散々なお茶会
「シューベルトさま、この度はお茶会にお招きいただきありがとうございます。お初にお目にかかります、ルナディール・ロディアーナと申します。以後お見知り置きを」
驚いて固まるシューベルトに優雅に挨拶をこなし、今までエスコートしてくれたフォスライナにもお礼を述べる。
「フォスライナさま、ここまでエスコートをして下さりありがとうございました」
するとフォスライナはそれは素敵な笑顔で、
「いえ、お気になさらず。不出来な弟に代わってエスコートをしたまでですから」
とシューベルトの怒りを誘いそうな言葉を言った。
なんだろう、この二人の王子は仲が悪いのだろうか。そりゃあ派閥争いがすごいから仕方ないのかもしれないけれど、このバチバチな雰囲気に私を巻き込まないで欲しい。
「ルナディール、これはどういうことだ?なぜここに兄上がいらっしゃる?兄上と其方はどういう関係だ」
キッと睨んでくる視線が痛い。
そんなこと私に聞かないでよ、こっちだってパニクって大変だったんだから。心を無にするまでどれほど時間がかかったことか。ものすんごい近くでイケメンオーラびしびし出されながら、不敬にならないようここまで歩いてくるの大変だったんだからね!
腰が抜けそうになったり意識手放しそうになったり本当に大変だったのだ。シューベルトはフォスライナに虐められるといいよ。
私が答えずにいると、フォスライナがさっと私の前に立ち、
「ロディアーナ嬢は悪くないですよ。私がこのお茶会に参加したいと無理を言ったのですから。それよりもシューベルト、これはどういう事かちゃんと説明してください。お互い面識が無いにも関わらず、ロディアーナ嬢を一人でお茶会に来させたこと、あなたが招待したにも関わらず、迎えに行かずここまでエスコートも無しに歩かせたこと。彼女は宰相のご令嬢なのですよ。その辺りを考慮した上の行動なのですか?」
とシューベルトへ尋ねる。
怖い、怖いよフォスライナ〜。敵に回してはいけないとひしひしと感じる。怒らせないようにしなきゃ。
シューベルトも顔を引き攣らせている。
「お、俺はただ、この前のお茶会でのことを聞きたかっただけだ!兄上も知っているだろう?この女が我ら王族主催のお茶会で揉め事を起こしめちゃくちゃにしたことを!」
この前のお茶会……ああ、婚約しない宣言したあれか。そっかシューベルトは自分のお茶会をめちゃくちゃにされたと思っていたのか。
そこで私がここにお呼ばれした理由が分かってホッとした。と同時にサアッと血の気が引いていく。
え、待ってそれってとっても怒ってるってことじゃない?シューベルトはプライドが高い男だ。だから、自分のお茶会を散々にされた私を嫌っているはず。
……不敬で捕まる?逮捕される?え、ここで死ぬ?
「なるほど、つまりあなたはロディアーナ嬢を糾弾しようとお茶会に招いたと?」
糾弾、という言葉にゾワッと背筋が凍る。
そうなんですかシューベルトさま?お願いですからどうかお考え直しくださいまし。それに私は何も悪くないのです!悪いのは義兄を侮辱した方たちですわ!
「そ、そうだ!だから兄上はこのお茶会に参加しなくても良いのだ!兄上はお仕事で忙しいのだろう?こんなやつに構わず自分の仕事を……」
「それでしたら尚更私も同席しますよ。あなたの我儘でロディアーナ嬢を不快にさせるわけにはいきませんからね。それに、私もその件について聞きたいことがあったのです」
シューベルトの言葉を途中で遮りながら、フォスライナは私の手を引き席に座らせる。
「なので、今日はよろしくお願いしますね」
そう素敵な笑顔で言われ、私は反射的に「はい」と答える。
そして気が付いたら、丸テーブルを三人で囲むように座っていた。目の前には美味しそうな紅茶やお菓子が置かれ、完璧にお茶会の準備が終わっていた。
あまりの展開の速さについていけない。私はまた考えるのを止め、流れに身を任せることに決めた。
シューベルトがお菓子を勧めてくれたので、ありがたく口にする。ここから地獄のお茶会がスタートするのだ。
「おいお前、あの時はよくも面倒を起こしてくれたな。爆弾発言をしてそのまま帰るとかどうなっているんだ?せめて後始末くらいしてから帰れ!」
お茶会が始まってシューベルトの第一声がこれ。そうとう怒っているみたいだ。チラッとフォスライナの方を見ていると、彼は笑みを浮かべたまま紅茶を一口飲んでいる。これは静かに成り行きを見守るということだろうか。
「その節は大変ご迷惑をおかけいたしました。申し訳ありません」
とりあえず深々と謝っておく。謝罪は大事だ。でも私が好きで面倒を起こしたわけじゃない。あれは不可抗力だ。その辺も分かって貰わなければ、ロディアーナ家の評判が悪くなってしまう。
「ですが、あれは仕方のなかったことなのです。王族主催のお茶会には、たくさんの貴族がいらっしゃいました。あのような場でお義兄さまが罵られている姿を見て、つい頭に血が昇ってしまったのですわ。なので、悪いのはむしろお義兄さまを侮辱した方たちなのです。その辺は勘違いなさらないようお願いいたします」
にっこりと笑ってシューベルトに言うと、彼は一瞬目を大きく見開いて言葉を失った。
言い返されたのが気に障ったのかしら?
私は内心首を傾げながら、目の前にあるクッキーを食べる。おお、このクッキー美味しい。サクサクだ。誰が作っているクッキーなのだろう。お城のパティシエかな?
あまりの美味しさに手が止まらず、ぱくぱくと無心にお菓子を食べていると、
「お前、自分が悪くないと言い張った挙げ句に菓子を食べ続けるとはどういう性格しているんだ!それでも令嬢か?貴族は王族を立てるものだろう!もっと遠慮したらどうだ!」
と怒られた。意味が分からない。
私はちゃんと謝ったし、できる限り王族を立てているつもりだ。王族の要求には断らずちゃんと従っているし、出されたお菓子だって美味しいですよって示すために食べているだけだ。
確かに美味しすぎて食べすぎちゃったかもしれないけれど……。でも、残すより食べ尽くす方が良いに決まっている。
けれど、今の私はシューベルトに糾弾される立場である。王子様らの機嫌を損ねてしまったら、例え宰相の娘であろうとも罰しられかねない。
気分に任せて迂闊に行動しない。それが大事。
私はにっこりと笑って、
「これは失礼いたしました、シューベルトさま。わたくし、あまりのお菓子の美味しさについ手が止まらなくなってしまいましたの。さすがシューベルトさまがご用意されたお菓子ですわね、サクサクでしたわ。ですが、お菓子を食べすぎるとシューベルトさまのお気に触るようですので、少し控えさせていただきます。ご助言の程、ありがとうございます」
とお礼を言う。
今度はシューベルトのお気に召す回答ができたかな?そう思って静かに見ていたら、シューベルトは手をわなわなと震わせキッと私を睨んでくるし、フォスライナはくすくすと静かに笑って楽しそうにしている。
また何か失敗してしまったのだろうか。一応謝ったしお菓子も控えるってちゃんと言ったのに。
お菓子を食べることもできずに、こてんと首を傾げると、シューベルトはビシッと私を指差し、
「ルナディール・ロディアーナ!俺はお前を忘れないからな!その憎らしい笑顔を絶対に悔しさと絶望で染めてやる!覚悟しろよ!」
と怒鳴って立ち去ってしまった。
あまりの急展開に、みっともなくぽけーっとしてしまう。
え、今の何?なんで敵認定されてるの?私シューベルトと争う気なんてさらさらないよ。というかもうこれ以上関わらない気でいたのに。どうしてこう上手くいかないの?
あんな厄介王子に目を付けられるとか、もう私の平凡人生めちゃくちゃだ。
「……あり得ないんですけど」
ポロッと声に出てしまった。慌てて口を噤んでも遅く、ばっちりとフォスライナに聞かれてしまった。
恐る恐る様子を見てみると、彼はそれは楽しそうにくすくすと笑って、
「そうですね、お茶会に招待しておきながら逃げ出すなんて、王族とは思えない行動です。後で私の方からちゃんと注意しておくので、どうか許してやってください」
と私にお願いした。
え、いや違いますよ!?そんなこと言ったら余計にシューベルトに嫌われちゃうから!目の敵にされちゃうから!それだけは勘弁して!
「違うのですフォスライナさま!わたくしがあり得ないと言ったのは、今回のお茶会で王族との関わりを終わらせようと思っていたのに、シューベルトさまに目を付けられてしまったことですわ!王族らしからぬ行為だと非難しているのではなく、わたくしがより王族と関わらなければならない事態に陥ったことを嘆いているのです!ですから勘違いなさらないでくださいまし!」
ブンブンと手を振りながら勢いで言った言葉に、フォスライナは目を見開いて固まってしまう。
そして私はまたサアッと青ざめる。
ちょっと待って私今なんて言った!?王族と関わりたくないって宣言しちゃったよね!?しかも嘆いているとか言っちゃったし、これ完全に不敬に当たるのでは?しかもそれをフォスライナに言っちゃうってどうよ。嫌われた?怒らせた?
王子様を怒らせてしまったというより、推しに嫌われてしまったかもということの方が大きく、私は悲しくて泣きそうになる。
なんでよりによってフォスライナに言っちゃうかな?フォスライナは素敵な王子様で私の大好きな推しなのに。推しに嫌われたり拒絶されるのは怖い。何より、いつもにこにこしている優しいフォスライナの顔から笑みが消えてしまうのが怖い。
推しには幸せになって欲しいと思っているのに、私が不愉快にさせてしまったらとても悲しくて辛い。
固まったまま動かないでいるフォスライナを見ていられない。嫌な考えばかりが頭をよぎり、私はフォスライナに嫌われてしまったのだ、傷付けてしまったのだと後悔が押し寄せる。
ハッとして、フォスライナがまたにこにこと人当たりのいい笑みを浮かべた時、私の心は砕け散った。
推しに無理させて、気を遣わせて、何やってるの、最低だ。こんなの、フォスライナを推す資格がない。
ぽろぽろと勝手に涙が溢れてきて、止まらない。止めることができない。感情を抑えられない。
こんなみっともない姿を見せられなくて、
「ご、ごめんなさい、フォスライナさま。あなたを傷付けるつもりはなかったのです。不快な思いをさせてしまい、本当に申し訳ありません」
深々と頭を下げて謝罪する。フォスライナの顔が見られなくて、私はその場を離れようと立ち上がる。
「途中でお暇させていただく無礼をお許しください。これ以上フォスライナさまを不快にさせないためにも、今日はこれにて失礼させていただきます」
私は自分の馬車までひたすら走った。泣いている姿を誰にも見せられなくて、ハンカチで顔を覆いながら城内を駆けて行く。
きっと周りの人たちはなんだなんだと怪訝な顔をしているのだろう。品がないと、はしたないと眉を顰めているだろう。でも、そんな事よりも、私は今日犯してしまった失態に心が押し潰されそうになる。
今日のお茶会で、きっと私は両方の王子様に嫌われた。今頃、なんだあの失礼な令嬢はと怒っているに違いない。
推しキャラに嫌われるかもって思うと、こんなに辛くなるんだね。絶望的になるんだね。知らなかったよ。
私は今日、初めてこの世界に来たことを恨んだ。
こんなことになるなら、お茶会をすっぽかせば良かった。そうしたら、予定外のフォスライナと会うことなんてなかった。シューベルトにもこんなに敵認定されなかった。私が参加しなければ……。
そんな負の感情ばかりが渦巻く。
私は予定よりも早くお城を後にすることになった。
なんとなくまだ帰りたくなくて、私は下町へ馬車を走らせる。お金なら多少持っているし、気晴らしに適当に散歩しよう。
下町に着き、馬車を降りて通りを適当に歩く。
あんな散々なお茶会、もう十分だ。元はといえば、義兄を侮辱したあいつらのせいだ。こんなに惨めな思いをしているのも、心が薄汚れているのも全部あいつらのせい。私は悪くない。
そんな負の感情に支配されながら歩いていると、小さな子供にドンッとぶつかってしまった。
「いってぇーなぁ!」
そうキッと思いきり睨まれて、イライラしていた私はつい、
「は?何様のつもり?」
と睨み返してしまった。
私の顔が怖かったのか、「ひっ」と少年は縮こまり、近くにいたこの子の両親と思われる夫婦が急いで駆けつけてきて、深々と頭を下げた。
「も、申し訳ありません!私たちが目を離したばっかりに。あの、どうかちゃんと言って聞かせますので許していただけませんでしょうか」
そこまで言われてハッと思い出す。私は今、それなりに豪華な服を着ている。王子にお呼ばれしたのだから、普段着よりも高い物だ。
ここ下町に普段貴族は足を運ばないし、来たとしてもお忍びなので、これほど豪華な衣装をしている人を見るのはそうそうないはずだ。
平民にとって、貴族とは恐ろしい存在だろう。怒らせたら殺されるかもしれない、そう思っている。だから私は今、この家族に怯えられているのか。
辺りを見回してみると、誰一人として私と目を合わせようとしない。すぐに逸らされる。関わりたくない、そんなオーラを出している。
関わりたくない。ついさっき、私がフォスライナに言ってしまった言葉。ああ、なんて私は最低なんだろう。そんな言葉を言ってしまったのは私であって、あの義兄を侮辱した彼らではない。今回悪いのは、明らかに私だ。それなのに、責任転嫁しようとしてた。
自分で犯した失態から目を背けようとするなんて、なんてダメなやつなんだろう。
「はぁ」
自分のダメさに落胆してため息をつくと、目の前の家族がビクッと身体を強張らせた。
「あなた、名前は?」
私が尋ねると、少年はビクッと飛び上がり親の後ろに隠れてしまった。両親もおどおどして怖がっている。
別に怖がらせたいわけじゃないけど、仕方ないか。
「怖がらせてしまったのならごめんなさいね。私、少し気が立っていたのよ。名乗りたくないなら別にいいわ。今度は人とぶつからないように気を付けるのね」
そう言って私は踵を返す。今の姿じゃ下町では目立ちすぎる。
私は馬車に乗り込んで、今度こそ家へと向かって貰う。
今回してしまった取り返しのつかないことは、ちゃんと報告しなきゃ。私のせいでお父さんや義兄の仕事が上手くいかなくなるのは嫌だ。正式に謝罪をして、罪に問われるのは私だけに留めてもらおう。
私はそう決意して、窓の外をキッと睨む。
今度は絶対に間違えないようにしよう。
推しNo.3の登場です。お茶会は散々な結果になりましたね……。次回はフォスライナ目線。彼からみた今回のお茶会についてです。