バッドエンドへ近付いて
「ではまず最初に、ニュイランドさまからの質問に答えた方がよろしいかしら。えぇと、わたくしとお義兄さまが何故仲が良いのか……それと、わたくしが今まで自分の優秀さを隠していた理由、そして暴露した理由、でしたよね?」
頬に手を当て、こてりと首を傾げて聞くと、こくりと頷いたソルユア。それから少し前のめりになって、私の瞳をじっと見つめた。
ソルユアの真剣な表情に困り、曖昧に笑いながら、私は新たに淹れてもらった温かい紅茶を口にする。
「これについての回答は、恐らくニュイランドさまが求めているものではないのでしょうけれど……」
そう前置きをして紅茶で身体を温めてから、ティーカップを静かにテーブルの上に置いた。
「わたくし、昔から優秀だったわけではないのですよ。ニュイランドさまもご存じの通り、わたくしは少し前までダメな令嬢でした。もちろん、今もいろいろ失敗しては家族に迷惑をかけてしまうのですけれど……勉強から逃げてばかりの毎日。使える魔法も少なく、本当に噂通りの人間でした」
正直に白状すると、ソルユアは信じられないように目を見開いた。そのもっともな反応に苦笑しながら、私は言葉を続ける。
「ですがわたくし、ある日気付いてしまったのです、魔法の素晴らしさに。魔法に魅入られてからは、家にある魔法関連の本を読み漁り、自分でも実際に魔法を使って研究してみたりといろいろしました。無理をしすぎて倒れたことも何度かありましたが……それでも、自分で使える魔法が増える度にわくわくしましたし、嬉しかったです」
初めて魔法を使えた感動、自分で考えたオリジナルの魔法が使えた喜び。それらを思い出した私は、つい顔が緩み声が弾んだ。
本当にラッキーだったと思う。全属性であるお母さんの娘として生まれたこと、魔法が使える世界に生まれたこと、自分がたくさんの魔力を持てていること。何もかもが奇跡だ。運が良い。神様には何度感謝しても足りないくらいだと思う。
「だから、わたくしは魔法研究所へ行ってさらに魔法について深く研究したいと思ったのです。全属性だと暴露したのは、魔法研究所へ行く際に必要だと家族が判断したからで、わたくしは一切関与していません。剣術は一応、護身術の一環としてお義兄さまには習っていますが、噂のようにそんな強くはないですよ。お義兄さま以外と模擬戦をしたことはありませんし」
肩を竦めながら剣術についての補足をすれば、ソルユアは固まってしまった。きっと、思っていた返答じゃなかったために驚いているのだろう。ガッカリさせてしまったかもしれない。
私が話し終え、ソルユアの反応を待っていると。ソルユアはハッとし、
「それでは、ロディアーナ様は義兄のことを好いてはいないのですか?ただ自分のやりたいように行動し、自分が義兄より優れていると世間に知られ、義兄が貶されようと関係ないと思っていたのですか?」
拍子抜けしたようにそう言葉を発し、一気に興味をなくし表情をなくしたソルユア。まるで、聞いた意味がなかった、と全身でアピールしているかのような姿に、つい苦笑する。
「いえ、それは違いますよ。わたくしはお義兄さまのことを好いていますし、大好きです」
躊躇わずにそう返せば、今度は意味が分からない、というように少し顔を顰めた。
「ではなぜ?貴女の考えていることが分かりません」
ぴしゃりと言い放ったその言葉に、だんだんソルユアらしさが出てきてつい笑みが溢れた。雰囲気もなんだか不機嫌そうなオーラが漂ってきて、もうそろそろ毒舌キャラにシフトするのでは、と考えてしまう。
「ふふ、そうですか。でも、わたくしはお義兄さまの方が優秀だと思っていますから、わたくしが全属性だとバレたところで、お義兄さまの立場が悪くなる、だなんて考えたことはありませんでした」
にこりと笑って言えば、今度は完全に顔を顰めた。理解不能、と顔に書いてある。
「頭がおかしいんですか?全属性ですよ?全属性なんてそうそういるもんじゃありません。全属性に敵う人間なんていませんよ。いくら義兄の方が優秀だと思っても、世間はそう見ない。絶対に義兄は義妹に劣った人物だと思われる」
後半は完全に敬語がなくなり、私の知るソルユアへと化していた。それに気が付いたレティーナは、少し不安そうな顔をして私の顔色を窺っていたけれど、私はもちろんそんなこと気にしない。むしろ、こちらの方がソルユアと話している感じがして嬉しかった。
「まぁ、確かに何も知らない人からすればそう思うかもしれませんが……わたくしは今まで、たくさんお義兄さまに助けていただきました。わたくしはお義兄さまのことを、とても優秀で素敵な、わたくしにはもったいないほどの素晴らしい義兄だと思っています。例えそのような噂が立ったとしても、お義兄さまならば、きっとすぐそんな噂を跳ね返してしまいますわ」
だってハイスペックなお義兄さまですもの、と自信満々にそう言って笑うと、ソルユアは驚いたような表情を浮かべた。そこでちら、と隣に座る義兄を見てみると、義兄は恥ずかしさからか顔が赤くなっていた。
「ルナディール様は、本当にお義兄さまのことが大好きですのね。お義兄さまへの絶対的な信頼が感じられます」
くすくす、と口に手を当て笑うレティーナに、私は満面の笑みで答える。
「もちろんよ。だから、お義兄さまと仲良くなれて本当に嬉しいわ」
そしてソルユアの方を向き、にこりと笑いかける。
「最初はあまり交流がありませんでしたけれど、わたくしはお義兄さまと仲良くなることが出来ました。ですので、きっとニュイランドさまも大丈夫ですわ。自分の気持ちを伝えることが出来れば、今からでも仲の良い姉妹になれるはずです」
では、ここから詳しい作戦会議を……と、そのまま続けようと口を開いたら。
「……それは、ロディアーナ様の場合でしょう?」
ソルユアから冷たい声が発せられ、私は驚いて口を噤んでしまった。
急に雰囲気を変え、無表情で私を見つめるソルユアに、私は何かいけないことを口走ってしまったのだろうかと焦る。
「……ニュイランドさま?」
恐る恐るソルユアの名を呼ぶと、ソルユアは顔を顰め、一気に言葉を吐き出した。
「貴女に会えば、何かが変わると思っていた。貴女は私と同じで、特別な力を持ちながらも、大好きな義兄のために本当の能力を隠しているのだと思っていた。……なのに、違った。全然私と違う。私も大丈夫?きっと仲の良い姉妹になれる?何、知った風な口して。私たちのこと何も知らないくせに。貴女は、義兄に恵まれていたからたまたま仲良くなれただけでしょう?私だって、何度か姉と話そうと挑戦した。でも姉は、私を恐ろしい目で見つめるだけ。その目に、何度違うと言おうと思ったか!……でも、出来なかった。だって、もし言ったら、姉の生活が脅かされるから。両親がどう動くかなんて容易に想像出来るし、きっと賢い姉なら悟ってしまう。その未来を想像したら、とても言い出せなかった……」
それから、一息つくように一旦言葉を止め、ぐいっと紅茶を一気に飲み干した。そしてバッと立ち上がり、私を冷たく見下ろしながら、
「貴女には分からないでしょう?上級貴族で家族に恵まれ、好きなように行動出来る貴女には。……何が、『わたくしが必ず貴女を幸せにしてあげますから、心配しないでください』よ。無駄に期待を持たせておいて。……何もかも違った貴女に、頼ろうとした私が馬鹿だった。頭がお花畑な貴女とは、もう話すことはありません」
そう言って颯爽と部屋を出て行った。
置いて行かれたトーヤは、しばらくしてから、ソルユア!?と言葉を発し、私たちに一礼してから急いで後を追いかけた。残された私たち三人は、今目の前で起こったことがすぐには理解出来なくて、しばらくフリーズする。
……今、何が起こったのだろうか。ソルユア、ものすごく怒っていた。
私とソルユアが、似ていると思った?だから、私に会いに来た?上級貴族で家族に恵まれ、好きなように行動出来た……頭がお花畑……無駄に期待を持たせた……
ソルユアに言われた言葉がゆっくりと頭の中で繰り返され、はた、と気付いた。私が、ソルユアのことを前世の記憶だけで知った気になり、話していたことに。
そうだ、ここは現実の世界。私が知っている、あの作品通りの内容じゃない。実際、トーヤという知らない人が護衛になっていたくらいだ、今まで歩んできたソルユアの人生が、私に分かるわけがなかった。
それに、私が知っていたのはほんの一部だ。ソルユアが姉のことを想っていて、自分の能力を隠している。それぐらいだ。あとは、ハッピーエンドとバッドエンドの結末。細かなソルユアの心情とか、歩んできた人生とかは知らない。
しかも、ソルユアからしたら私は今日初対面の人だ。そんな人から急に、『きっとニュイランドさまなら大丈夫』だなんて言われたら嫌な気持ちになるに決まっている。自分の何を知っているんだって思う。
きっと、ソルユアは今まで、私が想像した以上に苦しんでいたんだ。姉の怯えたような目に耐え、真実を打ち明けたくてもそう出来ない。それが、どれほど彼女を苦しめただろうか。
……私は何も分かっていなかった。
ただ、ソルユアが自分の能力を隠していたのは姉のためなんだと伝えることが出来れば、姉に直接ソルユアの気持ちを言えれば解決するのだと思っていた。でも、それは浅はかだった。
第一、私はソルユアの姉に会ったことがないし、本当のところどう思っているのかも分からない。もしかしたら、私が思っている以上にソルユアに怯えているかもしれないし、嫌っているかもしれない。私は、あの姉妹の関係性を直接見たわけじゃない。
……あぁ、私ってば本当に何やっているんだろう。人を傷付ける才能でもあるのかな。
ソルユアは今まで、きっといろいろ抑えてきたんだ。自分の能力を隠し続け、化け物扱いされて……そんなソルユアが、私が全属性だと知って、もしかしたら自分と同じ境遇なのではと思い接触してくれた。でも、私は。なんて言った?
笑顔で。声を弾ませて。自分は魔法の素晴らしさに気付き、夢中で研究したと。魔法研究所に行きたくなったから、自分が全属性だと公表したんだと。
こんなの、ソルユアを絶望させるのに十分じゃないか。
上級貴族で家族に恵まれ、好きなように行動出来る。その通りだ。私は家族に恵まれたお陰でこんなに好き勝手に行動出来ている。そして、ソルユアのように苦しむこともなかった。そりゃあ、私も隠し事ぐらいあるけれど。でも、ソルユアほど深刻に悩むほどのものじゃない。
あぁ、こんなことにも気付かないで、嬉々として自分語りをするなんて、本当に馬鹿だ。頭がお花畑だと言われても仕方がない。絶対に幸せにするって、言っちゃったのに……逆に、傷付けるだなんて。
私は自分のしてしまった過ちに気が付き、うなだれた。ソルユアにはもう時間がないからと、焦っていろいろ順番を間違えた。まずは、状況確認が先だったのに。
しかも、相手はソルユアだ。急に距離をつめようとしたら失敗することくらい、分かっていたのに。ソルユアとはもう少し仲良くなってからいろいろ言うべきだった。
ソルユアを死なせたくないと、気持ちが焦ってしまっていた。これじゃあ、私がソルユアのバッドエンドを近づけたようなものではないか。
どうすれば良いのだろう。どうすればここから、挽回出来るのだろう。ソルユアを、救えるのだろう。
半ば絶望的になりながら、あまり動かない頭で考える。
でも、あんなに怒らせちゃったあとだ。あのソルユアのことだし、もうあちらから私に接触することはないだろう。つまり、私から会いに行かないとソルユアと会うチャンスはもうやってこない。
しかし私は上級貴族、なおかつ優秀な家族を持つ私だ。こちらから会う方法はたくさんある。身分差を利用して呼び出す、とか、こっそり家を調べて突撃する、とか。
だが、どれも怖い。より相手を怯えさせるだけだ。無礼を働いたから殺しにでも来たんですか?とか言われそう。それに、いきなり突撃したところでその先が見えない。
ソルユアは口を開いてくれなさそうだし、姉だって急に知らない人に妹との関係をあれこれ聞かれたくはないだろう。下手したら、私とソルユアがグルになって私を陥れに来た、なんて思われ、よりいっそうバッドエンドに近付いてしまうかもしれない。
……もう、私にどうしろと。もし、このまま何も出来ずにソルユアが死んでしまったら……それはもう、私がソルユアを殺したということになる。
推しを死に追いやるだなんて最低すぎる、そうなったら確実に私も心が壊れて死ぬ。
もう駄目なのでは、と弱気になり俯くと。
「ルナディール様、大変申し訳ございませんでした。まさか、ソルユアがルナディール様にあのような失礼な言動をするだなんて……こんなことを言っても信じてはいただけないかもしれませんが、ソルユアは本当は優しい子なんです。ルナディール様を傷付けるようなことはしないと、わたくしも思い紹介させていただいたのですが……どうやら、気分が優れなかったようで」
レティーナが慌てて弁明し、必死にソルユアを庇う。えーと、と言いながら慌てる様子を初めて見たので、私は少し新鮮な気持ちになりながらレティーナを見つめた。
レティーナは私と目が合うと、あわあわと焦りながらいろいろ言葉を探していた。目を彷徨わせて必死に考えるレティーナに、相変わらず可愛いなぁと関係ないことを考えながら、気分を少しでも上昇させていると。
「本当は優しい子、だと?随分な言い訳だな。上級貴族に紹介してもらっている下級貴族という身でありながら、散々ルナディールに暴言を吐き、あまつさえ上から見下ろし、もう話すことはないと言い張った。何様だあいつは。ルナディールを傷付けたんだ、彼女の家族ごと罰してやる。もちろん、そんな奴を紹介したお前も、だ」
ギロッと睨み、激しい怒りオーラを出しながら義兄が静かに告げたので、私の身体は思わず固まってしまった。義兄の強く低い声が部屋に響き、その場が死んだように静かになった。
レティーナもさすがに義兄に恐れを抱いたのか、真っ青な顔をして震えている。
何かレティーナを庇う言葉を言わなくては、と口を開こうとするも、義兄の迫力に押され、何も言葉が出てこない。それでもなんとか、ギギギ、とむりやり首を動かし、義兄の方を向くと。すぐさま義兄は怒りオーラをなくし、代わりに心配そうな顔になってそっと私の顔を覗き込んだ。
「ルナディール、大丈夫か?もし辛いのなら無理をするな。すぐにあいつをお前の目の届かない場所へ追いやってやるからな」
優しい顔と、その台詞のギャップにヒヤリとしながらも、殺気が消えた義兄にホッとし小さく息を吐く。一瞬で雰囲気を変えられる義兄は、本当に凄いと思う。私だったら絶対に無理だ。感情を引きずる自信がある。
優しい顔に絆された私は、なんとか笑顔を作って義兄に微笑む。
「ありがとうございます。ですが、悪いのは私の方ですので彼女を罰するのは止めてください。むしろ、私が謝りに行かなくてはいけません」
私の言葉を聞いた義兄は、少し目を見開いて、だが……と困ったように言葉を発した。今回のお茶会でも、また義兄を困らせてしまうような結果になってしまい、私は一人落ち込んだ。
何事もないだろうから大丈夫です、と義兄に言ったのに十分やらかした。初対面であるソルユアを怒らせ、救うどころかバッドエンドへ近づけさせてしまった。せっかく久しぶりにレティーナとお茶会をしたのに、こんな気まずい雰囲気で終わらせてしまった。
素敵令嬢を演じるためにって気合いを入れてきた、お茶会。それなのに……ただの幸せ自慢をして推しを怒らせ傷付けるという、最低な令嬢だった。これはもう、悪役令嬢と言われても仕方がない。
イベントが始まり、真の主人公であるソルユアを傷付けてしまった私は、きっと悪役令嬢としてのルートを歩むことになるのだろう。つまり、私を待つのもまた、バッドエンドだ。
「……こんなはずじゃなかったのにな」
ふと、溢れた言葉。その言葉を皮切りに、バッと先ほどのソルユアの姿がフラッシュバックした。
冷たい瞳、怒りを抑えた声、震わせた拳。そして、滲んでいた悲しみ。
推しに嫌われ、自分が推しを傷付けてしまったことが辛くて、顔が熱くなってきた。泣いてはダメだと思って唇を噛むも、視界はどんどん滲んでいく。
……泣くな、私。辛いのは、ソルユアだ。私なんかが泣いても、別に何も変わらない。むしろ、義兄やレティーナに心配をかけるだけだ。
今考えなくちゃいけないのは、どうやったらソルユアを助けられるか、これ一つだけ。ただでさえ時間がないんだから、泣いている暇があったら一つでも案を考えろ。ソルユアを……ソルユアを、死なせないために、考えろ。
でも、後悔と自分への怒りが強くて上手く頭が回らなかった。私がソルユアを傷付けたという事実が重くのしかかって、それ以外何も考えられなくなってしまった。
そこで、私は仕方がなく、ぼやけた視界の中で義兄を見上げ、助けを求めた。
「私は、どうしたら良いですか……?どうしたら、ソルユアと姉の仲を良く出来ますか……?」
レティーナの方も見て、みっともなく助けを請う。
「私は、どうしたらソルユアに許してもらえる……?どうしたら、謝れる……?」
ポロッと涙が零れ、頬を伝って床に落ちていく。
どこにお茶会で泣く令嬢がいるだろうか。どこにみっともなく泣きながら助けを請う令嬢がいるだろうか。……あぁ、きっと今、私は信じられないくらいに見苦しい。
義兄もレティーナも、目を見張りピタリと動きを止めてしまった。
きっと、十七歳にもなって子どもみたいに泣くなんてと呆れているのだろう。泣きながら人に助けを請うなんて、なんて見苦しいことをするんだろうと思っているのだろう。なんて貴族らしくない、なんてプライドのない……
次々に浮かぶ言葉に、もっと涙が溢れてくる。それでも、今の私には、こうして優秀な二人に聞くことしか出来なかった。
私の頭では、助けられないから。最低な私には、無理だから。
私はちっとも令嬢っぽくない見苦しい姿をさらしながら、二人の言葉を待ち続けた。
泣いてしまったルナディール。これからソルユアとの関係修復は可能でしょうか……次回はアリステラ目線のお話です。




