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優しすぎる義妹

「私は、どうしたら良いですか……?どうしたら、ソルユアと姉の仲を良く出来ますか……?」

 目に涙を溜め、弱々しく俺に訴えたルナディール。それからレティーナにも顔を向け、

「私は、どうしたらソルユアに許してもらえる……?どうしたら、謝れる……?」

 と溢した。

 俺は、目の前で泣いているルナディールに胸が張り裂けそうになり、抱きしめたくなるのを必死に堪えた。もしここにレティーナがいなかったら、確実に抱きしめていただろう。


 ルナディールは不安気に俺たちを見て、ぽろぽろと止めどなく流れる涙を何度もハンカチで拭いていた。その姿が痛々しくて、胸が締め付けられた。どうしてルナディールがこんなに傷付かなければならないのだと、この元凶となったソルユアを恨む。


 あいつは、初っぱなから無礼な奴だった。

 俺とルナディールの会話にいきなり乱入してきたかと思えば、なぜ俺との仲が良いのかを聞いてきたソルユア。

 あいつは、わざわざルナディールの悪評を列挙し、全属性であることが信じられないと言った。そして、なぜ自分が全属性だと公表し、俺の立場を無くしたのかと問い詰めた。

 下級貴族でありながらルナディールに理解出来ないとのたまうその姿が腹立たしく、こんなにも無礼で失礼な奴をよく紹介してきたなとレティーナに不快感を抱いた。

 そこで耐えられなくなりつい言葉を発すると、ルナディールはまぁまぁと宥めてきた。散々言われたのに、それでもあいつに優しい瞳を向けるルナディールが信じられなかった。

 ルナディールは人に優しすぎる。それはルナディールの美点とも言えるが、でもいつかその優しさが仇となり、傷付けられてしまうのではないかと心配になった。


 それからルナディールはソルユアの話を聞いた後、ソルユアの力になりたいのだと言い始めた。何故かソルユアと姉を仲良くさせたいという思いが強く、暴走し始めるルナディール。

 俺は、ただでさえ忙しいルナディールにはこれ以上厄介事を引き受けて欲しくなかった。まだ魔法研究所での身の安全が確保された訳でもないし、護衛だって信用出来ない。

 こんな状態で、気に食わない下級貴族の相手などさせてたまるかと思い、すぐさま反対した。

 それなのにルナディールは俺の反対を聞かず、強い瞳をしながら言い切った。自分よりもソルユアと姉を仲良くさせることの方が重要だと。

 正直、どうしてそこまでソルユアに固執するのか分からなかった。何がルナディールをここまで必死にさせるのだろうと、不思議でならなかった。

 しかし、そんな中。

「……ソルユアが姉を大切に想っているのに、それが届かないなんて……そんな悲しい未来を、私は見たくない。……ソルユアが苦しむ姿を、見たくないよ。ソルユアと姉には、笑っていて欲しいもの」

 そう、とても悲しげな瞳で呟いたルナディール。その言葉にキュッと胸が締め付けられ、俺は何も言えなくなってしまった。


 ルナディールのその姿や言葉が、まるで自分も実際に体験をしましたから、と言っているようでならなかった。心が痛み、俺はそっとルナディールから視線を逸らした。

 俺は、そんな気持ちを抱いた事がないから分からない。それでも、もしルナディールが同じように悲しんでいたのなら、と考えると、俺が強く反対してはいけない気がした。

 なぜなら俺は、長い間家族との距離を置いて生活していたのだから。

 もし、ルナディールが俺の事をずっと想ってくれていたのだとしたら、俺は長い間、ルナディールに辛い思いをさせてしまっていたのかもしれない。だって、話しかけられても冷たくあしらっていたのだから。

 それが、ルナディールを悲しませていたのなら……そして、これほどまでに姉妹間の仲を改善させてあげたいと考えるようにしてしまったのなら。それは、俺の責任でもある。

 俺はこれ以上ルナディールには反対せず、彼女の意思を尊重するべきだと判断し、静観することに決めた。


 最初は順調だった。ルナディールの嬉々とする説明が続き、本当に魔法が好きなんだなと口が緩んでしまうくらいには、余裕があった。

 しかし、ルナディールが全属性であることを公表したのは家族の意向だ、と話してから、だんだん雲行きが怪しくなっていった。

 ソルユアがルナディールに向ける視線が冷たくなっていき、言葉も無遠慮になっているのに、決して気にせず笑って答えるルナディール。

 途中、あまりの失礼な態度にもの申そうかと思ったが、その会話の中ではルナディールがしきりに俺のことを褒めて称えてくれるので、恥ずかしさのあまりそんな事はすぐに吹っ飛んでしまった。顔が熱くなるのが止められず、これは一種の拷問なのではとすら感じた。

 これ以上褒められたら心臓が持たないのではないかと心配になったとき、事件は起こった。


「……それは、ロディアーナ様の場合でしょう?」

 突如として告げられた冷たい言葉に、その空気が一瞬で凍り付いたのが分かった。

「……ニュイランドさま?」

 戸惑いながらも、恐る恐るといった感じでルナディールがソルユアに声をかけると、ソルユアは急に暴言を吐き出した。


 自分だって姉と話そうとしただとか、姉の生活が脅かされるだとか、意味が分からないことをもの凄い速さでルナディールにぶつける。

 そしてさらには立ち上がり、ルナディールを見下ろして罵倒した。最後は、もう話すことはないと切り捨て、部屋から出て行った。

 あまりの非常識に、俺は怒りを抑えることが出来なかった。ルナディールの優しさに一度救われた身であるのに、それを仇で返すとは何事か。

 さすがにルナディールも堪えたらしく、ソルユアがいた場所を呆然と見つめたまま固まってしまった。


「ルナディール様、大変申し訳ございませんでした。まさか、ソルユアがルナディール様にあのような失礼な言動をするだなんて……こんなことを言っても信じてはいただけないかもしれませんが、ソルユアは本当は優しい子なんです。ルナディール様を傷付けるようなことはしないと、わたくしも思い紹介させていただいたのですが……どうやら、気分が優れなかったようで」

 苦しそうに俯くルナディールを前にしても、ソルユアを庇うレティーナ。その姿に苛つき、こいつはルナディールを苦しめる為にわざと下級貴族を紹介したのではとすら思えた。


「本当は優しい子、だと?随分な言い訳だな。上級貴族に紹介してもらっている下級貴族という身でありながら、散々ルナディールに暴言を吐き、あまつさえ上から見下ろし、もう話すことはないと言い張った。何様だあいつは。ルナディールを傷付けたんだ、彼女の家族ごと罰してやる。もちろん、そんな奴を紹介したお前も、だ」

 ルナディールを傷付けておいてただで済むと思うなよ、と睨み付け脅し、そして隣に座るルナディールの方へ目を向け、優しく語りかけた。


「ルナディール、大丈夫か?もし辛いのなら無理をするな。すぐにあいつをお前の目の届かない場所へ追いやってやるからな」

 しかしルナディールは、

「ありがとうございます。ですが、悪いのは私の方ですので彼女を罰するのは止めてください。むしろ、私が謝りに行かなくてはいけません」

 と、またも驚くべき事を言った。なぜあいつではなく自分が悪いと思っているのか、俺には理解出来なかった。あからさまに悪いのはあちらだ。ルナディールではない。

 どうしてルナディールが謝りに行く必要がある?どうしてそこまでしてソルユアを庇う?意味が分からない。



 先ほどの出来事を思い返してみても、やはりソルユアへの怒りと恨みしか出てこず、俺は途方に暮れてルナディールを見つめた。涙を流しながらも、縋るように俺を見つめる瞳が苦しい。

 どうしたら姉妹の仲を良く出来るか、と俺に尋ねてくれたが、そんなの俺にも分からなかった。それに、俺はルナディールを泣かせたソルユアなんてどうでも良い。これ以上あいつの事は考えたくなかった。


「……何故、そんなにあいつに固執するんだ?涙を流して、そんなに傷付いてまで、何故関わろうとする?あんな奴、放っておいても良いだろう。お前が謝る必要なんてない」

 ルナディールの考えている事が分からなくて、もうあいつの事なんて綺麗さっぱり忘れて欲しくて、泣いている姿を見ていたくなくて。俺は気が付くと、そう疑問を口にしていた。

 ルナディールは俺の発言に驚き、俺を見上げた。そして、躊躇いがちに瞳を揺らしながら俯いてしまった。俺の不用意な発言が、さらにルナディールを苦しませたのではないかと思い俺は焦る。

 しかし、ルナディールは少ししてから俺を見上げ、悲しそうに小さく微笑んだ。

「このまま彼女を放っておいたら、私の心が持ちませんから。私は苦しむ姿よりも、笑顔の彼女が見たいのです」

 その答えに俺は驚き、固まってしまった。


 俺には、ソルユアが苦しんでいるようには一切見えなかった。それでもルナディールには苦しんでいるように見えたらしい。だから、放っておけないと。

 相手に傷付けられ、こんなにも涙を流し、見ていられないほどに苦しんでいるのに、それでも放っておけないと言っている。何とかして姉妹の仲を良くしたいと考えている。そんなに、弱っているのに。


 俺には、辛そうなのにそれを我慢し、笑顔の彼女が見たいからと言い切ったルナディールが眩しく映った。俺だったら絶対にもうあいつとは関わらないだろうに、ルナディールはわざわざ自分から関わりに行く。苦しんでいる姿は見ていられないと言って。

 そんなの、優しすぎるではないか。どうして自分が傷付けられた相手にも、手を差し伸べたいと思えるのだろうか。女神級に優しすぎる。そんなんじゃ、いつか心がやられてしまわないのだろうか。


 誰にでも笑顔で優しく接する姿、下の身分の者にも分け隔て無く接する姿、どんなに失礼な態度をとられても怒らず、許してしまう姿。

 そんなルナディールの姿がパッと頭に浮かび、俺はどうしようもなくなって目の前にいるルナディールを抱きしめた。ぎゅっと抱きしめると、お義兄さまっ!?と素っ頓狂な声をルナディールがあげた。ふんわりと良い匂いがして、俺はルナディールを守るように優しく抱きしめた。


「……俺が、守ってやる。どこまでも優しすぎるお前が、壊れないように」

 ソルユアをも助けたいと考えるのならば、俺も全力でその力になろう。俺が許せなくても、きっとルナディールはソルユアのことを悪く思ってはいないし、悪いのは自分だと本当に思っているのだろう。

 そして、もしルナディールがそう思っているのなら、優しすぎるルナディールは必ずまた接触しにいく。俺が止めたとしても、きっと接触してしまう。それならば。

 俺の目が届く範囲で、ルナディールの行動を見守らなくては。手を差し伸べたせいで、またルナディールが傷付くことがないように。また、こんなにも涙を流して傷付くことがないように。

 ルナディールが女神のように優しく誰にでも手を差し伸べるのなら、俺はその隣で、寄ってくる害悪を駆逐していこう。優しいルナディールの目には映らないように。

 ルナディールの優しさを利用しようと悪巧みする奴らは、絶対に俺が近付けさせない。徹底的に排除する。


 俺がルナディールを守ってみせる。誰よりも近くで、誰よりも側で。この腕の中にいるルナディールは、絶対に誰にも渡さない。例え相手が、誰であろうとも……

アリステラ目線でした。なんだかどんどん過激になっていっているような気もするのですが……次はまたルナディール目線に戻ります。

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