契約者となって
私のパートナーとなったクロウを膝の上で撫でながら、私はヘルマンとヴィントを見上げる。
「あの、なんか成り行きでクロウと契約しちゃいましたけど……大丈夫でしたか?」
元はビーヴィンの管理下にあったフェンリルなので、もし私がフェンリルをビーヴィンから奪い取った、なんて噂が流れたら困る、と不安になっていると。
「大丈夫だよ。むしろありがたいかな?ルナディールさんが契約者となったなら、この子に大人しくするよう命じれば研究もはかどるしね」
ヘルマンがにこりと笑顔で答え、ヴィントもそうだねと頷いた。
「その子が暴れなくなるんなら、ビーヴィンの皆も泣いて喜ぶと思うよ」
その言葉に安心しながら、私もにこりと笑う。
「それなら良かったです。クロウには後で、大人しくするように言っておきますね」
「ありがとう、助かるよ」
クロウを見ると、賢そうな瞳と目が合い、意図せず顔が緩んでしまう。もしクロウが成長して大人の姿になれば、背中に乗ることだって出来るかもしれない。そうなれば、また一つ私の夢が叶う。
あぁ、なんて私はついているんだろうと手の甲の魔法陣を見つめると。不意に、一つの心配事が出てきて私はヘルマンを見上げる。
「あの、この魔法陣って消えないんですか?流石にずっとこの魔法陣が手の甲にあると気になると言いますか、目立つと言いますか……」
私の言葉に、困ったように笑うヘルマン。申し訳なさそうな顔をして、
「ごめんね、僕も契約者は初めて見たから分からないんだ……契約の仕方とか、契約したらどうなるかとかは本に載ってるんだけど、魔法陣のことは何も書いてなくて……」
と言う。その言葉にショックを受けながら、私は魔法陣を見た。
もし、このままこの魔法陣が消えなかったら……すっごく目立つ、よね。だって、ちょっと光ってるんだよ?暗闇でも見えるんじゃ……いや、それは逆にありがたいのかな?だって明かりが常にあるわけだし……いやでも目立ちすぎでしょう!もし暗闇の中追っかけられていたら、すぐに自分の場所バレちゃうよ?それは困る。
舞踏会とか社交の場に出たときも、きっと凄く目立つんだろうなぁ……その光っている手の模様はなんですの?って聞かれたらなんて答えれば良いの。これはフェンリルと契約した印ですわ、なんて言ったら驚かれるに違いない。それに、ヘルマンも魔獣と契約する人を初めて見たって言ってたし。
これ、絶対私が変人として扱われる要素一つ増えたよね。
あぁ……クロウとパートナーになれたのは良かったけど、なんか面倒事も増えた気がする。
ぼーっと魔法陣を見つめていると。ペロ、とクロウが私の手を舐め、くぅん?と首を傾げる。その姿にまたきゅんとしながら、私は笑みを浮かべてクロウを撫でた。
「私と契約してくれてありがとうね。クロウのパートナーとしてふさわしくあるよう頑張るから、これからもよろしくね」
私の言葉に、わんっと元気に鳴いて尻尾を振るクロウ。本当に可愛らしい。
「あは、ルナディールちゃんクロウにメロメロだね。でも、もたもたしてるとせっかくのご飯が冷めちゃうよ?」
ヴィントがおかしそうに笑って言った言葉に、ハッとして私はハンバーグを見る。そういえば私、今食事中だった。すっかり忘れていた。
「ほんとですね、忘れていました。教えてくれてありがとうございます」
私はクロウを膝から下ろし、大人しく待っててねと優しく言う。するとクロウは、わんっと鳴いた後、椅子の隣に腰を下ろして目を閉じた。その姿を見てから、私はハンバーグと向き合いフォークを持つ。
「せっかくだから、僕たちもルナディールさんの食事が終わるまで待っていていいかな?クロウと一緒に帰らないと、サラに何か言われそうだから」
その言葉にもちろんですと頷くと、ヘルマンとヴィントは近くの席からそれぞれ椅子を持ってきた。ヘルマンは私の隣に、ヴィントはトヴェリアの隣に座る。
「それにしても、ルナディールちゃんは専属護衛の三人とご飯を食べていたの?」
テーブルの上に肘を置き、組んだ手の甲に顎を乗せてこてりと首を傾げるヴィント。その拍子にさらりと髪が流れ、やっぱりこの世界の男性は美しいなと感心してしまう。
「そうですよ。一人で食べるのは寂しいですからね」
パクッとハンバーグを口に入れると、時間が経ってしまったからか若干冷えてしまっていた。でも美味しい。
「ふぅん……でも、あんまり仲良くないみたいだね?」
急に発せられたその言葉に驚いてヴィントを見ると、ヴィントは目を細め、口の端を上げてゆっくりと続きを話し出した。
「僕、こう見えて結構人の機微に聡いから分かっちゃうんだよね。ルナディールちゃんと、ライアン、だっけ?二人のやり取りを見てたけど、なんだか素っ気なかったし距離とってたよね?お互いに意思疎通出来てないっていうかさ。その人もそう。さっきからルナディールちゃんの方を見て、ちらちらと顔色を窺ってはビクついている。君は……様子見って感じ?必要最低限目立たず、自分が不利益を被らないように生きてるのかな?どうしてこの三人が専属護衛に選ばれたのかは知らないけれど、もしルナディールちゃんが上手く付き合えなくて悩んでいるようなら、変えた方が良いよ。それに、クロウっていう最強のパートナーも出来たわけだし?常に召喚出来るなら、そもそも専属護衛とか要らないんじゃない?」
ライアン、ムルクリタ、トヴェリアの三人を順々に見、最後に笑顔を浮かべて私にそう告げるヴィント。
ヴィントに専属護衛は要らないと言われたことにも驚いたけれど、何より、ヴィントが私が思っていたよりも人のことをちゃんと見ていることに驚いた。少ししか一緒にいなかったはずなのに、私とライアンが少し気まずくなっていることに気付いていた。しかも、ムルクリタとトヴェリアまで。
トヴェリアについては私もよく分からず、一歩下がって私のことを見定めているのかなとは思っていたけれど。なんか、凄いな。
私がヴィントを少し尊敬していると。
「その顔、やっぱり当たってたのかな」
そう言っていたずらっぽく笑うものだから、つい私もつられてクスッと笑ってしまった。
「ヴィントさんって結構人のこと見てるんですね」
「ふふ、そうだよ?惚れちゃった?」
冗談めかして言うヴィントに、またも笑みが溢れる。さっきまでの食事の雰囲気とは大違いだ。やっぱりヴィントは雰囲気を柔らかくする才能でもあるのかもしれない。
「惚れてはいませんけど、尊敬しました」
「そっか、それは残念。でも、楽しそうに笑うルナディールちゃんが僕は好きだよ」
にこりと素敵な笑みを浮かべるヴィントに、ありがとうございますと答えてハンバーグを口に運ぶ。笑っているからか、ハンバーグもより美味しく感じられる。
「ルナディールさんって、専属護衛の皆と上手くいってなかったの?」
私たちの会話を聞いて、こてり、と首を傾げ不思議そうに尋ねるヘルマンがおかしくて、そうですねーと私も答える。
「確かに上手くいっていませんね。まぁ、ほとんど皆さん初対面のようなものですし。お互いにどんな人か分からなくて、関係も浅いですから信頼も意思疎通も何もないのですよ」
そもそも信頼は時間をかけないと得られないものだし、まだ十分なコミュニケーションも出来ていない。上手くいかないのは当たり前だ。
そう思ってヘルマンに言うと。ヴィントはぷっと面白そうに吹き出し、ぶっちゃけるねルナディールちゃん、と笑った。
そこでちら、と専属護衛の三人を見てみると、三人とも非常に微妙な顔をしていて、居心地が悪そうだった。まぁ、皆の前で関係が上手くいっていない、なんて言われれば居心地が悪くなるのもしょうがない。
「でも私、三人を専属護衛から外すつもりはありませんよ。もちろん、辞めたいですと言われれば反対しませんけれど……私はこれから時間をかけて彼らと信頼関係を築き、一緒に過ごしていきたいと考えていますから」
にこりと笑って自分の考えを告げると、そっか、と笑ったヴィント。
「ルナディールちゃんがそう決めたのなら、僕は応援するよ」
ヘルマンも笑って、頑張ってねと応援してくれた。その温かい空気に和みながら、私は最後の一口をパクッと食べる。完食したご飯は、なんだかぽかぽかと温かな気持ちになる料理だった。
「ごちそうさまでした」
ふぅ、と息を吐き、私はお金を払いに行こうと立ち上がった。すると専属護衛の皆もついてこようと席を立ったので、大丈夫だからと制し私は一人で会計へと向かう。流石にお会計するだけなのについてきてもらうのは恥ずかしかった。
私が歩くと、その横をとてとてとくっついてくるクロウ。その愛くるしい姿に笑みを浮かべながら、私はオリバーの元へ行きお金を渡した。
「ごちそうさまでした、今日もとても美味しかったです」
笑顔で言うと、オリバーもありがとうございますとふんわりと笑った。
「料理を美味しいと言って食べてくださる方がいると、私たちシェフも作りがいがあります」
「それは良かったです。また食べに来ますね」
にこりと笑ってオリバーと別れ、皆と合流する。食堂から出た後はクロウをビーヴィンへと戻すため、私たちはそのままビーヴィンへと向かった。鞄はトヴェリアが持つと言ってくれたので、その言葉に甘えることにした。
私にヘルマン、ヴィント、それに専属護衛の三人という大人数で魔研の廊下を闊歩する私たちは、とても目立った。行きよりも注目を浴びながらビーヴィンへと戻ると、やはりそこでも注目を浴びた。
今度は人数にではなく、私の手の甲にある契約の魔法陣とクロウに、だけど。
それからクロウの取り扱いについてどうするかを話し合った私たち。
本当は契約者の元で魔獣も暮らすのが良いのだろうけれど、残念ながらクロウはビーヴィンの管理下にある。私が引き取るという話もあったけれど、それではビーヴィンがフェンリルの生態研究が出来なくなり困る、とヘルマンがしぶったのでその話はなくなった。ヘルマンはフェンリルの研究をしたくてたまらないらしい。
私としても、勝手にクロウと契約して家に持ち帰ったら、家族になんて言われるか分からないので、ビーヴィンで預かってくれるのなら大変ありがたかった。ここには魔獣に詳しい人がたくさんいるし、万が一クロウが体調を崩した時も治療出来る人がいる。これほど安心なことはない。
クロウはビーヴィンに住み、ヘルマンたちの研究に一役買う。クロウはビーヴィンの皆からお世話をしてもらう。Win-Winの関係というやつだ。もちろん研究はクロウの負担にならないものに限定してもらった。痛みが伴う実験とか、そういうのは全て無しだ。もちろん、魔獣大好きなヘルマンがそんなことをするとは思えないけれど。
クロウの取り扱いが決まったら、今度は手の甲の魔法陣がちゃんと起動するかのチェックをした。いざ召喚しようとしても出来なかったら大変だからだ。
契約について書かれてある本を貸してもらい、隅から隅まで読み込む。すると、知らなかった契約についての知識が増え、私はまたなんてことを知らないうちにやってしまったのだろうと一人頭を抱えてしまった。
どうやら魔獣と契約するというのは、かなりのリスクを伴うものらしかった。契約は相手の行動を縛ることになるので、契約する方もそれなりの代償を払わなければならない。
まず、契約するには互いの想いが重要になる。お互いに契約したいと思っていれば、第一関門突破。契約する権利が与えられる。
私の場合、クロウはなぜか最初から私を好いてくれていたので、この条件をクリアするのは簡単だった。恐らく、私が食堂でクロウを抱きしめ、ペットにしたいと強く思ってしまったから、そこで互いに契約したいと思っていると見なされたのだろう。
次に、契約者の魔力だ。契約をするには、相手を縛るための魔力が必要になる。契約者の魔力が縛る相手より高くないと、契約は成立しない。もし自分の魔力が低いのに無理に契約を行おうとしたら、魔獣が持つ魔力を押さえ込めず、耐えられなくなって死んでしまう。
つまり、もし私がクロウよりも魔力が低ければ、私はあそこで死んでいたことになる。フェンリルの魔力は高いことで有名だ。だから、本当に危なかった。もしかしたらギリギリだったかもしれない。魔法に魅入られて、馬鹿みたいに肉体改造をして魔力を上げた自分に感謝した。
……それにしても、フェンリルを押さえ込める程の魔力だなんて、一体どれほどの魔力を私はこの身に宿しているのだろう。考えると恐ろしくなり、私はブルッと身震いした。
とにかく、契約とは生半可な気持ちで行って良いものではない。まして、成り行きで契約しちゃいましたーなんてもってのほかだ。私は危うく死ぬところだった。今生きている事が奇跡だ。なんて無知とは恐ろしいのだろう。
もしフェンリルと契約しちゃいました、なんて家族に言ったら、絶対に怒られるに決まっている。なんて危ないことをしたんだ、と。私も契約のリスクを知った時は青ざめた。
しかし、契約してしまったら後は特に何もないらしい。召喚するときに少し魔力を使うみたいだけれど、契約時にかかった魔力の三分の一ほどで済むらしい。一体どれほど吸われるのか分からないが、死ぬことはないみたいだ。もちろん、大魔法を連発した後にクロウを召喚すれば、魔力枯渇で死ぬかもしれないけれど。
そう考えたら、心の底から自分の魔力数値が知りたくなってくる。残りの魔力はこれぐらい、とか分かるようにして欲しい。……まぁ、フェンリルを押さえ込めちゃうくらいの自分の魔力の数値を見るのも怖いけれど。
とにかく、召喚には呪文が必要らしく、私は本に書かれている文章を丸暗記した。その呪文が、『~~よ、契約に従い我の前に姿を現わしたまえ。召喚!』だった。もの凄く覚えやすい単純なもので助かった。~~のところを契約している魔獣の名に変えれば、召喚の呪文は皆共通らしい。
試しにやってみるとちゃんと召喚されたので、私が本当にクロウの契約者なんだと改めて思った。目の前に魔法陣が現れ、ヌッと出てくる姿は見ていて不思議な気持ちになった。
因みに、召喚を解くとクロウは召喚前にいた場所まで戻されるらしい。これで私がいつ召喚しても、ちゃんとクロウがビーヴィンに戻れると分かったので安心した。
召喚についての知識を蓄え、ある程度試した後。無事にヘルマンから依頼完了の言葉をもらってその日の依頼は終了した。フェンリルの研究が安全に出来るようになったから、ということで、報酬に魔獣のブラシと幻の魔獣がたくさん書かれている本を貰った。
本は分厚くていかにも高そうな物だったので、こんなに良い物を貰って本当に良いのかと何度もヘルマンに確かめた。するとヘルマンは素敵な笑顔で、僕はもうその内容全て覚えちゃっているから大丈夫、どうせなら魔獣が大好きなルナディールさんに貰って欲しいと言ってくれたのだ。
こんなに素敵な本をくれるなんて、ヘルマンはもしかしたら神様なのかもしれない。とても嬉しくてテンションが上がり、私は何度も何度も頭を下げてお礼を言った。
それからは部屋に戻り、読書タイムだ。早速ヘルマンから貰った本を開いてみる。内容はドラゴンや龍など、この世界に本当にいるのか分からない幻の魔獣についてのものだった。
中にはフェンリルもちらっと載っており、もしかして私はまたとんでもないものをパートナーにしてしまったのでは、と考えたけれどすぐにその思考を追い払った。もう契約者になってしまったのだから、今更取り消すことなんて出来ない。考えてももう仕方が無いのだ。
私は食い入るように本を見つめ、どっぷりと本の世界に浸った。もう、自分が魔研にいることも、専属護衛三人が立ったまま護衛していることもすっかり忘れてしまうほど、熱中した。
フェンリルのパートナーとなったルナディール。次回はレティーナとのお茶会ですが、紹介される人物がまさかの人物で、また一波乱起きそうです……




