第10話「スティグレイの逆襲」
10.「スティグレイの逆襲」ヴィダン・ゼム・レオス
バスチール(バスチール星系)
属
ユーヤナ・シエルトPP3298‐001
(以下、略)星系
属
ラルハル・サスノスAB3525‐624
(以下、略)銀河
属
ギューザン・ローケスAR0300‐001
(以下、略)宇宙
属
ローケス・ユーヤナAQ007‐235
(以下、略)インペリオーム
『こちらは衛生局です。バスチールは特別防疫条項第327条、第43のF項に基づき、惑星隔離措置が取られています。貴族階級であってもゲートは使用できません。屋内にいる方は外に出ないでください。検査官が個別にうかがいます。屋外の方は他者との直接接触を避け、最寄りの臨時検査場へ向かってください。繰り返します。こちらは衛生局です。バスチールは特別防疫条項第327条、第43のF項に基づき、惑星隔離措置が取られています……』
都市ごとにシールド・ウォール(高性能エネルギー防壁)が展開されており、様々な箇所に検査場を兼ねた検問所が設置されている。全ての交通も停止し、バスチール住人には厳しい行動制限が課されていた。街中のカラーホログラム看板からは衛生局のメッセージが常に表示され、音声もメッセージに合わせて繰り返し流れている。
『シタデル・タワーを臨時避難所として開放中。スティグレイ感染拡大防止のため、臣民の皆さんは直ちに検査を受けてください。また検査場で抗スティグレイ用医療ナノマシンASN‐G5の投与を受けてください。皆さんの生命に関わります』
ひっきりなしに走るアンストローナ兵と衛生局の検査官ら。いつもよりもアンストローナ兵の数は目に見えて増えていた。上空では慌ただしく、オレンジ色の警告灯を点灯させた軍の汎惑星中型兵員輸送機〈エイヴス〉が何十機も飛び、地上へ次々とアンストローナ兵を降ろしている。子供でも分かるほどの物々しい雰囲気だ。
『こちらシエルト5‐1、セクター47でスティグレイを多数確認した。掃討のため部隊を展開する』
『了解。そちらに増援部隊を送る。確実に抑え込め』
バスチールは地球より少しだけ進んだ技術レベルの文明を持つ惑星である。主な構成種族はバスチール人、サズウェル人、イヴォルダ人といった人種。少数だがオウン(ワニ系ヒューマノイド)、カエストラ(キツネ系ヒューマノイド)も暮らしている。
『司令部、こちらフェイザー3‐8だ! セクター23でスティグレイの猛攻を受けている! 大至急、航空支援を要請する!』
『了解だ、フェイザー3‐8。ハースターを搭載した二機のパヨットが向かっている。コールサインはカーラス7‐4。到着まで8秒』
爆発音とともに次々と煙が上がる都市タナック。都市間の移動は制限され、都市の境界は軍によって厳重に封鎖されている。アンストローナ兵だけでなく、自動機銃やアンドロイド兵、さらにサソリ型の自律機動型拠点防衛兵器〈ローヒィア〉も配備されていた。
今、バスチールに置かれている状況は芳しくない。事の発端はバスチール発セルトナン星系行のコルベットからスティグレイが検出された〝ロステック・コロニーの件〟である。帝国衛生局が直ちにバスチールとセルトナンの両星を隔離し、スティグレイの存在を調査した。その結果、バスチール内で潜伏していたスティグレイを検出。数は衛生局の事前予測をはるかに超え、かなり前からスティグレイは潜伏していたと推測された。
種族や年齢を問わず住民を取り込み、増殖していくスティグレイは街を飲み込む勢いである。液状化するという厄介な特性も合わせ、軍の封じ込め部隊を翻弄していた。
〈タナック、バスチール〉
「臣民の皆さんはシタデル・タワーへ。軍による防御拠点が構築されています」
隔離都市セクター47に指定されたタナックでは各所でアンストローナ兵が臣民救出のために活動していた。しかし、助けた臣民や助けようとしていた臣民がスティグレイに侵蝕され、新たなスティグレイと化していく。スティグレイは止まらない。
「ダメだ。敵の数が多過ぎる。これ以上は無理だ。下がれ」
「援護する。後退だ、後退せよ」
スティグレイは屋内で待ち伏せしていたり、一般人のふりをしていたりと隙のない襲い方を行う。一般人が到底抗えるものではなく、スティグレイによる汚染は急速に拡大していった。
津波のように迫り来るスティグレイの大群。スティグレイは母星を奪った帝国に復讐すべく、仲間を増やし、知識を習得し、来るべき時を迎えたのだ。スティグレイに触られた者はスティグレイ細胞によって急速に細胞変異を引き起こし、半液状化。近づかれてしまうと通常の有機生命体には勝ち目がない。
「こちらレオス特別防除担当官だ。セクター47にイーガスを要請。座標ラルハル433‐ブル543に精密爆撃を」
『レオス担当官、了解しました。すぐに手配します』
アンストローナ部隊を指揮するヴィダン・ゼム・レオスは衛生局から派遣されたスティグレイ封じ込めのための特殊作戦指揮官である。
『こちらライア4、ハースターを投下』
ヴィダンの命令で三機の爆撃機パヨットが指定された座標の高層ビルへ爆撃を行う。ハースター爆弾によって、建物全体が一瞬で燃え上がり、建物に巣食うスティグレイを灰にした。
「ゲリラよりもタチが悪い」
あちこちの建物から染み出てくるスティグレイ。彼らはこの都市区画から出ていこうとシールド・ウォール発生装置へ進撃している。スティグレイは侵蝕寄生した有機生命体のミネラル成分を利用し、剣や槍のような武器を生成。素の状態よりも攻撃力が増していた。これは明らかに戦闘のための変異だ。
「アンストローナ、距離を取り、各個撃破せよ。イーガス、隔壁にスティグレイを近寄らせるな」
第一級A3兵器輸送艦オルからイーガス二体が投下され、イーガスは速やかに対人レーザー機銃と広域ショック・パルス砲をスティグレイへ放つ。
『ウィラント4‐5からレオス担当官へ。セクター39、セクター22の防御拠点が危険域です。攻撃型変異体を多数確認しています』
「分かっている。一部のスティグレイは体内で武器を生成できる。これ以上、厄介な変異が起きないうちに手を打たなければ」
そうはいっても有効な打開策が無い。ヴィダンの頭に浮かぶのは衛星軌道上からの艦隊砲撃、有機生命体を絶命させるダイガロス・ガス、局所ブラックホール爆弾、アルティメット・ハースターによる都市焼却、いずれも強硬手段だった。衛生局としてはこのような手段を極力取りたくはない。
『レオス担当官、〈ヤークト・ヴェーガ〉の出撃準備が整いました』
「レオスだ。ヤークト・ヴェーガをすぐに投入してくれ」
〈ヤークト・ヴェーガ〉
型式:ブレゲルシダTUA‐G8
ステータス:先行量産(フェーズ2)
所属:地上軍
分類:飛行型
用途:制空及び対地攻撃
ヤークト・ヴェーガは生体兵器ヴェーガに更なる改良を施した強化型である。背中に思考操作式の火器管制統合武装ユニットを装着することで、火力が大幅に向上。重量増加に伴う機動性の低下は翼に自動制御の慣性制御機能付き補助スラスターを装着することで克服した。口腔内のエネルギー収束器官についても新型となっており、ヴェーガと比べて二倍以上の射程を実現することに成功していた。
空に舞うヤークト・ヴェーガ達。彼らはスティグレイの攻撃が届かぬ上空から背中のレーザー機銃と口腔からの高威力エネルギー・ビームを発射した。地上のスティグレイは瞬く間になぎ払われていき、その数を見る見るうちに減らしていく。
「今だ。態勢を立て直し、スティグレイの掃討を続けろ」
ヴィダンはアンストローナ兵に守られながら、前進していく。
「しかし、なぜここまでスティグレイの潜伏に気が付かなかった? こんなことは初めてだ。後で調べてみなければ」
帝国領域内においてスティグレイの拡大がここまで広がった事例は存在しない。衛生局は原因究明に向け、既に調査チームを組織、派遣する態勢を整えていた。原因を突き止めなければゲートや星間航行技術によって帝国は知らぬ間にスティグレイに汚染されてしまうことだろう。
〈シタデル・タワー(タナック)〉
「ここは安全です。皆さん、落ち着いて中へ進んでください」
避難所として一時的に開放されているシタデル・タワー。アンストローナ兵と検査官が入り口を固めており、職場や自宅から追われた臣民が流れ込む。それより前の広場では検疫所が設置されていた。いくつもの検疫レーンに分かれ、臣民はシールド・ウォールに覆われた検査室に通されていく。
『間隔を厳守し、前へ進んでください』
フードを被った一人の青年が検疫所へ入った。医療用アンドロイドが手早く彼の唾液を採取し、唾液中にスティグレイ細胞がいないかを確認後、さらに3Dスキャンで青年の瞳と手足の状態を確認した。
〝陰性〟
結果は陰性。彼は医療用アンドロイドに注射銃で左腕に抗スティグレイ用医療ナノマシンASN‐G5を投与された。
〝先へ進んでください〟
検疫所を通過し、青年はシタデル・タワーへと進む。
この時、青年の左手がほんの一瞬だけ半液状化し、一滴のしずくを地面へ落とした。肉眼では分からないが、しずくの中には先ほど注射された抗スティグレイ用医療ナノマシンASN‐G5が凝縮していた。




