作戦会議
「お、おおお、お義兄さまっ!!」
急に抱きつかれた私は、しばらく経っても離してくれない義兄に痺れを切らして、つい声を上げてしまった。
心臓がバクバクうるさくなっていて絶対に聞こえていると思うし、何より身体が密着していて耐えられない。耳元で何か囁かれたけれど、急なハグに頭が真っ白になって何も入ってこなかった。お陰で涙とか全部吹っ飛んだけれど、今度は身体中が熱くて死にそうだ。
なんだか、前にもフォスライナにこんな感じで落ち込んでいる気分を吹っ飛ばしてもらった気がするけれど、この世界ではこうやって励ますのが普通なのだろうか。
だとしたら私は、きっとレティーナにしか相談出来なくなってしまう。だって毎回こんなことされていたら、いつか私の心臓が止まってしまうもの。
もぞもぞと動いて脱出を試みるも、義兄に強く抱きしめられているせいで全く抜け出すことが出来ない。
「お義兄さま、もう大丈夫です!涙は止まりました!元気です!」
とりあえず声を上げてリタイアを伝えると、義兄はびくりと身体を跳ね、勢いよく私から離れた。義兄の顔が見ることが出来ず、私はサッと身体の向きを変えてゆっくり深呼吸をする。
すー、はー、と心を落ち着けていると、
「きゅ、急に抱きついてすまなかった……」
と躊躇いがちに義兄が言葉を発したのが聞こえ、私はちら、と少しだけ義兄の方を向き、なんとか笑顔を浮かべて、
「いえ」
と返事をした。そしてすぐ目を逸らし、レティーナの方を向く。今の私には、一言答えるだけで精一杯だった。
レティーナは私と目が合うと、意味ありげにくすりと笑い、
「本当に仲がよろしいのですね。もしかして本当は恋仲なのですか?」
と耳打ちしてきた。まさかレティーナにからかわれるとは思っていなかったので、私は慌ててぶんぶんと首を振り、違うよ!とすぐさま否定した。しかしレティーナはただ笑うだけで、きっと誤解されたんだろうなと私は思った。
だって、この場でいくら否定しても絶対に信じてもらえないもの。こういう話はいつもそうだ。そうなんでしょ?と言われて、違うよ!と必死になればなるほど誤解されるやつ。なんてことだ。
「とにかく!今はソルユアのことが先でしょ?レティーナ、彼女と仲が良いのなら何か良い案はないの?」
おもむろに話を変えた私に、くすりと小さく笑ってから、そうですね……と考え込んだレティーナ。
「ソルユアは優しい子ですもの。ルナディール様が謝りたいとおっしゃるのならば、必ず謝罪を受け入れてくれるはずですわ。それに、きっとソルユアだってこのままにしていてはダメだと分かっているはず。わたくしからもルナディール様に謝罪するよう話をしますので、少々お時間をいただけませんでしょうか。わたくしが場を整えますわ」
にこりと笑って提案してくれたことに、ホッと安堵する。レティーナが場を用意してくれるというのなら、きっと脅迫めいた感じは薄まるだろう。レティーナに迷惑をかけることになってしまうのは大変申し訳ないのだけれど。
「ありがとう、レティーナ」
素直にお礼を言うと、レティーナはふんわりと優しく笑った。その姿が美しすぎて、私はつい目を奪われてしまう。
「いえ、ルナディール様とソルユアを引き合わせたのはわたくしですから。このような形のまま終わるわけには参りませんわ。わたくしに挽回のチャンスを与えてくださりありがとうございます」
あぁ、なんて美しいのだろう。なんて優しいのだろう。まるで女神様のようだ。
レティーナのまばゆさに惹かれ、目を離せずにいると、
「当たり前だ。次もまたルナディールが傷付くような結果になったら、今度こそ許さないからな」
義兄がはっきりとした口調でそう告げたので、私はバッと勢いよく振り返り、
「なりませんっ!」
と気が付いたら声を出していた。先ほどはすぐに反応出来なかったのに、今回は出来てしまった。義兄は驚いたように私を見つめ、私自身も驚きながら、続きを話した。
「レティーナは私の大切な友人です、どうかそんなに脅さないでくださいませ。もちろんソルユアにも、です。例え私が傷付くようなことがあっても、きっとそれは自分自身で招いた結果。甘んじて受け入れますので、お義兄さまはどうか、見守っていてくださいませ」
「だが……」
「本当に危ないときは、お義兄さまを頼りますから。ですので、それまでは速まらないでくださると嬉しいです」
不安気に見る義兄に、そう返してじっと瞳を見つめると。義兄は観念したらしく、一つ頷いた。
「分かった。やはり優しいな、お前は」
そこで、何故かキラースマイルを放った義兄。
「俺も姉妹間の仲を良くする方法を考える」
私は何とか、ありがとうございますと笑ってサッとレティーナの方を向いた。
なんだか最近、義兄に殺されそうになることが多くなったなと私は少しだけ心配になった。いつの間にか、剣じゃなくて義兄の笑顔や行動でころっと死にそうだ。
これは、私が推しへの耐性がまだまだついていないということか、それとも日に日に義兄の色気が増しているのか。
どっちかは分からないが、でも義兄ならこれからも色気や魅力がどんどん上がっていくことは間違いなしなので、このままではきっと心臓が持たないなと不安に思った。
義兄だけならばまだ良いが、私にはまだフォスライナやシューベルト、リュークもいる。もし、彼らともこんなシチュエーションが増えてきたら……
うん、これはいつか死ぬと思う。
バッドエンドで殺されるより前に、推しの色気に殺されそうだと思いながら、私はレティーナに話を振った。
「あの、ソルユアとの話し合いなんだけど、出来れば早い方が嬉しいの。二週間後までには行いたいのだけど……」
三週間後にはソルユアの生死が決まってしまう。だから早く、と思うけれど、こちらは一度失敗している身だ。ソルユアからの心象は最悪だろうしあの性格だ、きっとレティーナも場を用意するのに時間がかかるだろう。
もしこれが仲の良い貴族同士ならとつっても良かったんだけど……残念ながら今まで交流が無かった貴族。やり取りには時間がかかってしまう。
そう考えたら、やはりあの時、シューベルトがリュークを無理矢理お茶会に誘ってくれたのは大きかったなとしみじみと思った。あんな強引が許されるのはシューベルトくらいだ。
「二週間後……分かりました。なるべく早く場を用意いたしますね。日取りが決まりましたらご連絡いたします」
無茶なお願いにも快く返事をしてくれるレティーナに、感謝の気持ちでいっぱいになる。これは、全て片がついたらレティーナに何かお礼をしなければいけないなと思った。
「ありがとう、レティーナ。無理を言ってごめんね」
「そんな、謝らないでくださいませ。このくらいお任せください」
「うぅ、レティーナが女神様のように見えるよ」
にこりと笑うレティーナについそう溢すと、レティーナは驚いたような顔をして、それから口に手を当てくすりと笑った。
「わたくしよりも女神様にふさわしいお方がいらっしゃるではありませんか」
そう意味ありげに言うレティーナの言葉が分からなくて、私はこてりと首を傾げる。しかし、いくら考えてもレティーナより女神にふさわしい人が思い浮かばず、きっと私の知らない人なんだろうなと結論付けた。
レティーナは人脈が広い。きっと、女神のように素晴らしい方とも知り合いなのだろう。
「それとレティーナ、私、ソルユアの姉とも一度会ってみたいのだけど……知り合いだったりする?」
女神の話は置いておき、そう口にするとレティーナは不思議そうに首を傾げた。
「ソルユアの姉、ですか?」
「ええ。ソルユアが姉を想っていることは分かったけれど、姉がソルユアのことをどう思っているかは分からないから。出来れば直接会って聞いてみたいんだけど……」
「それなら呼び出せば良いのではないか?レティーナに頼らずとも俺が何とかする」
私の言葉にすぐそう言葉を発した義兄に、私は曖昧に笑ってふるふると首を振った。
「いえ、それだと逆効果な気がします。それに、なるべくソルユアにバレないように会いたいのです。呼び出せば確実にソルユアの耳にも入ってしまいますから」
その言葉に、難しい顔をして黙ってしまった義兄。きっと、なんてめんどくさい注文をするんだと思っているのだろう。でも、仕方がない。
もしソルユアの耳に私が姉と会ったことが入れば、姉ラブなソルユアに確実に問い詰められる。そして、ソルユアをどう思っているか聞いてみた、なんて白状すれば、どうして余計なことをしたのかと言われるに決まっている。これ以上ソルユアからの好感度を下げるわけにはいかないのだ。
そしてそれは姉にもいえる。私まで不必要に嫌われれば、ソルユアのバッドエンドが近付いてしまうかもしれない。少なくとも自然に尋ねる必要がある。
だが、そんな高度な技が私に使えるのだろうか。会話を導くなんて出来そうにない。でも、いきなり姉妹の仲を聞くのも怪しすぎるから、やはりここは自然な会話を心がけなければ。少しでもコミュニケーション力を高めて……
ぐるぐると一人、また思考の海に浸っていると。
「残念ながらわたくし個人でソルユアの姉と繋がりはないのですが、姉と仲の良い友人はおります。そして幸運なことに、三日後にわたくしの友人がお茶会を開くので、そちらに参加してみてはいかがでしょうか。ソルユアはお茶会にはあまり参加しませんから、バレることもないでしょう。友人にはこちらから、ルナディール様に招待状をお送りするよう頼みますわ」
レティーナが笑顔でそう提案してくれ、私は驚きのあまり、えっと少し大きな声を出してしまった。
「うそ、それなら偶然会ったように思わせられるし完璧だわ!さすがレティーナ!」
パチンと手を合わせ満面の笑みで称えると、レティーナは少し照れたように笑った。その姿があまりにも可愛らしく、ついぎゅーっと抱きしめたくなる。
「だが、そうなるとルナディールはお茶会に参加しなければならないのだろう?この時期にお茶会に出るなんて心配だ」
笑うレティーナとは対照的に、顔を顰めて呟く義兄。この時期、という意味が分からなくて私は首を傾げた。
「この時期とはどういう意味ですか?何か特別な行事でもあるのでしょうか」
私の言葉に、さらに心配そうな顔になる義兄。
「何かって、ルナディールが全属性であると公表してから初のお茶会だ。絶対目立つし、たくさんの人に言い寄られる可能性がある」
そんな場所に一人で行かせるわけにはいかない、と難しい顔をする義兄に、そういえばそうだったなと私も考えた。
確かに、全属性だと言ってからは魔研と家とお城にしか行っていない。いろんな貴族の前に立つのは久しぶりだ。私が目立つのは容易に想像が出来る。きっと質問攻めにあうに違いない。
全属性とは本当なのですか?どうして今まで黙っていたのですか?嘘ではないのですか?
知らない貴族にいろんな質問を投げかけられる地獄の光景を想像してしまい、私はつい顔を顰めた。今まで私は、ダメ令嬢と言われていたんだ。そんな人間が急に全属性だと言われれば、皆がどう反応するかなんて明らかだ。懐疑の目に晒されること間違いなし。悪目立ちすることは確実だ。
でも、だからといってソルユアの姉と会えるせっかくのチャンスを逃したくはない。このままでは本当にソルユアがバッドエンドへ向かってしまう。ソルユアと仲良くなるのは失敗してしまったけれど、今度は絶対に失敗しない。いや、してはいけない。
周りの目が怖くて怖じ気づいて、そのせいで推しを死なせるのは嫌だ。これは試練と思って頑張らなくては。
私は改めて気合いを入れ、決意のこもった目で義兄を見つめた。
「お義兄さまのおっしゃるとおり、私がお茶会に出れば悪目立ちすることは確実です。ですが、そんなことに怯んでいる暇はないのです。私は絶対にお茶会に参加してソルユアの姉と話し、少しでも姉妹間の仲を良くする手がかりを見つけてきます。ですのでどうか、お茶会に参加することを許してはいただけませんでしょうか」
ぺこり、と頭を下げると。しばらくしてから、はぁ、と一つ小さく息を吐く音がして義兄を見上げる。義兄は困ったように私を見て、それからポンと私の頭の上に手を置いた。
「どうせ俺が反対しても無駄なのだろう。俺もエスコート役としてお茶会に同行する」
ふわりと優しく頭を撫でる義兄に、嬉しくなって私は笑顔でお礼を言った。
「ありがとうございますっ!」
「っ!」
しかし、義兄は私がお礼を言った途端、急に私から手を離し、手の甲で口元を隠してバッと勢いよく顔を逸らした。その反応は何だと混乱していると、不意に隣でくすくす笑う声が聞こえ、私はレティーナの方を見る。レティーナは私と目が合うと、
「ふふ、すみません。つい微笑ましくて」
と柔らかに笑った。その笑顔にきゅんとし、やっぱりレティーナは素敵だなと思う。私もこんな風に優しくて可愛い、美しいご令嬢になりたいものだ。
「ではルナディール様は、三日後のお茶会を頑張ってくださいませ。わたくしもソルユアと話してみます」
「ありがとう、レティーナ。レティーナはお茶会には参加しないの?」
ルナディール様は、という言葉に引っかかって首を傾げると、レティーナはすまなそうに眉を下げ、
「はい。本当はわたくしも行きたかったのですが、他の友人が開くお茶会と被ってしまって。そちらに先に返事をしてしまったため、行けそうにないのです。申し訳ありません」
と謝った。その様子に私はぶんぶんと手を振って慌てて、
「そんな、謝らなくて良いよ!レティーナは私と違っていろんな人と知り合いでしょう?しょうがないよ。レティーナもお茶会頑張ってね。いや、楽しんできてね、かな?」
と言う。するとレティーナはくすりと笑い、
「ありがとうございます。楽しんできますわ」
と言った。本当に可愛いなと思いつつ、こんなレティーナだからこそお友達がいっぱいでお茶会に引っ張りだこなんだろうなと思った。私も見習いたい。
それからある程度の話がまとまった私たちは、せっかくだからとお茶会の続きをすることにした。レティーナが用意してくれていたお菓子はとっても美味しく、勝手に顔が綻んでしまうほどだった。
久しぶりのレティーナとの会話に花を咲かせ、たっぷり癒された私は、満面の笑みでレティーナの家を後にした。
これからソルユアのことでいろいろ大変なことが起こりそうだけれど、それも何とかなるのではないかと楽観的に考えられるくらいには、私の気分が上がった。そして、私の唯一の友達がレティーナという素敵な人で良かったと、心の底から思った。
今後の作戦が決まりました。次回はお茶会に潜入してソルユアの姉とお話しします。




