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第37話

 もはや私の顔など見ていないのだろう、ルドウィンは完全な躁状態で、高らかに声を上げる。


「ふふふ、今朝、新聞できみのことを知って、本当に、心臓が口から飛び出そうなほど驚いたよ。それで、最高の馬車をひたすら飛ばして、たった一日でやって来たというわけさ。きみと喜びを分かち合いたくてね。残念ながら、セレモニーには間に合わなかったが……そうだ、今からでも、国王陛下に紹介してもらえないだろうか、聖騎士団長官の婚約者として」


 利己心もここまで正直だと逆に笑えてくる。

『きみと喜びを分かち合いたくて』なんて、よくもそんなことが言えるものだ。


 聖騎士団長官の婚約者としてセレモニーに出席し、王様をはじめとした国の重鎮たちと会うことで、くだらない承認欲求を満たしたかっただけのくせに。こんな男を運ぶために猛スピードで走らされたお馬さんには、心から同情する。


 ……もう、これ以上無駄話をする必要もないだろう。


 私はすっくと立ちあがり、ルドウィンを見下ろした。

 ルドウィンは下から、愚かで無垢な瞳を、私に向ける。


 そして私は、言った。


「ねえ、ルドウィン。あなた、私がこのまま、あなたと結婚するって、本気で思ってるの?」

「思ってるさ、僕たちは婚約者じゃないか」


 なんておめでたい男だろう。

 これほど人を舐めた行動をとっておいて、輝かしい未来を微塵も疑っていないとは。


 過去のよしみもあるし、一応は気を使って話すつもりだったが、恐らく、遠回りな言い方をしても、彼の純粋かつ愚鈍な頭では理解できないだろう。私は一度深く息を吸い、単刀直入に言うことにした。


「ルドウィン・アルフェスさん。あなたは、とてもではありませんが、信頼に足る人物ではありません。まだ婚約の段階であり、正式に結婚していなかった幸運を、私は今、心から神に感謝しています」


 事務的に、他人行儀に、感情を込めずにそう言ってから、私はもう一度だけ息を深く吸い、一段階声のトーンを上げ、決定的な事実を突き付けた。


「今日限りで、あなたとの婚約を破棄します。あなたはもう、私と何の関係もない方なのですから、早く王城を去った方がいいですよ。どうせ、私の婚約者だからということで、入れてもらったのでしょう?」


 ルドウィンは、先程までの笑顔のまま、固まっていた。


 一秒……二秒……三秒……四秒……そして、五秒経過したところで、彼の美しい顔が、醜悪に歪む。


「はあぁ!? 婚約破棄ぃ!? そんな馬鹿なこと、僕が許すとでも思ってるのかぁ!?」


 上ずった奇怪な叫びが、たまらなく耳障りだ。


 警備兵を呼んでつまみ出したい気分だったが、この人とは、これっきりの付き合いなのだ。グッとこらえて、最後にもう一言だけ、言葉のつぶてを投げつける。


「私の人生よ。許すか許さないかは、あなたが決めることじゃない」

「ふざけるなぁっ! 牛や馬の糞の世話をするような、牧場の娘ふぜいがっ!!」


 ルドウィンは、私に飛びかかって来た。

 魔物の俊敏な動きに比べれば、あくびが出るほど遅い。


 私がひらりと避けたので、ルドウィンはテラスにべちゃりと転んでしまう。


 顔から床に落ちたので、かなり痛かったと思うが、意外にもガッツがあるらしく、ルドウィンは体を起こし、再び私に襲い掛かろうとした。

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