いざ保管庫へ
無事専属護衛が決まってしまった私は、ここからどう過ごそうかと考える。
本当は、今日一日でゆっくりと決めるはずだったのに、もう決まってしまった。まだお昼にもなっていないのに。
「ルナディールはこれからどうするのですか?」
フォスライナににこりと微笑まれながら聞かれ、私は頬に手を当て、どうしましょう、と首を傾げる。これ以上お城で醜態をさらすわけにはいかないので、一つ一つの仕草にも気を配る。
「今日は一日かけて専属護衛を決める予定でしたから、この後の予定は決まっていないのです」
「魔法研究所には行かないのか?ここから近いだろう」
シューベルトに言われ、私は困ったように笑いながら、
「それが、魔法研究所に入るために必要な身分証を今持っていないのです。なくしたら大変ですから、お家に置いてきたのですが……やはり常に携帯すべきでしたわ」
と発す。私の言葉に、そうだったのか、と頷くシューベルト。
「それならば、城の図書室にでも行けば良いのではないか?なんなら、魔法研究所から持ってきた資料を保管してある場所にでも案内してやるぞ」
にかっと素敵な笑みを浮かべそう提案するシューベルトに、本当ですか!?と私は目を輝かせる。
「それは素晴らしいですわ!わたくし、是非とも魔法研究所から持ってきたという資料を読んでみたいです!」
「そうか。なら俺が案内しよう」
意気揚々と立ち上がり、ほら、と手を差し出してくれるシューベルト。私は嬉々としてその手を握り、すぐに義兄にちょっと待ったと制された。
「なぜシューベルト様がルナディールをエスコートするのでしょうか。エスコート役は義兄である私がします」
そして、義兄が私の手をシューベルトから奪う。
「いや、俺が場所を案内するのだ、俺がエスコートするのになんらおかしな点はない。そもそもエスコート役は義兄と決まっているわけでもないだろう」
義兄に奪われた私の手を、素早く取り返すシューベルト。
「ルナディールは婚約者がおりませんので、義兄がエスコートするのが普通かと」
あっちにこっちにと私の手が移動され、私は困惑する。
なんでこんな状況に陥っているんだろう。別にエスコートなんて誰でも良いだろうに。
それこそ前世の記憶を取り戻した最初の頃は、推しにエスコートされることが嬉しすぎてガッチガチに緊張していたけれど、今はもう流せるようになっている。人間の慣れとは恐ろしいものだ。エスコートされることが普通と思えるようになってしまった。
それに、手を握られることなんて今までたくさんあったから、こんなことではもう心が動かなくなってしまったのかもしれない。この世界は前世と比べて触れ合いが多すぎる。貴族って本当に大変だ。
「お義兄さま、シューベルトさま、そのくらいにしてくださいませ。こんなことに時間を使うよりも、文献を読むのに時間を使いましょう?」
私が二人から手を離し、にこりと笑うと。
「……分かった、こっちだ」
シューベルトが一つため息をつき、すたすたと前を歩き出した。
「それではルナディール、私が代わりにエスコートしてあげましょうか?」
シューベルトが歩きだした瞬間、不意に隣に現れ、すぐさま私の手を取ったフォスライナ。
これじゃまた義兄になんか言われるよ、と思いちらりとフォスライナの反対側をにいる義兄を見上げると。義兄はとても不満たっぷりな顔をしていたけれど、特に何も言ってこなかった。
私は義兄の態度にこてりと首を傾げながらも、義兄がダメと言わないのならば、ここは素直に頷いておくしかないと考え、
「では、よろしくお願いします、フォスライナさま」
と笑顔で言った。私の言葉を受け取ったフォスライナは、はい、とふんわりと笑って優雅にエスコートしてくれる。
それにしても、どうしてシューベルトには注意をしてフォスライナには何も言わないんだろう。
義兄がシューベルトのことが嫌いだから?いや、でもフォスライナの時も不満そうな顔していたよね。
……というか、シューベルトも一応フォスライナとおんなじ王族なんだけどな。王族の命令が絶対ならば、シューベルトのエスコートを断るのは不敬に当たるのでは?若干義兄の当たりが強いのも不敬に当たってしまう気がする。
そこでちら、と目の前を歩くシューベルトに視線を向けるも、シューベルトは別に気分を害したような感じはしなかった。
もしかして、シューベルトと義兄って私の知らないところで仲良くなったりしたのだろうか。少しの不敬ぐらい許されるような仲にでもなったのならば、今の出来事の説明もつく。
……お友達になった、とか……?シューベルトにも義兄にも、お友達出来ますようにって祈ったお守りをあげたのだから、同じ効果を持つ者同士仲良くなることもあるのでは。
あれ、でもそれと同じ効果のやつをフォスライナにもあげたよね。なのにフォスライナとはまだ仲良くなっていないのかな。おかしいなぁ。
むぅ、と眉間に皺を寄せて考えていると。
「ルナディール、何をそんなに難しい顔をして考えているのですか?考えながら歩いていると危ないですよ」
フォスライナに注意されてしまい、私は思考の海からザパッと飛び出す。
「いえ、何でもありません。これからどれほど素晴らしい文献と出会えるのかに思いを馳せていただけですわ」
にこりと笑い適当に誤魔化すと、フォスライナは苦笑して、そんな顔には見えませんでしたよ、と言った。
そりゃあそうだろう。実際は全く別のことを考えていたのだから。でも、義兄とシューベルト、そしてフォスライナの関係性について考えていました、なんて言えないもの。
そこで私は話を変えるべく、後ろを振り返り、少し離れたところにいるライアンとムルクリタ、トヴェリアに話を振る。
「ところで、三人もついてくるのですか?別に護衛は今日からでなくても良いのですが……」
私の言葉に、曖昧に笑ったライアン。
「私は今日からでも良かったのですが……ルナディール様がお嫌でしたら、席を外させていただきます」
その言葉に、こくこくと頷いたムルクリタとトヴェリア。その様子が、完璧に親分と子分って感じがして面白かった。まぁ、ランクが四つ上な上に、リーダーだからね。萎縮するのも仕方がないか。
「いえ、嫌だなんてことはありませんわ。ただ、騎士の皆さんはいろいろとご多忙そうですから、もし忙しいのならば無理についてこなくても大丈夫ですと言いたかったのです」
私の言葉に、なるほど、と頷き爽やかな笑みを浮かべたライアン。
「それならば心配ご無用です。通常訓練よりもルナディール様の護衛を優先するように、と仰せつかっておりますので」
「それは……大丈夫なのでしょうか?護衛があるといえど、一日でも訓練を怠れば、それだけで身体が鈍ってしまいます。特にわたくしの場合、一日のほとんどを魔法研究所で過ごすわけですから、皆さんの負担が多くなってしまうのでは……」
流石に私のせいで寝る時間が減ったり、負担が大きくなるのは避けたい、と考えて顔を顰めると。
「ルナディール、専属護衛とはそもそもそういうものですよ。誰かを守るという責任が増えるわけですから。特に、ルナディールを守る彼らは強くなくては困りますし、専属護衛に選ばれたという名誉を得たのです。負担が大きくなるのは当たり前ですから、ルナディールが気にすることではありません」
にこりと笑ってフォスライナが言うので、私は黙らざるを得なくなってしまった。
まぁ確かに、専属護衛を頼むってことは普通に考えて、相手に負担を増やすってことだもんね。
軽い思いつきからこんな大事になってしまったけれど、元は私が言い出してしまったことだ。今更負担が増えるのが申し訳ない、とかうだうだ考えていたら逆に失礼かもしれない。だったら最初から専属護衛とか面倒なことを言うなよって言われてしまう。
私は改めて、三人に余計な負担を増やしてしまったことに申し訳なくなりながら、
「皆さん、これからよろしくお願いします。皆さんのような素敵な騎士を専属に出来たことを誇りに思い、わたくしも守られるのにふさわしい令嬢であるよう心がけます。……もし、もうわたくしの護衛なんて嫌だと思ったら遠慮せずに言ってくださいませ。頑張って他の方を見つけますから」
と笑顔で言った。
三人にはみっともない姿をさっき見られたばっかりで、全く信用されないかもしれないけれど、それでも自分なりに素敵令嬢を目指して頑張るつもりだ。
私の言葉を受け取ったライアンは、少し驚いたような顔をした後。
「こちらこそよろしくお願いいたします。私もルナディール様の専属護衛として、ふさわしくあるよう努力したいと存じます。ですので、もし何か気になる点がありましたら、気にせずどんどん仰ってください」
にこりと微笑んでそう言った。
「俺も!ルナディール・ロディアーナ様の専属護衛として日々精進していきます!ライアン様に比べればものすごい下っ端ですけれど、こんな俺でも選んでくれた貴女様のために、命をかけて守ります!」
「私も貴女様のお側にいて恥ずかしくないよう、自分を鍛えていきます。若輩者ではありますが、これからよろしくお願いいたします!」
ライアンの言葉に続き、ムルクリタとトヴェリアもそう宣言する。命をかけて、とか私にふさわしいように、とか、大袈裟すぎる言葉だったけれど、私はそれに笑顔で頷いた。
……それにしても、命をかけて守る、か。
よくよく考えてみれば、私は悪役令嬢ルートだとバッドエンドで殺されてしまう運命だ。もしこれから私がとんでもない事をやらかして、皆からの好感度が急降下してしまったらどうなるんだろう。
好感度が下がれば悪役令嬢ルートでバッドエンドまっしぐらなのだから、そうなったら専属護衛は解雇した方が良いのでは。私の巻き添えで悪役にされたり殺されるのは可哀想だ。
でも、もし主人公ルートに入っていたら、少なくとも誰かに殺されることはない。死ぬとしたら何かハプニングに巻き込まれて、私が対処出来なくて死ぬパターンだ。
私はあの主人公ルートのルナディールみたいに、奇想天外な発想で危機を脱することは出来ないだろうし、運もなさそうだからきっと死んでしまう。そうなったら、優秀な専属護衛は強力な味方となる。
あぁ、私が今どのルートのルナディールなのかが分かれば良いのにな。でも、魔研に行ったりと好き勝手なことしてるせいで全然イベントに会わないし、社交系のものもほとんど断っているから他のキャラがどう行動しているのかが分からない。
真の主人公は下級貴族だから、そもそも上級貴族の私とはあんまり会う機会がないし。
というか、本当にあの子は今何をしているんだろう。フォスライナやシューベルトとかと会ってないのかな。私と同い年だから、絶対誰かともう運命的な出会いを果たしているはずなのに。
でも、誰もそんな雰囲気見せないからなぁ……もしかして、まだ会ってないあの人と恋に落ちていたりするのかな。
あの人は神出鬼没のワイルド系貴族だ。あれはなかなか癖が強い。私だったら絶対に弄ばれる。そんな未来しか見えない。
真の主人公は、初対面で彼をコテンパンにするんだよね。あの毒舌は凄かったなぁ……自分が言われたら一生立ち直れないレベル。それで、興味を持ったワイルド系貴族がめちゃめちゃ攻めていくっていうね。
あの攻め具合は凄かったな。そして心の底から嫌そうな顔をした真の主人公の顔は、なかなか忘れられない。切り返しもなかなかだった。
あれは本当に面白かったなぁ。是非とも実際に見てみたいシーンだ。
……それにしても、これって本当に私が知ってる作品の世界なのだろうか。自分の知っているシーンとなかなか出会わないから、本当は違う世界なのではと疑ってしまう。
キャラは同じだけど、違う世界線の話とか言わないよね。
とにかく、直接真の主人公と会ってどうなっているか確認したいっ!
そう考えていると。
「ついたぞ」
シューベルトの声が聞こえ、私はハッと現実に返る。
「ここにあるのですか?」
てっきり図書室にあると思っていた私は、違う場所に連れてこられて首を傾げる。すると、シューベルトはにやりと笑って、大きな扉をぐいっと押し開けた。
黙って中に入るシューベルトに続き、私たちも皆で中に入る。
シューベルトは部屋の電気を付け、辺りは一気に明るくなった。
私たちが入った部屋は、お城の割には少し小さめの部屋で、殺風景だった。中央に丸いテーブルと、それを挟むようにソファが置いてあり、奥には執務用のものか、机と椅子がちょこんと置かれていた。カーテンは閉まっており、窓横に置かれている観葉植物は少し悲しそうに見えた。
普段は全く使われていなさそうな部屋。シューベルトは右壁に鎮座している、二つの本棚の前まで歩いて行き、こっちだ、と私を手招きした。
私がシューベルトの側まで行くと、シューベルトは右の本棚を少しだけ前にずらし、後ろに出来た僅かな隙間に手を入れた。そして、カチッと何やら音がした後。
ズズズズズ、と急に本棚の横の壁が開け、地下へと続く階段が現れた。
「えぇっ、階段!?」
驚いて思わず顔を上げると、シューベルトはにやっと笑って、そうだ、と頷いた。
「ここはもう使われていない元執務室でな。これは俺が昔、勉強を投げ出して城を探索していた際に見つけた秘密の地下室だ。ここに魔法研究所からの資料や魔道具は全て保管してある」
胸を張り、満足気に話すシューベルトに、こんな場所に保管して大丈夫だったの?とフォスライナを見つめる。言葉は発さなかったけれど、私の視線に気付いたらしいフォスライナが、唇の前に人差し指を当て、
「これは秘密ですよ?保管場所への移動はシューベルトと数人の信頼出来る使用人のみで行いました。この地下室の存在を知る者は少ないので、あまり言いふらさないでくださいね。まぁ、ルナディールなら大丈夫でしょうが」
と妖艶に微笑んだ。私はこくこくと頷いて、後ろにいた専属護衛の三人にも、内緒ですよ!と強く言う。
王族から秘密だと言われた内容がどこからか流れてしまった場合、恐らく私が疑われることになる。私じゃなくても、作品の分岐点的な感じでそういうイベントが起こってしまうかもしれない。秘密がバレて疑われ、殺されるなんてよくあるパターンだもの。
シューベルトが先頭を歩き、フォスライナは地下へと続く階段がバレないよう扉を閉じるため、最後尾になった。フォスライナから義兄にエスコート役が代わり、私たちは薄暗い階段を下りていく。
フォスライナが扉を閉めると、完全に真っ暗になってしまう。あまりの暗さに階段が見えず、私は一段足を踏み外してしまった。
「わあっ!」
「危ないっ!」
咄嗟に義兄が支えてくれて事なきを得たが、下手したらシューベルトを突き落としてしまうところだった。どこまで続くか分からないけれど、ここから突き落としてしまったら絶対に重傷だ。王子に怪我を負わせてしまったら、それこそ終了だ。
「あの、炎を出して周りを照らしても良いでしょうか?」
私の提案に、恐らく振り返ったのだろうシューベルトが言葉を発す。
「ここは地下で、酸素の入りが薄い。火なんて使えば、酸素の消費量が入ってくる量を上回って死んでしまうぞ」
「えっ、なら大人数で行くのは危ないのではありませんか?酸素が足りなくなって倒れてしまいますよ」
地下室で大量の死体。発見されるのは数日後。そんな物騒な想像をしてしまった私は、ぶるりと身震いした。
「長時間いたら危ないだろうがな。どうせお昼までの時間だ、炎を使ったり変に動いて酸素を大量に吸わなければ大丈夫だ」
それでも危ないよ、と思いながら、炎がダメなら仕方がない、と私は光魔法を発動させる。
野球ボールぐらいの光る球を一気に四つ発現させれば、一気に周りは明るくなった。
暗いところでいきなり光を出したせいで目がダメージを受け、うおっと目を瞑る。視力は下がっていないだろうかと心配になった。
「うわっ、なんだ?何をしたルナディール?」
光を頭の上まで浮遊させ、なんとか目を開ける私。シューベルトも眩しそうに目を細めて私の方を見た。
「光魔法です。炎はダメとのことでしたので、光魔法を使って光源を作りました。これなら安全に下へ下りれるでしょう?」
シューベルトのところに一つ、私と義兄のところに一つ、専属護衛たちのところに一つ、フォスライナのところに一つ光球を送り、ふよふよと漂わせる。
「これはルナディールが操作しているのか?」
不思議そうに尋ねる義兄に、もちろんですと頷く私。
「光球の場所がイマイチでしたらわたくしに言ってくださいませ。調節いたしますから」
にこりと笑うと、フォスライナが後ろから、
「ルナディールは本当に凄いですね。まさか、詠唱も魔法陣も無しでこのような高度な魔法が使えるだなんて」
と感心したように言葉を発す。その言葉に首を傾げながら、とりあえず先を歩くシューベルトに続いて階段を下りる。
さっきのフォスライナの言葉はどういう意味だろう。詠唱も魔法陣も無しでって……ただ光球を発現させるだけなのに、そんなの要らなくない?
だって、詠唱とか魔法陣ってものすごい大魔法を使うときに必要なやつでしょう?例えば、山を吹き飛ばすほどの爆裂魔法とか、天候を変化させ、雷を落とす雷魔法とか。
あとは、属性魔法じゃどうしようもない時とかに魔法陣を使ったりするんだよね?それこそティルクがバッグに付与してた軽量化の魔法とか。何かを召喚するのにも魔法陣が必要って書いてたよね。
だから、光球なんてしょぼい魔法……もろ光属性だって分かる魔法には詠唱も魔法陣も無しで使えるものじゃないの?
……もしかして私、何か勘違いしてたりする?
フォスライナの言葉をぐるぐると考えながら、光球と共に階段を下りていくと。不意に、
「ついたぞ、ルナディール!」
というシューベルトの声が聞こえ、私は考えを一旦中断する。
顔を上げると、たくさんの本棚に収納された文献や資料、魔道具が目に入り、私のテンションはぐぐんと一気に急上昇した。
真の主人公と、今後出てくるのか分からないワイルド系貴族のお話を少しだけ書いちゃいました。ルナディールが知っているイベントになかなか出会わないのは、なぜなのでしょうね……次回は魔研の資料についてのお話です。




