第一王子の登場
「あれ……?」
私はゆっくりと起き上がると、辺りが真っ暗で首を傾げる。今何時?寝坊した?
不思議に思っていると、ラーニャが心配そうに顔を覗き込んできて、
「お嬢様、大丈夫ですか?」
と聞いてきた。
「大丈夫って?見ての通り元気だけど……?」
「体調が悪いのにお茶会を強行し、熱で倒れていた方が何を言っているのですか?アリステラさま、とても心配されていましたよ」
お茶会?倒れた?心配?
そこで少し思い出してみると、ああと思い出した。そうだそういえば私、あまりの推しのイケメンさに耐えられず気絶しちゃったんだ。
そこでまた全身がブワッと熱くなる。あ、あれは義兄が悪いわ!私、悪くない!あんなイケメンにあんなことされたら誰だって気絶しちゃうから!
ブンブンと頭を振って、余計な考えを振り払う。
「お嬢様、どうなさいました?やはり体調が……」
そう尋ねるラーニャに、
「いいえ大丈夫よ!でも、今日はこのまま休ませてもらうわね」
と言って頭からバサッと布団を被る。この状態で義兄に会っても、さっきの二の舞になってしまう。また心配をかけるのは良くない。
「……かしこまりました。ですがお嬢様、お休みになられるのでしたら寝巻きに着替えましょう」
「……そうね」
私は寝巻きに着替え、眠りについた。
ああどうしよう。推しに対する耐性をつけないと、今後もまた同じように倒れてしまう。今回は家の中だったから良かったけれど、これが社交の場だったら大変なことになっていたわ。
うう、そういえばシューベルトとのお茶会も控えているんだった。シューベルトもイケメンだった、すごく。我儘な性格をしていて、面倒そうなキャラだけどイケメンなのだ。イケメンは強い。
とりあえず適当なところで早く帰ってこよう。ずっと対面していたらイケメンオーラにやられてしまうかもしれない。この世界は顔面偏差値が高すぎるのだ。
私ははふぅとため息をつく。
この世界に転生できたのは良かったけれど、推しのイケメン力に勝てない。なんとなく推しに振り回されそうな嫌な予感を感じながら、眠りについた。
今日は第二王子とのお茶会の日である。
私が倒れてから二日、私は義兄に会うのが怖かったのでずっと家に引きこもっていた。ご飯も全て運んでもらった。
周りの人には、とても体調が悪いと勘違いされたけれど、仕方ない。それより義兄の前に顔を出してまた倒れるのが嫌だったのだ。
「お嬢様、今日はシューベルトさまとのお茶会ということですが、お身体の方は大丈夫でしょうか?」
心配そうに尋ねてくるラーニャににこっと笑う。
「ええ、大丈夫よ。お茶会で倒れるわけにはいかないから、この二日間ちゃんと休んだでしょう?だから大丈夫よ」
そしてシューベルト対策もしていたからバッチリ!
私は拳をギュッと握る。私の平穏な生活のために、シューベルトには気に入られない。興味を持たれない。接触は今回だけに留め、以降は近付かない。軽く嫌われておく。
だいたい王族なんかに絡まれたら事件に巻き込まれやすくなることが目に見えている。今日は細心の注意を払って行動するのだ。
そう勇んで私は朝食を食べに向かう。流石に今日は家族に顔を見せないとダメだからね。
「おはようございます」
元気よく挨拶をすると、三人の目が一斉に集まる。
「おはよう、ルナディール。体調はもう良いのかい?」
「はい、ご心配をおかけして申し訳ありません」
にこっとお父さんに微笑むと、お母さんも、
「本当ですよ。今日は王子とお茶会があるのでしょう?何かやらかさないか心配です」
と言う。……うん、それは私も思った。
「ルナディール、本当に大丈夫なのか?まだ体調が悪いのなら、私も一緒に行くが……」
心配そうに見つめてくる義兄に、一瞬心臓がドクンと鳴ったけれど、
「ありがとうございます、お義兄さま。ですが、大丈夫ですわ。付き添っていただかなくても、見事にお茶会を乗り切ってみせますから安心してくださいませ」
と笑顔で言えた。よし、よく言えた私。成長してる!頭の中で義兄は冷酷じゃなくて心配性の優しいお義兄ちゃんだと何度も繰り返し、素敵な笑顔を再生しまくった甲斐があった。
心の中でガッツポーズをしつつ、出された朝食を優雅に食べる。
久しぶりに和やかな食事で、テンションも自然と上がる。いつもは重苦しい雰囲気だったからな。魔法研究所について、意見が一つにまとまったのだろうか。
そう思っていると、食事を終えたらしいお母さんが姿勢を正して、私の目を真っ直ぐ見据えて尋ねた。
「ルナディール、魔法研究所へ行きたいという気持ちは、まだ変わっていないのかしら?」
その場の空気がピリッと変わる。私も食べる手を止め、姿勢を正して答える。
「はい、変わっていません。わたくしは魔法研究所へ行って魔法のお勉強や研究がしたいのです」
私の言葉を聞き、お母さんはスッと目を細める。そして静かに、
「そこが危ない場所でも、ですか?」
と口にした。
危ない場所?魔法研究所って危ないのだろうか。私は分からなくてこてんと首を傾げる。
悪役令嬢ルートでも主人公ルートでも出てくることのなかった場所。作品内では、そこは国内屈指のエリートが集う場所で、変人が多い場所だと書かれていた。
しかしルナディールがそこに関わることはなかったので、詳しい様子は紹介されなかったのだ。もちろん推しも勤めていない。
お母さんの言う危ない、がどういうことかは分からない。ただ、推しキャラが存在しないので、好感度とか関係なく自由に振る舞えると思ったし、何より魔法の研究ができる素晴らしい場所だ。言うなればファンタジーに一番近い場所にある、それが魔法研究所だ。
「お母さまのおっしゃる『危ない』という意味は分かりませんが、それでもわたくしは行きたいと思っています。魔法について、色々と学びたいのです。もし魔法研究所が危ない場所だというのなら、自衛ができるようになるまで訓練しますわ。剣術や体術を習えば、少しは危険度が下がるでしょう?それで魔法研究所へ行く許可をいただけるというのなら、わたくしは喜んで自衛の術を身につけますわ」
その言葉を聞いて、お母さんはゆっくりと目を閉じる。そしてはぁとため息をつき、
「分かりました。そこまで言うのなら許可しましょう。ただし、あそこに勤めるためには色々手続きが必要なのです。一ヶ月程かかるでしょうが、それまで魔法の勉強をしたり剣術を習ったりしていなさい」
と許してくれた。
「本当ですか!?ありがとうございます、お母さま!」
私はとびっきりの笑顔でお礼を言う。一ヶ月後には魔法について深く学ぶことができる!ファンタジーの世界だ!すごい!
そこで、お父さんと義兄にもお礼を言わなければと思った。あの重苦しい雰囲気はきっと、三人で色々話し合ってもなかなかまとまらず、どうするか思い悩んでいたからだ。私の発言でたくさん迷惑をかけたと思う。自分のお仕事の他に悩み事が増えたのだ、余計な負担を増やしてしまった。
「お父さまもお義兄さまも、ありがとうございます。普段のお仕事に加え、わたくしの我儘で更に負担をかけてしまいました。本当に申し訳ありません。こうして魔法研究所へ行く許可がいただけましたので、わたくし、精一杯お勉強に勤しみたいと思います」
そう言ってにっこりと微笑む。
結婚を辞めて魔法研究所へ行っても良いと言ってくれたのなら、私はこの恩に報いるためたくさん勉強しよう。そして家族のみんなに恩返しをしよう。
すごい魔法でも創って、家族にプレゼントしよう。
そう決意して、私は残りのご飯を食べて、意気揚々とお茶会の準備を始めた。
「それでは行ってきます」
「行ってらっしゃい、楽しんでおいで」
そう見送られながら馬車に乗り込み、お城へと向かう。
お茶会会場はお城のお庭ということになっている。お城に行くのは二回目だ。一回目の時は、義兄がエスコートしてくれるお茶会だったためとても緊張していた。だからお城をよく見ることができなかった。
せっかくのファンタジー世界のお城なんだもの、楽しまなきゃ損じゃない!それにこれから私がお城へ出向くことはそうそうないだろう。あっても舞踏会とかなんだから、きっと緊張してお城を観察できない。
今回はシューベルトとのお茶会だけど、始まるまでは観光気分で大丈夫だよね?気を付けなければいけないのは、シューベルトの不意打ちイケメンオーラだもの。
うんうんと頷き、私は窓から見えるお城をゆっくりと眺めた。真っ白で大きなお城。あそこに住んでいるのは王族。よく前世ではお姫様になったら〜って妄想してたっけ、懐かしい。
でもこの世界で宰相の娘となってから、身分が高いとそれなりにやることも覚えることもあって大変だと分かった。とてもじゃないけど王族なんかになりたくない。王族ってだけで尊敬するわ。
ガタンッと馬車が止まる。もう着いたのかな?と思っていると、扉がスイッと開いて、
「お嬢様、お城に到着いたしました」
と言われた。
「ありがとう」
そうお礼を言って、優雅に馬車から降りる。すると、スーツを着たいかにもセバスチャンって感じの人が私の目の前まで歩いてきて、恭しく頭を下げながら、
「ルナディールさま、お待ちしておりました。お庭でシューベルトさまがお待ちです。こちらへどうぞ」
と言う。動作一つ一つに品があり、おおーと感心してしまう。でも私の家のセバスチャンだって負けていないわ。私のセバスチャンは有能なのよ!
そんな対抗意識をメラメラと持ちながら、私はセバスチャンの案内に従って城内を歩く。お庭は城内を突っ切らないと入れないのかな?
私はなるべく優雅に歩き、さりげなく辺りをきょろきょろと見回す。さすがお城、置いてある物がものすごく高そうなものばかりだ。廊下には、花瓶や絵が等間隔で並んでいる。どれも違う花や絵なのに統一感がある。これを選ぶ人はきっとセンスが良いのね。
途中ですれ違う使用人にペコリと頭を下げながら歩いていると、正面からスタスタと男性が歩いてくるのが分かった。
……あれは、第一王子のフォスライナさま!?
私は驚いて一瞬立ち止まる。フォスライナさまが歩いてくるのですが!?これはあれか、挨拶した方が良いやつだよね?でもこっちから話しかけても良いの?面識ないし。でもこの国に生きている貴族ならば王族に挨拶をしないのは無礼に当たるのでは?
ぐるぐる考えていると、向こうも私に気付いたみたいで、にこやかにこちらへ歩いてくる。
うおー、来た!というかフォスライナが歩いてる!銀髪で黒い瞳、人当たりの良さそうな素敵な笑顔。
「お初にお目にかかります、ロディアーナ嬢。第一王子のフォスライナ・エルプニッツです」
流れるような挨拶につい見惚れてしまう。これぞまさに王族って感じだ。それにイケヴォ!ここに来て推しキャラに会えるなんて感激だよ〜、私は断然シューベルトよりフォスライナ派なのだ!
「お初にお目にかかります、フォスライナさま。ルナディール・ロディアーナと申します」
王子のようにとまではいかないが、私もそれなりに優雅に挨拶をする。
フォスライナがにこっと笑う。その瞬間、あまりのイケメンさと推しに笑いかけられた興奮で一瞬気が遠くなる。だ、ダメよ、今倒れたらお茶会に出られなくなってしまう。平常心、平常心。
「ロディアーナ嬢がお城へ来られるのは珍しいのではないですか?それにお一人のようですが、お父さまやお義兄さまはいらっしゃらないのですか?」
なんと、まだ会話を続けるみたいだ。うぅ、できれば推しの威力に倒れる前に退散したかった……。でも、ここでフォスライナの質問を無視するわけにはいかない。私は昂る気持ちを抑えながらにっこりと微笑み、
「今日はシューベルトさまにお茶会の招待を受けましたので、お城へ参りました。わたくしが一人なのは、招待状に一人で来るようにと書かれていたからです」
と答えた。
少し声が弾んでしまったのは許して欲しい。これでも抑えたのだ。だってフォスライナってアリステラと同じくらい大好きな推しなんだもの!王子なのに性格が良くて頭も良い、完璧王子様なのだ。俺様で我儘なシューベルトとは違う。
もちろんシューベルトにも良いところやカッコいいところがあるよ?ツンツンしててどこかとっつき難いけれど、仲良くなったら構ってちゃんになるところとか、好きな人には奥手なところとか、照れてそっぽ向くところとか可愛いしギャップ萌えできゅんとくる。たまにみせる強引なリードには、きゅんとせずにはいられない。そして何よりイケメンなのよね。
まあこの世界で、嫌いなキャラっていないんだけど。前世では登場人物一人一人にきゃーきゃー言っていたもの。モブでもサブでもカッコいいのよ。イラストレーターさんが神ってた。
「そうなのですか、シューベルトが……。それではそのお茶会に私が参加してもよろしいでしょうか?」
「……はい!?」
私がイラストレーターさんを崇めていると、急にフォスライナが変なことを言ってきた。聞き間違いかな、聞き間違いであって欲しい。
「あの、今なんと……?聞き間違いでなければ、フォスライナさまもお茶会に同席すると聞こえたのですが……?」
内心わたわたしながらも平常心を装い聞くと、フォスライナは「はい」と頷き、それはそれは素敵な笑顔をした。
「宰相のご令嬢に失礼があればいけませんからね。弟が変なことを言わないよう私も同席します。それともロディアーナ嬢は私が参加すると困るのですか?」
退きたくなるような凄みのある笑顔で言われ、私は慌てて首を振る。
「い、いえいえそんなことは!ただシューベルトさまからいただいた招待状には一人で来るようにとあったので、急にフォスライナさまが参加されると驚くのではないですか?それにお茶会の準備だって整っているでしょうに……」
それに何より私の心臓が持たないから!イケメン二人とお茶会って無理無理!一人でも倒れたのに、推し二人とか苦行以外のなんでもないから!私の心臓止めたいの?
お願いだから考え直して〜!と心の中で叫んでみるも、どうやら効果は無かったらしく。
「あなたが心配することはありません。急に人数が変わろうが、臨機応変に対応するのが当たり前です。それではロディアーナ嬢、行きましょうか」
そう言って素敵な笑顔で手を差し出してくる。
えっ、ちょっと待って何この手?まさかまさかのエスコートするよってこと?
私は推しの素敵な笑顔を見て顔が熱くなってくる。どうすればいいの、どうしよう、このままじゃ耐えられなくて気絶しそう。目が潤んできたよああもう神様ヘルプミー!
固まっている私の手を取り歩き出したフォスライナ。やっぱり差し出された手はエスコートするよって意味だったらしい。
「あ、ああ、あの、フォスライナさま!フォスライナさまにエスコートをしていただかなくても大丈夫ですよ?一人で歩けます!王族のエスコートだなんて恐れ多くて心臓が持ちそうにありません!」
私は震えながらフォスライナに訴えかける。本当にもう限界なのだ。もともと今日はシューベルトにしか会う予定はなかったから、フォスライナにエスコートされるとか予想外すぎてついていけない。身体がもう無理だと訴えかけている。
バクバクと心臓がうるさくて、目もうるうるして上手く前が見えない。身体中が熱い。
貴族は動揺を悟られてはいけないと言われ、感情を露わにさせるのは見苦しいこととされている。でもそんなのもうどうでも良いし制御できない。私がお城で倒れる方が大変だ。今は倒れないことを考えるだけで精一杯。
それなのにフォスライナは私の顔を見て、
「そんな畏まらなくても大丈夫ですよ。それに、宰相のご令嬢ですからエスコートするのは当然でしょう?本当はシューベルトが迎えに行きエスコートするものなのに、何をやっているのでしょうね。自分で招待しておきながら案内は使用人に任せるだなんて礼儀がなっていません。ダメな弟ですみません」
と何故か謝ってきた。いやもう意味分かんない。というか王族でもお茶会に招待したらエスコートするものなの?フォスライナの言う通りだったらこれはシューベルトがエスコートを怠ったが故の状況?
ということは、これは全てシューベルトのせいか!おのれシューベルト、許すまじ!これで気絶したら本当に呪うからねシューベルト!覚悟しなさい!
私は心の中でシューベルトへの怒りを募らせながら、フォスライナにはにっこりと微笑んでおく。ただ少しぎこちない笑みになった気がする。もう表情を取り繕えそうにない。まだお茶会始まってないのにどうしよう。
「いいえ、フォスライナさまが謝らないでくださいまし。わたくしが謝って欲しいのはシューベルトさまただお一人でございますもの」
ついポロッと本音が漏れてしまい、ハッと口を噤む。やばい絶対に聞かれた。これ不敬にならないだろうか。
恐る恐るフォスライナの顔を見ると、彼はじっと私の方を見てにこっと笑いかけてきた。何も言わずただ笑うだけのフォスライナに、うっすらと冷や汗が流れる。
そうだ、フォスライナは自分の感情を隠すのが得意だった。いつもにこにこ優しそうで、人当たりが良い。心の奥底では何を考えているか分からない、超絶できるエリートさんだった。そんな人の心が私なんかに分かるはずがない。
私は心の中で深くため息を吐いて、もうどうにでもなれよと投げやりになった。ここまできたらもう、私にできることは何もない。
なるようになるさ。
そう思って、私はお茶会へと向かった。
推しキャラNo.2の登場です。王子様って良いですよね、憧れます(*´꒳`*)。次回は波乱の予感がするお茶会です。推しキャラNo.3のシューベルトが登場します。