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依頼達成

「ただいま戻りました」

 食堂から帰ってきた私たちがフォーヴィンの中に入ると、皆が一斉に私たちの方を見た。

「お帰りなさい、ルナディールさん」

 ティルクがにこりと笑って出迎えてくれる。

「……あれ、ジャミラドさんは?」

 先ほどまでいたジャミラドがいないことに気が付き、首を傾げてそう尋ねる。まだご飯中なのかと思っていると。

「ジャミラドは自分の研究に戻りました」

 ティルクはそう言って奥の部屋を向いた。

 その視線を辿り、あの閉ざされた部屋の中でまた何か調合しているのか、と考える。もう仕事に取りかかっていると聞けば、私だけ食堂でのんびり休んでいたことがなんだか申し訳なく感じる。今度からはもう少しだけ早くご飯を終えよう。


「ところで、魔獣呼び香の効果の確かめってどうするんですか?」

 ティルクに視線を戻し、お昼ご飯前にした話を再び振る。するとティルクは、それなのですが……と、一枚の紙を私に渡して話し出した。

「効果の確かめはもう済ませてしまいました。無事期待通りの効果が得られましたので、魔獣呼び香は完成です。こちらに依頼達成の報告を書いておいたので、クナイアさんに渡して貰えれば依頼達成となるはずです」

 私は紙を受け取り、書かれた内容を見る。するとそこには確かに、魔獣呼び香は完成しましたと書かれており、ティルクのサインもあった。


 私はそれを読み終わると、ティルクを見上げる。

「ですが、どのように確認したのですか?この短時間で行うなど……」

 不思議に思って聞くと、ティルクは一瞬顔を顰めた後、何事もなかったかのようににこりと微笑んだ。

「いえ。少しビーヴィンと一騒動ありまして。それで確認出来たまでです」

 言い切るその笑みがなんだか怖く感じて、一騒動とは何ですか、と詳しく聞く気にはなれなかった。なんとなく、聞いてしまったら後悔しそうな感じがしたのだ。ティルクの闇に触れてしまいそうな、そんな予感。

「そう……ですか」

 私は曖昧に笑って誤魔化し、とりあえず紙をポケットにしまった。もし機会があれば、ビーヴィンの人に聞いてみるのが良いかもしれない。


「それでは、わたくしの役目は終了ですね。少しの間でしたけれど、ティルクさんやジャミラドさんと行動を共に出来て良かったです。ありがとうございました」

 ぺこりとお辞儀をして感謝を述べると、いえいえ、とティルクもにこやかに笑う。

「こちらこそありがとうございました。ルナディールさんのお陰で、無事に魔獣呼び香を作ることが出来ました。きっとルナディールさんがいなければ、魔獣呼び香を未だ作れず、依頼者からクレームがくる事態になっていたかもしれません」

 本当にありがとうございました、とティルクも頭を下げる。

「そんな。少しでもお力になれたのなら良かったです」

 私の言葉に顔を上げ、互いににこりと笑い合う。


「それにしても、魔獣呼び香とは依頼者のために作っていた物なのですね。わたくしはてっきり、フォーヴィンの研究で行っている物なのかと……」

 魔獣呼び香を欲しがるなんてどんな依頼者なんだろうと考えながらそう溢すと、ティルクは苦笑してこくりと頷いた。

「はい。フォーヴィンは研究費がとてもかかりますからね。魔獣呼び香を作って欲しいと依頼された方は、結構な報酬を用意して下さる方なのでお受けしたのです」

「なるほど」

 またお金の問題か……と私も苦笑する。やっぱり魔研はどこも金欠みたいだ。


 それじゃあもうそろそろ依頼達成の報告に行こうかな、と部屋を出ようと思ったところで。

「依頼を達成したら、報酬が貰えるのですよね?貴方方フォーヴィンは魔獣呼び香を作り報酬を頂けるのに、その手伝いをしたルナディールには何も頂けないのでしょうか」

 ふと、義兄がティルクの目を静かに見つめてそう尋ねたので、私の身体は一気に冷えた。

 急に義兄に話しかけられたティルクは少し困ったように笑い、すみません、と謝った。

「なにぶん報酬をあげられる程の余裕が私たちにはありませんので。ですが、ルナディールさんに感謝しているのは本当ですよ」

「感謝しているというならば、何かルナディールにお礼をするのが礼儀なのではないでしょうか。別に金銭的な物でなくても結構です。それこそフォーヴィンらしく、調合品を贈るとか」

 ティルクの返答にすぐさま返す義兄。挑戦的なその視線が恐ろしく、私は震え上がった。


 ひぇぇ、義兄がティルクを脅しているよ。目が怖い、なんか冷たいオーラ出てるよっ!


「おお、お義兄さま、わたくしは全く気にしていませんから!そもそも、依頼書にも報酬は『ありったけの感謝』と書いてありました。わたくしは、皆さんの助けになれたのならそれで良いのです!」

 私は急いで義兄の腕をくいくいと引っ張り、なんとか気を静めようと奮闘する。

 もしここで、ルナディールは義兄を使って報酬を巻き上げようとする悪魔だ、なんて噂が広がったら大変だ。私がバッドエンドを迎える時間が速まってしまう。


「フォーヴィンの皆さんは研究でお忙しいのです。わたくしのために調合するのならば、他に何か新しい道具を調合する方が断然良いです!それに何より、わたくしには、ほら!ジャミラドさんから頂いた素敵なお守りがありますから、これで十分なのですよ!このお守り代を返せたと思えば良いではありませんか!」

 スカートのポケットから桃色のお守りを取り出し、高々と上げてみせる。

 私の予想ではここで、あぁそうだったな、と場が収まることを期待していたのだけれど……なぜか二人は私が取り出したお守りを見て、固まってしまった。


「お前……それ、持ってきていたのか?」

 呆然と呟く義兄に、え?と首を傾げ、もちろんです!と胸を張る。

 だって、これは凄腕調合師のジャミラドが作ってくれたお守りだ。効果は凄いと思うし、お守りは常に持ち歩いていなければ意味が無い。

「本当は巾着袋とかに入れて大事に持ち歩きたいのですが、丁度良い物がなくて……仕方がないので、今は一時的に直でポケットに入れさせていただいています」

 にこりと笑えば、今度は目を見開いて固まってしまう義兄。

 なぜ義兄がこんな反応をするのか分からなくて、私は一人でまた焦る。


 あれ、もしかして私、また何か変なこと言っちゃったかな。やっぱりお守りを直でポケットに入れるのはまずかった?布とかでくるむべきだった?

 これ、令嬢としてダメな行為とかじゃないよね。私が知らないだけで、お守りの正しい持ち歩き方とか決まっていたのかな。マニュアルとかあったり……?


 義兄に失望されたら困るのですが!とあわあわしていると。

「ふふっ」

 不意にティルクが笑い出したので、私は驚いてティルクを見つめる。

 私の視線に気が付いたティルクは、すみません、と謝って優しく笑った。その笑みが、いつもより何だか優しく、そして素敵に感じて一瞬頭がフリーズしてしまった。

 やっぱり顔面偏差値が高いのはズルすぎると思う。主要キャラじゃないのにこの破壊力だ。この世界は恐ろしい……


「あの、ルナディールさん。よければそれ、少し貸していただいても?」

 ティルクに言われ、私は反射的に返事をしてお守りを渡す。

 お守りを受け取ったティルクは、部屋の奥の隅にある壺の前まで行き、何やら作業をし出した。恐らく、あの隅っこにある壺がティルク専用の壺なのだろう。部屋中に置かれている壺より一回りほど大きかった。ジャミラドの大きい壺には敵わないけれど。


 ティルクが何やら調合を始め、淡い光がティルクを包む。光が消えると、ティルクはそそくさと私たちの前まで戻ってきて、はい、と私に手を出した。

 私が手をお椀の形にすると、その上に、チャリンとある物が置かれる。それを見て、私は驚きのあまり目を丸くした。


 今私の手に収まっているのは、先ほどの桃色のお守りがぶら下がっているネックレスだ。桃色のお守りに金色の鎖が付けられ、最初からこれはネックレスでしたよと言わんばかりの物。

 光に反射しキラキラと輝く鎖に、桃色のお守りがよく似合う。まるで高級な装飾品のようだ。ドレスに合わせても見劣りしない、美しいネックレス。


 私は鎖を摘まみ、まじまじとネックレスになって戻ってきたお守りを見つめる。

「持ち歩くのならば、装飾品にした方が良いのではないかと思いまして。お守り単体だと無くしてしまうかもしれませんからね。気に入っていただけましたでしょうか」

 こてり、と首を傾げて問うティルクに、私はこくこくと頷く。

「素晴らしいです!まさかお守りがネックレスになるだなんて……これだと無くす危険も減りますし、常に身に付けていられます!」

 ありがとうございますっ!と声を弾ませると、ティルクは嬉しそうに笑って、付けてあげましょうか?と親切にも尋ねてくれる。その言葉に甘え、私はティルクにネックレスを預け後ろを向く。


 ネックレスなんて前世でもあまり付けたことがないから、どうも自分で付けると時間がかかってしまうのだ。カチャカチャと上手くつけられず、何度も何度も試しているうちに腕が限界を迎え、諦めてしまう。これも不器用だからかな、なんて考えながら髪をどける。


「失礼します」

 ティルクが断りを入れ、そっとネックレスを付けてくれる。一瞬、ティルクから漂う甘い匂いにドキリと心臓が音を立てたけれど、

「終わりました」

 というティルクの声とともに匂いが遠ざかり、ホッと胸をなで下ろす。

「ありがとうございます」

 振り返って笑顔でお礼を言うと、いえいえ、とティルクは笑った。


 胸元で輝く桃色のお守りに優しく触れ、顔を緩めていると。

「ルナディール、終わったのなら早く依頼達成の報告に行くぞ」

 そう義兄に急かされ、腕をぐいと引っ張られた。

「え、お義兄さま?」

 驚いて義兄を見上げると、義兄はなぜか少し不機嫌なオーラを醸し出していた。


 え、なんで不機嫌になってるの?待って待って分からない、私とティルクが和やかに話していたから、自分だけ置いていかれて怒った?

 それとも、自分でネックレスも付けられないとか何も出来ない令嬢だなって失望した?


 どうして、とまた一人で焦っていると。

「ルナディールさん、フォーヴィンはいつでも貴女を歓迎しますから、いつでもいらっしゃってくださいね」

 そんな優しい声がかけられ、私は振り向く。

「ありがとうございます!調合には興味がありますので、またお邪魔させていただきます!」

 義兄に引っ張られながら少し大きな声でそう言えば、ティルクはにこりと微笑んだ。


 フォーヴィンを出た後も不機嫌オーラをぷんぷん醸し出す義兄に連れられ、私たちは受付へとやってきた。引っ張られるようにやってきた私に怪訝な顔をしながら、クナイアは私に声をかける。

「依頼は順調か?」

 私はポケットに手を突っ込み、先ほどティルクから貰った紙をクナイアに渡す。

「依頼達成の報告です。これはティルクさんから」

 クナイアは紙を一読した後、

「分かった。依頼は達成ということで処理しておく」

 そう言って紙をポケットに入れた。


「ありがとうございます」

 にこりと微笑むと、クナイアの隣でその様子を見ていたノアナが、あのっ!と少し前のめりになって会話に入ってきた。

「ルナディールさんがお付けになっているそのネックレス、どうされたんですか?先ほどまで付けていませんでしたよね?」

 目を輝かせて尋ねるノアナに、これ?とネックレスを軽く持ち上げる。


「実はこれ、ジャミラドさんから頂いたお守りを、先ほどティルクさんにネックレスにしてもらったんです」

「クルトリア様とトランツェ様からですかっ!?」

 手を口に当て、驚いた顔をするノアナにこくりと頷く。

「なんだ、あいつらにも気に入られたのか?」

 お前はやっぱり変な令嬢だな、と呟くクナイアさんに、どうですかね?と首を傾げる。

「ジャミラドさんがお守りをくれたのは、見学で調合の様子を見せていただいたからですし、ティルクさんは今回の依頼達成のお礼みたいな感じだと思います。なので、気に入られたのとは少し違うと思いますけど……」

「いえいえ、それでも十分凄いことですよ!そんなに素敵なネックレス、見たことないです!」

 目を輝かせて声を弾ませるノアナ。はしゃぐ姿は見ていてとても可愛い。ついつい顔が緩んでしまう。


「……ルナディール」

 ふと発せられた、冷たい声。身体がビクリと跳ね、私は恐る恐る振り返った。すると、無表情の義兄が不機嫌オーラましましで私を見つめていて、サアッと血の気が引いた。

「す、すみませんお義兄さま、うるさかったですよねっ!」

 怒られるよりも早くにぺこりと頭を下げて謝る。


 またやってしまった。前にここでうるさくしてルークスに怒られたばっかりなのに、また同じことで怒られるなんて。学習能力がないにも程がある。


「クナイアさんにノアナさんもうるさくしてしまってすみません!依頼も終わったことですし、わたくしは自分の部屋へ戻りますね!」

 振り返って二人にもぺこりとお辞儀をし、義兄と一緒にそそくさとその場を立ち去る。

 ささ、行きましょう!と義兄と一緒に部屋へ向かう間、義兄からの視線がひしひしと伝わってきて怖かった。そして、絶対にもう義兄の前でははしゃがない、うるさくしない、と心に誓うのだった。


 それからやることが無くなった私たちは、自分の部屋で読書に明け暮れていた。迎えの馬車が来るまで、部屋に置いてある魔術書や文献をひたすら読みまくる。

 サタンもマジヴィンに戻ったのかいなかったので、とても静かで優雅な午後だった。

 ソファに座って、義兄と向かい合い本を読むのはとても良い。顔を上げれば読書に勤しむ凜々しいお顔の義兄が目に入り、下を向けば大量の文字が目に入る。どこを見ても心が満たされるなんて、なんて幸せなんだろう。


「ルナディール時間だ」

 義兄にそう声をかけられるまで、私はずっと本の世界に浸っていた。

無事依頼を達成したルナディール。次回は義兄と魔剣についてのお話です。

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