人と向き合う勇気
「ソレイユ、またぼーっとして考え事かい?」
正面に座るライオ様の声に、私はハッと現実に返ってライオ様の顔を見る。するとライオ様は、そんな私の反応を見てくすりと笑ってそっと私が見ていた先を見た。
「妹のことが気になるのかい?最近、君はやたらと彼女の方を見ているから妬いちゃうなぁ。婚約者の僕と一緒にいるときくらいは、僕の方を見て欲しいな」
そう言って、優しく微笑んだライオ様。まるで愛おしむように私を見つめるその瞳に、私の胸は甘くときめいた。
「も、申し訳ありません。その、少し考え事をしていまして……」
少し赤くなってしまっただろう顔を見られたくなくて、少し俯いてそう良い訳をすると、
「考え事、ね。一体ソレイユはどんな話をロディアーナ様としていたのやら」
ライオ様は小さく肩を竦め、椅子から立ち上がった。そして私の側まで来て、私の頭をふわりと優しく撫でてから、それじゃあ、と笑う。
「僕はもう帰るね。願わくば、その考え事が結婚式まで長引かないことを祈るよ」
ひらひらと手を振って、私に背を向けて歩くライオ様。私はそんな彼の後ろ姿を見つめながら、小さく一つため息をついた。
せっかくベランダでお茶をしていたのに、上の空で何を話したのか全く覚えていない。最近はこんなことばかりで、ライオ様にも申し訳がない。きっと、今日もつまらなく感じさせてしまっただろう。
ライオ様が見えなくなると、私は再び外へ視線を向けた。外ではボロボロの服を着た妹がせっせと洗濯物を干していた。
我が家にいる数人の使用人よりも酷い待遇を受けている妹。私は最近、彼女が気になって仕方がない。
というのも、全ては二週間前のお茶会のせい。私は妹を眺めながら、ぼーっとお茶会の事を思い出した。
私はそこで、国の最高峰の身分であるルナディール様と出会った。
ルナディール様は基本的に、社交の場にはいらっしゃらない。だから、お茶会の席にルナディール様が登場した時は本当に驚いた。
義兄であるアリステラ・ロディアーナ様と登場されたルナディール様は、とても美しく堂々としており、これが未来の王妃候補かと息を呑んだ。
最初は私たちも挨拶に行った方が良いだろうかと、ライオ様と共にルナディール様の元へ行こうとした。しかしルナディール様の人気は異常なほどで、人の壁が厚く、全く近付くことが出来なかった。
だから私たちは、声をかけるのを諦めて会場の隅の方へ移動した。今日は静かにライオ様と二人で過ごしていようと決めたのだ。
だが、どうしてか分からないがルナディール様が私たちに声をかけてきた。初めて声をかけられた時、あまりのルナディール様のオーラに私はすぐ言葉を返すことが出来なかった。まさかルナディール様が私のような者に声をかけてくるなど、全く想像していなかったのだ。
ルナディール様は本当に不思議な方だった。優しく笑って話題を振り、たまにちょっとおどけてみたり。私が想像していたような人物とは大きくかけ離れていた。
優秀で気難しく、怒らせたら恐ろしい近付くと危険な令嬢という噂もあったが、そんなものは間違っていたみたいだった。ルナディール様には恐ろしい部分が一切見当たらなかった。むしろ、私には義兄の方が十分恐ろしい人に思えた。
ルナディール様と二人で話していても、時折ライオ様と一緒にいるアリステラ・ロディアーナ様から鋭く睨まれている気がして、私は気が気ではなかったのだから。
そんな不思議なルナディール様は、何もかもを見透かしているようだった。
ルナディール様とともに家族の話をしたとき、私はついうっかり、妹のことを怖いと漏らしてしまたのだ。
姉のくせに妹が怖いだなんて、と呆れられるかもしれないと考え、ルナディール様の反応が怖かったけれど、それは杞憂だったようでルナディール様はしっかりと話を聞いてくれた。それに、アドバイスまでしてくれたのだ。私にはそれが信じられなかった。
ルナディール様が義兄を怖がっていたと知ったときは、本当に驚いた。だって、ルナディール様と義兄はとても仲良さそうにスイーツを食べていた仲だ。ルナディール様が義兄に食べさせている場面を見たとき、私はまるで自分事のように恥ずかしくなったのを覚えている。
そんなに仲が良いのに、実は怖かったと白状したルナディール様。それに王子様方とも盛大な勘違いをしたことがあるそうで、私は何と返したら良いのか分からなくなってしまった。
何でもないことのように、人間って面と向かって話さないと分からないから、と言えるルナディール様が凄くて、私より何歩も先を歩いているように感じて。
私は気が付くと、
「……あの、ロディアーナ様は素晴らしい才能を今まで隠していらっしゃいましたよね。……それは、どうしてですか?」
という質問を投げかけてしまっていた。
急な質問に、驚いたような顔をしたルナディール様。私は、なんて不躾な質問をしてしまったのだろうとすぐさま後悔した。
素晴らしい才能を今まで隠していたのはなぜかって、まるで相手を非難しているように取られかねない。しかしルナディール様は少し考えてから、ゆっくりとその質問に答えてくれた。
なぜ公表したのかの理由と、才能を公にすることへのリスクと隠すリスク。
ゆっくりと真剣に語ってくれたルナディール様は、なぜだか少し悲しそうだった。きっと、今までにもそういった経験があったのだろう。
実際ルナディール様が全属性だと公表される前は、ルナディール様は魔法が全く使えない、親から才能を引き継げなかった可哀想な人だという心ない噂もあった。そんな、才能のない人を演じるのはどれほど大変だったのか、私には想像もつかない。
そして私はルナディール様の話を聞いたとき、ふと妹のことが頭に浮かんだ。
妹は膨大な魔力を持っているが、それを上手く制御出来ずに暴走させてしまうという設定を持っている。両親や使用人は皆、その設定を信じて妹を化け物だと遠ざけ酷い扱いをしていた。
だが、私は知っているのだ。それは単なる妹の設定で、本当は妹が完璧に魔力を使いこなせるということを。彼女は化け物を演じていただけなのだ。
それが私には恐ろしくてたまらなかった。だって、意味が分からないから。膨大な魔力を持っていて、それを完璧に使いこなせる素晴らしい才能を持っているのに、それを隠す意味が私には分からなかった。
自分は天才なんだと知ってもらえば、もしかしたらお城で雇ってもらえる可能性だってある。それなのに何故自分が化け物のように演じ、事実を隠すのか分からなかった。
上手くいけば下級貴族としての暮らしから脱出出来るかもしれないのにそうしない妹の考えが分からなくて、それがとても怖かった。
妹は常に無表情で、何を考えているのか分からない。だから余計に、私の目には本物の化け物のように映ってしまう。
それに最近はライオ様との婚約もあって、より妹の存在が恐ろしく感じていたのだ。
私はライオ様のことをとても愛している。ライオ様と一緒に居られるなんて夢のようで、結婚すると決まったときは天にも昇るような気持ちだった。
でも、私は下級貴族。私は妹と違って才能なんて何一つない。人並みのことしか出来ないし、見た目だってそんなに可愛くない。だから、どうしてライオ様のような素敵な男性が私のような者との結婚を承諾してくれたのか分からなかった。
私がライオ様と同じ伯爵家なら、もう少し胸を張って隣に居られただろう。しかし、私の身分はそこまで高くはない。ライオ様は素敵な方だから、他の女性にも人気があることは知っている。だから、とても怖かった。こんな私なら、すぐに捨てられてしまうのではないかと。
それに、これは親が設けたお見合いでの婚約だ。親がファニー家と接点があるとは知らなかったが、きっとお優しいライオ様のことだから、気を遣って婚約してくれたのだと思うと申し訳なくて仕方がなかった。
それから流れるように結婚式についての話が持ち上がり、日程も決まったが私はとても複雑な気持ちだった。ライオ様が私に笑って甘い言葉を言う度に、気を遣わせてしまって申し訳ないという気持ちが出てきてしまい素直に喜べなかったのだ。
私はライオ様を愛しているが、ライオ様は私のことを何とも思っていない。だから、妹の存在が恐ろしくてしょうがなかった。
もし、ライオ様が妹の才能に気が付いてしまったら?きっとライオ様は、私なんかより妹の方を選ぶだろう。ニュイランド家と関係を持つという点でいけば、向こうからしたら姉でも妹でもどっちでも良いに違いないのだから。
私と婚約してくれたのが、ニュイランド家の面目を保つことが理由だったとしたら……。妹に、ライオ様を奪われる?
そう考えると恐ろしくて、不安でたまらなかった。
どうしてライオ様は私と結婚してくれたのか。愛していると言ってくれてはいるが、それは嘘なのではないのか。聞きたくても、真実を知るのが怖くて聞けなかった。
しかしそんな臆病な私に、ルナディール様は少しだけ勇気をくれたのだ。
「要するに、才能を隠していようといなかろうと、それは必ずその人自身の葛藤の末導き出された答えです。ですから、もし他にもわたくしのように何かを秘密にしている人がいて、気になっているのなら。思い切って聞いてみるのが一番手っ取り早く確実ですわ。話さないことには何も分かりませんから」
そう言って微笑んだルナディール様。その言葉はまるで、何もかもを見透かした上で私にかけられたもののようだった。
妹が何故自分の才能を隠しているのか、化け物を演じているのか。そんなの本人にしか理由が分からないのだから、直接聞いてみないと駄目だと言われているようだった。
そして、妹が化け物を演じているのにもちゃんとした理由があるのだから、それを知らないうちに勝手に決めつけ怖がるのは良くないと諫められているような気もした。
ルナディール様は一体どこまで知っているのだろう。その、まるで全てを見透かされているかのような瞳に、私はドキリとしてしまった。
しかも、ルナディール様は最後に信じられない言葉を言った。こんな私と、友人になりたいと言ってくれたのだ。
「も、もしよろしければ、また今度、一緒にお茶をしませんか?その……友人、として」
勇気を出したようにそう言うルナディール様の姿はとても眩しくて、とても勇気がもらえた。まるで、妹やライオ様にもこういう風に思い切って尋ねてみると良いと示してくれたみたいで、私は自然と笑みが溢れた。
きっと、ルナディール様は気を遣ってくれたのだ。そして、背中を押してくれたのだ。
今度は友人としてお茶をしよう。その時にまた話の続きを聞かせて下さい、と。
私が結局、妹やライオ様とちゃんと話すことは出来ませんでしたとならないように。
ルナディール様はとても素晴らしい方だと思った。少し話しただけなのに、まるで全てを見透かしているかのようなルナディール様。こんな私に話しかけてくれ、勇気を与えてくれた。背中を押してくれた。
さすがは王子様二人がアプローチしているご令嬢だ。あんなに聡明で優しく、女神のような人には会ったことがない。
友人としてお茶を、というのは私がルナディール様に与えられた課題をこなせたかどうかの確認を行うための口実だろう。だって、私のような者がルナディール様の友人になれるわけがないもの。
だから、私はルナディール様に誘われるまでに絶対に話さなければならないのだ。ライオ様と妹と、面と向かって。
「ソルユア、洗濯物を干し終わったのなら買い物に行ってきなさい」
ぼーっとルナディール様のことを考えていると、ふと使用人の声が聞こえて私は我に返った。見ると、丁度洗濯物を干し終わったらしい妹が、使用人に買い物を押しつけられている姿が目に入った。
妹はそれに特に何の反応もせず、目の前に突き出された籠を受け取ってその場を立ち去った。
相変わらずの光景に小さくため息をつくと、ふと先ほど妹に命令した使用人と目が合った。使用人はぺこりと頭を下げてそそくさとその場を離れ、私の視界には干された洗濯物が風に揺られる様子しか映らない。
あのお茶会から二週間。私は未だに妹と話せていない。
ライオ様とは機会を窺って、何とか話すことは出来た。とても勇気が必要で声が震えてしまったけれど、ルナディール様とのことを思い出して思い切って聞いてみた。
するとどうだろう、ライオ様はとても驚いた顔をして私の方を見、そんな風に思っていたのかい?と困った顔をした。それから申し訳なさそうな顔をしてごめんと謝り、どうして私と婚約してくれたのかの理由を話してくれた。
それは簡単には信じられないようなものだった。だって、ライオ様もあの舞踏会のことが忘れられず、私と結婚しようといろいろ動いていたというのだから。私がライオ様に一目惚れしたように、なんとライオ様も私に一目惚れしたのだそうだ。
こんな私に?ととても信じられなかったが、ライオ様がお見合いの場を設けるために頑張ったことを赤裸々に教えてくれ、信じても良いのかと思えるようになった。
身分が釣り合っていないとライオ様のお父様には反対されたみたいだが、それでもライオ様は諦めず、必死に説得を続けたらしい。
照れながらもお見合いの場へこぎつけるまでの流れを白状してくれたライオ様に、私はなんとも言えない温かい気持ちが込み上げてきて何も言葉を発すことが出来なかった。
身体が熱くて、とても嬉しくて。こんなに幸せなことがあって良いのだろうかと、これは夢なのではないだろうかと何度も思った。
あの日から私とライオ様の距離は縮まり、ライオ様は前より甘い言葉をよく言うようになった。何でも、誤解をさせてしまっていたことが許せないらしく、今後は遠慮無しに思った事はどんどん言っていくと決めたらしい。
私は、今までも私に遠慮して言葉を抑えていたという方に驚いてしまった。だって、愛しているといった言葉は何度も言われ、それは本心なのかと疑ってしまうほどだったのだから。
とにかく、ライオ様とはルナディール様の助言のおかげで夢のような生活が送れている。
だから残すはあと一人、妹だけだ。
ライオ様の気持ちを聞けた以上、今となっては妹がライオ様を奪うかもしれないという気持ちは少しばかり減った。だが、なんて話しかければ良いのか分からないのだ。
ルナディール様は、妹にも妹なりの考えがあってそうしているのだから直接聞けとおっしゃった。でも、妹は何を考えているか分からないしそもそも話しかけるタイミングが分からない。
ここ二週間ほど妹を観察しているが、日中はだいたい押しつけられた雑事をしていて夜は小さな自室に姿を消している。一度思い切って部屋の扉をノックしてみたが、留守だったらしく返事はなかった。
一体いつ話せば良いのかと、最近はその事ばかりが頭を占めている。
二週間も経ってしまったのだから、もうそろそろルナディール様からの呼び出しがあるかもしれない。その時に、まだ妹と話せていませんと分かればルナディール様はどんな顔をするだろう。きっと、背中を押してあげたのにと落胆するに違いない。
ライオ様の気持ちに気付かせてくれたルナディール様の、そんな姿は見たくない。何としてでも妹と話さなければ。
私はそう改めて決意し、一人小さく頷いた。
話す機会が待っていて訪れないのなら、自分で作るしかない。もうここは、買い物から帰ってきた妹に思い切って話しかけよう。
もし使用人から言いつけられた仕事が残っているようならば、一緒に手伝ってでも話す機会を得る。これしかない。
私にはルナディール様という素晴らしい方がついているのだ、何も怖くない。
そう何度も自分に言い聞かせ、私は妹が戻ってくるのを待った。ルナディール様に良い報告が出来るように。
ソレイユ目線でした。ソレイユはルナディールと接触したことで、いろいろ影響を受けたみたいですが……それを知らないルナディールは、日々もどかしい思いをしながら過ごしていそうですね。次回はルナディール目線に戻ります。




