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フェンリルとの出会い

「魔獣のお世話の依頼を受けました、ルナディール・ロディアーナです」

 コンコンコン、とノックし部屋に入ってそう告げれば、慌ただしかった室内が一瞬で静まり返った。

 一瞬時が止まったように感じた後、パリーンと何かが割れる音がして、皆はまた慌ただしく室内を走り回る。

「そっちに行きました、捕獲お願いします!」

「ここら辺ガラス落ちてるので注意してください!」

「あーっ、待ってそっちダメ!」


 ガヤガヤと騒がしい室内に圧倒されていると、ヘルマンがにへらと笑いながら、ごめんね~と言って私の元までやってくる。

「実は、最近保護した魔獣がまた逃げ出しちゃってね。今捕獲作業でバタバタしてるんだ」

「それは……大丈夫なのですか?」

 ちら、と未だ慌ただしく動く人たちを見ながら尋ねると、ヘルマンは頭を掻きながら、

「大丈夫じゃないかな~、いつものことだし」

 とおっとりと言葉を返す。

 この雰囲気に似つかわしくないヘルマンの態度に、つい苦笑してしまう。


「リーダーそっち行きました!」

 そんな時、急に一際大きな声で誰かが発し、へ?とヘルマンが振り返る。すると何か黒い物体がヘルマンの横をすり抜け、私に衝突してきた。

「ぐはっ」

 いきなりお腹に攻撃を食らった私は、咄嗟に飛び込んできた何かを掴みながら思いっきり尻餅をつく。

「大丈夫ですか、ルナディール様!」

 慌てて駆け寄るライアンに、大丈夫と返事をしながら胸に抱いた何かを見る。するとそれは、真っ黒な毛並みが美しい小さい子犬だった。くりくりとした目が可愛らしく、こてりと首を傾げて私を見上げている。


「何やってるんですかリーダー!彼女が怪我でもしたら大変ですよ!」

 慌てて駆け寄ってきた女性に、大丈夫ですか?と優しく尋ねられる。その女性が見学に来たときに、ヘルマンと一緒にいた人だと気が付きにこりと笑みを浮かべて頷く。

「それより、この子は?」

 大人しく私の腕の中に抱かれている子犬を見ながら尋ねると、ヘルマンが目を輝かせて説明を始めた。


「その子はね、この間森で弱っているところを助けてここで保護している魔獣なんだ。フェンリルって知ってるかな?僕も生で見るのは初めてでね、今この子のお世話をしながら生態とか色々調べているんだ。でもこの子、結構わんぱくな性格らしくて、怪我が治った途端ずっとこの調子なんだよ。よく檻を脱走しては部屋の中を滅茶苦茶に走り回って備品とかいろいろ壊しちゃって……」

 ペラペラと楽しそうに話すヘルマンに、本当に魔獣のことが大好きなんだなと思う。

 それにしても、この子がフェンリル。フェンリルってとっても強いレアなやつだよね。まさか本物が見られるなんて。


 ふわふわした毛が気持ちよくて、ついもふもふと触ってしまう。試しに頭を撫でてみると、クゥンと可愛らしく鳴いて目を細めたので、私の心は見事に打ち抜かれた。

「可愛い~~」

 思わずぎゅっと抱きしめると、フェンリルはペロペロと顔を舐めてきた。

「わわ、凄いねルナディールさん。この子、触ろうとするとすぐに逃げちゃうのに。波長か何かが合ったのかな?」

 興味深そうにヘルマンがじっと私とフェンリルを見つめたので、だったら嬉しいですと笑って答える。


「ちょっとリーダー、呑気に見守っていないでください!ロディアーナ様も気を付けてください、それは可愛い見た目をしていますが、とても凶暴な魔獣なんです。檻を噛み砕いてしまうくらいなので、人間なんてすぐに食いちぎられてしまいますよ。大人しい今のうちに、新たな檻に入れてしまいましょう」

 女性がそう言ってフェンリルに手を伸ばせば、フェンリルはその手から逃れるように私の腕から飛び出し、私の背後から牙を向いて威嚇した。グルルルル、とすごい殺気だ。


「ほら、怖がっちゃったじゃないか。今までこの子が人間を食べたことはないんだから大丈夫だよ」

 ポンポン、とあやすように女性の肩に手を置き、女性は目をつり上げてヘルマンに怒鳴る。

「貴方がそうやって魔獣を甘やかすから毎回こんなことになるんですよ!?この惨状を見てください、また出費が増えてしまいました!」

 ほら、と指指す先を見れば、確かに大惨事だった。

 床に紙が散らばり、棚から落ちたのだろう瓶は床で割れて中身が溢れている。フェンリルがいたのだろう空の檻は無残にもかみ切られていてボロボロだ。

 箒を持って掃除をしている人たちはとても疲れた顔をしていて大変そうで、女性の苦労が伺えた。


「確かに、この子が来てから物が壊れる頻度が増えたけど……でも、フェンリルだよ?ここで逃せば次いつ会えるか分からない。今研究しないでいつするの?それに、詳しく生態を調べられれば貰えるお金が増えるかもしれないし……」

「その前にビーヴィンが破産してしまいます!!」


 始まってしまった喧嘩に苦笑しながら、私はゆっくりと立ち上がる。フェンリルは大人しく私の足下で寝転がっていた。とても可愛い。

「えーと、お話中申し訳ありませんが……わたくしは何をすれば良いのでしょう?」

 こてりと首を傾げれば、あぁ、とヘルマンが私に目を向けてにこりと笑う。

「そういえば、依頼を受けてくれたんだったね。えーと、檻にいる魔獣に餌をあげたり檻の掃除をしてもらいたいんだけど……」

「ちょっとリーダー、ロディアーナ様に何をさせるおつもりですか!?雑用なんていけません!」

 ヘルマンの説明を途中で遮り、ブンブンと首を振る女性。

「ただでさえビーヴィンはお金の無駄遣いじゃないかと思われているのに、ロディアーナ様に雑用をさせたなんて広まれば、一瞬でここが無くなってしまいますよ!?もっと考えてから発言してください!」

「まぁまぁ落ち着いてサラ。あ、じゃあ、フェンリルのお世話をしてもらえば良いんじゃないかな?あの子もルナディールさんには懐いているみたいだし、危険は無いと思うよ。身体を洗ってあげたり、ご飯を食べさせたり、ブラシをかけてあげたり、一緒に遊んだり……」

 ちらっと私の方を見ながら言うヘルマンに、それは良いですね!と賛同する私。

「この子のお世話ならやってみたいです!とても可愛らしいですから」

 足下にいるフェンリルを見つめると、女性は、危ないですよ!?と私を見た。


 まぁ確かに、檻の惨状を見ればフェンリルの凶暴さは分かるし、タックルされたときは結構痛かったので強いんだなとは思ったけれど。

 それでもこの子はとても可愛らしいし、何より今は大人しい。ヘルマンが言っていたみたいに、何か波長が合ったのかもしれない。

 とにかく、何も危険は感じなかったので、私は是非ともこの子と戯れたい。


 そう思って私は女性を真っ直ぐと見つめ、にこりと微笑む。

「ご心配ありがとうございます。ですが、この子は今のところ大人しいですし、大丈夫ではないでしょうか。わたくし、この子に一目惚れしてしまいましたので、是非ともお世話をしてみたいのです。危ないと感じたらすぐに引きますから、ここはどうかこの子のお世話を許してはくださいませんか?こう見えてもわたくし、自衛の術は心得ておりますから」

 何かあれば魔法を使えば何とかなるだろう、と考え言葉を発すと。

 しばらく思案するように私を見つめた後、はぁ、と一つため息をついた。

「……分かりました。そこまでおっしゃるのでしたら、お願いいたします」

 ペこりと頭を下げる女性に、ありがとうございますと私も頭を下げる。


「……ですが、必ずリーダーと共に行動してください。万が一の事があれば大変ですから。こんなダメなリーダーでも、魔獣についての知識はここにいる誰よりも詳しいです。あと、もしリーダーが失礼な事をしたら、すぐ私に言ってくださいね。叱りますから」

 キッとヘルマンを睨みながら言う女性に、つい苦笑しながらお礼を言う。

「ありがとうございます。……ええと、お名前を伺ってもよろしいでしょうか」

 私が名前を尋ねると、女性は少し驚いた顔をし、そういえば名乗っていませんでしたね、すみませんと謝る。それから柔らかく微笑み、

「私はサラ・ボルドーと言います。どうぞサラとお呼び下さい」

 と名乗る。私もにこりと微笑み、淑女の礼で返す。

「サラ様ですね。もうご存じかとは思いますが、改めまして、わたくしはルナディール・ロディアーナと申します。わたくしのこともルナディールとお呼び下さいませ」


 私の態度に驚いたような顔をした後、

「私に敬語は不要ですよ。様付けも要りません。呼び捨てで大丈夫です、ルナディール様」

 と笑顔で言った。その言葉に感謝しながら、

「それではサラさんとお呼びしますね。敬語についてはヘルマンさんにも言いましたが、外すにはまだ少し抵抗がありますので……なるべくかしこまらないように気を付けます」

 すみません、と正直に言うと、分かりましたと優しく笑ったサラ。ヘルマンに向けるつり上げた目ではなく柔らかい眼差しなので、とても親しみやすく感じる。


「ええと、二人ともお話は終わったかな?」

 話が一段落したところでヘルマンが聞き、私はこくりと頷く。するとヘルマンはにっこりと笑って、

「それじゃあ早速フェンリルのお世話を始めようか!」

 と声を弾ませた。その様子にサラは一つため息をつきながら、

「すみませんが私はここで失礼させていただきます。仕事が立て込んでいますので」

 と一つお辞儀をして部屋から出て行った。


 サラを見送った後、ヘルマンは、少しここで待っていてねと言って奥へと消えてしまった。何か物を取りに行ったのかもしれない。

 私は足下で気持ちよさそうに寝っ転がるフェンリルを眺めて、ヘルマンの帰りを待つことにする。


 しばらくぼーっとフェンリルを見つめていると。

「あれ、その美しい後ろ姿はルナディールちゃん?」

 聞き覚えのある声にパッと振り向くと、私と目が合ったヴィントはにっこりと素敵な笑顔を浮かべ、やっほーと片手を挙げて近付いてきた。


「やっぱりルナディールちゃんだ。何、もしかしてビーヴィンに来ることにしたの?」

 私の側まで来ると、急に近付いてきたヴィントに驚いたのか、フェンリルはバッと勢いよく立ち上がり、私の後ろからグルルルルと威嚇し出した。

「えっ、フェンリルがなんでそこに。また脱走したの?ルナディールちゃん、危ないからこっちにおいで」

 威嚇するフェンリルから遠ざけるように、ヴィントが私の腕を取り側へ引き寄せる。するとフェンリルはヴィントに思いっきり体当たりし、その衝撃で私もろとも後ろに倒れてしまった。


「ぐはっ」

「うわっ」

 お腹にアタックされたヴィントは、後ろに倒れながらもなんとか私を抱きしめ守ってくれ、大丈夫?と耳元で囁いた。

 私は吐息たっぷりのその声にビクつきながらも、こくこくと頷く。

「だ、大丈夫です!ヴィントさんのお陰で身体にダメージはありませんでした。それよりヴィントさんの方こそ大丈夫ですか?」

 バックハグをされている状態なので、緊張してつい早口になってしまう。腕で優しくホールドされているせいで身動きも取れず、私はヴィントの腕の中で石のように固まったまま口だけ動かす。


「うん、なんとかね。ルナディールちゃんに怪我がなくて良かった」

 至近距離で聞こえるヴィントの優しい声に、言葉が出なくなっていると。

「すみませんが、ルナディール様を解放していただけませんでしょうか。とても困っておられます」

 ライアンがヴィントを見下ろしながら告げたので、ヴィントは一瞬身体をビクリと強ばらせてから、

「そっかそっか、ごめんね」

 と手を離した。私は解放されたことにホッとしながら、ゆっくりと立ち上がってライアンにお礼を言う。それから、未だ声を上げて威嚇しているフェンリルの元へ行き、よしよしと頭を撫でる。

「こらこら、落ち着いて。ヴィントさんは悪い人じゃないから、吠えなくて大丈夫だよ」

 よしよーし、と柔らかく声をかけ続けていると、フェンリルも落ち着きを取り戻したのか、クゥンと小さく鳴いてお座りをした。その様子が可愛らしくて、私はつい抱き上げてしまう。


「良い子だね~。これからは誰彼構わず人にタックルしちゃダメだよ?キミは強いんだから。怪我したら大変でしょ?」

 左手でよしよしと頭を撫で回していたら。

「え、待ってフェンリル手懐けちゃってるの?あんなに凶暴な魔獣なのに?」

 信じられない、とヴィントが目を丸くしたので、私はにっこりと笑ってヴィントを見る。

「ヘルマンさん曰く、波長が合ったらしいですよ。こんなに可愛らしい子に懐かれて幸せです~」

「わぁ、これは驚いたな。ルナディールちゃん、やっぱりビーヴィンの素質あるんじゃない?ビーヴィンにおいでよ」

 またされた勧誘に、フェンリルと一緒に過ごす魔研生活を想像し、それもありだなぁと考えていると。


「あれ、ヴィントくん?君がここに来るなんて珍しいね。何かあったの?」

 何か木箱を持って帰ってきたヘルマンが、ヴィントの姿を見て首を傾げた。

「別に?気まぐれ。でも、来て良かったよ。まさかルナディールちゃんに会えるとは思わなかったから」

 ヘルマンの方を少しだけ見たヴィントは、サラッと答えてすぐ私の方を向く。

 同じ省のリーダーに対する口の利き方がため口だったことに少し面食らいながらも、私はスルーしてお帰りなさいとヘルマンに言う。

 するとヘルマンは、またにへらっと笑った後、待たせてごめんねと謝った。

「この木箱に餌とかブラシとか石けんとか、いろいろ入れていたら遅くなっちゃってね」

 その言葉に、もしかしてフェンリルのお世話でもするつもり?と首を傾げるヴィント。ヘルマンはそれにこくりと頷き、あぁそうだ、とヴィントを見てにこりと笑った。


「良ければヴィントくんも一緒に行かないかい?ルナディールさんに何かあったら困るからね。ネレイドの君もいてくれれば安心だよ」

「もちろん行くよ。僕もルナディールちゃんとはもっと仲良くなりたいからね」

 にこりと微笑んで、長い髪を手で後ろに払いながら即答するヴィント。アニメだと、ここでキラキラとした効果音が流れるんだろうな。


「ということで、今日は一日よろしくね、ルナディールちゃん」

 素敵な笑みを浮かべるヴィントに、よろしくお願いしますと私も頭を下げ、にこりと微笑む。

 それにしても、ヴィントがネレイドだとは思わなかった。まさかビーヴィンで二番目に偉い人だったなんて。そんな地位にいる人なら、ヘルマンさんにため口でも違和感はない。ジャミラドとティルクみたいな関係なのだろう。


 人は見かけによらないな、と改めて思いながら、私はフェンリルを抱っこしたまま、ヘルマン、ヴィント、ライアンとともに外へと向かうのだった。

可愛いフェンリルの登場です。もふもふのフェンリル、私も触ってみたいです……次回はお世話のお話です。

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