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情報を共有して

「……流石だな、ルナディールは」

「え?」

 ソレイユとライオを見送った後、私たちも帰ろうと義兄にエスコートされながら歩いていると、ふと義兄がそう呟いた。

 急な褒め言葉に驚いた私は、ちらっと義兄の顔を見上げる。すると、同じく私の方を見ていた義兄と目が合い、義兄はすぐに私から目を逸らしながら言葉を続けた。


「ほら、さっきの言葉。いつでもソレイユから情報を聞き出せるようにと、わざわざ友達になろうと言ったのだろう?最初は何のつもりだと驚いたが、先の事を見越して手を打っておくなんて流石だ」

 ごほん、とわざとらしく咳払いして早口でそう言う義兄を、私はついぽかーんと見つめてしまう。

「あそこの家族は善良な方だからな。悪事を働いていない事は調査済み。だから大丈夫だろうと思ってそう提案したのだろう?相手は下級貴族だから、全ての片がついたら関係を絶つことも出来る。少しの間なら友人と偽ってもこちらに支障はないだろうからな。無論、あっちが後ろ盾を得たと言って一気に強気に出て何かするようなら、すぐにこちらも対処するが……」


 つらつらと義兄の口から飛び出す言葉に、私はどんどん青ざめていきながらも静かに義兄が話し終わるのを待った。

「……ルナディール?どうかしたか?体調でも悪いのか?」

 義兄は話している途中で私の方を見て、少し心配そうな顔をした。きっと、私が青ざめていることに気付いたのだろう。

 私は咄嗟に笑顔を浮かべ、大丈夫ですと微笑んだ。すると義兄は少し考え込んだ後、

「きっと、久しぶりにたくさんの人と接したから疲れたのだろう。早く家に帰って休もう」

 と話すのを止めて馬車まで優しくエスコートしてくれた。馬車内でも気遣うようにそっとしておいてくれたため、私は思う存分一人で考えることが出来た。


 それにしても。私のソレイユとお友達になりたいという言葉を、義兄は情報収集のために発した嘘だと思っているらしい。私は本心から友達になりたいと思って口にしたのに、まさかそんな風に思われてしまったなんて、かなりショックだ。

 もしソレイユも義兄と同じように感じていて、きっとお世辞だろうとか何か企んでいるのだろうとか思われていたら、より悲しい。きっと、今後私からお友達になりたいですなんて言葉は一生出なくなる。

 あぁ、ソレイユに疑われていませんように。どうか、お友達になりたいと相手も思ってくれていますように。


 ……でも、義兄の言葉には少し傷付いた。だってあの言い方だと、まるで下級貴族ならいつでも関係を絶てるし切れますよって言っているみたいだ。身分が上なら、下の者にどう接しても良い、みたいな……。

 それに、後ろ盾って。私のあの言葉には、そんな強い意味が込められていたの?私は、ただ普通にソレイユと仲良くお話したいなって思っただけだ。それなのに、後ろ盾とは話が大きすぎる。

 別に、私はニュイランド家の後ろ盾になったつもりはなかったし、そういう権限はないと思っていた。ただお友達って軽い感覚で……。

 もし、私の思うお友達と、義兄の中でのお友達の解釈が違うのなら……それは、とんでもないことなのでは?お友達になる=後ろ盾になってあげる、だとしたら……。


 そこまで考えて、ぶるっと身震いした。するとすかさず義兄が、寒いのか?と聞いてくれたので、私は首を振って大丈夫ですと微笑んだ。

 もし、私の発すお友達という言葉がそんなにも強い効力を持っているのなら、ロディアーナ家の後ろ盾を得たということになってしまうのなら。私は、少しだけ考えを改めなければならないのかもしれない。家族には、迷惑をかけたくはないから。

 将来、取り返しのつかないことになる前に、もう一度貴族の身分差についてや認識について照らし合わせないとなと、心の中で強く思った。


 考え事をしていると、あっという間に時間は過ぎる。いつの間にかついていた我が家に入りながら、私は義兄の方を見てにっこりと笑顔を浮かべた。

「あの、お義兄さま。お時間があるのでしたら、早速情報交換をしたいのですが……」

「俺は別に構わないが、ルナディールは大丈夫なのか?疲れているのなら無理するな」

 そう言って眉を下げる義兄に、大丈夫ですと胸を張って断言する私。

 確かに少し疲れてはいたが、そんなことで時間を無駄にするわけにはいかないのだ。義兄は忙しい。それに、ソルユアの生死がかかっている。悠長には出来ない。


「お気遣いありがとうございます。ですが、先ほど馬車で休んだのでもう大丈夫ですわ。それよりも、早く情報交換がしたいです」

「……分かった。それなら、俺の部屋に行こう」

「はいっ」


 義兄の部屋に入り、いつものソファに向かい合って座りながら、人払いを済ませる。静かになった空間で、私は早速話を始めることにした。

「それでお義兄さま、ファニー様はどのようなお方でしたか?」

「ふむ、そうだな……」

 義兄は軽くソファに腰掛けながら、少し間を置いてからゆっくりと話し出した。


「人当たりが良い人、だろうか。俺は話すのが苦手だが、それを知ってか、静かになる度に向こうが話しかけてきた。試しに探りを入れてみたが、人の悪口は言わなかったし頭も切れるようだった。あと、ソレイユのことを本当に愛しているようだな。ルナディールに言われた通り、ソルユアについても聞いてみたが特に興味を示している感じはしなかった」

「そうですか……」

 ソレイユを愛しているようだ、という言葉が聞けて、とりあえず安心してホッと息を吐いた。つまり、ソレイユとライオは相思相愛ということだ。もちろん客観的に見て、だが。


「ソレイユさまも、ファニーさまのことを心の底から愛しているといった感じでした。ソルユアさまのことは恐れているといった感じでしたけれど……」

「恐れている?」

「はい」

 恐れている、という言葉に怪訝な顔をした義兄。

「嫌っている、なら分かるが……恐れているのか?あれのどこに恐れる要素がある?見た感じ、姉の方が妹より思慮分別がありそうだったが……そういえば、妹の方はお茶会にあまり出席していないといったな。自分の格を下げられそうで恐れているのか?」

 顎に手を当て、そう呟きながら思案する義兄に、なんて説明したものかと私は言葉に詰まった。本当はソルユアはものすごい才能を持っていて……なんて話せる訳がない。そんなことを口にすれば、なぜ知っている?と怪しまれるに決まっている。


「と、とにかく。二人の仲を良くするためには、まずソレイユさまの考えを改めなければなりません。ソルユアさまがソレイユさまのことを慕っていることを、どう気付かせるか……」

 むむむ、と顔を顰めて考え込む私に、義兄は小さく首を傾げて、

「だが、気付かせても意味がないのではないか?どれだけ相手が自分を慕っていると知っても、相手が自分にとって厄介者なら関わりたいとは思わない。自分の格を下げられそうだとでも思って避けているのなら、あのどうしようもない態度を改めなければ妹と仲良くしようとは思わないだろう。俺がソレイユの立場だったら無視するな」

 とバッサリと切り捨てた。その躊躇いのない言葉に、先ほど義兄から出た言葉を思い出した私はつい顔が引き攣ってしまった。

 どこか冷酷な雰囲気を感じる義兄に恐れつつ、私は勇気を出して小さく口を開いた。


「あの……お義兄さま、一つよろしいでしょうか」

 私の言葉に、なんだ?と不思議そうな顔をする義兄。前より表情が分かるようになったというものの、今だけは少し義兄が怖かった。

「その……お義兄さまは、わたくしが……ソレイユさまとお友達になるのは、反対、ですか……?」

 若干声が震えながらも何とか口に出して問うと、義兄は怪訝な顔をして私の顔をじっと見た。それから、

「あれは情報を得るために必要だと思ってルナディールが発した言葉だろう?姉妹の仲を良くしたいという目的達成のためだ、別に反対はしない」

 と答えた。それから少しして、

「まぁ、妹の方とだったら一刻も早く問題を解決して関係を絶つべきだとは思っただろうが……姉なら、ルナディールが友達になったと言って何かしでかすようなことはしないと思うしな。ルナディールの評判が下がることはあまりないだろう」

 と独り言を呟くように付け足した。

 その回答に、やっぱり義兄は私の言葉が目的達成のための嘘だと思っているんだと知り、胸が少し痛くなった。

 だって、それはつまり、私は目的達成のためなら平気で嘘をつくような人間だと思われているということだ。

 それが辛くて、義兄があまり私を信用していないのはそのためかと泣きそうになった。


「ルナディール?どうしたんだ」

 きっと、顔に出てしまっていたのだろう。心配そうに私を見つめる義兄に、私はなんとか笑みを浮かべてふるふると首を振った。

「……お義兄さま、違うのです」

「違う?」

 何が?と怪訝な顔をする義兄に、震える拳をぎゅっと握って、何とか言葉を発する。

「あの言葉は……私の、本心なんです。ソレイユさまとお話するのが、楽しかったから……だから……それに、私、目的達成のために嘘をつくとか、そんなこと、しません。……お義兄さまは、まだ、私のことを勘違いしていたのですね。……私、友達になろうって言って騙すとか……そんな、人を傷付けるような嘘は、つきませんよ……」

 涙は堪えることが出来た。何とか笑顔を浮かべ、震える声だったけれど話すことは出来た。

 私の訴えを聞いた義兄は、驚いたように大きく目を開けて黙っていた。


 きっと、驚いているのだろう。あれは本心だったのかと。いや、もしかしたらこれも疑われているのかもしれない。平気で嘘をつくような人だと思っているのだとしたら、この言葉も嘘かもしれないと考えるかもしれない。

 だとしたら……とても辛い。家族に、そんな風に思われていることが。

 あぁ、そういえば、専属護衛三人組もそう思っていたりするのだろうか。私の言葉を本気だと思っていないから、相手も適当に流しているのかも。だからどこか微妙な空気になるのかな。

 でも、もしそうならそんな誤解どうやって解けば良いの?結構長く一緒にいて、最近、少しずつ仲良くなってきたなって思っていた義兄にそう思われていたんだよ?だったら、付き合いの浅い三人となんて……


 そう、だんだん気持ちが沈んでネガティブになっていったとき。

「すまない」

 ふと、義兄がそう謝る声が耳に入って私はゆっくりと顔を上げた。すると、義兄はとても苦しそうな顔をしていて、私は驚きに息がつまった。

「ルナディールにそんな顔をさせるつもりはなかったんだ。俺の言葉が悪かった、謝る。俺は……ルナディールが人を傷付けるような嘘をつく人間だとは思っていない」

 真っ直ぐにその言葉が私の胸に刺さり、私は何も話せなくなってしまった。義兄から目が、離せなくなってしまった。


「ルナディールがあんな嘘をつくわけないと、少し考えれば分かることだったな。身分関係なく誰とでも仲良くなろうとするルナディールだ、下級貴族だろうと、あの言葉は本心から出た言葉だと思うべきだった。……すまない。ルナディールがソレイユと友達になりたいのなら、俺はそれに反対しない。……今日は久しぶりにルナディールがいろんな貴族と会う日だったから、少し気を張りすぎていたのかもしれない。傷付けてすまなかった」

 深々と頭を下げる義兄を、私はただ呆然と見つめる。

「……俺は義兄失格だな」

 しばらくしてから顔を上げた義兄が、そう悲しそうに言う姿に私は一気に胸が締め付けられ、気が付けば口が勝手に開いていた。


「そんなことありません!」

 急に大きく響いた声に、自分でもびくりと驚きながらも、真っ直ぐ義兄を見つめて言葉を続けた。

「お義兄さまは失格じゃありません。お義兄さまは悪くないです、悪いのは私です。また、自分の考えに周りが見えなくなって勝手に決めつけてしまっていました。お義兄さまは、私のことを平気で嘘をつくような人間だと思っているんだなって……少し考えれば、家族想いの優しいお義兄さまがそんな風に思わないって気が付くのに。私の方こそ、勝手に思い込んで勝手に傷付いてすみませんでした」


 私も深々と頭を下げ、義兄に謝罪する。すると義兄は慌てたように、

「いや、良いんだ。ルナディールは悪くない。顔を上げてくれ」

 と言葉を発した。

 その言葉に顔を上げ、目が合いしばらく見つめ合っていると、なんだか気恥ずかしさが込み上げてきたので、私はそれを誤魔化すように笑った。

「あはは……何か変な空気になっちゃいましたね。情報交換して続きの作戦を立てるはずだったのに、見事に話が脱線してしまいました」

「あ、ああ、そうだな。とりあえず話を戻すか」

 義兄はごほんと一つ咳をして、では……と真面目な顔になった。その切り替えの速さに、さすが次期宰相と感心しつつ、私も顔を引き締めた。


「ソレイユのソルユアに対する意識を変えさせる、だったか?何か良い案はあるか」

「そう……ですね。今日話したところでは何も……何か一つでも二人が話すきっかけがあれば、何とかなるのではと思うのですが……ソルユアさまがソレイユさまに真っ直ぐ気持ちを伝えられたら、分かってくれそうな気がするのです」

 今日ソレイユと話した感じを思い出しながらそう口にすれば、義兄は難しそうな顔をして考え込んでしまった。私も良い案が思い浮かばず、眉間に皺を寄せて考える。


「そういえば、ソルユアと話す日はまだ決まっていないのか?直接気持ちを伝えろとあいつに言った方が早く事が進みそうだが」

「あぁ、それがまだレティーナから連絡がなくて……きっと、ソルユアは私が思っている以上に傷付いて怒っているのだと思います。部外者がいろいろ口出ししてしまいましたから……」

 ソルユアの最後の冷え切った表情を思い出し、また悲しくなる私。きっと、ソルユアと会うことが出来るのはまだかかるだろう。早くて一週間くらいだろうか。それまでに、何とか少しでも状況を良くしていたい。


「ルナディールは悪くない。そもそもあっちが勝手に呼んで相談して、ルナディールがその質問に回答したら気に食わなくて勝手に怒って帰った、それだけの話だ。こっちが気にかけてやる必要はない。むしろ、ルナディールがここまで心を砕いてくれることに感謝するべきだ」

 顔を顰め、相変わらずソルユアに厳しく当たる義兄に、私はつい苦笑してしまった。義兄は本当にソルユアが嫌いなようだ。二人が愛し合うルートもあるというのに、それが不思議でならない。

「そういうわけにはいきませんよ。何としても二人の仲を取り持たねば……」

「そうはいっても、打つ手無しならどうしようもない」


 それからしばらく二人でうんうん唸って案を考えるも、なかなか良い案は浮かばなかった。こちらが無理矢理話す場を整えるとか、いっそのことソレイユにソルユアの想いを伝えてしまうかとか。また、ライオにも協力してもらって二人が話す状況を作り出すとか、いろいろ考えたがどれも上手くいきそうにはなくて、実行する勇気はなかった。

 そもそもこちらが話す機会を与えたとしても、今のソルユアならきっと本心を言わないだろう。だって、自分は本当はものすごい才能に恵まれていて今まで隠していました、なんてそう易々と言えるものではない。

 かといって、本当はソルユアが隠し事をしていること、ソレイユはもう知ってるんだよ、と告げ口するわけにもいかない。その情報はどこから来たって怪しまれる。


 そんなこんなで、二人でずっと考えていたら扉が控えめにノックされ、夕食のお時間ですと知らされてしまい、その場はお開きとなってしまった。結局何も良い案が思い浮かばなかった。


 さらには、その夕食の席で明日からは魔研にまた通うようにと言われてしまい、無理ですと一応拒否してみても断られた。

 縋るように義兄を見ても、何も案が出なかったのだから諦めるしかないと諭された。レティーナからの連絡を待ち、ソルユアと対面してから策を講じても遅くはないだろうと。

 内心、いや遅いよバッドエンドでソルユア死んじゃうよ!?と叫ぶも、そんなことは決して口に出来ないので私は大人しくみんなの意見に従った。


 まぁ、魔研に行っても作戦ぐらい考えることは出来るだろう。それに、可愛い可愛いクロウにでも会えば、癒されて良い考えの一つや二つ見つかるかもしれない。

 そんな風に考え、私は明日の魔研でどう過ごすか考えた。きっとソルユアは救える、ソルユアを救ってみせると強く思いながら。

良い案が思い浮かばずに終わった作戦会議。ルナディールは焦り始めます。次はソレイユ目線のお話です。

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