あなたのいない始まり
すごい迫力に、空いた口が塞がらない。こういうタイプの担任の先生って初めてかも。みんなも同じみたいで、ざわざわしていた教室が一瞬で静まり返り、各々自分の席に戻って起立する。
「今年度、3年3組の担任をさせていただきます。英語科の青山と申します。どうぞ、よろしくお願いします!」
始まった朝礼で、先生は自己紹介をして深く一礼した。私もつられて、軽く頭を下げる。とにかく声が響く先生だ。マイクでも付けてるのかな、と思うくらい。このクラスの空気感は、この先生が中心につくっていくんだ。
「出席を取ります」
何か大事な宣言をするように言った先生は、なんと名票も何も見ずに、間違えずに出席を取り出した。え、もうクラス全員の名前を覚えたの?私なんて、配られた名票で、名前の読み方を確認するので精一杯なのに。
「え、先生、何も見てないよね」
隣の席が中2から同じクラスの子なので、確認し合ってしまった。
「うん。見てない」
そうこうしているうちに、私の番が近づいてくる。ここで不安なことはひとつ。名前を間違えられないか。苗字の「中村」は、よくある苗字だし普通に読めるけど、「幸」と書いて「コウ」は読めない人が多い、というかほとんど。女子の名前にしては珍しいし、名前の由来がストレートに伝わるから気に入っているけど。何でこんな心配をするのかというと、今年のクラスでは「中村」という苗字が被っているから。必然的にフルネームで呼ばれるし、今年1年、名前の読みを間違われる度に訂正しないといけないかも。
「中村さん。愛架さん」
私の前の番号は、初めて同じクラスになった中村愛架ちゃん。だけど、今日は休みだった。
「中村…幸さん」
「はい」
私の心配は杞憂に終わって、先生はちゃんと「コウ」と呼んでくれる。これだけで、先生への好感度が一気に上がった。
「前の番号の子、休みなんだね」
「うん。番号が前後だと関わる機会が多いし、話してみたいなって思ったんだけど」
朝礼が終わって、講堂での始業式に移動するまでの数分は自由時間になった。みんな、クラス替え初日と思えないほど盛り上がっている。また誠奈ちゃんが、私の席まで来てくれた。
「幸ちゃんなら、すぐ仲良くなれるよ」
「だといいなあ。中村さん…愛架ちゃんって、どんな子か知ってる?」
誠奈ちゃんと西野さんに聞いてみたけど、ふたりとも知らなかった。
「申し訳ないけど、今日の朝に初めて名前知ったっていうか…」
「あたしも。クラス一緒になったことないし、分からないな」
「じゃあ、廊下に並んで。出席番号順に二列」
青山先生のよく通る声が再びして、廊下に整列する。36人クラスだから、横に2人ずつ綺麗に並べる。だけど、私の隣はいない。体調が悪いなら早く元気になってほしいけど、無理はしないで。でも、新学期初日から休んでしまって不安だよね。だから、もし来たら絶対に話しかけよう。誰もいない隣の空間を見つめながら、話したこともない愛架ちゃんのことを考えていた。