SS~兄の苦手な物は……?~
300ポイント達成記念&総PV55000越え感謝SSです。今回はシューベルト目線でフォスライナとの日常を書いてみました。
俺は最近、兄にとある疑惑を抱いている。それは、兄がもしかしたら辛いものが苦手なのでは、という疑惑だ。もちろん、完璧主義な兄に苦手な物があるだなんて信じられなかったし、それは今でも同じだ。だが、そう疑わざるを得ない場面に、俺は何度か立ち会ってしまっている。
最初は俺が兄と話すようになってから数週間が経った頃、食卓での出来事だ。
俺はふと、久しぶりに辛いものが食べたくなり、シェフに辛いスープを作るように頼んだ。俺の頼みを聞いてくれたシェフが、希望通りの真っ赤なスープを持ってきてくれ、俺は喜んでそれを口に含んだ。ピリリと舌を刺激する感覚に水をゴクッと飲みながら美味しく食べていると、
「……一体何を食べているのですか」
ふと兄の声が聞こえて振り返ると、少し顔を顰めた兄がそこにはいた。
「何って……スープだが?」
首を傾げながら真っ赤なスープを見せると、兄はそうですか、とだけ言葉を発し、そそくさと踵を返して去って行ってしまった。なぜ兄が食卓にいたのか分からず、兄も何か軽食を食べに来たのではなかったのか、とその時はただ疑問に思っただけだった。
しかし、その数日後。廊下を歩いていたら、不意に後ろから兄に声をかけられた。
「シューベルト、良いところに。今、少し時間がありますか?」
兄に引き留められるのは久しぶりで、何かルナディール関連で話でもあるのかと思い頷いたら。何故か俺は兄の部屋に呼ばれ、食事を振る舞われた。
「……兄上、これは?」
兄がわざわざ俺を自室に呼び食事を振る舞うことが信じられず、何か裏があるのではとすぐさま俺は疑った。しかし、兄はただにこりと笑みを浮かべ、
「たまには兄弟水入らずで食事を、と思いまして」
と言うのみ。一体何が目的なんだ、と俺は兄を警戒した。
「では、いただきましょうか」
朗らかに笑い、カトラリーを手にする兄。俺は兄の雰囲気を窺いつつ、仕方なく一緒に食事をすることにした。
最近調子はどうですか?と、何気ない会話を振ってくる兄。俺は目的はなんだと思いつつ、別に普通だ、と答えながらスープを口に含む。スープは思ったより辛く、俺は少し驚きながらも飲んだ。
特に何も起こることがないまま、食事は中盤へとさしかかり。俺はふと、自分の料理が全て辛口なことに気が付いた。そして気になって兄の方を見れば、兄は辛くなさそうな普通の料理を口にしていて、首を傾げる。明らかに俺の料理の方が赤みがかってて辛そうだった。
「……俺のだけ妙に赤くないか?辛口にしてあるだろう」
俺の言葉に、少しだけ眉を上げた兄。しかしすぐに普通の顔に戻り、そうですよ、とゆっくり料理を口に運んだ。
「シューベルトは辛いものが好きなのでしょう?先日も真っ赤なスープを飲んでいましたし、口に合うよう辛口にしておいたのです」
にこり、と微笑む兄に若干引っかかりを覚えながらも、そうだったのか、と呟く。確かに俺は辛いものが好きだし、出された料理も美味しかったので、それ以上は何も追究しなかった。
それから普通に食事が終わってしまい、特に何事もないまま俺は兄の部屋を追い出された。自分の部屋に帰る途中、今の時間はなんだったのだろうと首を傾げた。
そして、その数週間後。俺はとある社交に出席し、ロシアンクッキーなるものを貰った。なんでも中に入っている十六枚のクッキーのうち、三枚が激辛クッキーなのだそうだ。最近貴族の間で流行っているものらしく、友人同士で食べ、より仲を深めるのだという。
俺はこれを面白そうだと思い、ルナディールと共に試してみようとすぐさまルナディールの家へと向かった。
ルナディールの家に着き、ルナディールはいるかー!と声を上げると。すぐに使用人が出てきて、今はフォスライナ様と一緒にお茶をしています、と教えられ、それは丁度良いと笑みを浮かべる。兄も一緒ならば、三人でロシアンクッキーを食べれば良い。人数が多い方がきっと楽しいに違いない。
俺が姿を現すと、驚いたような表情を浮かべたルナディールだったが、すぐさま笑顔になり挨拶をしてくれた。それから一緒にお茶をしませんか?と誘ってくれ、俺はすぐさま笑顔で頷く。
そして、席に着くなり俺はドーンとロシアンクッキーをテーブルの上に置いた。これは?と不思議そうに首を傾げるルナディールに、ふふんと胸を張りながら、
「これは最近貴族の間で流行っているロシアンクッキーというものだ!なんでも仲の良い友人同士で食べる物らしくてな。貰ったから是非ルナディールと食べたいと思い持ってきたんだ」
と言って箱を開けた。中には個包装された十六枚のクッキーが綺麗に並べられており、ほら、と笑顔でルナディールへと差し出す。
「この中の三枚が外れで、激辛クッキーなのだそうだ。せっかくだから三人で一斉に食べようではないか。まずお前から選べ」
俺の説明に、ひくりと顔を引き攣らせたルナディール。一体どうしたのだろうと首を傾げると、ルナディールは何か覚悟めいたような目をし、ではこれを!と勢いよく一枚手に取った。
ルナディールが一枚選んだことを確認してから、今度は兄へ箱を差し出す。
「兄上も一つ選べ。ロシアンクッキーだ!」
「……」
兄はしばらく黙ってじっとクッキーを見つめていたが、しばらくして恐る恐る一枚を手に取った。兄も選んだことを確認してから、俺も適当に一枚取り箱をテーブルに置く。
「それじゃあ一斉に食べるぞ!準備は良いか?」
袋を開け、笑顔で二人に問うと。
「……だ、大丈夫です」
「ええ。外れが当たることはないでしょうから」
二人はじっとクッキーを鋭く見つめ、こくりと頷いた。
「では行くぞ!せーのっ」
ぱくっ。
皆で一斉にクッキーを食べる。俺のはセーフだったみたいで、甘い味が口いっぱいに広がった。
「おぉ、上手いな!」
これはルナディールも喜んでくれたに違いない、とルナディールの方を向くと。ルナディールは目を見開き固まったまま、動かない。
「ルナディール?」
どうかしたか?と尋ねると。
「かっらーーーー!!!」
ルナディールは急に叫びだし、ゴクゴクと勢いよく紅茶を飲み出した。その様子に呆気にとられていると。
「ごほっごほっ」
隣からもの凄く咳き込む音がし、驚いて兄の方を向く。すると兄も、むせながら勢いよく紅茶を飲む姿が目に映った。
「ちょ、水!飲み物!」
「わ、私も……飲み物を……」
すぐさま紅茶を飲み干し、使用人に追加を催促する二人。その顔はとても必死で、真っ赤だった。
「二人とも外れを引いたのか?ついてないな」
唯一外れを引かなかった俺が呑気に甘いクッキーをかじりながらそう言うと、真っ赤になった顔を手で仰ぎながら、ルナディールが俺を恨めしそうに見た。
「シューベルトさまだけ当たりだなんてズルいです!わたくし、辛いものは苦手ですのに……」
辛さからか目を潤ませてそう睨むルナディールに、俺はつい手にしていたクッキーを落としそうになってしまう。俺は急いで残りを口に入れ、紅茶を飲んで目を逸らす。すると目を逸らした先に兄がいて、兄は未だゴクゴクと紅茶を飲みながら、底冷えするような目つきで俺を睨んでいた。
外れを選んだのは自分自身だと言うのに、まるで俺が悪いみたいな目に、俺はまた視線を逸らす。
「ほ、ほら!まだクッキーは十三枚も残っているし、外れも残り一つだ!今度は当たりが食べられるはずだから二人も食べてみろ。甘くて美味しかったぞ」
二人の視線から逃れるようにそう言葉を発しクッキーの箱を差し出せば、ルナディールは思案するようにじっとクッキーを見つめた後、流石に二連続はないか……と呟いて一つを手に取った。そして恐る恐る口に入れ……また、かっらーーーー!!!と叫ぶルナディール。本日二度目の激辛クッキーを食べたルナディールは、死にそうになりながら紅茶をがぶ飲みしていた。
「シューベルトさまの嘘つき!これほんとに外れは三枚だけですか!?また辛いのが当たったじゃないですかっ!」
目に涙を浮かべて抗議するルナディールに、なんて悪運が強いんだと俺はつい感心してしまった。だって、十六分の三の確立で外れを引いた挙げ句、今度は十三分の一の確立で外れを引いたのだ。そかも連続で。これはなかなかあることではない。
ふと隣を見ると、兄はどこかホッとしたような顔を浮かべ、くすりと楽しそうにルナディールを見ていた。その姿に俺は、ある一つの疑惑を抱きながら紅茶を飲んだ。そして、その後のお茶会を楽しんだ。
そして、今日。俺は、兄が辛いものが苦手なのかを確かめるべく、行動に移すことにした。
若干緊張しながら、コンコンコンと兄の部屋を尋ねる俺。シューベルトだ、と声をかけると、少ししてから怪訝な顔をした兄が出迎えてくれた。
「何か用ですか?」
警戒したように尋ねる兄に、俺はいつものように話しかけた。
「この前、俺を食事に誘ってくれただろう?そのお返しに、今日は俺がもてなそう。もう準備は整ってあるから、俺についてきてくれ」
俺の言葉に少し顔を顰めた後、
「……何か企んでいませんか?」
と怪しむような目つきになる兄。そりゃそうだろう。俺だってあの時は兄の思惑が分からずかなり警戒した。だが、今ではその本当の理由が分かったような気がして、俺も同じように兄を誘ってみることにした。きっと、勘の良い兄なら料理を見たら気付くだろうが……。
「いや。前俺が誘われた時もいきなりだっただろう?そのお返しというわけだ」
にっと笑い、俺は強引に兄の手を引っ張り俺の部屋へ連れて行く。兄は疑わしそうな目をずっと俺に向けていたが、俺は構わず兄を連行した。
「これが俺のおもてなし、だ。ゆっくり食べていってくれ」
目の前に出された料理と俺の料理を見比べ、少しだけ顔を顰めた兄。それからはぁと一つため息をついて、
「まさか、気が付いたのですか?」
と言葉を発した。その言葉に、俺の予想が当たっていた事がわかり、俺は嬉しさについ声が弾んでしまった。
「やはりそうなのか!あの時は急に食事に誘われ、何を企んでいるのかと思ったが……ただ相手に自分の苦手なものを食べさせるためだったのだな」
俺が楽しそうなのが気に障ったのか、兄はまた一つため息をついて、静かに食事を始めた。
「まさかバレるとは思いませんでした。今まで隠してきたというのに……」
俺の苦手なレモンがたっぷり使われた酸っぱい料理を口にしながらそう溢す兄に、俺は酸っぱくない料理を口にしながら言葉を返す。
「俺も、完璧な兄に苦手なものがあるとは信じられなかった。ただ、俺が辛いものを食べていたらその場から退散したり、俺に辛いものを食べさせたり、激辛クッキーを食べたときに異常なまでの殺意が込められた目で睨まれたりして気が付いた」
「……流石にあのクッキーは堪えましたよ。つい殺意が消せませんでした」
完璧な兄にも、俺と同じように苦手なものがあった、ということに親近感を覚え、やはり人とは話してみないと分からないものなんだなと改めて思った。俺がこのことに気がつけたのも、ルナディールに言われて兄と接すように心がけるようになったからだ。兄を敵視していた頃ならば、絶対に気がつかなかっただろう。
「それにしても、なぜ俺に食べさせたんだ?わざわざ料理人に作らせる必要はあったのか?」
辛いものを振る舞われた食事会について尋ねると、兄は少し迷惑そうな顔をした後、
「今まで貴族の皆さんからいただいた辛い系のものは全て放置しておいたのですが……ついに料理人から、もうそろそろ使わないと駄目になってしまう、と言われまして。人から貰ったものですし、捨てるわけにはいかなかったので困っていたんですよ。使用人や料理人に好きに使って良いと言っても、それはフォスライナ様に贈られたものですから、と断られるだけで……そんな時、辛いものが好きなシューベルトが頭によぎり、利用しようと考えたのですよ」
と白状した。その内容が意外で、兄が困り果てる様子を想像してしまった俺は、ついおかしくて吹き出してしまった。
「何笑っているんですか」
じろっと睨まれるが、兄にはこんな顔も出来たのか、とまた笑いがこみ上げてくる。
兄は完璧だ、近寄りがたい人だ、とずっと思っていたのに。まさか、苦手なものが贈られてそれを放置し、後になってどう処理しようかと悩むだなんて。
俺みたいに苦手なものがあり、俺みたいに悩み、俺みたいに困ることがある。
それを知ると、今まで必要以上に兄を敵対視し遠ざけていたのが馬鹿らしく思えた。完璧な一面が兄の全てじゃない。兄だって一人の人間で、俺と同じような部分だってあるのだ。
「ふっ、いや。兄上も俺と同じなんだと思ってな」
笑顔でそう答えると、兄は少し驚いたように目を見開いてから、すぐさまいつもの表情になり、なんですかそれ、と返す。その様子が、なんだかいつもより柔らかく感じ、俺はまたおかしくて笑ってしまう。
「兄上。もし今度、また辛いものが贈られてきたら俺に寄越せ。かわりに俺は、酸っぱいものが贈られてきたら兄上に渡す」
良い提案だろう?といたずらっぽく笑えば、兄も少しだけ口の端を上げ、
「良いですよ」
と答える。
兄の本音に少しでも触れられたような気がして、俺は嬉しくなりながら美味しい料理を頬張った。そしてこの日以降、俺たちが一緒に食事をする日が少しだけ増えた。




