王子に慰められて
グラウンドから離れたところにある、フォスライナやシューベルトと初めてお茶会をした庭園。私はそこの噴水の縁に腰掛けながら、はぁ、と大きくため息をついた。
この時間は誰もおらず、ただ水が流れる音しか聞こえない。石畳の床をぼーっと眺めながら、なんて自分はダメな令嬢なんだろうと一人落ち込む。
皆の前で、試合に興奮してはしゃいだ自分。我を忘れて、思ったことをそのまま口にしてしまった自分。それを指摘されて恥ずかしくなり、カリフストラに当たってしまった自分。
どれもが令嬢としてあるまじき行為だ。お母さんにも昨日、釘を刺されていたのに。自分でも、今日は自分がバッドエンドに近付くか否かの分岐点だと思っていたのに。
ちゃんと頭にあったのに、興奮して全てが吹っ飛んでいってしまった。恥ずかしすぎて皆の前に戻れない。義兄とかなんて思ったんだろう。はしゃいだ私に怒っていたし、本当にこいつは学習しないなって呆れられたかもしれない。
あぁ、これ絶対お父さんとお母さんにもバレるやつだよね。目撃者いっぱいいたし、最悪だ……
手で縁を押さえ、体重を乗せて青空を仰ぎ見る。驚くほど晴れた空に、再び大きなため息をついていると。
「ルナディール?こんなところでどうかしたのですか?」
ふと、聞き覚えのある声がして振り返る。するとそこには、太陽の光を受け、キラキラと輝く銀髪を靡かせた、美しく微笑むフォスライナがいた。
「……フォスライナ、さま」
まさかこんなところで会うとは思っていなかったので、ついじっと顔を見つめてしまう。
フォスライナは私の側までゆったりと歩いてきて、隣良いでしょうか?と微笑んだ。私はこくりと頷く。
「今日、ルナディールが専属護衛を決めにこちらへ来ていると聞いたので、急いで仕事を終わらせ、これからグラウンドへと向かうところだったのですが……何か、あったのですか?」
優しく問うてくれるその声が心地よくて、私はつい、言葉がするっと飛び出てしまう。
「実は……先ほど、本格的な騎士の方々の試合を初めて見まして。それで、あまりの凄さに興奮してしまい、我を忘れてはしゃいでしまったのです。皆さんの前で、令嬢らしからぬ姿を見せてしまい……なんて、自分はダメな令嬢なんだろうと一人落ち込んでいたのですわ」
私の言葉に、そうでしたか……と呟いたフォスライナ。なんとなく、周りの温度を下げてしまったような気がして私は謝った。
「すみません、いきなりこんなことを。忘れてくださいませ」
にこりと笑ってフォスライナを見ると、フォスライナは少し困ったように笑って、ぽん、と私の頭を撫でた。
「謝らないでください、ルナディール。貴女は私に言ってくれたではありませんか、この世に完璧な人間なんていないと。だから、少しくらい失敗しても良いのですよ。貴女はダメな令嬢なんかではありません」
ゆっくりと紡がれる言葉が心地よくて、沈んでいた気持ちに温かく染みていって。私はただ、真っ直ぐとフォスライナを見つめることしか出来ない。
「ルナディールはいつも頑張っているではありませんか。もっと自分を高く評価してください。貴女はとても、魅力的なご令嬢です。この私が保証します」
頭を撫でていた手をずらし、ゆっくりと優しく髪を撫でるフォスライナ。それから私の頬に手を添え、真っ直ぐと私を見つめて優しく微笑んだ。
「……っ!」
いきなりの推しのキラースマイルに、一瞬で頭が真っ白になる私。一気に顔が熱くなり、フォスライナから目が話せなくなる。
親指で頬を撫でる感触に、ビクリと身体が震える。落ち込みモードから一気に覚醒した私は、頭の中でわーわーと騒ぎ出した。
やばいやばいやばい、油断してた!フォスライナが……フォスライナが……フォスライナの威力が凄い、倒れてしまう……
だんだんと熱を帯びてきた目に、視界が少しぼやける。顔が信じられないくらい熱くて、そして、それがフォスライナの手にも伝わっているだろうことが恥ずかしくて、さらに身体が熱くなる。
「あ、あの、フォスライナ……さま」
なんとか声を出し、フォスライナの名前を呼ぶと。フォスライナは目を細め、ゆっくりと顔を近づけ……私の耳元で、甘く囁いた。
「やっぱりルナディールは、とても可愛いですね」
熱い吐息が耳にかかり、私の顔はさらに熱くなる。頭がショートしそうなのをなんとか堪えていると。
不意にフォスライナが、お守りのネックレスを手に取り、不思議そうに私を覗き込んだ。
「このネックレスはどうしたのですか?」
私はよく回らない頭で、なんとか文章を作りフォスライナに向けて放つ。
「そ、それは、フォーヴィンのジャミラドさんと、ティルクさんから頂いたお守りネックレスです」
その言葉を聞いたフォスライナは、そうですか、と目を細め、ネックレスを手放した。フォスライナの手からするりと落ちたネックレスは、私の胸に当たって軽く跳ねる。
フォスライナはすぐにぐいっと私との距離をつめ、また耳元で囁いた。
「私の上げたブローチは付けないのに、彼らから頂いたネックレスは付けるのですか?」
それから、じとっと至近距離で見つめられて、私はもうその場から動けなくなってしまった。身体に力が入らない。指一本すら動かせない。
「そ、れは、ブローチは高価な物ですし……なくしたらいけないと、思いまして。ネックレスはお守りですから、常に身に付けていないと効果が……」
「なるほど。ですが、そんなことは気にしなくて良いのですよ。なくしたらなくしたで、またプレゼントするまでですから。ですから、是非、私が贈ったブローチも肌身離さず持っていていただきたいのですが……」
目を細め、甘く囁き、私の髪を梳くフォスライナ。あまりの色気に、もう限界だ……と思っていると。
「兄上っ、ルナディールっ!」
いいところでシューベルトが合流し、すぐさま私とフォスライナを引き剥がしてくれた。私はバクバク言う心臓を押さえながら、へなへなと石畳の上に座り込む。
「ルナディール、大丈夫かっ!?」
心配そうに言うシューベルトに、涙目になりながらお礼を言う。本当に危なかった。シューベルトが来てくれなかったらきっと私、心臓止まってた。
「はぁ、本当にシューベルトは良いところで邪魔しに来ますよね」
不満たっぷりに言うフォスライナに、
「兄上を放っておいたらルナディールが危険だからに決まっているだろう!」
とすぐさま反論していた。その姿に、最初は言い返すことも出来なかったのに成長したな、と関係ないことを考えながら深呼吸する私。とりあえず、心を落ち着けなければ。
なんとか息を整えた私は、ゆっくりと立ち上がってフォスライナとシューベルトを見る。
「ルナディール、遅くなってすまなかったな。お前が来ていると知って、急いで探しに来たんだが……兄上の方が早かったみたいだ」
「いえ。わざわざ探していただきありがとうございました」
ぺこりとお辞儀をすると、フォスライナはふんわりと笑って私との距離をつめ、私の顎を持って少し上に上げた。いわゆる顎クイをされた私は、真っ直ぐに私を見つめるフォスライナの視線とバッチリ合い、また少し顔が赤くなる。
「顔色も随分と良くなったみたいですね。ルナディールが元気になって良かったです」
そこでキラースマイルを浮かべるフォスライナ。シューベルトはいそいで私たちを引き剥がした後、
「お前、体調でも悪かったのか?」
と心配そうに尋ねてきた。私は苦笑して、ふるふると首を振る。
「いえ。少し落ち込んでいまして……そこをフォスライナさまに慰めていただいていたのです。お陰で吹っ切れました、ありがとうございます」
ぺこりとお辞儀をすると、フォスライナも、お役に立てて良かったです、と素敵な笑みを浮かべた。
シューベルトはそんな私たちに怪訝な顔をした後、
「お前はあのようなことをされたら慰められるのか?」
ととんでもない発言をしたので、違います!と全力で否定した。
確かにフォスライナの行動が衝撃的で心臓に悪かったせいで、落ち込みモードから覚醒したっていうのもあるけれど……それでも、もうあれは避けたい。あんなのは二度とごめんだ。妄想だけで十分。
それから三人でグラウンドへと戻り、義兄たちと合流した私たち。義兄はフォスライナとシューベルトの姿を見て、何やら険しい顔をしていたけれど、すぐさま表情を戻し、無事で良かったと心配してくれた。
カリフストラも未だそこにいて、私と目が合った途端、
「先ほどはすまなかったな、いろいろ口出ししすぎた」
と謝ってきた。私もぺこりと頭を下げて、
「こちらこそ申し訳ありませんでした」
と謝罪した。
「ところで。専属護衛は先ほどの三人で本当に良いのか?」
義兄が確かめるように、真っ直ぐと私を見て尋ねる。私もこくりと頷き、真っ直ぐと義兄を見返した。
「はい。わたくしはライアンとムルクリタ、トヴェリアに専属護衛になって欲しいです」
しばらく見つめ合ったあと、はぁと一つため息をついた義兄。
「分かった。だが、使えないと思ったら他の人に代えるんだぞ?」
良いな?と釘を刺す義兄に、分かりましたと素直に頷く。
私から専属護衛をお願いしておいてクビにすることはないだろうけれど、相手からもう無理ですと言われる可能性はある。そうなったらまた、新しい人を選ばなければならない。
そうならないためにも、きちんと護衛したいと思ってもらえるような人間にならなくては。
「では、護衛についての話を詰めていくか」
義兄の言葉を皮切りに、グラウンドからお城の応接室へと移動する私たち。本当はグラウンドの隅っこで話し合っても良かったのだけれど、フォスライナが、話すならばきちんとした部屋で、と応接室を用意してくれたのだ。
なぜか応接室には、私と義兄、ライアン、ムルクリタ、トヴェリア以外にカリフストラとフォスライナ、シューベルトがいるという状況になってしまったが、それでも構わず話し合いを進めていく。
専属護衛の勤務時間や仕事内容など、事細かに話し合っていた。
私的には、魔研に行っている間の自分の部屋の護衛と、自分の周辺の護衛、下町へ行くときのお供という単純な内容で良かったのだけれど、義兄はとても詳しくいろいろ取り決めていた。
私の半径一メートル以内には入るなだとか、許可がないのに勝手に身体に触れるなだとか、私と仲良くしている者でも常に警戒を怠るなだとか、本当にいろいろだ。過保護すぎでは、と思わずにはいられない。
だいたいたくさんルールがあれば、護衛する方も大変だろうに。実際、あまりの注文の多さに三人とも困った表情を浮かべていた。
「……といったところだろうか。ルナディールは他に何かあるか?要望があるなら早めに言っておくのが良い」
義兄に話を振られ、つい苦笑してしまう私。三人は、まだ何かあるんですか?とでも言いたげな顔をしていた。
「ええと……わたくしが思うのは、そこまで専属護衛に厳しくなくても良いのでは、と……その、半径一メートル以内に入らないとか、勝手に触れるなとか、逆に護衛しづらくなるのではないですか?それに、何日か過ごしましたけれど、魔法研究所にはそれほど危険な人はいないかと……」
私の言葉に、あからさまに顔を顰めた義兄。
「それは警戒心がなさすぎる。誰であろうと警戒するのは当たり前だ。それに、魔法研究所には様々な人がいる。危険人物はいないと決めるのは早い」
その言葉に、そうですよ、とフォスライナも同意した。
「ルナディールはとても魅力的なご令嬢ですからね。よからぬ虫に目を付けられてしまうことがあるかもしれません。それに、専属護衛だからといって完璧に信用するのはどうかと思います。騎士といえども所詮は男。何もないとは言えませんから」
棘のある二人の言葉に、とりあえず愛想笑いをする私。なんていうか、他の人を全然信用していない。
フォスライナに軽く睨まれたライアン、ムルクリタ、トヴェリアの三人は身を縮めていた。
「ええと……カリフストラさまはどう考えますか?」
私が言ってもダメだと悟った私は、カリフストラに話を振る。するとカリフストラは少し考え込み、
「まぁ、条件が厳しい中で護衛していれば自然と強くなっていくだろう。良いんじゃないか?」
とまさかの賛成意見を発した。
そこは騎士目線から、いやキツいですと言って欲しかった。騎士団長がオッケーしちゃったら、三人も頑張らなければみたいな雰囲気になっちゃうよ。
「ええと……シューベルトさまは?」
急に話を振られたシューベルトは驚いたように私を見つめたが、少し考えて、
「俺はルナディールのしたいようにすべきだと思うがな。ルナディールが三人に頼みたいと思って専属護衛にしたのだろう?それならば、その三人を選んだルナディールを信じることが良いと俺は思う」
と私の味方発言をしてくれた。そのことが嬉しく、私は笑顔を浮かべてシューベルトにお礼を言う。
「ですが、私は彼らを信じられません。ライアンはリーダーですからともかく、ムルクリタとトヴェリアはチーム六の下っ端です。信頼に足る人物だとは思えません」
シューベルトに対抗するようにすかさず発したフォスライナの言葉に、だな、と頷く義兄。シューベルトも言い換えされて少しムッとしたのだろう。
「とはいえ彼らも騎士団の一員だぞ!信頼に足らない人物ならばそもそも騎士団には入っていない!」
少し声を強め、キッとフォスライナを睨み付けた。
「確かに騎士団の一員ではあります。ですが、ムルクリタとトヴェリアは功績などないではありませんか。それに、ルナディールの魅力にあらがえず思わず手が出てしまった、なんてことが起こりうるかもしれません。それは騎士団に入れるかどうかの問題ではなく、人としての問題です。私は一人の人間として、彼らが信用出来ないと言っているのですよ」
「兄上が言っている信用なんてものは、一日で得られるものではない!多くのルールがある中で窮屈に護衛でもしてみろ、そのうち不満が溜まってルナディールとの仲が悪くなるかもしれないんだぞ!?」
「ですからそれは……」
やいやいと始まってしまった兄弟げんか。ちら、と横を見てみると、争いの論点である三人は完全に気配を消して、ただ静かに成り行きを見守っていた。
これでは埒が明かないと思った私は、パンパンッと大きく手を叩く。音に驚いた皆は、一斉に私の方を見た。
「これ以上この話をしても埒が明きません。ここはしばらく、様子見ということでどうでしょうか。最初はお互いに分からないことだらけなので、お義兄さまの言っていた通りの内容で。専属護衛の方たちには窮屈な思いをさせてしまうかもしれませんが、少しの間だけ耐えてくださいませ。そして、わたくしが心から信頼出来ると思った時、だんだんと規制をなくしていく。これでいかがでしょうか」
ゆっくりと皆の顔を見回しながらそう言うと。専属護衛の三人はこくこくと頷き、カリフストラも満足そうに一つ頷いた。シューベルトも、ルナディールが良いならと頷く。義兄とフォスライナは難しそうな顔をしていたけれど、なんとか同意してくれた。
「それでは、このお話はもうおしまいです!」
パンッと手を打ってにっこりと笑うと。
「やはりルナディールには敵わないな」
義兄が苦笑して、私の頭を優しく撫でるのだった。
久しぶりに王子二人とのやり取りが書けました!会う度にフォスライナの行動が大胆になっていきますね……次回は魔研から回収された本を見に行きます。




