答が自然と返ってくるだろう。

 呼吸を、まばたきを、あくびをする瞬間にもヴェルシタス帝国は星を、星系を、銀河を、宇宙を侵攻しており、まだ見ぬ世界を目指して止まることはない。決して。

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