迷宮第十一層マーディカ
リリアは、封印扉の前で目を覚ます。
よりかかっていた扉の硬さで、少し背中がいたい。
前の層でもらったアイテムは、転送してある。
そう。
想い出した。
郵便のときにつかっていた、契約倉庫はもう解除してあるんだった。
でも、すると、送っているアイテムは、どこに送られたのだろう。
住んでいた場所は、ここにくる前には、まだ残っていた気がするけど、その後"もう一妖精のわたし"は、どうなったのだろうか。
まぁ、戻ってこないのだから、そこはスキルとして、なんとかなったはず。
「うーん。ふぅ」
このところ、体力が回復しない。
いや、気力だろうか。
どんどん足が鈍くなる。
このまま、もう、ここの迷宮から戻れないような、そんな、預言に似た気持ちがついてまわる。
「考えるな。イメージだ。魔法は、そう魔法は " "」
「よし」
リリアは、扉の文字を読んでから、向きなおり、前に進む。
進んだ先には、森があった。
「わぁ!」
高い木々に囲まれていて、涼しい風が、木の間から、吹いてくる。
サラー、サワーと、なめらかな音がしている。
「いいなぁ。わたし風妖精だけど、ほんとこういうの落ち着くなぁ」
少し歩いてみることにした。
日差しが木の枝に遮られ、光がゆらめいている。
歩きにくいため、スカートの裾に気をつけながら、ゆっくりといく。
緑羽鳥が、鳴きながら飛び、
通り過ぎていく。
「ふふっ」
少し汗をかいてきた。
歩いた先に木陰のなかで、より明るく、拓けた場所がある。
「ここにいるのかな」
バックを持ち直し、その場所に近づくと、
真ん中に噴水とベンチがみえた。
「うわぁ。森のなかに噴水だぁ」
木々がひらけた場所は、明るいが、適度に木陰もできて、水の音が響いている。
思わず近づいて、円形の台のようになっている水場をのぞきこみ、水にふれてみる。
「あ、冷たい。飲んでも大丈夫そう」
一応初期の水の魔法で、濃度をはかると、
毒性もなにもなく、飲める水だ。
手ですくって、飲むと気分が少し晴れる。
水場の向こうにあるベンチで、妖精が動く。
マーディカは、赤い長い髪に、黒っぽいズボン、白めの模様のあるシャツに、ジャケットを着ている。
切れ長の目で、ひとみも赤い。
どうやら、ベンチに寝転がっていたようだ。
足をおろして、立ち上がりながら、声をかけてくる。
「リリアだね。おはよぅ。噴水気持ちいいだろう」
「うん。でも、なぜ森のなかにあるのかしら」
「ここの森は、妖精たちで切りひらいて管理していた。だけど、都会暮らしのほうがやはりいいのかも。だんだん放置されてね」
「噴水はそのままなんだね」
「噴水は、ほら、真ん中の像に、魔導石と魔結晶が埋められていて、自動で水を集めるんだよ」
「そっかぁ」
「ふぁ〜」
ひとつあくびをしながら、マーディカは、説明をはじめる。
長い髪をはらいながら。
「この森には、緑羽鳥がたくさんいるよ」
「うん」
「妖精、天使、悪魔など、それぞれに鳥たちがついてきてくれるんだけど、そのどれも、起源は同じかもしれない」
「どうして」
「鳥たちが、成長過程でエメラルドやサファイアなどを口にすると、色が変わるという伝説がある」
「妖精界のは、エメラルドを口にしたってこと?」
「そうなのかも」
「あの、それで」
「試練は、この森に住む緑羽鳥たちの鳴き声のなかで、ときどき、違う声がきこえてくる。たぶん、違う生きものが、入りこんだのだろう」
「あの。前から封印魔法使いに聴きたいのですが、封印してあるのに、はいってくるの?」
「鳥たちが、入れる場所があるからね」
「ふーん」
すると、
「まぁのんびりしてよ」
リリアは、空と森の風景を眺めた、ベンチに座りながら
「ふぁーー」
「ほぁーー」
「ふにゃーー」
いや、ダメでしょ!
しっかりして、リリア
そう想いながら
リリアは、噴水と緑羽鳥を眺めながら
「ほわぁーー」
「はぁーー」
「はわーー」
いや、だから、そんなに
ゆっくりしてる場面じゃないんだって!
立ちあがり、考える。
鳴き声を利用しながら、他の紛れたのを探さないといけないのか。
「召喚できるかな。トラニャス」
すると、
ポフっと、空間が少し拡がり、トラニャスが転がってくる。
「喚んだ?」
「あ、よかったぁ。喚べたね」
さっそく、森のなかを一緒に探してもらうよう、説明する。
「わかった、にゃん!」
二手にわかれて、鳥たちの鳴き声が、響く森のなかをしばらく散策して、まわる。
ときどき、上空の木の間をササッと、緑羽鳥が通りぬけるが、他にはあまり見当たらない。
半周すると、トラニャスと会ったが、まだみつからない、ということで、また周りはじめる。
「うーん。探すだけじゃ、だめかな」
少し汗をかくが、森の空気は涼しい。
これが、試練の時間でなければ、ベンチに座って、寝ていたいところだ。
「まぁ、それもしかけなのかな」
ひたすら歩き、数十分。
「リリア」
「えっ、トラニャス」
「木の上」
見上げると、上の高いところで、緑羽鳥とは違う鳴き声が聴こえてくる。
「この上にいるかぁ」
スーと伸びた木の高い場所、たしかに不思議な声が聴こえてくる。
「トラニャスが、登ると驚いて、逃げちゃうか。どうしよ」
隣に座っているトラニャスの頭をなでながら、リリアは考える。
妖精ノートをひらく。
上からは、クワッのようなクルッキャのような、キィルルのような、不思議な声。
みると、木の根元にエメラルド色をした魔結晶の欠片が落ちている。
それを拾ってながめる。
「そっかぁ。色だよ、トラニャス」
「色」
「おそらく、この迷いこんだ生きものも、緑羽鳥のような色なんだよ」
妖精ノートに、書き込んでいく。
「色、音、願い」
「あと……風」
リリアは、音と風を利用して新しい魔法を創りだす。
遠くでマーディカが、声をかけてくる。
「リリア休憩は?」
「いま、捕まえるところ」
「えっ」
風に、音と色をのせた、鳴き声に似た波動をリリアは打ち出した。
森全体に、音と色をのせた波動は、行き渡り、マーディカが、驚いた声をだしている。
「えっ、なにこれ」
「トラニャス、気持ち悪かったらごめん」
「にゃ!」
「なにしたの?」
マーディカが遠くで聴いてくる。
「色をつかった新しい魔法!」
すると、木の上で、鳴いていた緑の生きものが、ふらついて、落ちてくる。
うまく、キャッチするリリア。
「ふぅ。うまくできた。この子、グリーンドラゴンね」
「あ、とめないと」
リリアは、魔法をとめる。
マーディカが、近くにきながら、話す。
「あ、音がやんだ」
「この子に向かって、緑に向かう波動をだしていたの。でも、効きすぎたみたい」
よく音を聴いてみると、たくさん鳴いていた緑羽鳥たちも鳴きやんでいた。
風の音だけが聴こえてくる。
「ありがとう、リリア。このドラゴン保護するね」
マーディカに渡す。
「もう、ドラゴン種は貴重だから、お願いします」
「試練は、終わりだけど、スキルは」
「じゃぁ」
リリアは、スキルのレベルを上げる。
そして、アイテムも渡される。
小さいが、エメラルドの魔力結晶の欠片だ。
「トラニャスもありがとう」
「にゃ〜」
上空に転移の陣が浮かびあがる。
「ひとつ、聴いてもいい、マーディカ」
「なに?」
「あなたは、封印の一部を弱くしてまで、鳥たちを保護しているの?」
「いやぁ、わかるのか!」
「ここの森は、魔力の小さな結晶が、できやすいみたいだし、鳥たちが、のんびりしてるし」
「まぁ、それも封印魔法使いの役割ということで」
「スキルを進化させることだけが、役目じゃないんだね」
「まぁ……ね」
リリアとトラニャスは、転移の陣に吸い込まれていく。
「あ、リリア」
「はい」
「リンヤは、たしか、あなたのことを」
なにか、マーディカは話したようだったが、最後は聴き取れなかった。




